宿屋に戻ってしばらくのんびりしていると、コンコンっと控えめにドアがノックされた。誰だろう?とリンクくんと顔を見合わせるが心当たりはない。
「どちら様ですか?」
「………リンクです」
部屋を訪ねて来たのはリンクさんだった。
ドアを開けたリンクくんの側からひょいっとのぞいてみれば、さっき別れた時に着ていた英傑の服ではなくてもっとラフな格好のリンクさんがそこに立っていた。
「リンクさん、どうしたの?」
「ナマエさんに用事があって」
「?そう?」
「ナマエさんが大丈夫なら少し付き合って欲しいところがあるんだけど、いいかな?」
「私は大丈夫だけど………リンクくん、私、ちょっと行ってきていい?」
「ん………。本当はダメって言いたいところだけど………。ナマエさんに狭量な男だって思われたくないからね。いいよ」
「はぁ………?まぁ、いいならいいや。じゃぁ、ちょっと行ってくるね。リンクさん、行こうか」
「はい」
リンクさんは軽くリンクくんに黙礼すると、先に歩き出した。
「ナマエさん」
「なぁに、リンクくん」
「食べられちゃダメだよ」
「なっ!バカ!何言ってんの?!」
現役の姫付きの騎士相手に何の心配してるの!思わずリンクくんの両頬をむにーっと引っ張って、……………引っ張ってしまった。何やってんだ私!慌ててぱっと手を離すも、リンクくんは何故か幸せそうに笑ってる。かえって喜ばせてしまった…………だと?えぇ………まさかリンクくんそういう趣味が………?
「無いからね」
まるで心を読まれたかのタイミングで言われてドキっとする。
「待ってるからゆっくりしておいで」
「うん。ありがとう」
ひらひらと手を振られて今度はあっさり送り出された。
一体………何なんだろう。
その一連のやり取りを見てたリンクさんが何とも言えない表情になっていたのには、背中を向けていたので気づかなかった。
***
久しぶりに会ったけれど、ナマエさんは以前と変わらなかった。最後に息吹の勇者に抱き抱えられたナマエさんを見た時、心の芯がひゅっと冷えて、本当は俺がナマエさんの側に居たかった。
だけど立場上そんなことは許されないし、息吹の勇者なら絶対にナマエさんを死なせたりしない、と。そこだけは妙な確信を持って信じられた。
だから無事に厄災の封印に成功して、平和を迎えた時、ナマエさんが回生の祠で眠りについたと聞いた時にも、大丈夫、いつかまた会えるって信じていられた。
そのナマエさんが今、目の前で笑ってる。
心から、生きていてくれて良かったと思う。
「リンクさん、どこに行くの?」
「ナマエさんが目を覚ましたら渡したいと思ってたものがあるんだ。それを取りに行くのに、ナマエさん本人と一緒がいいなって」
「そうなの?私はリンクさんにそういうことをしてもらえるぐらい仲が良かったの?ごめん、そこまで思い出せてなくて………リンクさんが食べるの好きな健啖家っていうのは思い出したんだけど」
「ゼルダ姫のためにフルーツ集めをした時のこと………?試作品をたくさん食べたからか。まいったな。ナマエさんに思い出せてもらった俺は食いしん坊なのか」
「あはは。元気でいいと思うよ。まだまだ食べ盛りでしょ。騎士様は忙しいんだから。しっかり食べなきゃね」
「………ナマエさんの作ってくれたケーキだから余計に美味しかったんだよ」
「え………」
「いや………何でもない。さ、着いたよ」
宿屋からゆっくり歩いて十五分ぐらいの距離。案内したのは服飾屋。カランっとベルの音が響く店内には雑貨なども置いてある。人気のお店だから、店内にはそこそこ人が多かった。
「ナマエさん、こっち。人………多いから手、繋ぐね」
「あ、うん」
さりげなくナマエさんの右手を取って店の奥まで進んでいく。訓練中でも無いのにこうして触れるのはちょっと緊張する。ナマエさんに俺の緊張が伝わってないといいんだけど。ちらっと横目で見たら、目が合ったナマエさんににこっと笑顔をもらった。ぐっ…やっぱり可愛い。息吹の勇者は………こんなナマエさんをもっとたくさん見てるんだろうって思うと、やっぱり悔しくなる。先に出会ってたのが俺なら良かったのにって。
