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 意識があるのに身体が全く動かせないというふわふわした不思議な状態に陥ってから目を覚ますまでに、結局多分二週間ぐらいの間ずっと寝たきりの状態になっていた。目を覚ました後に一通りプルアに身体を調べてもらい、どこにも『印』らしきものが残っていないことが確認できたから『術』の解除は成功したということで間違いないようなのだけれど、身体を動かすにはリハビリが必要だと言われた。それでも、プルア自作のシーカーストーンで身体をスキャンしてもらった限りでは機能系には全く問題無しとのことで『アンチエイジング』を再照射するなんて事態にはならなくてほっとしたようなちょっと残念なような。
 一通りの検査が終わって一息ついたら気持ちも大分落ち着いたから、元の世界にいた頃からずっと何となく顔を合わせ辛いと悶々としていたゼルダ姫にもしっかりと向き合うことが出来たと思う。リアルで対面した生身のゼルダ姫は、ゲーム画面を通してみていた印象そのものの綺麗な人だった。厄災ガノンの討伐に成功したことで肩の力が抜けたのだろう。言葉を交わしてみれば、力に目覚めないことで自分を追い詰めていたあのムービーの中のような悲壮感はなかった。代わりに、ゼルダ姫の長い金色の睫毛で縁どられた翡翠色の瞳には、厄災ガノンの脅威のなくなったハイラルの復興を目指したいという強い意志が見えていた。
 ……その、ゼルダ姫から「リンクのことを頼みます」と言われた。

「イーガ団の術にかかっている間もずっと意識のあったナマエであれば把握していることではあるかと思いますが、彼はどうも類まれなる身体能力や生命力故に自分のことをないがしろにする傾向があります。でも、貴女と共にある時の彼はとても穏やかな顔をしていました。貴女と共に在りたいと心から貴女のことを想っているのだと思います。だから、かつての彼の主君として、彼の幸せを願う者として言わせてください。どうか、リンクのことを頼みます」
「……わかりました。私がどこまでお役に立てるかわかりませんが、私の出来る限り、リンクくんを支えていきます。リンクくんは、これからもゼルダ姫様の護衛を続けていくつもりです。それをごく当たり前に自分の為すべきことだと思っていると私は思います。これからのリンクくんのこともどうか、宜しくお願いします」

 ベッドの上からではあるけれど深々とお互いに頭を下げて、そして顔を見合わせて苦笑しあった。お互いに思うところがあるとは思うけれどそこには敢えて触れない。それが大人同士の付き合いだと、きっとお互いにわかっていたのだと思う。ゼルダ姫は大厄災の時点では十七歳になったばかりだったけれど、実際に対面してみたゼルダ姫は十七歳とは思えない落ち着きようで、それはきっと、王族として幼い頃から教育を受けてきたからとかそういうことではなくて、厄災ガノンを抑え続けたこの百年の間に彼女の意識とか心境に変化があったからこその落ち着きなんじゃないかって思った。
 百年の眠りを経て百年前のことを全部忘れた状態から過去を思い出したリンクくんと、百年間の間ずっとこのハイラルを見続けてきたプルアやロベリー、インパと、厄災ガノンの腹の中で百年の時を過ごしたゼルダ姫と。流れた時間は同じだけれど、その時間がもたらしたものはそれぞれ違う。それぞれ違うけれど……それぞれが自分の生き方を見つけようと一生懸命生きようとしている。
 社畜時代にメンタルをやられていた私としては、彼らの生き方がとても眩しく見える。そして憧れる。私も……私が生まれ育った世界ではないけれど、何の運命のいたずらかこのハイラルに来ることが出来たこの奇跡を本当にありがたいものだと思って、この眩しい人たちのようにここで生きていきたいと。どんな風に生きていきたいのか、見失っていたものを見つけたいと思った。

「じゃ、しっかり姫様とも話ができたところで、そろそろ私たちはお暇しようかしら。ナマエ、さっきも言ったケド、数値上は身体の機能に問題はなかったとは言え、固まった筋肉を動かすのには少し時間をかけた方が良いわ。あんまり無理するんじゃないわよ」
「うん。わかった。色々と世話をかけました。ありがとうね、プルア」
「いいってことよー。悪いなーって思うんだったら、今度私の研究室に来てちょちょっとシーカーストーンの分析に協力してくれれば良いわ」
「んー……それ、私が力になれることなのかどうかいまいちわからないんだけど……」
「アンタ、元の世界で『ぷろぐらみんぐ』ってヤツを仕事にしてたんでしょ?とりあえずリンクもハテノ村に戻ってこれたことだし、動けるようになったら顔出してよ。待ってるワ」
「相変わらず強引だなぁ。うん。わかった。なるべく早く顔出せるように頑張るね」
「頑張らなくて良いからしっかり動けるようになりなさいね。それじゃ、外にいるリンクに声をかけてくるわ。お待たせしました姫様、インパ。行きましょうか」
「ええ。ではナマエ。また次にお会いする時は一緒にお茶しましょうね」
「はい。ありがとうございます、ゼルダ姫様」
「カカリコ村に来ることがあったらリンクとともに顔を出すと良い。歓迎しよう」
「ありがとうございます。カカリコ村にはいずれお邪魔したいと思っていましたので、お伺いする時にはご挨拶させていただきます」

