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 ナマエさんが目を覚ましたと二階のプルアから声がかかった瞬間、いてもたってもいられなくて階段も使わず壁をよじ登って手すりを飛び越えていた。

「ちょ、リンク、アンタ何処から上がってきてんのよ!」

 俺の動きに慌てたようなプルアの声が聞こえる。だけど俺の目にはベッドで身体を起こして俺の方に顔を向けているナマエさんしか目に入っていなかった。

「ナマエさん!」
「……おはよう、リンクくん。心配かけたね」
「ナマエさん……良かった目を覚まして……?」
「……うん」
「……ナマエさん、何だか雰囲気が……」

 俺の言葉に何とも言えない微妙な表情を浮かべて視線を逸らすナマエさんの額に汗が浮かんでいるような気がする。その様子は、気まずいことがある時の嘘をつけないナマエさんそのものでいつも通りなような気もするけれど……あれ?

「髪が短くなってる……?」
「あら。本当ですね。背中の真ん中ぐらいまではあるのかと思っていましたが……」
「拳一つ分は間違いなく短くなっておるようですな」

 俺とは違って階段を使って二階に上がってきていたゼルダ姫やインパが困惑したように呟く声が背中側から聞こえる。その言葉から、俺の見間違いではないと確信を持てた。うん。間違いなく髪が短くなってる。それに心なしか顔立ちが少し幼くなっているような気がしないでもない。ナマエさんは愛くるしいか綺麗かで言うと綺麗寄りの可愛いらしい大人な女性だと俺は思っているわけだけれど、今のナマエさんは少し……何というか、大人の女性に変わりはないと思うけどやっぱり少しだけ雰囲気が幼くなっている気がする。

「………プルア」
「な、何かな?」

 自分でも声が低くなった自覚がある。
 俺の呼びかけに、すぐ近くで黙って俺とナマエさんの様子を見ていたプルアに声をかければ、少し上擦った声で応えるプルアの声。わかりやす過ぎるほどに『黒』だとわかるその反応に、ジト目になったのは仕方がないと思う。

「何があったのか説明してくれるよね?」
「は……はぁい」

 そうしてプルアから言われたのは『身体を若返りさせたら皮膚に刻まれた刺青もとれるんじゃなーいって思ってアンチエイジングをかけたらちょっと出力間違っちゃった。ごめーん!』というものだった。
 ナマエさんが止めなければ、小一時間説教してやるところだった。まさかハイラルに来たことでナマエさんの世界ではあり得ないようなことがナマエさんの身に起こってしまうなんて!いや、そもそもの発端は俺がナマエさんを独りにしてしまったからだけれども!
 ああーっと頭を抱えたい気分だったけど、あんまり俺がそれでナマエさんに申し訳ない気持ちで一杯になってたからそれが伝わったのか、最終的にはナマエさんに苦笑しながら『若返るのも悪くないよ。ちょっと胸はサイズダウンしちゃったみたいだから下着買い替えなきゃだけどね』って笑いながら困ったように言われて、違う意味で頭を抱えることになってしまった。
 いくらゲームの中でプルアの『アンチエイジング』のことを知っていたからって、許しちゃっていいの?む、胸のサイズとか。俺が動揺するのわかってて言ってるよね?しかもそれ……俺を安心させるためにわざとそういう話題にしたでしょ。あー!……もう、本当にナマエさんには敵わないなぁ……!

「ナマエさんがそう言うなら、プルアの説教はやめとく。……実際、プルアのお陰でナマエさんが目を覚ませたことに変わりはないし」
「そうそう。しっかり感謝してくれていいのよ」
「……ありがとう。でも、調子に乗るのは違うよね」
「ゔ」
「もう!リンクくん!笑顔の圧が怖いよ。ほーうほぅ!……ほら、おいで」
「ナマエさん……」

