03

 ――二日後。
 
 完全復活を果たした私は、リンクさんを正式に護衛として雇い、ゾーラの里を後にすることにした。
 旅支度を整え、清流の御所を出てゾーラの里の中心部へ向かう今の私は、旅装束に身をつつみフード付きのマントを羽織った状態。
 常に水滴の垂れていた清流の御所とは違って水濡れ防止のためのしっかりしたコートは必要ないから、マントは『ハイリアのフード』と呼ばれるこのハイラルでは最もポピュラーなものを選んだ。
 実はこのフード付きマントはウオトリー村を出る時に餞別としてサクラダさんから譲ってもらったものなのだ。

 なぜだかサクラダさんは自分用に白と桃色の二色を持っていて、私には桃色が似合うと言ってくれたのだけれど、私には可愛すぎると思ったのと、桃色はサクラダさんにこそ相応しい色だと勝手に思っていたので、シンプルな白の方を選ばせてもらった。
 白は汚れが目立つかなとも思ったけれど、防汚・撥水加工がされているからなのか、思ったよりも汚れに強くて丈夫なので気に入っている。
 リンクさんには「真っ黒フードから真っ白フードになったね」と見たままの感想をもらった。はい。

 そんなリンクさんは、深い紺色をしたハイリアのフードを目深に被った状態で、最初に顔を合わせた時と同じように重装備になっていた。
 触らせてもらったからわかることだけれど、あれだけの重量のある剣とか盾とかをよく全部まとめて背負えるよね。
 私だったら間違いなく潰れますよとため息交じりに言ったら、ははっと可笑しそうに笑われた。

 ちなみに「真っ黒フード」を含め、私が旅の道具一式として持っていたものは、そのほとんどをリンクさんのポーチに入れてもらっている。

「本当に良かったんですか? ほとんど全部の持ち物を持ってもらうことになってしまって、何だかごめんなさい。ありがとうございます」
「そんな恐縮して頭を下げなくても良いよ。ポーチに収納しているだけで、別に俺自身が何か特別なことをしてあげているわけではないし」
「いえ、それでもありがとうございます。とても助かります」
「どういたしまして」

 全部合わせば結構な重量と体積があるはずの物が、リンクさんが腰につけている両手で抱えられる程度の大きさのポーチに吸い込まれるようにして消えていった時には自分の目を疑った。
 しかも取り出す時には「これを出したい」って頭の中で思い浮かべながらポーチに手を突っ込むだけで、目当てのものを取り出すことができるのだから、驚きも限界突破するというものだ。

 そんな便利なものがこの世にあるなんて!

 ポーチの構造や仕組みがどうなっているのかは謎すぎるけれど、便利ならそれで良し。

 リンクさんが『俺を護衛として雇って』と自分を売り込んできた時に言っていたように、ポーチの中にいろいろなものを収納してもらえるおかげで、私は貴重品と手元においておきたい幾つかの道具類を斜めがけのバッグに入れているだけで、それ以外のものは持っていない。

 手ぶらばんざい。
 身軽ばんざい。

 やっほーと小躍りして喜んでいたら、リンクさんに無言でよしよしと頭を撫でられた。「こら、リンクさん。距離感」と無駄に早くなった心臓の鼓動を誤魔化すように牽制の意味を込めてじとっと見つめたら「ごめんごめん。だって、どんぐりをあげた時のハイラルリスみたいに可愛くて」と、くつくつと喉の奥で笑いながら言われた。

「ま、まあ。可愛いは賞賛の言葉なので良いですけど。ところでリンクさん、そのポーチってどこかで購入することってできるんでしょうか。私もぜひ、その便利ポーチを手に入れたいです」
「あー……。残念だけど、どこで手に入れられるのか、俺にはわからないんだ」
「では、リンクさんはどうやってそれを?」
「多分これ、百年前に国から支給されていたものだったんだと思う」
「国から」
「うん。俺、これでも百年と少し前に厄災ガノンの復活で滅ぼされた『ハイラル王国』の騎士だったんだよ」
「おお……。もしかしてお父様と同じ近衛騎士さんですか?」
「まあ、うん。そうらしいよ」
「でも自分では騎士だった頃のことを覚えていない、と」
「うん。覚えてない。だから騎士だった俺がどんな振る舞いをしていたのかわからないけど、百年前の俺のことを知っている人からすると、一応、所作にその頃の名残が残ってるんだって」
「へぇー。身体が覚えてるんですね。そういうのって。確かにリンクさんって何というか、滲み出る品の良さがありますもんね」
「え、そう?」
「はい。素敵だと思いますよ。四歳の頃のあの可愛くてヤンチャだったリンクさんは騎士になるために頑張ったんですねー。うふふ。小さい頃のリンクさん、可愛かったなぁ」