 そうして三人を見送ったら間もなくして階下でバタンと静かに扉が閉まる音がした。しんっと一瞬訪れる静寂。その空気感に目を閉じて小さく深呼吸していたら、バンッ!と大きく扉が開く音がして、吃驚して肩が跳ねた。なになになに?と思って顔を上げれば、ドダダダっと階段を駆け上がってくる足音。その足音の主が焦ったような表情を浮かべているのを見て、苦笑してしまった。

「お帰りリンクくん」
「ナマエさんっ!」
「お、わっ……わわっ!」

 声をかけたら、だばーっという効果音が見えるぐらいの勢いで滝のような涙を流すリンクくんが突進してきた。その勢いのままベッドに押し倒されて、そのままぎゅーっと強く抱き締められる。身体を動かせなかった時にも時々ぎゅっと抱き締められることはあったけれど、その時はどこか控え目だったから、こんなにも力強くリンクくんの身体の温もりと硬さを感じられるぐらい抱き締められるのは久しぶりで、かぁぁっと顔に熱が集まるのがわかった。耳の先まで赤くなっている気がする。それほどまでに熱い。

「良かったナマエさん……良かったっ……!」
「ん……本当に心配かけてごめんね」
「いいんだ。元はと言えば俺がナマエさんを長い間独りにしてしまったから。せめて手紙だけでも送れば良かった。俺はナマエさんならきっと俺の状況をわかってくれるだろうって甘えてた。本当にごめん」
「はは……色々『知ってる』ことが裏目に出ちゃった感じか。……私も……『知って』ることに引っ張られちゃって、まんまとイーガ団に引っかかったからリンクくんのことを責められないな」
「責めて良いんだよ。俺はナマエさんのことを手放せないって言ったのに。俺のために元の世界を捨ててくれたナマエさんを苦しませてしまった」
「……そんな風に深刻に思わなくて良いよ。私だって、リンクくんがしっかり『眠らない』ような状況を作り出してしまったわけだし」
「いや、俺が」
「私が」
「……」
「……」
「……」
「……ふっ……そろそろ、お互い謝りあうの、止めようか」
「……ははっ……そうだね」

 あんまり二人でお互いに謝りあってるから途中から何だかもうどうしようもなくて笑えてきた。笑いあっている間に、ゆるゆると凝り固まった不安とか苦しい気持ちとか、そういうのも少しずつ溶けていってどんどん気持ちが楽になっていく。……リンクくんってやっぱり凄い。こうして一緒にいてくれるだけで、こんなにも安心できる。

「ありがとう、リンクくん。私をイーガ団から助けてくれて。イーガ団のアジトまで助けに来てくれたの、本当に嬉しかったよ。淑女の服を着ているところが見られなかったのだけは残念だったけど」
「こら、まだ言うか。全く……イーガ団の術にかかっていても、あの時のナマエさんの発言はナマエさん自身のものだったってこと?そんなに俺の女装が見たいの?」
「うん。見たい」
「熱砂装備着てる俺にも熱い視線を注いでたのに?」
「へ……?」
「俺が気が付かないとでも思った?ナマエさんが目覚めなくなってしまうまでのほんの短い間だったけど、手を引く俺の背中にナマエさんの熱い視線を感じてたからね。俺の身体に見惚れちゃってたでしょ。ナマエさんのえっち」

 さっきまで涙でぐちゃぐちゃの顔をしていたのに、今度は随分と悪い顔をするね君は!にやにやとするその綺麗な顔を崩したくて頬をむにーっと引っ張ってもノーダメージ。逆に頬を引っ張る手をやんわりと握ってそのまま手のひらに口付けられて、色気たっぷりに流し目されて、私の方がダメージを受けてしまう。

