突然ですが元の世界の皆さん。私は今、ハイラルで物凄い衝撃を受けています。
目の前の料理鍋の中でゲーム画面で見たのと同じく元気に飛び跳ねる食材……という光景ではないけれど、え、嘘?マジで?マジでこんな簡単に料理鍋一つで料理が出来上がるの?リアルな世界の物理法則は何処に行った?あ、そこは気にしちゃだめですか。そうですかー……。
「り……料理がリアルでも一瞬で出来上がる……だと……?」
「うん。レシピが完成してる特定のものだけだけどね。驚いた?」
「驚かないわけがないよね?さすがに瓶ごと突っ込んだり、下準備なしで放り込んではないし、出来上がったら器に入ってるってことはないみたいだけど……。時短調理にも程がある。すごい。私、一生この鍋と一緒に生きていく」
「一生を生きるのは俺とにしてよ」
「じゃあリンクくんと料理鍋と一緒に生きていく」
「(わ!さらっと一緒に生きてくれるって言ってくれた……!)……料理鍋はどうあっても外せないんだ」
「外せない。だって健啖家でいっぱい食べる君のお腹を満たすためにこの料理鍋は欠かせないでしょう!赤い月の夜までに食材をたっぷり集めなきゃ!」
「あー……料理が大成功するんだっけ」
「ゲームの中ではそう。現実がどうかはわからないけど、試してみる価値はあるよね」
「うん、まぁね。赤い月の夜は魔物が復活するからあんまり家の外にはいてほしくないんだけど」
「村の中でも?」
「村の中にも魔物が入り込むことはあるよ。だからハテノ村に滞在している時は夜警することもあるんだ」
「そうなんだ」
その夜警……誰に頼まれたわけでもないんだよね。きっとそういうところが、ハテノ村の人たちからリンクくんが慕われている所以になっているところなんだろう。思わず「えらいえらい」と頭をよしよししたら、くすぐったそうに照れながらも喜んでいた。リンクくんってワンコ属性だよね。可愛い。
「料理ポーチがいっぱいになるぐらい料理を作ってくれるんだよね」
「うん。私がリンクくんのために出来ることって、それぐらいしかないから。……リンクくんは強いからもしかしたら必要無いかもしれないけど、厄災ガノンに挑むためにハイラル城に行くのなら、せめてわたしに出来ることをさせて欲しい」
「……ありがとう、ナマエさん。今日ほど俺の身体が、料理を食べることで傷の治りが早くなる体質だったことに感謝したことはないよ」
「大げさだなぁ」
「そうかな?本気で感謝してるよ。ナマエさんに作ってもらった愛情たっぷりの料理だと思いながら食べると何時もより元気になれるし」
「……(ほんっとーにもう!この子は……!)じゃあ、たっぷり愛情込めるね」
「うん。よろしくお願いします」
にこっと笑う笑顔は武器や防具を背負っていなければ、年相応の可愛い男の子のものなのにね。生身のリンクくんを知れば知るほど、元の世界の花屋や喫茶店ではたらいていた時のリンクくんのことを思い起こせば思い起こすほど、このハイラルでは『勇者』として立つ宿命を背負ったリンクくんのことがどうしようもなく切なくて、愛しくなる。だからぎゅーっと強く抱きしめたら、ぎゅーっと抱きしめ返してくれた。この温もりが、どうか失われることがありませんように。
「でもさ、料理鍋で一瞬で料理が出来上がるなら、もしかして私……電気やガスが使えない環境での料理の仕方を学ぶ必要無かったんじゃないの?リンクくんだって、料理鍋で出来る時短料理の方が味も安定していて美味しいって思えるんじゃない?」
「……から」
「ん?ごめん、聞き取れなかった。何?」
「ナマエさんの手料理が食べたかったから。料理鍋の時短調理じゃなくて、これからも色んな料理を作ってくれると嬉しいです……」
「っ!……」
「ナマエさん?どうしたの急に胸を押さえて。何か苦しい?」
「……リンクくんが可愛すぎてお姉さんは心臓が痛い」
「ナマエさんに可愛いって言われるのは不本意なんだけど」
「可愛いんだから仕方ない」
「えぇ……」
不服そうな声を出しているけど、ほんのり頬が赤く染まっているから本気で嫌がっているわけじゃないよね?
