16

 ハイラル城。
 始まりの台地からも見えたそのお城は近くで見上げてみるとまぁ壮観だった。すごいなぁ。かっこいいなぁ。と思いながら見上げている私をリンクくんがすごく優しい目で見てるからちょっと居心地は悪いけど。リンクくんの好意がちょっとあからさますぎて、それに応える気にならない自分が酷いなって……。
 とは言えさすがにそんなことを言えるわけもなく、とりあえず自分の中の罪悪感は無視することにした。

「馬は宿の馬屋に預けるから、最初に宿を取ろう。宿を取ったら、ゼルダ姫への謁見を申請して来るからナマエさんは宿で待っててくれる?」
「うん。わかった」

 宿屋に行けば、一人になれる時間が取れる。
 そう思ってちょっとホッとする。

「もし、外出したくなったら宿の人に言ってくれればいいから。はい、これ」
「ん……何これ?」

 渡されたのは布袋。
 中には緑・青・赤・銀色の宝石? ガラス? が入っていた。キラキラしていて綺麗。

「ナマエさんのお財布。中身は預かってる分の一部だけだけど、城下町でちょっとした買い物するぐらいなら足りるかなと思うんだけど、どう?」
「どう……とは?」
「足りる? 足りなかったらもう少し渡しておくけど」
「ん……これ、お金なの?」
「え?」
「ごめんリンクくん。私、これが何かわからない」
「! ……そっか。これはルピー。これで買い物ができる。緑が一ルピー、青が五ルピー、赤が二十ルピーで、銀色が百ルピーだよ。あと、金色で三百ルピーもある」
「ふむ」
「後で一緒に買い物に行こうか。すぐに慣れるよ」
「うん。わかった。ありがとう」

 まさかのお金がわからなかった。
 私の中のイメージだと、丸かったり紙だったりしたんだけどなぁ。どうやらそれは私のいた元の世界のものっぽい。
 何を覚えていて、何を忘れているのか。
 本当によくわからない。
 ちょっと落ち込む。

「ナマエさん、イチゴクレープは五十ルピーだよ。フルーツケーキは三十ルピー。たまごプリンは二十ルピーね」
「な、なんで急にスイーツばっかり?」
「ナマエさんが好きでよく食べるから覚えた。売値だけどね」
「売値? リンクくんが売るの?」
「俺が作って、ナマエさんが売る感じかな。あんまり俺がナマエさんのために作るから、このままじゃ太る! マズイ! って言って。ハテノ村のトンプー亭に卸してた」
「あぁ……何だか想像つくわ……私のそのリアクション」
「そんな感じで好きなものから覚えていけばいいんだよ。焦らないでね」
「うん……ありがとう」
「どういたしまして。それじゃ、宿に向かおうか」
「うん」

 焦らないでね……か。
 そっか、私は焦ってるのか。優しいリンクくんに感じる申し訳なさとか罪悪感とかあって、迷惑かけたくないって気持ちが強すぎるのかもしれない。色々思い出せたら、少しずつこの焦りも解消されるかな。

「ナマエさん、行くよ」
「あ、うん。今行く」

 ゼルダ姫……に会ったら、何か思い出すかな。
 思い出すといいな。

***

 無事に宿をとった後、俺は予定通りハイラル城にゼルダ姫への謁見を申請しに行った。
 実は半年ぶりのハイラル城。
 ずっと回生の祠にいたからどうなっているのかわからなかったけれど、厄災ガノンを封印できたことで城内の魔物たちも一掃され、だいぶ綺麗になっていた。

 久しぶりに顔を出したにもかかわらず、兵士たちは俺が『息吹の勇者』とわかると、直ぐにゼルダ姫に繋いでくれた。指定された場所で待っていると、ゼルダ姫と見慣れた近衛の服を着たリンクが現れた。
 すぐさま膝をつき、頭を下げる。
 そうしながらこの世界のリンクは姫付きの騎士を続けてるんだな、とぼんやり思った。
 それはそうか。
 この世界ではハイラル王国は滅びてないんだから。

「ナマエが目覚めたというのは本当ですか?息吹の勇者」
「はい。長らく回生の祠を使わせていただきありがとうございました」
「それで、今、ナマエはどこに?」
「城下町の宿で休んでいます。回生の祠での治療により身体の傷は癒せたようですが、記憶を失っています。自分の名前すら思い出せていません」
「そんな……っ」
「……!」

 俺の言葉にゼルダ姫が息を呑む。
 言葉こそ発さないものの、リンクも同じように衝撃を受けていた。

「記憶……についてはかつての私も同じ状態でした。恐らくより関係の深かった人に会ったり、何らかの思い出のある場所に赴くことで記憶が蘇る可能性があります。ナマエさんにどうか、会ってはいただけないでしょうか」
「勿論です。ナマエの体調が大丈夫であれば直ぐにでも! 案内して頂けますか?」
「これからですか? ありがたい申し出ですが、最早気軽に外出できるお立場ではないかと」
「リンクを伴えば良いと御父様には許可を得ています。リンク、ついてきてくれますね?」
「はい」

 しっかりと力強く頷くリンク。
 どうやらゼルダ姫との関係は良好なようだ。

「それではご案内いたします」
「ええ。お願いします」

 そうして俺はゼルダ姫とリンクを宿屋に案内することになった。ゼルダ姫には、途中、身バレしないようにフードとマントをしっかり羽織ってもらう。リンクには、兵士の鎧に着替えてもらった。復興作業で兵士の姿が目立つ城下町は、兵士の鎧が一番目立たなかったりする。

「リンクのその恰好は何だか久しぶりですね」
「そう……ですね。普段は近衛の服なので」
「ナマエに会ったら、やっぱり『おかえり』ですね。フルーツケーキを料理長に準備してもらったのですが、食べられるでしょうか」
「食べることが好きな人だったので大丈夫ではないかと」

 ゼルダ姫とリンクの間の会話を背中に、宿までの道を急ぐ。けれどその途中で、宿まで行く必要は無くなった。

「リーバル? それに……あれはナマエ?」

 ゼルダ姫の声に視線の先を辿ると、宿屋までの道すがらにある広場にて何やら人だかりが出来ているのが見えた。人だかりの中心は色とりどりの飾りをつけた紺色の羽を持つリト族……確かにリーバルだ。その目線の先には、弓を構えるナマエさんがいた。

 え、何で?

 疑問が口に出ていただろうか。
 俺たち三人は互いに顔を見合わせると、急いで広場に向かった。