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 その幻影は明らかな意志を持って私を狙っていた。以前に相対した時よりも、より明確に。多分、幻影を呼び出したアストル本人もビックリだろう。せっかく最強の退魔の騎士の幻影を戦力にしようとしたにも関わらず、アストルの壁になるどころかリンクさんやゼルダ姫達には脇目も振らず、イレギュラーな存在でしかない私を執拗に狙うなんて。
 しかもその……何ていうか、執着をめっちゃ感じるけど、剣を向けられているにも関わらず殺意が全く感じられない。

「なんっで! 私ばっかり追いかけてくるかな?」

 動けるようになってなかったら、きっと瞬殺されているという勢いで幻影リンクが追いかけてくる。かろうじて剣撃を避けてはいるけれど、近接線は苦手なんだって! しかも相手はリンクくんを模した幻影。本物のほうが強いけど、そもそも本物の強さが桁違いなので、私からすると強すぎる相手ということに変わりない。
 振り下ろされた剣撃を、逆手に持った残心の小刀で流す。直後に、反撃!と蹴りを入れようとしたけど、あっさり受け止められてしまう。すかさず今度は体を捻って反対側で幻影リンクの首元を狙って蹴りを入れたらぱっと離れて行ったけど、離れ際、さりげなくお尻から脚を撫でられた。

「なっ……なっ!」

 覚えのある感触に、言葉が出ない。
 どこかの誰かさんを彷彿とさせる触り方に、戦闘中にも関わらず顔に熱が集まる。

『ナマエさん?』

 リンクくんと、リンクさん……ええい! ダブルリンクでいいわ! の声がハモる。見なくていいから!

「何だか知らないけど私ばっか狙ってくるから、このまま囮になる! そっちはアストル逃さないで! ……ってコラ! 何でこっちに来るの?」

 気づいたらもの凄い無表情かつ無言でダブルリンクが幻影リンクに突撃してた。びっくりするぐらい、息の合った連撃に思わず息を呑む。
 うーわー……二人の気迫が怖い。

「ナマエ! 大丈夫ですか?」
「ゼルダ姫、私は大丈夫です。それよりアストルを!」
「ええ。わかっています!」

 ゼルダ姫が右手を掲げて力を込める。
 ほとばしる光の奔流が、アストルが操る禍々しい力を浄化していく。
 ダブルリンクが相手しないなら、と、近くで戦っていたインパさんとアイコンタクトしてアストルに向かう。インパさんの分身から生まれる術を隠れ蓑に、ぐっと接近してアストルの死角から、彼の持つ球体武器? 目掛けて矢を放つ。近距離から放った矢がアストルの武器を直撃し、弾き飛ばす……と思ったら、

「おのれぇぇぇ!」

 執念だろうか。
 武器からいくつも黒いイバラのような闇が沸いたかと思うと、そのうちの一つが私が放った矢の一つを一瞬で掴み、そのままの勢いで私に振り上げてきた。

 あ、ヤバ……近づき過ぎた……!

 ひゅっと背中に冷たいものが走る。
 ぐっと身体に来る痛みを覚悟した瞬間、目の前に怨念の沼の壁が現れてアストルの攻撃を防いだ。

「え……」

 目の前で形成されていくのは幻影リンク。
 その背中に矢が突き刺さっている。

『良かった』

 声が聞こえて、幻影リンクが手を伸ばしてくる。
 まるで私が無事であることに心底安堵しているかのように。

「ど、して……?」

 幻影リンクの手が頬に触れる。
 そしてそのまま口付けられた。
 同時に…何かが自分の中に入ってくる気配。
 な……に?

「あいつ、また!」
「え……?」

 リンクさんの声に、リンクくんが戸惑うような声を出す。けれどそれにも反応できず、呆然としていたら、ばしゃっと音をたてて幻影リンクは私の目の前で溶けて消えた。ドロドロのヘドロだったはずのそれはもう瘴気を放っておらず、ただただ泥のように地面にこびりついているだけ。

「クソッ! 役立たずめっ……!」

 アストルが呪詛を吐くような声が吐き捨てながら城の奥の方へと向かって走り去っていく。

「ナマエさん、大丈夫ですか?」
「ナマエ! あああ、あれは一体」
「ナマエさん!」
「ナマエ?」

 みんなの声が遠い。
 何でだろう、すご、く…ね……む……

 ドサっ

 意識が途切れる最後に見えたのは、顔色を変えて駆け寄ってくるリンクくんの姿だった。

***

 ふわふわと。
 ゆらゆらと。

 靄に包まれているような感覚。
 頭の中から、何かが失われていくような、逆に刻み込まれているような、奇妙な感覚の中に漂っていた。

『ナマエさん』

 声が聞こえる。

『ナマエさん』

 優しくて、どこか哀しい声。
 私はこの声を知ってる。
 だけど誰の声なのかわからない。
 呼びかけているのは私に向かってなのだろうか。
 『ナマエ』って……誰?

 ふっと意識が浮上する。

 それまで自分を包んでいた優しい靄が晴れて、急激に感覚がクリアになっていく。目に飛び込んできたのは青白い光。肌を包むひやりとした空気にふるりと凍える。

「あ……」

 声を出そうとしたら声にならなかった。
 けれどその微かな空気の振動ですら、彼には待ち望んでいたものだったのだろうか。

「ナマエさん!」

 今度はハッキリ聞こえた声。
 ゆっくりしか動かない身体で視線だけ先に声の聞こえた方に向けると、綺麗な空色の瞳と目が合った。

(綺麗……)

 何故だか目が離せなくてじっと見つめていると、見る間にその空色の瞳に涙が浮かんで彼の白い肌を流れていった。次から次へと流れる涙を止めてあげたくて、何とか腕を動かそうと頑張る。

「んっ……」

 そのかいあってか、物凄く気怠いけれど腕を持ち上げることができた。空色の瞳が今度は驚きで見開かれる。そしてすぐにまた泣きそうな顔になると、両手で手のひらをぎゅっと握られた。

 あ……私はきっと、この人のことを知ってる……
 誰だかわからないのに、手指の感覚を知ってる……
 この温もりを知ってる……

 でも……わからない。

「あ……の……」
「何? ナマエさん」

 今度は声がちゃんと音になった。

「あなたは誰?」

 そう言った時の彼の顔は、まるでこの世の終わりを迎えたような顔だった。