ただ………色んなしがらみのある今の俺の立場じゃ、ナマエさんと一緒になりたくても周りがそれを許してくれない気がする。もし………もしもナマエさんが俺を選んでくれるなら、全力で一緒に幸せでいられるように努力するけど。
「すみません、頼んでいたものを取りに来ました」
「ああ、あなたでしたか。はい。出来上がっていますよ。どうぞこちらへ」
店の主人に促されてさらに奥へ。
小さなゲストルームになっているその場所は表の喧騒から少し距離があるから落ち着いている。実は貴族向けのVIPルームだったりする。本当はそれなりの服装をしないといけないのだけれど、ナマエさんに気を使わせたくなくて事前に話を通しておいたのが功を奏したかな。出された飲み物をリラックスして楽しんでくれている。
前々から思ってはいたけれど、お茶を飲むナマエさんの所作は綺麗だ。眠りから目覚めて記憶がなくとも、そういったところは身体が覚えているのだろう。本人は貴族なんてとんでもない!と言っていたことがあったけど、教養のある人だよね。
俺も近衛騎士になるために、幼少期に叩き込まれたけど………。ナマエさんは一体どこでそういったものを身につけたのだろう。
「わぁ………なんだかドキドキしてきた。リンクさん、顔パスなんだね」
「近衛騎士になってからはそれなりの位にいる人たちとのやり取りもあったからね。年齢不相応だとは思うけど、以前から色々勉強させてもらってるんだ。ここの人たちは俺が田舎の出身でも、ちゃんと扱ってくれる」
「あー………やっぱりそういう苦労はあったんだ」
「まぁ、予想の範囲内といえばそうだから。姫付きの騎士になったら、表面上は落ち着いたし。厄災ガノンを封印してからは、さらに状況が変わったように思う」
「………さすが姫付きの騎士。私では想像もつかないようなことも色々ありそうだね。だけどね、リンクさんなら大丈夫だよ。………お姉さんワクワクしてるよ。君の将来、楽しみだねぇ。リンクさんのこと、応援してるからね。私にもできることがあったら言ってね」
とても優しい顔で笑うナマエさん。
だから思わず………
「じゃぁ…………………俺と結婚してくれる?」
「え………」
ぽかんっとした後、見る間に真っ赤になるナマエさん。
それを見て、自分も顔に熱が集まるのがわかった。
「……………………冗談です。ごめんなさい」
「あ、あはは………びっくりした。リンクさん、そんな冗談言うんだね。リンクさんみたいな美形にそんなこと言われたら、女の子たちグラっと来ちゃうよ。ちゃんと大事な人のためにとっておきなよ」
「………そうだね」
……………………本気だったけどね。
ナマエさんを困らせるのは本意じゃ無いから、冗談ってことにしておく。多分………ナマエさんも本当はわかってるんだろうけど。
「お待たせしました。リンク様。こちらです」
「ありがとう。見せてもらいます」
少し微妙な空気になりそうだったけど、絶妙なタイミングで店主が声をかけてきた。赤い布貼りのトレイに載せて持ってこられたのは、赤い糸と金色の糸にルビー、ダイヤを組み込んだ組紐と、同じ色合いの糸をベースに、トパーズ、サファイア、オパールを中央に配置した花がポイントになっているお揃いの飾り紐。本当は俺の目と同じサファイアだけをベースにしたものを贈りたかったけど、あからさま過ぎるかなと思って、ベースはナマエさんのイメージに合う色を選んだ。
それぞれの宝石にはナマエさんの無事を願って護りを込めてある。
「ナマエさんの黒髪に映えるものを、と思って。編み込みでも、そのまま結び目に巻き付けても使えるような形状にしてもらったんだ。飾り紐の方は弓につけるのも良いかもしれない。ナマエさんがいつも幸せでありますようにって、願いを込めた。………受け取ってもらえると嬉しい」