この私にとっては『可愛い』リンクくんが、近々厄災ガノンの討伐に向かう。
今日で私がハイラルに来てから二週間が経つ。
その間に料理鍋の時短調理に衝撃を受け、水浴びをすれば服ごと綺麗さっぱり洗濯機・風呂いらずの水場仕様に衝撃を受け(いや、でも普通にお風呂に入りたいし、洗濯も手洗いでするけれども)そして赤い月の夜を二度経験した。
ゲームを操作しているときに見えていた大地から漏れ出るようなあの赤黒い瘴気を自分が目の当たりにすることになろうとは。身体の奥底から冷え込むような悪寒を感じるほど存在を濃く感じられる瘴気から目を離せず凝視していたら「ナマエさんはあれが見えているんだね」と言われた。この瘴気は、どうやら他の人には見えていないらしい。私はゲームをプレイしていた時に当たり前にその光景を見ていたからごく当たり前に目の前の光景を受け入れていたけれど、他の人にとっては違うんだね。「リンクくんにしか見えていなかったの?」「瘴気はね。赤い月は他の人にも見えてる」「そういえば馬宿で赤い月を観測している人がいたね」最初に赤い月の夜を迎えた日、そんなやり取りをリンクくんとした。
七日に一回という周期で定期的に赤い月がのぼることはゲームと同じだった。だから次の赤い月がのぼるまでにあと数日ある。その数日の間にリンクくんには料理で使う食材を集めてもらうことをお願いした。キノコや野菜類なら私でも採取に協力できると思ったのだけれど、ハテノ村のすぐ南側にある森にはボコブリンがいるからナマエさんは村の中で待っていてと言われたので大人しく家で待つことにした。代わりに、村の中やリンクくんのお家の裏手の木からリンゴを採るのを頑張った!リンクくんみたいに木登りすることができないから、桶やら何やら色々重ねて頑張った。梯子があったら良かったんだけど。木も壁もするする登ってしまうリンクくんには無用だもんね。置いてないよね……。
食材収集のために出かけていたリンクくんが村に戻ってきた後、収穫した成果をドヤァっとした顔でリンクくんに見せたら「よく頑張ったね」とよしよしされた。それを喜ぶ私……。んんんっ。私、リンクくんと一緒にいることで幼児退行しているような気がする。私、リンクくんよりも人生経験あるはずなのになぁ。元の世界では私、こんな風に肩の力を抜いて人と接することなんて出来ていなかった。こんな風に自然体でいられるのはリンクくんの包容力と、リンクくん自身がわりと素直に私に接してくれているからなんだろうな。
「それじゃ、行ってくるね」
「うん。どうか無事に戻って来てね。途中で危ないと思ったら、すぐに引き返してね。約束だよ」
「ははっ。わかってるって。ナマエさんを独りにしてしまうようなことはしないから。ナマエさんはここで俺の帰りを待っていて。ナマエさんが待っていてくれると思ったら、俺、頑張れるから」
「うん、うん。待ってる。私も、リンクくんを独りにしないから、必ず無事に帰って来てね」
「うん。必ず無事に帰ってくると約束するよ」
三度目の赤い月を迎えた夜の翌日、料理ポーチいっぱいの料理を持ってリンクくんは厄災ガノンを倒すためにハイラル城へとワープしていった。シーカーストーンでワープする直前まで私のことをぎゅっと強く抱きしめてくれたリンクくんにはガノンに対する恐れや怯えのようなものは一切見えなくて、ただただいつも通り透き通るような綺麗な空色の瞳が、強い決意の色を浮かべていた。
私は、ハイラルに来てからリンクくんが実際に戦ったところを未だ見たことがない。私が知っているのは、あくまでゲームの中の『リンク』が戦っているところだけ。だけど、静かな決意をもってハイラル城へと発ったリンクくんが厄災ガノンを倒すことを信じている。厄災ガノンを倒してこのハイラルを救って、私のところへ戻って来てくれることを信じている。
***
ハテノ村からワープでハイラル城に飛んでから二日。初日をハイラル城内の魔物掃討のために時間を費やし、ガーディアン含め城内の魔物を一掃した。百年前の兵士時代のこと、近衛時代のこと、百年前にこの城で過ごした時のことを思い起こす度に胸の奥が痛むような気がするのはきっと気のせいじゃない。確かにここで生きていた人たちがいた。確かにここで、命をつなぐために自ら盾となり大切なものを護ろうとした人たちがいた。
バラの花を想う人に送ったあの先輩は、大厄災の直前に結婚したばかりだった。厄災の復活が予言されている中、この先の未来がどうなるかはわからないけれど、想う人と一緒になりたいという気持ちの方を大切にしたいとはにかんだ笑顔を浮かべて他の先輩方に「この幸せ者め!」とどつかれても嬉しそうにしていた。
