02

 リンクさんがご家族との思い出を取り戻すことができてから三日。
 私はこの三日間をほとんど寝たきりで過ごしていた。

 原因は、リンクさんの施術を終えた直後からずっと全身に感じていた倦怠感。
 最終的にリンクさんの強烈な圧(圧の強い人が多いね!)とリンクさんを護衛にすると安全も食事も確保でき、かつ、リンクさんの呪いを解呪するまで施術を続けられるから私の『放っておけない病』からくる欲求も満たされるし、何よりルピーがセーブできる! ということでリンクさんに護衛をしてもらう方向で話がまとまった後、リンクさんと入れ替わるかたちでウォーターベッドに横になった私はそのまま意識を失い、次に目覚めた時には高熱で起きていられなくなっていた。
 幸いゾーラの里での眠り師としての仕事は、飛び込みで施術をすることになったリンクさんが最後だったから三日間寝込んでいても支障がなかったけれど、正直、自分の体調がここまで悪くなることは今までになかったから、純粋に驚いた。

「いやー、まさかここまで動けなくなるなんて、驚きました」
「ごめんね、ナマエ」
「謝らないでください。そもそもリンクさんのせいなのかどうかもわからないんですから」
「俺に施術した後にこうなってるんだから、俺が原因だろ」

 水を張ったたらいに浸した布をぎゅっと絞ったリンクさんが、熱の篭った私の額に丁寧に折りたたんだ布を乗せながら、しょぼんと落ち込んだ顔をする。
 リンクさんは私が横になって意識を失った後、あまりにも私が静かで微動だにしないことに驚き、慌ててシドに助けを求めに行ったらしい。
 そうしてシドの計らいでゾーラのお医者様に診てもらった結果、私に下された診断は極度の疲労が原因の発熱。
 丸一日ほど眠り続けて目を覚ました私に、お医者様からの診断を下された時のことを話してくれたリンクさんは、誰がどう見ても落ち込んでいることがわかるような顔をしていて、熱に浮かされながらも笑ってしまった。
 だって、眉を下げたその顔がどうにも可愛らしく見えてしまったから。成人男性に対して『可愛い』は本人としては不服のようだけれど、床にいながらも笑いが止まらなくなってしまったのは仕方がないと思う。

 可愛いものは正義だ。
 その上、リンクさんは整った顔立ちをしているから私としては美人が可愛くて眼福すぎて『ご馳走様です! ありがとうございます!』という気持ちでいっぱいになってしまったのだ。

 そんなリンクさんに甲斐甲斐しく看病してもらい、三日経った今は熱もだいぶ下がった。額に乗せてもらっている熱を覚ますための布も、もうそろそろ必要なくなるだろう。
 寝込んでしまっているけれど、何ひとつ不自由を感じない。
 それもこれも全部、リンクさんのおかげだ。とてもありがたい。
 
 ただ……ありがたいと思うその一方で、困っていることもある。
 それは、リンクさんの私に対する距離感だ。

「リンクさん、そろそろゾーラの里に戻ってはいかがですか?」
「え、何で?」
「だって、私に付き添ってずっとここにいてくださっているではないですか」
「ナマエが眠っている間は外に出たりもしてるよ。ここでは料理ができないから」
「ずっと水滴が降ってますもんね。ここ。……じゃなくて。私は一人で本当に大丈夫ですから。リンクさんは里に戻ってください」
「いくらここがゾーラ族以外が侵入しにくい場所であっても、体調を崩している君一人では危険だよ」
「それも大丈夫ですって! ほら、シドがゾーラの兵士さんたちをこの場所の守衛として派遣してくれていますから」
「それでも君のことが心配なんだ」
「リンクさんは過保護ですね」
「そうかな」
「そうですよ。いくら私に恩義を感じてくれているからと言っても、あなたがこんな風に付きっきりで私を看病する必要なんてありません。ただの他人なんですから」
「た、……確かにただの他人だけど……。必要とか、必要ないとかじゃなくて俺がしたいんだよ。病人の看病をしたことがないからよくわからないけれど、小さい頃に俺が熱を出した時に母さんがやってくれていたことを思い出したから同じようにしてみてるんだけど。……不快?」
「いえいえいえ! 逆ですよ! リンクさんの看病っぷりが完璧すぎて、私がダメ人間になりそうなんです!」
「ははっ。もしもナマエがダメ人間になってしまっても、俺がずっと面倒見るから大丈夫だよ」
「そういう問題ではなくて……」
「とにかく。俺は君のそばにいたいんだ。君の回復の邪魔にはならないようにするから、ここにいさせてくれないかな」
「っ……! だから、その顔の使い方はずるいですって!」
「うん。わかってやってる」
「も、もう!」

