17

 リンクくんにワープで連れてきてもらったハテノ村はのんびりとした雰囲気の落ち着いた田舎の村という感じだった。

 ゲームの中のように音楽が聞こえてくることはさすがにないけれど、その代わりに、頬を撫でる少し冷たい空気や村人たちの話し声、どこからともなく漂ってくる良い匂いが、そこに人々の営みがあることを肌で感じさせてくれた。

 ハテノ村の村はずれに家を買ったリンクくんのことを村の人たちはしっかりと認識しているらしく、祠から村の中を通ってリンクくんの家までの道すがら、色んな人に声をかけられた。
 そのどれもがリンクくんに対してとても好意的なもので、だからこそリンクくんと一緒に連れ立って歩いている私のことも、声をかけてくる人皆が「こちらの方は?」とリンクくんに尋ねていた。

 その度にリンクくんが「俺の恋人のナマエさんです。今日から一緒に暮らすことになったんです」とにこにこしながら私のことを紹介してくれて、嬉しい気持ちと気恥ずかしい気持ちが行ったり来たり。

 同時に、リンクくんと同じぐらいの年頃かと思われる女の子たちには、何とも言えない微妙な感情のこもった目を向けられた。

 うぅ……ですよねー。わかってたよ。
 絶対こういう感情を向けられることがあるだろうなって予想していたよ。
 だってリンクくんだもの。

 厄災ガノンの討伐という使命を背負っているとは言え、基本的に人を放っておけない質(たち)なのか巻き込まれ体質なのか何とも言えないところだけれど、きっとごく自然に困っている人に手を貸したりしているんだろうなってリンクくん。ハテノ村の中でも様々な人助けをしているのだろうことは想像に難くない。

 そうやって人助けをしているだけでも好感度が高いだろうに、おまけにイケメンで優しく真摯な男。
 そんなリンクくんがモテないわけないよね。
 ゲームの中の選択肢には結構ドライな対応をしているものもあったけれど。

 こんな調子でゼルダ姫に会ったらどうなるんだろう。

 ゼルダ姫といわず、プルアやインパは?
 ゼルダ姫を直接知っているわけではないけれど、パーヤは?

 彼女たちからすればぽっと現れたどこの馬の骨ともわからない女(しかも異世界人)がゼルダ姫を救い出す前にいつの間にやら姫付きの騎士の恋人の座に座っていた。

 ……なんて、もしもゼルダ姫がリンクくんに想いを寄せていて(っていうか、私はそうだったんじゃないかと思ってる)その想いを知っていたのだとしたら、おそらく口には出さないだろうけれど、心中何とも言えない気持ちになるんじゃないだろうか。
 それとも、百年も生きていればそのあたりのところも達観して見てもらえるだろうか。

 そんなことを思いながらぼーっとリンクくんの家のダイニングテーブルのベンチシートに座って調理場で作業をするリンクくんの背中を眺めていたら、私の視線を感じたのかくるっとリンクくんが振り返った。

「ナマエさん、お腹空いたよね。もう少しで出来上がるからね。今日はチキンシチューだよ。デザートは俺特製のアップルパイ」
「うん。ありがとうリンクくん。夕ご飯作ってくれて」
「三角さんのお店で厨房に立つ楽しさを知ったから全然問題無いよ。今日はナマエさんとこの家で暮らし始める記念日ってことで、俺にナマエさんをおもてなしさせてよ」
「……君ってほんと、嬉しいことを言ってくれるよね。そうやって誰かを口説いたこともあるの?」
「は、ぁ?」
「そんなに動揺しなくても……あ、お鍋気を付けてね。火傷しちゃう」
「ナマエさんが変なこと言うから!」
「だって……モテモテリンクくんが百年前の近衛時代にモテモテじゃなかったはずがない」
「びっくりするぐらいはっきりと言い切ったね」
「うん。お城の侍女さんとか女性の兵士さんとか。お城でリンクくんと一緒になる機会があった人なんかからは熱い視線を注がれていたのではないかと思いまして。ねぇねぇ、何かないの?そういう話!」
「な……何でそんなに楽しそうに聞くの……」
「妬けるけど、興味はある。詳しく聞いたら落ち込みそうだけど、リンクくんがどんな風に恋をしていたのか知りたいという欲が勝ってるという複雑な感情にお姉さんは今振り回されています」
「……なるほどね。まぁ……俺も、ナマエさんの昔の恋人のことが気にならないって言ったら嘘になるからそういうものなのかもしれないけど。……浮いた話は無いよ」
「えー……うっそだー」
「本当に無いんだって。ナマエさんには嘘をつきたくないから正直に言うけど、確かに、想いを向けられたことはあった。でも、向けられた想いに返せるような想いや余裕は無かった。ゲームの『リンク』を知ってるナマエさんならわかるよね」
「ゲームの『リンク』はそうだったかもしれないけど、リンクくんはリンクくんでしょ?」
「その俺が言ってるの。百年前の俺にも、回生の祠から目覚めた後の俺にも、そういう浮いた話はありません。ナマエさんだけだよ。俺が欲しいって思ってるのは」

