04

 そうしてリンクさんと他愛もない会話をしているうちに、目指していたゾーラの里の中心部に到着した。

「待ち合わせの時間よりも少し早く着いちゃいましたね」
「うん」

 待ち人はシドとヨナ。
 お世話になった二人にゾーラの里を出る前にお礼と挨拶をしておきたいとリンクさんに話したら、リンクさんが二人に話を通してくれていたのだ。
 王様と王妃様という立場で忙しい二人を呼び出すなんて畏れ多いことではあるのだけれど、謁見の間ではなく里の入り口まで見送ってくれるという話になったらしい。

「水臭いことを言うなリンク! 俺とキミの仲だろう! ナマエにも民が世話になったんだ。出立するキミたちを見送らせてくれ」

 と、シドに言われたんだって。
 待ち合わせの場所はシドが背中にハイリア人の英雄を乗せている場面を再現したという像の前。

「中央部に設置されている像でシドの背中に乗っているハイリア人ってリンクさんだったんですね」
「うん。いつの間にか像ができていてさ。俺は嫌だって言ったのに、シドが……」
「シドならあの笑顔で押し切りそうですね」
「押し切られたよ。作ったものを壊してほしいとはさすがに言えない」
「事後報告だったんですか」
「『事前に相談があったら反対するだろう!』とあの笑顔で」
「あの笑顔で」

 まったく仕方がないよね。とぼやくリンクさんと顔を見合わせ、ぶはっと二人揃って吹き出したところでちょうどシドとヨナがやってきた。
 お腹を抱えて笑っている私たちの姿を見た二人には不思議な顔をされたけれど、それもまた可笑しくて笑ってしまった。

「じゃあね、シド、ヨナ。里にいる間、お世話になりました」
「ああ! またいつでも立ち寄ってくれ! リンク、ナマエのことを宜しく頼むぞ。それに、君自身のこともナ」
「ああ。ありがとう、シド」
「ナマエさん。ナマエさんにはシドくんを始め、里の者がお世話になりました。おかげで『眠れない』と不眠に悩まされていた民も、よく眠れるようになったと喜んでいます」
「それは良かった。眠るって大事だからね。もしもまた私のお手伝いが必要になることがあれば、気軽に手紙を送ってね」
「はい。ありがとうございます」
「じゃあ、またね」

 約一ヶ月ほど滞在していたゾーラの里を離れるのは少し寂しかったけれど、いつかまた来よう。山登りがあるから足腰がしっかりしているうちに。私の移動速度だと、次にここに来れるのが何年先の話になるかわからないけど。
 それでも必ずまたここに来たい。
 そう思わせてくれるような素敵な里だった。

 里の入り口にある長い長い大橋の先で私たちを見送ってくれるシドとヨナに大きく手を振り、そして、大きく深呼吸をして気合を入れてから足を踏み出した。
 ゾーラの里から他の場所に行く道が開けた場所までは山登りや崖下りをしなければならない場所がある。だから気合を入れないといけないのだ。

「三年ほど前に『天変地異』があって、一時はゾーラの里に続く道が落石で断絶してたんだよ。今でこそ道が通って以前よりは通りやすくなっているけどね」
「リンクさんはその当時もこの道を通っていたんですか?」
「通ることもあったし、川上りすることもあった。空からパラセールで移動したこともあったな」
「パラセール?」
「そう。あれ。あそこ、山の上に塔が建っているのが見える? あれは『鳥望台』っていう施設なんだけど、あそこから空に打ち上げてもらうんだ」
「打ち上げてもらうって……何か乗り物みたいなものがあるんですか?」
「いや、生身の身体一つで」
「何て恐ろしいことをやってるんですか」
「ははっ。だよね。俺もそう思う。でも、必要なことだったから」
「怖くなかったんですか?」
「問答無用で打ち上げられたから考える暇も無かったよ。……うん。あれは問答無用だった。最初は驚いたけど、もっと高いところからダイビングしたこともあるし、まあ、慣れたよ」
「えぇ……あの塔より高いところって、まさかあの空に浮かんでいる島みたいなものから飛び降りたとかじゃないですよね? まさかね」
「よくわかったね。正解!」
「そんな良い笑顔で親指を立てられても……! そもそもどうやってあんな高い場所に行けるんですか。空飛ぶ魔物の背中に乗って連れて行ってもらった……とか? リンクさんって魔物を使役できたりします?」
「いや、さすがにそれは無理。詳しくは言えないけど、空島まで行く方法が別にあるんだよ」
「そうなんですね。あんな高いところに行けるんだ」
「ナマエも一緒に飛んでみる? 結構気持ち良いよ。晴れた日なんかは特に」
「断固として拒否します」