 このように、リンクさんの発言がちょっと、初対面の女に向けるにはアレなのだ。
 私とて良い歳をした女なのだ。
 同い年ぐらいの顔の良い男にこんな風に言われてしまっては、たとえ発言している本人にその気がなくとも勘違いしてしまう。記憶はないけれどたぶん私は男女のアレコレの経験があるのだと思う。だから簡単にリンクさんのグイグイくる感じにやられたりはしないけれど、それでもその、あれだ。

 リンクさんの魔性っぷりがすごい。

 うん。この言葉がぴったりなのだ。

 リンクさんには己の発言が良い歳をした男女の間で交わされるには少し親密すぎるととらえられても仕方がないようなものだという自覚が無い。
 ただ純粋に下心なく本当に、過去を思い出させてくれた恩人のために役に立ちたいと思ってくれているのだと思う。声のトーンや表情から、そう察している。
 でも、年齢的に小さな子供が仲良くしているのを見て微笑ましいと感じるのとは違うのだ。それをリンクさんは理解していない気がする。

 ……リンクさんってもしかして、恋愛経験が無いのだろうか。
 あるいは私にそういう印象を抱かせてしまうほど上手で上手な百戦錬磨?

 うわぁ……どちらもあり得そう。

 ゼルダ姫というお姫様との結婚の話から逃げているということだったから、恋人とか結婚とか、そういう概念については理解しているようだけれど。

 ただ、この調子で他人と接していては、右腕の呪い云々の前に、男女間のもめごとでいずれ誰かに刺されるなんて事態になってしまうんじゃないだろうか。……なーんて。そんな余計な心配をしてしまう。
 だから『何を勘違いしているんだ』と呆れた目で見られることは怖いけれど、ここでしっかりリンクさんに言っておいた方が良いと思って口を開いた。

「あのね、リンクさん」
「うん。なぁに、ナマエ?」

 意を決して発した言葉は固い声で響いたはずなのに、それに応えるリンクさんの声は穏やかで優しい。甘さすら感じる。おまけにその透明感のある空色の瞳も優し気に細められていて、これで勘違いするなという方が無理な話である。
 本人としては小さい子どもに向けているようなつもりなのだろうけれど、あいにく私は子どもではない。いい歳をした成人の女性に、その気もないのにそういう顔と声で応えてはいけない。それを教えてあげなければ。「リンクさんに他意が無いことは重々承知していますが」と、前置きをしてからリンクさんの空色の瞳を見上げる。

「その顔。いけません」
「え……」

 私の言葉に虚を突かれたようにきょとんっとするリンクさん。

「そんな優しくて穏やかな美人顔を、そんな優しい声で女性に向けてはだめです。老いも若きも関係ありません。そんな顔を向けてしまっては、リンクさんにその気がなくとも、相手は誤解してしまいます」
「……誤解って、何を?」

 整った眉根をわずかにひそめながら首を傾げるリンクさんは本気で何を言われているのかわかっていないようだ。
 ねえもう本当に! この人はこの年になるまで一体何を経験してきたのだろうか。
 潜在意識に潜った時に一緒に見せてもらったリンクさんの過去の情景は、家族愛に溢れた温かいものだった。あの温かさを経験した人ならば、成長とともに心が育っていくその過程の中で『家族』とはまた違った感情にだって触れることはあったはず。
 それなのに目の前のこの人は、身体は確かに二十代半ばの成人男性だというのに、中身はまるで純粋な子供のよう。

「『面倒を見る』とか『そばにいたい』とか、そんな目をして、そんな顔をして、良い歳をした女性に言ってはいけません。私だから良いものの、普通の女性ならコロっとあなたに落ちてしまいますよ」
「……落ちる」
「そうです。落ちちゃいます。……まさか『落とし穴に落ちるのか』なんてアホなこと思ってないですよね?」
「さすがの俺でもそれはないよ。君が言っているのは恋愛的な意味で、だよね?」
「そうです。良かった。さすがに通じましたか」
「君は俺を何だと思ってるんだ。確かに他人に対して特別な気持ちを抱くってことがどういうものなのか、いまいちよくわかっていなかったけど……でもそうか。落ちる、か。落ちる、ね。言い得て妙だね」
「わかってくれましたか」
「うん。わかったよ。あと、君の口が意外と悪いこともわかった。でも君、さっき『私だから良いものの』って言ったよね? ということは、君は俺に『落ちて』くれないの?」
「少なくとも今までの会話を通して、あなたの発言が意中の女性に向けるものというよりは、家族愛のようなものだと理解していますから」
「……そっか」

