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 リンクくんと身体を重ね、何が変わったのかは具体的にはわからない。けれど何度も求められているうちに気を飛ばしてしまった私が目を覚ました時には全てが終わっていたらしい。気が付けば私は裸のままブランケットに包まれた状態でリンクくんの膝で横抱きにされていた。どうやらあぐらをかいたリンクくんの膝の上に乗ってリンクくんにもたれかかるようにして眠っていたらしい。眼前に流れる金糸をぼんやりとした意識で見つめながら緩慢な動きで顔をあげたら、私の方をじっと見つめる空色の瞳と目があった。

「リンクくん」
「おはよう、ナマエさん」
「おはよう……。私……」
「今まで眠ってた。ごめんね、加減できなくて」
「加減? ……あ……」

 リンクくんの言葉に何のことを言われているのかを察した途端、顔に熱が集まる。そうだ私……リンクくんと身体を重ねたんだ。リンクくんの身体に残る無数の傷、私の身体を抱き寄せるたくましい腕、細身なのにがっちりとした身体に、貫かれて何度も達してしまって気を飛ばしたんだ。

「私、ごめん。また迷惑かけちゃった」
「迷惑だなんて思ってないよ。俺の方こそごめん。加減できなくって。身体が辛いとか苦しいとか痛いとか、そういうことは無い?」
「うん。今のところは大丈夫かな。ただ……」
「ただ?」
「腰が痛い」
「っ……えっと……ほんとごめん……」
「ははっ。いいよ。……リンクくんに求められるの、嬉しかったし」
「え、ほ、本当?」
「うん。本当。さて、と。これからどうするの?」
「そうだね……」

 リンクくんによれば、私が気を飛ばした後しばらくしてから祠の中で試練をクリアしたことを伝えてくる導師の声が聞こえてきたらしい。試練のクリア条件がリンクくんに抱かれるということで正解だったんだという事実と、それを導師に把握されているからこそ『クリア出来た』ことを宣言されたのだとわかって何とも言えず微妙な気持ちになったけれど、忘れよう。うん。忘れよう!

 とにかく、祠の試練をクリアしたと認められたリンクくんは、私とともに導師によって強制的に祠の外に出されたらしい。それからすでに二時間ほどが経過しているそうだ。ブランケットごしでも肌に感じられる空気は湿度が高く熱帯のよう。ぐるりと周囲を見渡した雰囲気から、ここがフィローネの森の奥にある『勇気の泉』へと続く建造物の前にある開けた場所だとわかった。ゲームの中で何度か訪れた場所。何となく既視感はあるけれど、実際にその場所に自分が存在しているとなるとこんなにも肌で感じられる空気感が違うんだね。

 無事に祠の試練をクリアして外に出てこれたのは良い。どうしてだか『試練』をクリアしたのならばその場にそのまま存在しているはずの『祠』が見当たらないのは多分、あの祠が特殊な試練を課す他の祠とは異なる性質をもつものだったからなのだと無理やり納得することにした。

 そして、そうやって祠の存在自体が最初からまるで存在していなかったかのように、目で見える範囲にもリンクくんの持っているシーカーストーンで確認できるハイラルマップの何処にも見当たらないのなら、それはもう私が元の世界に戻る手段は無いのだと言われているのと同義だと妙に冷静な頭で理解した。

 同時に、ある意味、ほっとした。
 私はこれからこのハイラルで生きていけるんだって。
 リンクくんと一緒に、このハイラルで。

「ひとまずハテノ村の俺の家に行こうか。このハイラルのことをナマエさんに知ってもらいたいし、これからこの世界で暮らしていくためにはこの世界のもので生活用品を一通り揃えた方が良いと思うから」
「そうだね。まずは服からかな」
「淑女の服ならあるよ?」
「それは君が着なよ」
「嫌だ。ナマエさんの前では絶対に着ない」
「えー? 可愛いリンクちゃん見たいなぁ」
「ほらもう! 悪い顔してる! 着る前からにやにやしているナマエさんの前で女装なんて絶対にしないからね! それより淑女の服はナマエさんが着てよ。絶対可愛い。可愛くて押し倒してしまう自信ある」
「さっきまで散々押し倒してたじゃない……もうお腹いっぱいなんじゃないの?」
「え? ナマエさんの体力を考えて我慢しただけだよ。その……ナマエさんとの初めてだったし。祠の中だったし。ナマエさんが気を飛ばすまで求めておいて何言ってるんだって話なんだけど」
「なっ……」

 若いってすごいね……。
 お姉さん言葉を失ってしまうよ……。

「……ハテノ村のお家についてから押し倒したりしないでよ」
「んー。約束は出来ないけど、善処する」
「も、もう!」

 呆れた顔でリンクくんに釘を刺したら、満面の笑みが返ってきた。
 もー! 本当に元気だよね!