 苦笑するナマエさんに手招きされるままベッドに近づけば、ぽんぽんっとベッドに座るよう促される。ゼルダ様の手前ではあるけれど、今はナマエさんが目覚めているということを確かめたい。だから促されるままベッドに座ったら、ナマエさんの方から俺の右手に触れてきた。久しぶりにナマエさんから触れられたことにドキっと心臓が跳ねる。

「ごめんね。心配かけたよね。実は私、ずっと意識だけはあったんだ」
「え……」
「術をかけられてからずっと。ふわふわと夢を見ていたような気分だった。視覚はなかったし身体も全く動かせなかったけれど、耳は聞こえていたし何となく気配も感じられたから、周りで起こっていることは全部わかっていたの」
「そうだったんだ」
「うん。……だから……ごめんね。リンクくんに刃を向けてしまって」
「っ……そんなの、気にしなくていいよ」
「リンクくんに新しい傷がつかなくて良かった」

 ぎゅっと握ってくる手に力がこもったのがわかった。護身用にと渡した短刀を人に向ける勇気はないと言っていたナマエさんだ。初めて刃を向けた相手が俺だったことを気にしてるんだろう。そんなの、気にしなくても良いのに。泣きそうな顔になっているナマエさんのことが愛しくてたまらなくなる。
 だからナマエさんのことを安心させたくて……なのに失言した。

「俺の身体なんて気にしなくていい。料理を食べれば何とかなるし」

 そう言った途端、大きなため息とともにナマエさんの目が据わった。え、えぇっと?

「それ。その自分の身体がいくら他人と比べて丈夫だからって、そうやって自分のことを大事にしないのはダメだよ。社畜時代の私にリンクくんが言ってくれたことだよ?」
「でも俺は本当に……」
「君が『ハイラルの勇者』たる資格を持つ誰よりも強い剣士であって、体質的にも他の人に比べてはるかに頑丈であることは間違いないし疑っていないけれど……君、私をイーガ団から助けてくれてから今の今までずっとまともに寝てないでしょ」
「いや、そんなことは……」
「ずっと意識があったって言ったでしょ?全部わかってるから」
「ゔ」
「……今日はしっかり眠ろうね。いいね?」
「うん。……わかった」
「約束だよ」
「はは……わかったよ。約束する」

 で、ナマエさんが間違いなく目覚めたことを俺が確認して一息ついたと思ったら、家を追い出された。

「それじゃあリンク、念のためナマエの身体を一通り診察するから、アンタは下にいる男衆たちと一緒に家の前で警護してて。いいわよね」
「わかった。プルア、これ以上ナマエさんに何かあったらさすがに見逃せないよ」
「だーいじょうぶよ!わーかってるって。万が一まだ『印』が残ってて『アンチエイジング』を使うことになったら、姫様とインパにも一緒に診てもらうようにするから。ご協力いただけますか?姫様、インパ」
「ええ、もちろんです。リンク、私たちがついていますから。安心してください」
「姉さんが暴走しないように見張っておるわ」
「ちょっとインパぁ!言い方!」
「……とにかく、ナマエさんのことを頼むね」
「チェッキー!まかせときなさい!」

 バタンっと目の前で扉が閉まる。しばらくそのまま閉まった扉を見つめていたけれど、俺が今ナマエさんのために出来ることはプルアに言われた通り家の警護をすることか。

「でもそれだけだと何か落ち着かない」

 よし。アップルパイを作って待ってよう。ナマエさんの喜ぶ顔を見たい。ああ、でも一週間以上も眠ったままだったから、胃に優しいお粥の方が良いかな。三角さんに教えてもらった卵がゆは優しい味がして美味しかった。ナマエさんにも食べさせてあげたいけど……醤油に似た味のものってハイラルにあったかなぁ?肉巻きおにぎりの肉を浸すあれが一番近いか?結構濃いからなぁ。薄味で優しい味にするとしたら、野菜の旨みを活かした出汁ベースの方が良いかもしれない。牛乳を入れてリゾットにしても?
 ポーチの中を確認しながら考えるのが楽しい。
 ああ本当に、ナマエさんが目を覚ましてくれて良かった。

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2024.11.17 先行公開