「ところで今さらなんだけど」
「はい」
「ナマエってハイラルの事情をよく知らないのに、よく自分の仕事のお客さんを見つけるために馬宿を使おうって思いついたね」
「あ、ああ。それ、私の考えではなくてコーガさんのアイデアなんです」
「え……」
「ウオトリー村を出る時に、旅をしながらでもできるお客さんの探し方についてコーガさんに相談したところ、馬宿のベッドを仕事場としてお借りすることと、馬宿のネットワークを使って私の仕事を宣伝してみてはどうかと助言をいただきまして」
「へえー……コーガが、ね」
「馬宿を使えば旅の間の寝床を確保しつつ、仕事をすることができます。『眠り師』の仕事をする時には施術対象を眠らせることになるので、ベッドの準備は必須。その点、馬宿にはベッドがありますから、丁度良いんですよね。その辺りのところを上手く説明して、馬宿の方に話を通してくださったのもコーガさんだったんですよ」
「ふぅん。コーガはずいぶんとナマエに親切だったんだね」
「はい。とても良くしていただきました」
私が眠り師として施術をしたのはコーガさんではなくて、コーガさんがまとめているという団体の構成員さんたちだったのだけれど、ひどい不眠に悩まされていた構成員さんたちの睡眠障害になっていた事象を私が『消した』ことでよく眠れるようになった。
団員さん思いのコーガさんはそのことについてすごく感謝してくれて、そのお礼にサブスク会員になってくれただけではなく、私の仕事の営業についても力になってくれたのだ。
おかげでゾーラの里に来るまでの路銀をためることができたし、移動の途中に立ち寄った先の馬宿で仕事をすることもできた。
「馬宿には旅人、行商人をはじめとする人たちの出入りがありますし、彼らはハイラル各地の村や街にも出向いていますから、私の仕事に満足していただけたら周りの人にお話してみてください、と言ってみてはどうかと。人伝いに広がる『口コミ』というものですね。あとは、馬宿には定期的に新聞社の方が顔を出されるそうなので、その方に、新聞への広告掲載を頼んでみてはどうか、とも」
ハイラルの事情をよく知らない私にコーガさんはいろいろなことを教えてくれた。
お嫁さんになることを断った時には少し気まずかったけれど、その気まずさが続かないようにその場を和ませてくれるような余裕もあった。大人の余裕ってやつだよね。
コーガさん、元気にしてるかな。
ゾーラの里に到着した後、シドの厚意で清流の御所を使わせてもらうようになってからは、代理の人がツルギバナナを届けてくれる時も私が気づかないうちにこっそりツルギバナナだけ置かれるようになっていたから、代理の人にコーガさんの様子を聞くことができない。
代理の人とは世間話の延長線上でコーガさんの様子を教えてもらうことがあったのだけれど、今はその代理の人と接触できていないから。それに、リンクさんが私の看病のために御所にいる間は、バナナがルピーになっていた。あんなにツルギバナナ推しの人だったのに、急にルピーを送ってくるなんて……何かあったのかな。
そんなことを考えていたら、隣を歩いていたリンクさんからの視線を感じた。
「どうかしましたか?」
「いや……。その、さっき言っていた新聞への広告掲載のことなんだけど」
「はい」
「シロツメ新聞社のミツバなら、確かに君の仕事に興味を持って広告を載せても良いって言ってくれるかもしれないなって思って」
「リンクさんは新聞社の方とお知り合いなんですか? もしかして『勇者』として新聞に載ったこともある、とか?」
「うん。まあね」
「おお……さすがですね。……知名度が劇的に上がったのでは」
「……まあ、ね」
「だからそうやって顔を隠すようにしてフードを被っているんですか? 清流の御所にいた時と逆転しちゃいましたね。今は私の方が顔を出していますから」
「ははっ。そうだね」
やっぱりあんまり『勇者』としての自分には触れてほしくないらしい。少し元気のない笑い方をするリンクさんはどこまでも『普通』を求めているのだろう。
私には『勇者』としてのリンクさんが背負っていたものがどれほどのものだったのかはわからない。わからないけれど、リンクさんにリンクさん自身が頑張ったことまで否定してほしくはないなと思う。
これはとても手前勝手な考えではあるけれど、それでもこの五日間の間にリンクさんに看病してもらう中で、この優しい人が前を向いて生きたいと思えるようになるために、できるだけのことをしてあげたいといっそう強く思うようになっていた。
「取材をしているのは主にリト族のペーンで、編集長がハイリア人のミツバ。馬宿に顔を出しているのはペーンの方だと思うよ」
「リト族の方はウオトリー村にもいらっしゃいましたね。なるほど、彼らなら空を飛ぶことができるので、取材のためにハイラル各地を飛び回ることも容易いんでしょうね。羨ましいです」
「ナマエも空を飛びたいの?」
「空を飛びたいというよりも、徒歩での移動は時間がかかりますから……。私の足だとハイラル全土をまわるのに何年かかるかと。ちょっと気が遠くなりますね」
「まあ、確かにハイラルの隅から隅まで歩こうと思うと大変だけど、馬に乗ればかなり移動時間を短くすることができるよ」
「一人で乗れるようになるまでに時間がかかりそうです」
「俺と二人乗りする? 所有している馬の中に大人しい性格の馬がいるから、二人乗りしても大丈夫だよ」