「美人で色気たっぷりなリンクくんが悪い」
「その言葉、そっくりそのままお返しするよ。ナマエさんの身体が動くようになったら、覚悟しててね」
「は?」
「今日は約束通り眠るけれど、本音を言うなら今すぐにでもナマエさんを抱きたい。全身くまなく見せてもらって、ナマエさんの身体のどこにもイーガ団の奴らの痕跡が残ってないってことを確かめたい。ナマエさんとたっぷりイチャイチャしたい。ナマエさんを独りにしたのは俺の方だけど、ずっとナマエさん不足だったからナマエさんを食べたい」
「ちょ、こらこらこら!耳噛まないっ、頬舐めない!首筋吸わないのっ!」

 急にスイッチが入ったように唇を寄せてくるリンクくんに、思わず叫んだら渋々といった感じで離れていったリンクくんがしょぼんっとした顔で私の方を見てくる。あ、あざとい!その顔、作ってるってわかってるからね!

「だってぇ」
「『だってぇ』じゃないよ!もー!あざいといなぁ!」
「あざとい俺は嫌い?」
「その聞き方は卑怯だよ……ッ!嫌いなわけないでしょ。大好きだよ、リンクくん」
「ははっ!やった。俺もナマエさんのことが大好き。愛してる。今すぐ結婚しよう。結婚がダメなら婚約しよう。ナマエさんは俺の未来の奥さんだって、みんなに自慢したい」
「参考までに聞くけど、みんなとは?」
「道行く人たち全員かな」
「止めてね!それ、私の心臓がもたないから止めてね!」
「えー……それじゃあ、どうやってナマエさんが俺の未来の奥さんだって自慢すれば良いの」
「じ、自慢しなくて良いから。……別に、言いふらさなくたって……特別な関係だってわかれば良いんでしょ。……だったら、動けるようになったら、ゾーラの里に連れて行ってくれる?」

 確か前に、指輪の話をしてくれたよね?あれって、ハイラルにもある文化なのかどうかリンクくんに確認する機会がなかったけれど『結婚指輪』って言ってくれてたもんね?

「ゾーラの里?良いけど……あ、そっか。もうさすがに出来上がってるか」
「ん?……何が?」
「指輪」
「ゆびわ」

 え、聞いてなかったんだけど。何時の間に!?

「うん。指輪。実は婚約指輪をゾーラの里のロスーリに頼んでおいたんだ。あ、ロスーリってのはゾーラの里の彫金師のことだよ。結婚指輪はナマエさんと一緒に作ろうと思ってたんだけど、それよりも早くナマエさんに渡したくて」

 どさくさのプロポーズは受けてくれないとは思うけど……。そう続けて言いながら、リンクくんが私の頬に手を添えて、じっとその空色の瞳で私の方を真っ直ぐに見つめてくる。その瞳に揺れるのは緊張。ほんのり目元が赤くなっているのは、照れているからなの?

「物語で言えばさ」
「……うん」
「最後に愛し合う二人が結ばれるって結末として『結婚』するとおさまりが良いんだよね、なんて元の世界でナマエさんは言っていたけれど」
「……よく覚えてたね。そんなこと」
「覚えてるよ。その続きも『結婚はあくまで出発地点で通過点。その先をどんな風に生きたいのかをお互いに尊重し合えることが大事。これは私の持論だけどね』……どう?合ってる?」
「ホント、よく覚えてるね。言った私ですら多分一言一句正確には言えないというのに」
「はは。記憶力はそれなりに良いみたいなんだよね。俺」
「百年前のこと、全部忘れてたのに?」
「全部忘れてたのに」

 あははっとあまりにもあっけらかんと言って笑うから、つられて笑ってしまう。

「さすがリンクくん。頼もしいね」
「惚れ直した?」
「ふふ。うん。惚れ直した」
「やったね!……じゃあ、俺からの婚約指輪、受け取ってくれる?」
「……うん。欲しい。リンクくんからの婚約指輪」
「俺の奥さんになる約束をしてもらうってことだよ?いい?嫌だって言われても、ナマエさんがその気になるように頑張るけど」
「それ聞いてる意味あるの?」
「もちろんあるよ!ナマエさんの口から聞きたい。ナマエさん、俺の奥さんになって俺と一緒に生きて」
「……うん。私、リンクくんの奥さんになりたい。不束者ですが、よろしくお願いします」
「うん。俺の方こそよろしくお願いします!愛してるよ、ナマエさん!」
「私も……リンクくんのこと、愛してる」

 何だか照れくさくってこつんっとリンクくんの胸元に額をあててくっついたら「やっぱり……我慢できない」ってボソっと耳元で聞こえて、そのままリンクくんの手が怪しい動きを始めた。