感情を表に出せなくなった俺に何を言ってもかまわないと俺に悪意をぶつけてきていた貴族出身の兵士や騎士たちから距離をおけるよう、それとなく間に入ってくれていた兵舎で同室だった先輩たち。料理はその中の一人の料理好きな先輩から習ったんだ。遠征で野営をした時に『食べる』ということがどれだけ大事なことなのかを懇々と語られた。俺がロース岩を食べた時にはちょっと……いや大分引かれたけど、最終的には腹を抱えて面白がられた。
先輩たちは俺が近衛騎士となり姫付きの騎士となっても、度々息抜きのためにと食事に連れ出してくれた。ゼルダ姫との関係がうまくいっていない時も励ましてくれたし、ゼルダ姫との関係が改善されてきてからも『退魔の騎士』ではなく俺を一人の後輩として応援してくれた。封印の力に目覚めず苦しむゼルダ姫のことを『無才の姫』と口にしたことは一度もなく、遺物調査のために各地へ出かける時には、積極的に護衛をかって出てくれて、俺に代わって寝ずの番をしてくれたりもした。
本来なら小隊を任されても申し分ない腕の人たちばかりが出世を目指すのではなく比較的動きやすい兵士の立場のままでいたのは、いざ厄災が復活した時、その時になっても封印の力にゼルダ姫が目覚めなかった時に前線に立つためだったのだと、その覚悟のある人たちだったのだと、先輩たちがハイラル城下町から脱出する俺とゼルダ姫の背中を守り、殿を務めてくれた時に理解した。
ハイラル城からハテノ砦へと向かって逃げるその道の最中、ひとり、またひとりと姿が見えなくなった先輩たち。あの人たちに俺は守られていた。「お前は俺たちの弟みたいなもんだからな。俺らが守ってやらないとな!」なんて豪快に笑っていたあの人たち。
これまでも、実は何度か厄災ガノンに挑もうとハイラル城に来たことはあった。だけど、踏ん切りがつかなかった。ハイラル城に来る度にお世話になった人たちのことを思い出し、その人たちの命があの日残酷に奪われたという事実に直面させられるたびに辛くなっていた。もしも俺が厄災に負けてしまえば、あの人たちの想いに報いることができずゼルダ姫もお救いできない。大厄災の日に失ったものの大きさに、課せられた使命を果たすことへの期待の大きさに、全ての神獣を開放しても、全ての祠を踏破しても、それでもまだ厄災ガノンに挑むと心を決め切れずにいた。
だけど、今の俺は違う。
失ったものの重さへの悲しみを、課せられた使命に対して重責を感じることへの苦しみを、主君を救い出せないかもしれないという不安を、共に英傑として戦った皆を失い自分だけが生き延びてしまったことへの呵責を、誰にも吐き出せなかったその胸の内をナマエさんが全部受け止めてくれたから。
ハイラルからナマエさんの世界に行っている間、ハイラルへの戻り方を模索している間に『リンク』が冒険しているゲームをプレイしているところを見せてもらって、自分で自分そっくりの『リンク』を操作するのは何とも言えず奇妙な気分だったけれど、そのゲームをプレイしている間に色んな話をした。ナマエさんは多分本当に、俺に話すことを選びながら話をしていたとは思うんだけど、画面を見ながら俺がたどってきた軌跡を一緒に確認していく中で、俺がずっと独りで抱えていたものを吐き出す機会をくれたんだと思う。ナマエさんは俺に救われたって言ってくれたけど、俺もナマエさんに救われた。ナマエさんにもそう伝えたのは、本当にそうだったからだ。
そんなナマエさんが今、自分の生きてきた世界を捨てて俺と一緒にハイラルで生きると言ってくれている。俺が、厄災ガノンを倒せると信じてくれている。だったらその想いに応えないわけにはいかないよね。きっと俺はナマエさんの存在がなくともいつかは自分の使命を果たそうとしただろう。だけど、こんな風に静かな気持ちで厄災ガノンに対峙することは出来なかったかもしれない。
「一個人のためにだなんて、女神に怒られるかもしれないけれど」
ハイラル城の本丸から真下にある空間に降り立ち、醜悪な異形の姿をした『厄災ガノン』を見据えながら背中に背負った『退魔の剣』を引き抜く。『魔』の根源に対峙したことで剣身が青白く強い光を纏う。
「ナマエさんがこのハイラルで安心して生きていけるよう、お前を討つ」
一万年前のシーカー族の導師がどういうつもりで『アモール・ファティ』なんて名前の祠を設置するに至ったのかなんてわからないけれど、あの祠の名前は導師の名前が由来のものじゃなかった。『アモール・ファティ』……ナマエさんの世界の言葉で『運命の愛』という意味の祠。理由がどうあれ、そんな名前の祠が勇者のために用意されたというのなら、『勇者』が厄災を討つと覚悟を決める理由が、『運命の番』のためでも良いよね。
***
2024.11.08 先行公開