 間違ってはいないと思う。
 だって、リンクさんも否定しないから。
 表情からは心の内は読めないけれど、腑に落ちてはいるのだろう。

「それに、私はあなたのことをよく知りません。よく知らない相手のことを簡単に好きにはなれません。私、記憶喪失なので過去のことはわかりませんけど、一度人を好きになると自分がそこそこ重い女になるだろうなと何となく感じているので」
「重い女って……一途ってことだよね」
「言い換えればそうかもしれないですね」
「ハイラルに来てからそういう気持ちを感じた相手はいないの?」
「今のところはいませんね。そもそもどこで生まれたかもわからない記憶喪失で天涯孤独の根無草生活をしている女ですよ。毎日を生き延びるだけで精一杯で、恋愛ごとにうつつを抜かしている暇はないんです」
「……そう」
「とにかく、先程の発言『だけ』を聞いたら容易に誤解されてしまいます。だから、もしも本気で私の護衛をしてくださると言うのであれば、雇い主になる私との距離感には気を付けてくださいね」
「うん。わかった。護衛としての距離感の取り方ならよく理解しているから、今後はナマエが困るような発言には気をつけるよ」

 にこっと笑うリンクさんは一応、納得してくれたようだ。
 その表情に安心してほうっと小さく息を吐く。すると途端に眠気が襲ってきた。

「ああ、でも、行く先でリンクさんに良い出会いがあったらその時はすぐに教えてくださいね。すぐに雇用契約を解除しますから」

 いくら雇用主と護衛とは言え、年頃の男女が二人でいれば邪推をする輩はいるのだ。
 リンクさんはハイラルを救った勇者ということで顔が知られているらしいし、お姫様との関係のこともある。
 シドから話を聞いているだけだから、実際のところのリンクさんの知名度とか人気度とかそのあたりのところを具体的に知っているわけではないけれど、リンクさんが誰かに想いを寄せるようになるのなら、たとえ雇用主であってもリンクさんの近くにいるべきではない。
 そう思って思っていることを伝えたら、リンクさんは笑顔を顔に貼り付けたまま僅かに口元だけを歪ませた。

「……と思うけど」
「? ごめんなさい、何て?」

 あまりにも小さな声すぎて聞き取れない。
 聞き返したら制するように手のひらを向けられて、そしてそのままその手が私の方に伸びてきた。

「いや。何でもない。それよりナマエはもう少し寝た方が良い。まだ少し熱いから」

 そっとリンクさんの指先が私の額に置かれている布に触れる。

「まだ、取り替えなくても大丈夫みたいだけど」
「はい。だいぶ楽になりました。リンクさんのおかげです。ありがとうございます」
「俺が君の体調不良の原因なのに、お礼を言われるとは」
「だから。リンクさんのせいかどうかわからないって言ってるじゃないですか。それに、例えリンクさんに施術をしたことが原因だったとしても、これからもあなたの治療は続けますからね。あなたが、あなた自身のことを呪いたくなくなるぐらい気持ちの折り合いをつけられるところまでは、一応」
「この顔を後世に残すために?」
「その顔を後世に残すために」
「ははっ。ナマエはブレないね。……ありがとう」
「私のエゴですから。リンクさんが本気で不要だと思うのであれば、無理強いはしませんけど……」
「俺はできればこのまま継続して君の施術を受けたい。もしかすると、過去を思い出すことで後悔したり嫌な思いをすることもあるのかもしれないけど、それも含めて俺は俺を知りたい」
「そうですか。では、次の施術では寝込んだりしないよう、体力をつけられるよう頑張りますね」
「うん。頑張って」
「はい。では、話し疲れたので私はもう少し休みます。リンクさんもほんと、私につきっきりにならないでくださいね。私の看病のせいでリンクさんが体調を崩さないか心配です。自分をちゃんと大事にしてください」
「……わかったよ。君がそう言うなら」

 話しているうちに強くなる眠気に引っ張られるままゆっくりと目を閉じて青い世界を視界から消す。
 短い言葉で私が言ったことに了承の意を返してくれたリンクさんの表情は見えなかったけれど、耳に聞こえた音は平坦で穏やかだったから、きっとこれからは距離感に気を付けてくれるだろうし、自分のこともちゃんと大事にしてくれるだろう。

 そう思いながら意識を手放した。
 この時のリンクさんが私が眠りに落ちた後、片手で顔を覆いながらはぁと大きくて深いため息をついていたことには終ぞ気づくことはなかった。

***

2025.09.25 雑記帳にてパス限公開→10.15専用ページに加筆修正して移動
2025.10.19 パス限公開解除