「わわっ、ちょっとリンクくん、待って、待ってってばッ!『待て』!」
「はいッ!」

 何とか力を振り絞ってリンクくんのおでこをぺちっと叩いたら、ぴしっと何故だかすごく真面目な顔をして手を止めるリンクくん。よしよし。ちゃんと止まったぞ。ドキドキする心臓を落ち着かせるために小さく深呼吸して、きっと強い視線でリンクくんの空色の瞳に視線を合わせた。

「私、一応病み上がりみたいなものなの!プルアにもリハビリするように言われてるの!」
「リハビリ?」
「ずっと眠っていたような状態だったから身体じゅうの筋肉が固まっちゃってるんだよ。だからしっかり動けるようになるまでに少しずつ固まった筋肉をほぐしていかないといけないの」

 さっきのリンクくんの動き……あのまま流されていたら危険なヤツだよね。

「ああ、なるほど。それなら俺、手伝えるよ!」
「え、何その満面の笑み。身の危険を感じるんだけど」
「えー?キノセイジャナイカナー」
「リンクくんがそういう言い方する時って絶対気のせいじゃないよね」
「ちっ……ばれたか」
「……ちなみに、何を企んでたの」
「企むだなんて人聞きが悪いよ。ただちょっと、筋肉をほぐすマッサージにかこつけて、ナマエさんに色んな意味で気持ちよくなってもらおうかなーって思ってただけだよ。安心して俺に身を任せて?」
「そ、そんなニヤニヤしながら言われて安心出来るかッ!この隠れ肉食男子めぇッ……!」
「こんな俺は嫌い?」
「だからその聞き方はずるい!大好きだよ、バカァッ!」
「あはは!俺もだーい好き!」

 また耳まで熱くなったのを感じて、赤くなった顔を隠すためにリンクくんの胸元に顔をうずめたらそのままぎゅーっと抱きしめられた。
 何だかもう、色々悩んでいたことがバカみたい。私はこうやってリンクくんと一緒に過ごす時間に救われていて、大好きなんだ。そうだ。この時間をこれからもリンクくんと一緒に大事にしていけるよう、この先の未来で待ち構えているであろう脅威が現実のものになった時にも乗り越えられるよう、本当の意味で平和になった後のハイラルで過ごせる日を夢見て、生きていけば良いんだ。そのために私が出来ることを探そう。リンクくんと、私自身のために。
 よし!何かやろうと思えることが見えてきたぞ!プルアからも声をかけてもらってるし、元の世界での私のスキルが役に立ちそうなことがあったら、是非、協力させてもらいたい。一番実現させたいのはやっぱり『ワープ』機能だよね。プルアパッドにワープ機能を持たせて……『ワープマーカー』の開発にもかませてもらえたりするかな?そしたらアッカレのロベリーのところに行けば良いかな?
 ワクワクする気持ちでいたら、不意にリンクくんに髪を撫でられた。
 ん?っとリンクくんの胸元から顔を上げれば、優しい顔で私を見ているリンクくんと目が合う。

「……ところでナマエさん、お腹空いてない?」
「お腹……」

 ぐぅ~……

「くっ……お腹の方が答えてくれたね」
「わ……笑うなぁ……っ!」
「あはははっ!ご、ごめんっ、ツボに入って、と、止まらないっ……くふっ……うっ、今の鳩尾に入ったよ……よいパンチ……」
「狙ったんだから当然入ってもらわないと困る。仕方ないでしょ。ずっと何も食べていない状態だったんだから。お腹も空いてるよ。あ……もしかして胸のサイズがダウンしたのってご飯食べてなかったからかな……?」
「よし。今すぐご飯にしよう。そうしよう」
「キリっとした顔で残念なこと言うの止めてもらっていいかな?」

 何かもう、本当にリンクくんには敵わない。元の世界にいたころからずっと、本当にあの夏の日にリンクくんに声をかけられてからずっとずーっと、君に助けられている。だから私も、君の助けになりたい。君のことを一番近くで支えられる人になりたい。
 きっと私はこれからも、リンクくんやゼルダ姫が背負っているような宿命に比べればどーしようもなく小さなことで悩んだり苦しんだりするだろう。情けないけれど、黒いオーラを背負って周りに八つ当たりすることだってあるだろう。それでも、私のことを好きだと言ってくれるリンクくんに恥じない生き方をしたいと思う。そして花いっぱいの華やかで明るいイメージが似合うような、そんな未来をリンクくんと共に歩いていきたい。

 心からそう思った。

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2024.11.19 先行公開