 さらっと恐ろしいことを提案してくるものだからあわてて両手を振ってお断りさせてもらった。

「だって、パラセールってものがどんなものなのかもわからないし」
「機会があったら見せてあげるよ。短距離だったら君を背負って一緒に飛んでみても良いしね」
「その背中に背負っているものはどうするんですか」
「あ、そうか。じゃあ、正面から抱きついてもらおうかな」
「リンクさん! 距離感っ!」
「ははっ。ごめんごめん」

 こんな風に軽口を叩きながら来るときにはコーガさんに護衛してもらって歩いた道を、今度はリンクさんに護衛してもらいながら逆に向かって歩く。

「目指す先は『山麓の馬宿』だったよね」
「はい。そこがゾーラの里から一番近い馬宿なんですよね?」
「そうだね」

 ゾーラの里を出て目指す先をリンクさんからたずねられた時、私は事前にコーガさんに教えてもらっていた里から一番近い馬宿の名前を挙げた。
 その馬宿は『山麓の』と名前がついている通り、デスマウンテンという名前の響きがちょっと怖い大きな火山の麓にある馬宿らしい。
 そこで私宛に仕事の依頼が届いていないかを確認するのだ。

 そして仕事の依頼が届いていれば依頼主のいる場所を目指し、特に依頼が届いていなければ、馬宿から北上して山登りをし、ゴロンシティというところに行ってみようと思っている。
 リンクさんにそのことを話したら、地図を見ながら「もう道が通ってたっけ……?」と考え込んでいたけれど、まあ、何とかなるでしょう。

 ゾーラの里にいたゴロン族の人曰く、ゴロンシティはゴロン族の人たちが住んでいる場所で、町の内外を問わず、至る所に温泉が湧いているらしい。
 そんなことを聞いたら、依頼の有無にかかわらず一度は行ってみたいと思うよね。
 かなり広い温泉もあるらしいので、泳いでみたい。
 そう言ったらリンクさんには笑われたけれど「じゃあリンクさんは泳いだことがないんですか?」って聞いたら笑顔のままゆっくり視線を逸らされたから、この人は温泉で一通り遊び尽くしたことがあるんだなと羨ましく思う一方、結構気ままに人生を楽しめてるじゃないのと安心もした。

「山麓の馬宿までは休憩を挟みながらゆっくり移動して、大体十日ぐらいかかるかな。天気によってはもっとかかるかもしれない。ナマエは病み上がりだから、決して無理をしないように。雨が降り出しそうな時は早めに雨宿りできるようにするし、雨が降っている間は移動しないから。いいね?」
「はい。護衛さんの言うことは素直に聞きます」
「そうしてくれると助かるよ。護衛対象が言うことを聞いてくれないのが一番困るから」
「……苦労されたことがあるような口ぶりですね」
「あ……。ああっ、ごめん! 今のは忘れて!」
「はいはい。わかりました」

 あまりにもリンクさんが慌てるものだから、思わず笑ってしまった。
 百年前の騎士時代のことは覚えていないそうだから、きっと苦労したのはここ最近のことなんだろうな。

「まあ、とにかく! 一応、半日ほど進んだ先までの区間はあらかじめ魔物を片付けておいたけど、それでも新手に遭遇しないとは限らないから。もしも魔物と戦わなければならない状況になったら、ナマエはすぐに隠れてね」
「はい。コーガさんに護衛をしてもらっていた時も瞬時に隠れてましたので、ご安心ください! 気を引き締めて全力で隠れますから!」
「……うん。そのぐらいの気合があるなら安心だね」

