21

 城下町を出た後、数日かけてコログの森にやってきた。
 ゼルダ姫が心配していた迷いの森はリンクくんが松明を使って道を見つけてくれたことで抜けることができ、特に大きな問題もなかった。その抜けた先にいた大きな森の精霊、ボックリンが「おねぇさん、また来てくれたのー?ウレシイー。元気だったー?」って聞いてくれたけど、私としては初対面なので反応に困っていたらシクシク泣かれた。いや、涙が出てないから雰囲気だけでしかわからなかったけど。
 デクの樹様というコログの森の長老?は眠っていたから直接話をすることはできなかったけれど、代わりにたくさんのコログに囲まれた。
 ………何故に?

「オネェさんイイ匂いするネー」
「オネェさん抱っこシテ」
「一緒にアソボー」
「一緒に踊ろウ」
「フカフカしヨー」
「オネェさーん」

 右を見ても前を見てもコログコログコログ。
 いろんな仮面のコログたちに囲まれて、あ、これなんかデジャヴ。
 
「リンクくん………何か前にもこういうことがあった気がする」
「うん。俺も全く同じ状況を前に見たよ。百年後の世界の方で」
「世界が変わっても何故かコログに懐かれる。可愛いから良いんだけど………助けてリンクくん」
「はい。了解頂きました!ということでナマエさんから離れようか!」

 そうして笑顔に怒りマークの幻が見えるリンクくんによって、私はコログに埋まった状態からサルベージされたのだった。

***

 一度サルベージされてからは、平和なものだった。
 何体かのコログは近くに寄ってきたけれど、よしよしと撫でてあげると満足するのか、さっきのようにピタッとくっついて離れないということはなく、適度な距離感を保っていた。
 私とリンクくんはデクの樹様の正面に位置する広場、その中央にある三角形の台座に腰掛けてぼーっと空を眺めている。幾重にも重なる木々の枝が風にゆらめくたびに光が溢れ、大地に降り注ぐ。幻想的なその光景を、何時迄も見ていられそうだった。

「この場所は、どんな場所なの?」
「ここは退魔の剣、マスターソードが眠りにつく場所。使い手の手を離れた時にマスターソードはこの地で眠りにつき、次の勇者の手に渡るまで力を蓄えて待つ。そんな場所。………ゼルダ姫からの受け売りだけどね」
「そうなんだ。特別な場所なんだね。退魔の剣って言うけど、リンクくんの言ってた退魔の騎士と関係あるの?」
「マスターソードに選ばれた人が『退魔の騎士』と呼ばれるんだ。俺の持ってるマスターソードはこの世界では眠りについたままだけど、元の世界線に戻ったら、また目を覚ますかもしれないね」
「使い手の手を離れる………っていうのは、リンクくんが自分で選べることなの?」
「どうだろう?考えてみたこともなかったな」

 私の言葉に、リンクくんはマスターソードを鞘から抜いて構える。そのまま流れるような動きで素振りを続ける。

「リンクさんが持ってるマスターソードと全く一緒なんだね」
「世界線は違えど、厄災ガノンの脅威に何度も晒されてきた世界だからね。マスターソードが同じ形状なのも、平行世界である証拠なのかもしれない」
「リンクくんはゼルダ姫とコログの森に来たの?その時に剣を抜いたの?」
「いや………俺が剣に選ばれたのはもっと早かった気がする………。そのあたりのことは正直覚えていないんだ。多分その辺りの流れも、俺とこの世界のリンクじゃ状況が違うと思う。このコログの森でアストルに襲われた時に、アイツは剣に選ばれた。けど、俺は近衛騎士になった時にはもうマスターソードを持っていた気がする」
「すごいね………リンクくん。君、エリート中のエリートだったんだ。さらにモテ要素が追加されてしまった」

 思わず感嘆の声をあげると、何故だか苦笑された。

「俺はナマエさんにだけ好きでいてもらえたらいいの。ナマエさんにモテるなら願ったり叶ったりだね」
「またそう言うこと言う。リンクくんは前からずっとそんな感じなの?」
「前からって?」
「恋人になる前から」
「うーん………そうだなぁ」

 一通りの型の素振りが終わったのか、リンクくんが剣を鞘に収める。

「ナマエさんはさ。俺のこと好きなのに、絶対認めようとしてくれなかったんだよね」
「え………そうなの?」
「俺がゼルダ姫のことを想ってると思い込んでてさ」
「………何かそう思うような要素があったんじゃないの?」
「そうかもしれないね。ナマエさん、俺が知らないこともたくさん色々知ってたみたいだったから」
「ふむ。なんでだろ。千里眼の才能でもあったのかな」
「ナマエさんは『物語』としてハイラルのことを知ってたって言ってた。どんな形で知り得たのかは詳しくは教えてくれなかったけど、マスターソードのことも出会った時にはもう知ってたなぁ」
「ふーん………」
「で、話は戻るけど。ナマエさんが俺のこと好きだって認めてくれなくても、もっと好きになってもらって、俺もナマエさんしか見てないよってわかってもらったら恋人になれるかなって、頑張ったんだよ」
「………そうなんだ」

