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 私が目を覚ました『回生の祠』というものがあった『始まりの台地』という場所から徒歩と馬で移動して数日。私たちは今、ハイラル城にほど近い宿場町までやって来ていた。移動の間にリンクくんから私が今置かれている状況について教えてもらった。ついでに、私がもともとこの世界の出身でないことも。
 それを聞いてどこか納得している自分がいた。
 どうして自分の周りの存在を希薄に感じるのか、ということの理由としてしっくりくるなって。
 もしかしたら記憶がないことも関係しているのかもしれないけれど、驚くほど今の状況に対して焦りも恐れも無い。ただただ言われるままに「そうなんだ」と思うだけだった。
 今自分が置かれている状況を、まるで他人事にしか感じられない。

 リンクくんはそんな私の心情を察しているっぽい。時々、ぐっと拳を握って何かに耐えていた。そんな時は大体決まって、私の反応が薄い時だった。
 この人は私のことをよく見てるんだなぁとこれまた他人事のように思う。恋人だと言われたけれど、正直なところ今は目の保養になる美形だなぁとしか思わないから、こんな状態の私の面倒を見させていることが申し訳ない。

「つまりリンクくんはこの半年ほどの間、ずっと目を覚さない私を『回生の祠』というところで見守っていてくれたということなんだね」
「うん。ナマエさんが倒れた後、この世界の皆には悪いけど戦いから離脱させてもらって、ナマエさんと一緒に一旦戦場から離れたんだ。そこでプルアに様子を見てもらったんだけど、どうやら……体の内側から何かに侵蝕されつつあったみたいで……あのままだと内側からの傷が酷くなるばかりじゃないかって言われて……それで『回生の祠』なら肉体の老化も止められるし、内側からの傷も治せるんじゃないかって」
「よく戦場から離脱出来たね」
「これでも腕にはそれなりに自信があるからね」
「そっか。リンクくんは兵士か何かなの?」
「……一応、『退魔の騎士』とか『英傑』と呼ばれてる」
「へー。騎士とか英傑とか、字面がかっこいいね。何だかすごいなぁ。そんなリンクくんが戦いから離脱しちゃったら、物凄い戦力ダウンだったんじゃないの?」
「ん……もともと俺はナマエさんのために力を貸していただけだから、この世界の人たちだけで大丈夫だったよ。さすがに厄災封印戦の時は一筋縄じゃいかなかったみたいだけど、厄災は無事に封印されて、そして百年後からこの世界に召喚されてた皆も姿を消した。きっと役目を終えて、未来に戻ったんじゃないかと思ってる」
「リンクくんは?リンクくんも未来に帰らなくて良かったの?」
「俺の居場所はナマエさんが居るところだよ。ナマエさんを置いてなんて、絶対に嫌だ」
「……そう」

 この人にここまで言わせるなんて、いったい私はどんな手を使ってこの人に好きになってもらったんだろう。見た目が美人で、強くって、優しいし、陽気なところもあるっぽい。
 モテ要素しかないわ。

「リンクくんは……」
「何、ナマエさん?」
「私に何か弱味でも握られてたのかな?」
「え……?」
「どう考えても、君にそこまで好いてもらえる要素が見当たらないんだけど……」
「ナマエさんは記憶がなくても自己評価が低いなぁ……。ナマエさんは俺にとって誰よりも大事な人なんだよ。ナマエさんがナマエさんでいるだけで、俺は幸せなんだ。その気持ちだけは何とか信じてもらえると嬉しい」
「記憶がないのに?」
「ゔ……」
「リンクくんのことも、何もわからないのに?」
「ゔゔっ……」
「このまま思い出さないかもしれないのに……。リンクくんはそれでいいの?」
「……思い出してもらえなくても、いい。それならもう一度、ナマエさんに俺のこと好きになってもらえるように頑張る」
「んんっ……そっか。何か、年下の子相手にいけないことしてる気分だなぁ」
「俺、実年齢だけなら百歳超えてるけどね」
「え……嘘でしょ?」
「本当。俺はこことは別の世界線? っていうのかな。そこで死にかけて、回生の祠で百年かけて蘇生したんだ。目を覚ましたばかりの時は今のナマエさんみたいに何も覚えてなかったけど、いろんなきっかけがあって、色々思い出せた。だからナマエさんもきっとキッカケがあれば何か思い出せると思うんだ」
「はぁ……リンクくん、何だかすごい経験してるね。よくわかんないけど、まぁ……頑張る? よ?」

 こんなにも気にかけてくれているなら、それなりに頑張ってみようかな。何から手をつければいいかわからないけど。

***

 あの厄災討伐戦の最中にナマエさんが倒れてから目を覚ますまでに半年。この半年、俺はずっと回生の祠の近くでずっとナマエさんが目を覚ますのを待ってた。もしかしたら俺の時みたいに、目を覚ますまでに何十年もかかるかもしれないって覚悟はしてたし、目を覚ましたら何も覚えていないかもとも思ってた。
 だから半年でナマエさんが目を覚ましてくれたことは嬉しいし、記憶がなくても仕方がないなって無理矢理納得しようとすることはできる。
 だけど、やっぱり、どこか一線を引いて接されているのは辛いものがある。『リンクさん』と呼ばれた時なんて、俺のことは忘れてしまったのにこの世界のリンクのことは覚えているのかと勘違いして、嫉妬した。……ただただ、接し方が丁寧なだけだったけど。

 俺が目覚めた時もそうだったけど、経験したことのうち『思い出』がごっそり抜け落ちてしまっているらしい。弓の扱いや馬の乗り方は覚えてた。ハイラルという国の名前はわからずとも、王国というものがどんなものなのかという概念のようなものは理解しているという。
 言葉も通じるし、ナマエさんが使う文字はハイラル文字じゃない不思議な形をした文字だ。元々の世界のことは覚えていないのに、文字は書けるし、読める。
 それに、出会った頃には驚いていた「料理」の出来上がり方や荷物ポーチのこと、雨や水に濡れても服ごと綺麗になるというナマエさんいわく『洗濯機、お風呂要らずのびっくり仕様!』も当たり前のように受け入れていた。
 だから、ハイラルで過ごしたこと、経験したこと、全てを失ったわけじゃない。

「ナマエさん、クレープ食べる?」
「え、食べれるの?」
「材料あるから、すぐ作れるよ」
「やった! ……え、えっと。コホン。……食べたいです」

 好きな食べ物も変わらないらしい。
 ぱぁっと笑顔になった後、食べ物に喜んでいることがちょっと恥ずかしくなったのか、少し頬を染めて冷静なフリをしてたけど。
 いざナマエさんが好きなイチゴクレープを作ってあげたらもの凄く幸せそうな顔でもぐもぐ食べてた。デザートの中でも一番大好きなアップルパイを作ってあげたら、もっと喜ぶかな。喜んでるナマエさんが可愛すぎる。半年ぶりにナマエさんのそんな顔を見ることができて、ちょっと泣きそうになった。本当に目覚めてくれて良かったなって。
 そういえば、ナマエさんに「食べることが好きだよね」って言ったら、「健啖家のリンクくんに言われるとは……!」って何故だかちょっとショックを受けてたことがあったな。未だに何でナマエさんがショックを受けたのかわからないけど。作った人に感謝しつつ、美味しそうにご飯食べるところも好きだなって思っただけだったんだけどな。
 にこにこしながらナマエさんを見ていたら、不審そうな顔で見られたけど、食事の間中、俺の顔は緩みっぱなしだったと思う。