06 でーとする

 一度平気になってしまえば後は大丈夫だった。勇者様……リンクは口下手なのかあまり話はしないけれど、私が怖がらないよう少しずつ男性に慣れることが出来るようにと協力を申し出てくれた。最初にあんなに怖がって悲鳴をあげたのに、なんて親切なんだろう。
 それにともなって『勇者様』という呼び方よりも名前で呼んでほしいと言われ、さん付けもいらないとのことだったので『リンク』と名前で呼ぶようになった。
 私が名前を呼ぶたびにすごく優しい笑顔で「何だナマエ」と応えてくれるリンク。私がリンクのことを男の人として好きになるのは、自分でもびっくりするぐらいあっという間だった。

「狼さん……どうしよう、私……リンクと一緒にいるとすごくドキドキしてふわふわして、この人が好きだー!って気持ちが溢れちゃって、リンクに色々バレバレな気がする。でも一緒にいると嬉しくて……。どうしたらいいかな?」
「わ……わふぅ」

 毎日の日課になっている狼さんとのお昼休憩。最近は酒場での仕事がお休みの日にも遊びに来てくれるようになったから、いつの間にか狼さんを相手に恋愛相談をするようになってしまった。
 恋愛相談なら狼さんじゃなくてイリアちゃんたちとも出来なくは無いけれど、イリアちゃんはトアル村からそんなに頻繁に城下町に来るわけじゃないし、アッシュさんは騎士団の仕事が忙しい。テルマさんも恋愛相談というよりはすでに色々と事情を察してくれているようで何も言わなくてもリンクとの時間をなるべく多くとれるようにしてくれている。

 相変わらずリンク以外の男の人は怖いけど、リンクに男の人に慣れるためのお手伝いをしてもらうようになってもう三ヶ月。大分同年代の男の人への恐怖心がやわらいた気がする。だからようやく、ずっと避けてきた、人の多い城下町に出かけてみようということになった。リンクと二人で。それって……リンクは「練習のために行ってみよう」と言っていたから他意は無いんだろうけど、私からするとデート。リンクと二人きりで城下町デートだなんて平常心ではいられないよ……。

「リンクは優しいから、きっと私みたいな人を放って置けないんだよね。城下町へお出かけするのだって、練習のためだって言ってたから勇者の正義感で面倒を見てくれているんだろうけど、私の方がこんなに一人でドキドキしてるって知られたら恥ずかしい……。リンクは私のことを助けるために言ってくれてるのに、何を浮ついてるんだって引かれちゃうかな。私、もう良い大人なのに、リンクと一緒にいると恋愛初心者みたいになっちゃうよ……。リンクがカッコ良すぎて辛い」
「わふ」

 熱くなった両頬に手を添えて悶えていたら、隣でお行儀よく座っていた狼さんにちゅっと唇にキスされる。狼さん、最初はすごく照れていたのに、今では積極的に『頑張って』とこうして応援してくれる。

「ありがとう狼さん。頑張ってくるね」
「っわふ!」

 ぎゅーっと狼さんを抱きしめたら、また、身体を擦り寄せてくる狼さん。その柔らかさと温もりに、明日のリンクとのお出かけを頑張ろうと気合を入れた。

***

「ナマエ、大丈夫か?辛くない?」
「うん。今のところは大丈夫。ありがとう、リンク」

 なるべく人通りの少ない時間から慣れていこうということで朝早くから迎えにきてくれたリンクと並んで、まだ人がまばらな城下町を歩く。
 このハイラルに来てからもう少しで一年が経とうというのに、こうして城下町を歩くのは初めて。トリップ直後は自分の置かれた状況がすぐに理解できなくて混乱していたけど、こうして落ち着いた気持ちで歩いてみれば、綺麗に舗装された石畳や街並みの雰囲気がカッコよくてテンションがあがる。

「この大通りを真っ直ぐ進んでいけば、ハイラル城の城門までそう遠くない。今日は外に出る練習だけだからゆっくり散歩するだけだけど、いずれ、ゼルダ姫にお会いすることになればあの城まで行くことになる」
「うん。そうだね。ゼルダ姫なら私が元の世界に戻るための方法を知ってるかもしれないしね!」
「ん……そうだな」

 私の言葉に、リンクが優しく微笑む。その笑顔が、どこか寂しそうに見えるのは、きっと私の自惚れだよね。

「ねぇリンク、私、展望台の上まで行ってみたいな。連れて行ってくれる?」
「おう。いいぜ。行こうか」
「うん!」

 応じてくれるのが嬉しくて駆け出そうとしたら、がっとつま先が石畳の溝に引っかかって体勢を崩す。転倒する!っと思ってせめて受け身を取ろうと右手を構えたら、地面とコンニチハする前にお腹に圧迫感を感じて、ついで背中に温もりと初夏の風を思わせる匂い。

「大丈夫か?」

 少し慌てたようなリンクの声がすぐ耳元で聞こえる。リンクに後ろから抱きしめられてる!認識した途端にかぁぁっと顔が熱くなった。慌ててリンクの腕をお腹から外し、少し逃げるように距離をとってリンクに向き直る。心臓がもたない!

「だだだ、だだ、大丈夫っ!大丈夫!」
「『だだだ』って、ナマエ……ふっ、慌てすぎ。……後ろから触っちまったけど、怖くなかったか?」
「うん、大丈夫。ちょっと、ドキドキしただけ」
「……ドキドキ?」
「うん。ドキドキした……って、え、あ!ええっと、転びそうになったから焦ったの!焦っただけで他意は無いです!」
「ん。そっか。……俺はナマエに触れて凄くドキドキした。すげー良い匂いするし」
「へ?」

 思いがけないリンクからの言葉に思わずピシッと固まる。ついで、少しずつ言葉の意味が頭の中に染み込むように入ってきて、全くもって顔の熱が引く気配がない。じっと見つめてくる青い瞳がどこか熱っぽさを浮かべている気がして、心臓がうるさい。心なしかリンクも赤くなっているし。

「ナマエが……怖く無いなら手を繋いでもいいか?」
「ええぇっ!?」
「だ、ダメか?……まだ怖い?」
「こ……怖くは無いけど……心臓がもたない……かも……」
「それって……俺のこと意識してるって自惚れていい?」
「う……」
「違う?」
「ちが……わ、ない、です」
「何で敬語」

 あまりにも私が動揺するからか、ふはっと笑うリンク。もう、ダメだった。

「……好き」

 ほとんど無意識に気持ちを音にしてしまって、ハッとして慌てて口元を両手でおさえる。だけどリンクにはしっかり聞こえていたみたいで、すごく幸せそうに、愛おしそうな目で「俺もナマエが好きだ」と返された。