「え、良いんですか?」
「え、乗るの?」
「? ダメなんですか?」
「……距離感を考えてって言ってたから、二人乗りは断られるかと思ってた」
「移動手段の選択に距離感は関係ないと思うんですが」
「あー……うん。そうだよね。ナマエならそう言うか。うん」
「ちょっと、何を一人で納得してるんですか」
「ん? いや、俺もいまいちよくわからないんだけど……。うん。まあいいや。とりあえず馬宿に行けば俺が預けている馬を呼んでもらえるし、馬宿から先の行先が決まった時点で移動手段についてはまた考えてみようか。場合によっては他の移動方法も提案できるかもしれない」
「他にも良い案があるんですか?」
「まあね。ただ、一応許可が必要なことだから、許可をとれるかどうかを確認してみるよ。だからやっぱり今の時点で現実的なのは馬に二人乗りすることかな。もしくは、馬車を使う。荷台がある分、移動できる場所や速度は制限されてしまうけれど、それでも徒歩よりは早いからね」
「リンクさんって馬車も持ってるんですか?」
「いや、馬車は持っていないから、馬宿の備品を借りることになる」
「……レンタル料って幾らぐらいですか?」
「一日二十ルピー……だった気がする。滅多に使わないから記憶があいまいだけど」
「そうですか……。それなら馬車移動は諦めます。お財布事情が苦しいので。リンクさんのお馬さんに乗せてもらうのも、できればリーズナブルな値段にしていただけると助かります。足りない分はリンゴやニンジンを頑張って探すので、なにとぞ……!」
「ははっ。そんなにかしこまらなくても大丈夫だよ。馬を使うのも護衛業務のうちだと思ってくれて構わないから君にルピーを請求するつもりはないよ。餌のことも気にしないで。俺、リンゴもニンジンもポーチいっぱいに持ってるから」
「うぅ……では、せめてお馬さんのブラッシングと餌やり、眠り師としてのお仕事の方を頑張ります」
「うん。ありがとう。期待してる」
にこっと笑うリンクさんの何とイケメンなことか。
この人は見た目も中身もイケメンなんだよね。
そりゃあ、お姫様だって惚れるでしょう。
たぶんだけど、リンクさんが『勇者』でなくともリンクさん自身の人柄が人を惹きつけているのだと思う。
「ところで」
「はい?」
「『お馬さん』って言い方、可愛いね」
「へ」
「実はちゃんと名前があるんだけど、ナマエの言い方が可愛いから名前は教えないでいようかな」
「えぇえ? どんな理由ですかそれ!」
「ナマエが可愛い言い方をするのを聞いていたいなと思って」
「リンクさんって……」
「うん。どうかした?」
「……いえ。何でもないです」
それにきっとものすごい人誑しなんだ。
この人は。
だからきっと、こういう人に惚れ込んでしまったら大変なことになってしまう気がする。
そう思っていた。
そう思っていたんだけどなぁ。
「ナマエ、伏せて!」
「え、わぁっ!」
ゾーラの里を出てから五日。
途中、何度も雨に降られて足止めをされながら少しずつ山道を進み、川に沿って下山してようやくあともう少し先まで進めば平野部に近いところまで行けるというところで、複数のリザルフォスに見つかってしまった私たち。
私がリザルフォスの姿を視認するよりも早く、魔物から弓で狙われていることを察知したリンクさんにぐいっと強い力で引っ張られ、抱きしめられた。そしてそのままの勢いで地に伏せた私の耳に、ヒュンッ、ヒュンッと風を切る音が聞こえた直後、ドスッ、ドスッと何かが地面に突き刺さった。
「ちっ……弓持ちが二体いる。面倒だな」
リンクさんの鋭い声に、襲われているのだと状況を理解する。
だからそれどころではないと頭では理解しているのに、突然のリンクさんからの接触に、身体に感じるリンクさんの腕と身体の力強さに、耳元で聞こえた耳障りの良い声に、腰のあたりがゾクっとしてかぁぁっと顔に熱が集まる。
「ナマエ。リザルフォスに狙われてる。このまま姿勢を低くしてむこうの岩壁まで走れる?」
「は、はいっ、走れます!」
「よし。合図をしたら全力で真っ直ぐ走って。絶対に後ろを振り返らないように。いいね!」
「はいっ」
「よし。いい子だ。三、二、一、今だ! 走って!」
「はいぃぃっ」
み、み、み、耳元でそんな甘くて良い声で『いい子だ』とか反則でしょう!
走り出す直前に、ぎゅっとひときわ強く引き寄せてさりげなく頭を撫でてくるのもっ!
もう本当に、リンクさんのばかばかばかっ!
リザルフォスに弓を射られたからだけではないバクバク煩い心臓を何とか静かにしたくて心の中でリンクさんに悪態をつくも、岩陰に隠れたところで深呼吸を繰り返しても、全身が沸騰するような熱がおさまることはなかった。
だって……リザルフォスをあっという間に倒してしまったリンクさんの流れるような戦い方が綺麗で。 剣をしまう動作の滑らかさが洗練されていて格好良すぎて。
そして「大丈夫だった?」と浮かべた心配そうな顔に「大丈夫です」と私が返した時に「良かった」と破顔したリンクさんの穏やかな微笑みが尊くて。
これらの全てに私の脳は完全に沸騰してしまった。
こうしてリンクさんとの初対面から半月も経たないうちに、チョロい私はまんまとリンクさんに『落ちて』しまったのである。
嗚呼、不覚。
***
2025.10.05 雑記帳にてパス限公開→10.15専用ページに加筆修正して移動