 先ほどの慌てた様子とはうってかわって楽しそうにくすくすと笑うリンクさん。フードからこぼれてた蜂蜜色の髪の毛が動きに合わせて揺れている。
 今日は朝から空が透き通って見えるほどの晴天だから、揺れる髪の毛に太陽の光がきらきらと反射してまるで輝いているようだ。私の真っ黒な髪の毛とは違う綺麗な金色。
 ちょっと羨ましいなと思いながら私の歩調に合わせて隣を歩くリンクさんの横顔をちらちらと盗み見ていたら、ふいにリンクさんが私の方に顔を向けて少しだけフードを上げた。
 透き通るような空色の瞳があらわになり、ばちっと視線が交わる。

 ああ、何て綺麗な空色なのだろう。

 こうして太陽の下で見るリンクさんは、リンクさん自身が太陽のようだ。
 眩しくて、綺麗で、じっと見ていると焦がされるよう。

「そんなに熱い視線で見られていたら照れるんだけど」
「あ……、ごめんなさい。つい」
「俺の顔に何かついてる?」
「いえ。太陽の光の下で見るリンクさんの髪の毛がキラキラしていて綺麗だなぁと思って」
「俺はナマエのその夜の闇を閉じ込めたような艶のある黒い髪が綺麗だなって思うよ? ナマエのその、深いアンバーブラウンの瞳も」
「っ……」

 真っ直ぐに射抜かれるような静かな視線で見つめられて呼吸が止まりそうになった。
 私が今まで出会った中で一番の美人さんにそんなことを言われると、そこに他意は無いと思っていても心臓の鼓動が早くなってしまう。
 上手く言葉を返せないままふっと視線を逸らしたら、ふっとリンクさんが笑ったのが小さな吐息の音でわかった。

「これは綺麗なものに対する感想だから、距離感の問題にはならないよね。ナマエも俺に対して同じことを言ってるし」
「あー……はい。そうですね。すみません。まじまじと見てしまって。美人は三日で飽きると言いますが、リンクさんの場合はいつまでも見ていられるなあと。ついつい観察してしまいました」
「……三日で飽きたりしない?」
「飽きません! いつまでも見ていられます。……やっぱりリンクさんの絵姿を販売すれば大儲け間違いなしかと!」

 ぐっと拳を握って鼻息荒く自信満々に言う。
 だって絶対売れると思うんだよね。
 リンクさんが『勇者』だからってわけではなくて、綺麗なお顔をしているから。
 それに成人男性としては小柄な方なんだろうけれど、施術の時に見た身体は引き締まって整っていたし。歩く姿や所作も綺麗。
 格好が格好なら、どこかの国の王族と言われても不思議ではない貫禄もある。
 これで売れないわけがあるまい。

 ああ、でも。
 絵心の無い私には自分でリンクさんの絵姿を作ることができないから、誰かに描いてもらわないといけないや。
 馬宿でお客さんを探すのと一緒に、絵描きさんも探せないか相談してみようかな。

 顎に手を当てながらそんなことをぐるぐると頭の中で考えていたら、とんとんっと軽く肩を叩かれた。
 反射的に私の肩を叩いたリンクさんの方を見れば、妙に良い笑顔になっているリンクさんと目が合う。
 何その笑顔。
 嫌な予感がして自分の口元が引き攣ったのがわかった。

「……君の絵姿との抱き合わせで販売するんだったら考えてあげても良いよ」
「えー……私の絵姿の需要なんてありませんって」
「大丈夫。俺が買うから。作れるだけ作って良いよ。全部買うから」
「すごい値段つけますよ? それこそ売上で一生遊んで暮らせるぐらいの値段を」
「それでもかまわないよ。蓄えはある方だから」
「ちょっ……いくらなんでも冗談ですよね?」
「ははっ」
「リンクさん!」
「はははっ」

 うぅ……。
 リンクさんの真意が見えない。
 でも何となくこのまま話を続けていると私の方が不利になりそうな気がしてきたから、やっぱりリンクさんの絵姿で稼ごうとするのは止めておこう。

***

2025.09.27 雑記帳にてパス限公開→10.15専用ページに移動