 あんまり綺麗に笑うから、思わず目を逸らす。
 ………顔が、熱い。

「ナマエさん」

 すっとリンクくんが目の前にしゃがむ気配がする。
 ちらっと目をやると、ひざまずいたリンクくんのどこか熱っぽい目と目があって、今度はその目から目が離せなくなる。

「私の心は、想いは、常に貴女と共に。どうか私と共に生きてください。死が私と貴女を分つまで」

 視線を合わせたまま左手を取られ、そのまま手の甲に口付けられた。柔らかいリンクくんの唇。触れた手は、見た目に似合わずごつごつした剣を扱う人の手だ。
 ああ、心が震えてる。
 リンクくんのことを思い出せないのに、その言葉は聞いたことがあるような気がする。今、すごくリンクくんが欲しいって思ってる。
 つぅっと頬を涙が伝うのがわかった。
 
「リンクくん………私、自分に嫉妬してるかもしれない」
「うん」
「………君のこと、思い出したい………」
「うん」
「どうして、思い出せないんだろう。『知って』いる気がするのに」

 涙が止まらない。そんな私の頬に手を添えて、リンクくんが涙を拭ってくれる。私のことを見る目がとても優しい。ああ、私………この人のことが好きだ。記憶がなくとも、心がリンクくんのことを求めてる。思い出よりも先に、気持ちの方が走ってる。

「焦らなくていいよ、ナマエさん。俺はナマエさんの傍にいるから。ナマエさんと一緒にいるから。思い出せないなら、またこれから一緒に思い出を作っていけばいい」
「何でそんなにベタ惚れなの………」
「うーん………ナマエさんだから?」
「それが答え?」
「それが答えかな」

 また綺麗に笑う。

「私………このままでもいいの?」
「いいよ。このままでも。なるようになるよ」
「ふふ………適当だなぁ、もう」

 リンクくんの言葉が嬉しくて、笑ってしまう。

「ねぇ、リンクくん」
「何、ナマエさん?」
「私、君のことが好きみたい」
「!」
「記憶がなくても、私のこと恋人にしてくれる?」
「もちろん!ナマエさんも、俺のこと恋人だって思ってくれる?」
「うん………リンクくんが嫌じゃなければ………」
「嫌なわけない!」

 少し食い気味に言われて、また笑ってしまった。
 ああ。気持ちを言葉にしてみたら、ピタっと心の中に欠けてたパズルのピースが埋まったような気がした。
 リンクくんのことが好き。
 リンクくんが欲しい。

「リンクくん………はしたないって思われるかもしれないけど、私、今すごく君のことが欲しい」
「えっ………それって、え………!」

 私の言葉に、リンクくんが一瞬で耳まで真っ赤になる。そういう反応をするってことは、んんっ………思い出せないけど、つまり『そういう』こともしてたってことだよね。恋人だったわけだし………。

「でも、あの、直ぐにってわけじゃなくて、えっと………」

 さすがにちょっと自分の大胆な発言に恥ずかしくなって目を伏せると、不意に頬に柔らかい感触がして体が震えた。

「へっ………あの、リンクくん?」

 涙で濡れた目尻に唇が。
 ぺろっと頬を舐められて、心臓が跳ねる。

「ナマエさん………好きだよ。大好き。愛してる」
「!っ………リンクくん」
「キスしていい?」
「んんっ………(いいよって言う前にもうしてる!)」

 触れ合ったところが熱い。そのまま背中に腕を回されて、ゆっくり地面に押し倒された。触れ合うだけだったキスが深いものに変わって、何度も息継ぎしながらキスを交わす。

 ………これも………知ってる、私………
 そうだ………私、この人とこんなキスをしたことがある。
 この感触も、感情も、リンクくんだからなんだ。
 
「思い出した………」

 思わず呟くと、リンクくんの空色の目が少しだけ大きく開く。

「リンクくんと………前にもこうやってキスしたことある………」
「俺のこと………思い出した?」
「ん。たくさんキスする仲だってことは思い出した………かも」

 は………恥ずかしい!!
 何でそういうことを一番に思い出すかな!
 そして何と言うか………
 私、前にも多分、自分からリンクくんのこと欲しがった気がする!
 うわー………もう、穴があったら入りたい。

 手が自由になってて良かった。
 あまりにも恥ずかしすぎて、両手で顔を覆う。
 何かもう、ヤダ。
 今度は恥ずかしくて涙出てきた。

「キスで………俺のこと思い出してくれるなら、それ以上のことしたらもっと全部思い出してくれる………?」
「へっ?えっと、それはわからないけど………」
「ナマエさん………抱きたい。今すぐナマエさんのこと抱きたい」
「うぇっ………ええっ!」

 リンクくんの発言に、思わず変な声が出る。
 さっきまで欲しがってたのは私の方なんだけど………。

「リンクくん、ダメ」
「何で?俺もナマエさんのこと欲しい」
「ダメです。場所考えて」
「場所………」
「たくさん見られてます」
「見られて……………っ!」

 私の言葉に、ふっと周囲を見回したリンクくん。
 しばし固まる。

「……………見られてるね」
「見られてるでしょ……………」

 気がつけば周りを取り囲むようにしてコログ達が集まっていた。

「流石にそういう趣味はありません」
「……………はい」

 とりあえず冷静になろう。
 周りが見えなくなるって、危険だね!