 リンクさんの潜在意識に潜った時に見せてもらったあの家族団欒の光景。その光景の中で頬をめいいっぱい膨らませてシチューを頬張り、キラキラ輝くような笑顔で賑やかに食事をしていたリンクさんの様子を思い浮かべると、自然と笑顔になる。

「私が近所のお姉さんだったら、可愛いリンクさんにメロメロになっていたかもしれません」
「もしそうだったらきっと俺は君に花飾りを作って贈っていたと思うよ。今でも作れるかもしれない。覚えていない騎士の所作が身体に染み付いているのなら、指先の感覚で花飾りの作り方も覚えているかもしれないね」
「なるほど! それはあり得るのかも。潜在意識に過去の記憶が残っているのとある意味同じなのかもしれないですね!」

 ぽんっと手を叩いて笑顔をリンクさんに向けたら、リンクさんは一呼吸の沈黙の後、なぜかため息をつきそうな雰囲気を滲ませながら言葉を返してきた。

「……そうかもね」
「何ですかその長い沈黙は」
「ん。まあ、気にしないで。ポーチに話を戻すけど、俺は一番初めにポーチを手にした時のことを覚えてない。でも自然と手に馴染んだから、たぶん、これは俺が百年前にも使っていたポーチだと思うんだ。百年間眠りっぱなしだった俺が目覚めた時に困らないように、きっと誰かが衣服と一緒に置いてくれていたんだと思う。中身は空っぽだったけどね」

 そっと手のひらでポーチに触れるリンクさんの目が遠い。
 お父様が近衛騎士だったことを思い出して、自分も近衛騎士を目指して夢を叶えたことは思い出せたって言っていたけれど、現役の騎士時代の自分がどんな感じだったのかまでは思い出せていないんだもんね。
 次にリンクさんの潜在意識に潜る時は、もしかしたら現役時代のリンクさんの様子を見ることになったりするのかな。
 本人が何を一番強く思い出したいと思っているかによるから、どうなるかはその時までわからないけど。

「そういえばリンクさんって『回生の祠』ってところで百年間眠っていたんでしたっけ。その、命にかかわるレベルの傷を癒すために」
「うん」
「パンイチで」

 シドから聞いていたことを口にしてみたら、リンクさんが何もないところでずっこけそうになった。
 おお。コーガさんに負けず劣らずのコミカルな動き。
 思わず吹き出したら、口元を歪ませたリンクさんにフードの奥からジト目で見られた。

「別に好きでパンイチになっていたわけじゃない……と思う」
「ふふっ。はーい。きっと治療のためだったんですよね」
「信じてないね?」
「ふふふっ。いいえ。信じていますよ。だって、リンクさんの身体に残った傷痕を私は見ていますから」
「あ……」
「私の力では傷痕は癒せませんけど、その右手の呪いだけでもしっかり解呪できるように、頑張りますからね。リンクさんもしっかり食べて寝て、頑張ってくださいね! 長い人生ですから。エンジョイしていきましょうね!」

 ぐっと両手の拳を握ってガッツポーズ。
 にかっと笑ってリンクさんのフードの中に隠れた瞳をのぞきこんだら、少し険しい顔になっていたリンクさんの表情がゆるんで、ふっと苦笑いの顔になった。

「君は元気だね」
「リンクさんに手厚く看病してもらいましたからね」

 むんっと腕に力こぶを作るポーズで気合十分なところを見せたら、ははっと良い表情で笑ってくれた。
 その笑い声が本当に楽しそうだったから、何となくホッとした。

***

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