翌日。
ランチタイム後の何時ものまかないご飯休憩の時間に勇者様が来ると言うことで、ここのところ毎日狼さんとのんびり過ごしている酒場裏の庭には行かず、厨房でドキドキしながらその時を待っていた。
まかないご飯の準備よし!
が、頑張って謝るぞ!
狼さんにもキスで応援してもらったし!
むんっと一人気合いを入れていたら、酒場のドアが開く音がした。
「こんにちはテルマ」
「ああ、リンク。よく来たね。さ、もっと中に入っておいで」
「う、うん。……あの、大丈夫かな?」
「?……ナマエのことかい?大丈夫。本人もリンクに謝りたいって言ってるよ。ただ、ちょっと離れたところからリンクの姿を見るところから慣れたいみたいでね。ちょっと挙動不審かもしれないけど勘弁してやっておくれよ」
「それは問題ないよ」
「それなら良かった。さ。かけておくれ」
「うん。ありがとう」
ガタっと椅子を引く音が聞こえ、その後、静かになる。反対に私の心臓はバクバクしてきた。だけど恐怖心からじゃなくて……きっとこれは緊張?テルマさんとの短いやり取りでも、勇者様が優しい人なんだって何となく感じられたから、思っていたほど怖くない……気がする。
狼さん、私に勇気を頂戴。
そっと唇に触れてから、まずはまかないご飯を出すために料理を乗せたトレーを厨房から出す。
「テルマさん、受け取ってください」
「はいよ」
顔を出す勇気はまだ無いので、手だけ。
トレイを受け取ったテルマさんがテーブルまで料理を運ぶ足音が聞こえ、すぐに止まる。お、思ってるよりも近い場所にいるのかな?
「ありがとう」
テルマさんにお礼を告げる声。
さっき酒場に入ってきた時にも思ったけど、よくよく聞くとすごく良い声してる。顔が綺麗で声も良くて優しくてその上、世界を救った勇者って……改めて思うと設定盛りすぎじゃない?ここがゲームの中だってことは覚えてるけど、この世界で実際に生きるようになった今は、そんな奇跡の人物がいるのかとただただ驚きでしか無い。
よし。ちょっと頑張ってみよう。とりあえず声は聞いても大丈夫だった。今度は視界に入れてみよう。決心して、そろりと厨房の壁から顔だけ出せば、最初に飛び込んできたのは柔らかそうな栗色寄りの金色の髪。
テルマさんがきっと配慮してくれたんだろう。
こちら側ではなく厨房の斜め反対側あたりを向くようにして座っているから、横顔がよく見えた。その横顔だけでもう整った顔なのがよくわかる。あまりよく見えないけど、切れ長の瞳の目元は涼しげ。身体も……良く観察すると均整のとれた良い身体つきをしていて、服から見えている二の腕の筋肉のラインがすごく綺麗で色気がある。……おかしい。私、筋肉フェチじゃないはずなんだけど。すごくドキドキしてるのは何故だ。
そんな風にじーっと見ていたら、何故か勇者様が食事の途中なのに食器を置いた。あれ?もうお腹いっぱいになったのかな?なんて思ってたら、向こうを向いたままの勇者様から不意に声をかけられた。
「あの、……ナマエ、だよな。そこにいるの」
「……」
突然の声かけに、ビクッと肩が跳ねる。
だけど、怖くは……ない。
ちらっとテルマさんに目をやったら、優しい笑顔で頷かれた。壁に隠れたまま、勇者様の問いに答える。
「はい……ナマエといいます。勇者様、この前はごめんなさい。初対面なのに悲鳴をあげてしまって。びっくりされましたよね……」
「それは……まぁ、驚いたけど。でも、俺が急に声をかけたのも良くなかったよな。ごめんな。怖がらせちまって」
「いえいえいえ、勇者様は何も悪くないです!それに……不思議と今はそんなに怖くないので。あの、私、ちょっと色々あって同年代の男性が怖いんです。それで驚いてしまったんですけど……今、お話するのは大丈夫だってわかりました。勇者様には申し訳ないんですけど、ちょっと……もう少し頑張ってみたいので、そのまま正面を向いてもらっていても良いですか?食事も、続けてください」
「お、おう。わかった」
「ありがとうございます」
やっぱり優しい。
それに、やっぱり今日は何故だか勇者様のことが怖くない。狼さんに勇気をもらったからかな?
厨房からおそるおそる出てみたら、勇者様の姿がよく見えた。お皿の上に盛った三人前の料理は、もう半分以上がなくなっていて、その食べっぷりに思わず笑みが溢れる。
「まかないごはん、気に入ってくれました?」
「おう。美味いなこれ。……もしかしてナマエが作ってる?」
「あ、はい。テルマさんのご主人に教えてもらいながらですけど」
「そっか。毎日でも食いたいぐらい美味いよ。ナマエは良い嫁になるな」
「え……よ、嫁ですか?」
急にそんなことを言われ、顔に熱が集まる。私が内心悶えていたら、何を口走ったのか勇者様自身も気付いたのか、勇者様の尖った耳先が赤く染まっていった。あ……良くみたら勇者様の耳飾り、狼さんと同じものだ。よくあるタイプの耳飾りなのかな。
「ごっ、ごめん!何言ってるんだ俺!今の、忘れてくれ……!」
「ええっと……嬉しいので忘れません」
「!」
私の言葉に思わずっと言った程で振り向いた勇者様とばちっと目が合う。綺麗な青色の瞳。驚きに見開かれた瞳があまりにも綺麗で真っ直ぐ見つめたままふにゃりと笑ったら、口元を手の甲で押さえて真っ赤になる勇者様。ふふ。見た目は同じぐらいの歳みたいだからきっと二十代前半ぐらいなんだろうけど、何だか可愛い。もう、全然怖くなかった。