 ゆっくりと言葉を選ぶように優しい声で言ってくれるリンクくんが近づいてきて、座っている私の隣に座って肩を抱いてくれる。
 優しいけれど力強く肩を引き寄せてくれるその温もりに、泣きそうになってしまう。

 私、泣きそうになること多くない?

 情緒不安定にも程があるよね。

「……言わせてしまってるね」
「はは。何度言っても構わないから不安になったら隠さずに教えて。まあ、教えてもらえなくてもナマエさんって結構顔に出るから気になることがあったら俺は遠慮なく何があったのって聞くけど。ナマエさんにはそのぐらい少し強引に踏み込んだ方が良さそうだからね」
「君って本当にまだ十代?わかりみが凄くてびっくりする」
「え?俺、百歳越えてるけど?」
「だから、コールドスリープ状態の百年間はカウントしないの。……ごめんね、リンクくん。私、何度も同じことでうじうじしちゃって。情けないわ」
「構わないよ。俺はナマエさんを甘やかすって決めてるから、情けないところも弱いところもドロドロしたところも、ナマエさんの全部を見せてほしい」
「ドロドロしたところも……?」
「うん。ドロドロしたところも」
「……あんまり……私のそういうところを見せたらリンクくんに嫌いになられそう……なんて言ってる時点でもうダメだね。やめやめ!止める!ごめん。暗すぎる自分にドン引きするわ。せっかくハイラルに来れたんだから、全力で楽しむ方に全振りする。私はリンクくんのことが好き。好きだよー!大好きー!」
「なっ、ちょっ、いきなりの告白!嬉しい!俺もナマエさんが好きだよ。大好き。……愛してる。だからさ……」
「うん」
「ナマエさんのこと、逃がしてあげられない」
「……うん?」
「ナマエさんがもしもこの先、元の世界に戻りたくなったとしても、俺と別れたくなっても、こうやってナマエさんが俺のことで弱っていても、誰か他に好きな人が出来たとしても、俺はナマエさんを手放せない。ナマエさんの希望だったらどんなことだって叶えてあげたいと思うけれど、俺の傍からいなくなることだけは絶対に許さない。許せない。俺だってこんな風にどろどろしたところがあるんだよ。……ナマエさんと出会って、そんな気持ちが自分にもあるってことに驚いてる」
「……私のこと、そこまで欲しがってくれるの?」
「うん。欲しい。ナマエさんが欲しい。……はは、泣くほど嬉しい?それとも、実は俺がこんなこと考えてるってわかって怖くなった?」
「……泣くほど嬉しい。ありがとう。リンクくん」
「どういたしまして。はあ……ナマエさんにこんな可愛いところ見せられたら、やっぱり『待て』出来ないかも。夕ご飯の後、ナマエさんのことも食べて良い?」
「そ、それは勘弁して欲しい……かも。気持ち的には『いいよ』って言いたいけど、本当に動けなくなっちゃいそうだから……ひ、一晩は我慢して?」
「はーい。じゃあ一晩『だけ』我慢するね。頑張って体力つけてね。ナマエさん」
「は……はぁい……」

 とりえあず、村の中のウォーキングから始めようかな……。
 結構な高低差があるから、研究所の方まで上がって行ったり、海岸の方にくだっていったりするだけでも良い運動になりそう。
 でも、リンクくんの体力についていけるぐらい体力つけるってどのぐらい頑張れば良いんだろう。

「素振りでもしようかな……」
「まずは木の枝でやってみる?」
「うん。やってみる。ご指導の程、宜しくお願いします」
「はは!いいよ。俺、結構スパルタだけどね」
「うっ……が、頑張る」
「ベッドで頑張ってくれても良いけどね」
「ちょ、何てこと言うの!もう!もうっ!」
「あははー」

 ほんっと、勇者にこんなこと言わせてしまうなんて女神に怒られそう。
 まぁ、私はハイリア人じゃなくて日本人で耳も丸いから、そもそも女神ハイリアの声は聞こえないだろうから怒られてもわからないけどね。

***
2024.11.07 先行公開