「ええ………嬉しいけど………私、本当にリンクさんにここまでしてもらえる人なの?何をお返しすればいい?」
「もう、たくさんもらってるから。何も返さなくていいよ」
「でもそれ、記憶を失う前の私なんじゃないの?それらしきこと、何かやったかな………?思い出せない………ごめんね………」
「『ごめん』よりも、『ありがとう』が聞きたいな。ナマエさんが覚えていなくても、いいんだ。何か特別なことがあったんじゃなくて、毎日のちょっとしたことの積み重ねだから。そうだな………これは俺の自己満足。ナマエさんに感謝の気持ちを伝えたい俺の自己満足を満たすために助けてよ。ナマエさん」
「ええぇ………でも、いいの?正直、めちゃくちゃ私の好みだから今、すごく嬉しい。嬉しいけど………」
「俺のこと助けて、ナマエさん」
「ゔっ………」
こうやってお願いすると、何だかんだ断れないナマエさんに強引で悪いけど………。嬉しく思ってくれるなら、受け取って欲しい。
「ダメ?」
「だ、ダメじゃ無いし、嬉しいよ!?嬉しいけど、本当にいいのかなって気持ちが強くって………せめて何かわかりやすくお礼させてくれないかな?じゃないと、ごめん。受け取れない」
「うーん………そっか。じゃぁ、手料理。ナマエさんの手料理食べさせて。材料は俺が用意するから」
「お鍋に放り込むだけだけど………」
「いいの。ナマエさんの手料理が食べたい。息吹の勇者にじゃなくて、俺のためだけに作って。今度の遠征に持って行くから。無事に帰って来れるようにって気持ち込めてくれる?」
「(何でそこでリンクくんが出てくるの?)そんなことでいいの?無事に帰ってきて欲しいのなんて、当たり前なのに」
「………その気持ちが俺にとっては嬉しいんだ。料理ならわかりやすく俺を助けてくれるでしょ?」
「うーん………リンクさんがそう言うなら………。わかった。じゃぁ、遠征用特製料理メニューの報酬として、ありがたく頂きます!」
「うん。良かった。受け取ってくれてありがとう。ナマエさん」
「こちらこそ。私のためを思ってくれてありがとうね。リンクさん。大事にするね。さっそく着けてみてもいい?」
「うん。もし………嫌じゃなかったら俺が着けてもいい?」
「いいの?じゃぁ、お願いします。どっち向いたらいい?後ろ向く?」
「そのまま座ってて。俺がそっちに行くから」
トレイの上から組紐を取る。
立ち上がってナマエさんの後ろに回って、後ろで一括りにしている髪に手を伸ばした。艶のある黒髪に、組紐の鮮やかな色が映える。
くるっと巻き付けて結んだら出来上がり。
「うん。思った通り似合ってる」
「そ、そう?ありがとう」
照れてるところも可愛いなぁ。
やっぱり………息吹の勇者が羨ましい。
抱きしめて、その白い頸に口付けたい。
暴れ出しそうな気持ちを抑えるために、ぎゅっと手を握る。
どうか百年後に帰ってしまった後も、俺のことを忘れないでいてね。
服飾屋でナマエさんに渡したいものを渡したあと、さっそくたくさんの料理を作ってもらった。料理ポーチがいっぱいになるぐらいの料理が作れるぐらい食材があったことにまず驚かれた。
やっぱり食いしん坊だ………。
しみじみ呟かれたのは少し不本意だけど、ナマエさんの手料理が食べられるなら食いしん坊でもいいや。
料理………永遠にとっておこうかな………って思わず口にしたら「ちゃんと食べて」って怒られたのもご愛嬌。
宿屋にナマエさんを送って行った後、ナマエさんの髪につけられた組紐を見た息吹の勇者は俺にだけじとっとした目線を寄越してきたけれど、何も言わなかった。
百年後に戻ったらもう二度とナマエさんに会えない俺の気持ちがわかるんだろ?だから内心苦々しく思ってても、尊重してくれるだろ?
だからナマエさんを………絶対に幸せにしてくれよ。