「と、とにかくじゃあ、シーカーストーンでワープするんだよね? シーカーストーンってリンクくんだけじゃなくて複数の人をワープさせることが出来るの? 『厄黙』みたいに。あれって、プルアがシーカータワーの設定をいじったことで軍勢丸ごとワープ出来るようになってたと思うんだけど」
「……あー……そっか。当たり前のように一緒にワープできると思ってたけど、もしかしたらシーカーストーンの使用者しかワープ出来ないかもしれないのか……。これまでに試したことなんて無かったな。ずっと一人だったし」
「……もしもリンクくんだけワープしちゃって置き去りにされたら、私、ここの森にいるリザルフォスに襲われて力尽きる自信がある」
「そんな自信たっぷりに言わないでよ……。ナマエさんのことは俺が絶対に護るから。ナマエさんにはかすり傷一つ負わせない」
「っ……」
「? どうしたの?」
「今のきゅんとした」
「ははっ! 可愛い!」

 だって急にそんな凛々しいのに優しい顔で『護る』なんて言われたら、ドキドキしちゃうよ。はぁ……まさか本当にここまでどっぷりリンクくんに落ちるなんてなぁ。これでリンクくんがゼルダ姫を助けた後に『やっぱり俺はゼルダ姫が……』なんて展開になったら相当落ち込むんだろうな。落ち込むだろうけど……その選択すら、リンクくんが選んだことなら仕方ないって飲み込んでしまいそう。

 リンクくんにはそれだけの恩と信頼がある。
 私は……ハイラルに来れただけでも、もう十分。

「とにかく、二人でワープできるかどうか確認したいから、準備が出来次第、泉の方まで移動するね。ナマエさんが覚えているかどうかわからないけど、泉の女神像の奥に祠があるんだ。一人でしかワープできなくてもすぐ近くにいればすぐに合流できるから」
「うん。わかった」

 そんなわけで次にやることが決まったから、さっそく服を着ようと思ってリンクくんにポーチから私の持ち物を出してもらおうと思ったのだけれど、私の持っていたスーツケース二つ分の荷物は、リンクくんのポーチの中から跡形もなく忽然と消えていたことがわかった。私がこの世界に来た時に着ていた服も、持ち運びのためにポーチの中に入れてくれていたらしいのだけれど、それも一緒に。

 リンクくんは青褪めた顔をして何度もポーチの中を確認してくれていたけれど、もういいよって早々に止めた。
 きっと、そうやって私の元の世界のものが『消えて』しまったことも、私が元の世界に戻れないことを表しているのだろうと思ったから。

 唯一心残りだったのは、ゲームセンターでリンクくんがゲットしてくれたリンクくんの『ぬい』と、お気に入りのウルフのクッションが消えてしまったこと。どちらも頑張ったら手縫いで作れるかな。ハテノ村の雑貨屋さんで裁縫セットや布や綿が手に入ると良いな。作ったら作ったでヤキモチ妬かれそうだけど。
 頭の中で思って苦笑する。

 そんなわけで自分の手持ちの服を失ってしまった私は、結局リンクくんが持っている服を借りることになったのだけれど、淑女の服だけは断固拒否した。

 他に着れるサイズの服があるのに何でわざわざお腹を見せるような服を着たがると思うの!
 着るならリンクくんでしょ!

 同じやりとりを繰り返し、最終的にはハイリアの服を借りた。ついでにフードも!
 まさか自分がこの服を着れる日が来るなんて!

 にやにやが止まらない。嬉しくって花を飛ばしていたら、ぎゅぅっとリンクくんに抱きしめられた。
 ちなみにリンクくんは英傑の服。やっぱりリンクくんには英傑の服が一番似合う。

「さて。片付けも全部終わったし、そろそろ泉の方へ行こうか」
「うん」

 リンクくんの言葉に小さく頷き、差し出された手に自分の手を重ねて一歩踏み出す。グローブ越しでも伝わってくるリンクくんの温もりと私の手を引く優しさに、あらためて何だかこみ上げるものがあって少しだけ泣きそうになるけど、ぐっと我慢。

「もしも二人でワープできなかったら、徒歩でハテノ村まで移動することになるのかな。ここってフィローネの森だよね?」
「うん。そうだよ。フィローネの森の奥の勇気の泉がある場所。ここからハテノ村まではそれなりに距離があるから、徒歩で移動するとなると旅慣れていないナマエさんには辛いかもしれない」
「確かに。ハテノ村まで結構な距離だよね……頑張って歩いたとして何日かかるかな……。それとも、リンクくんだけハテノ研究所にいるプルアのところに行ってもらって、ワープ機能を改善してもらえるかどうか相談してみる? どのぐらいかかるかわからないけど、祠の陰に隠れていたら魔物にも見つからないで何とかリンクくんが戻ってくるのを待っていられるかな」
「それは俺が心配だから嫌だ。もしも二人でワープできなかったら、森を抜けて馬宿まで行って、そこで馬を出して馬で移動する。ナマエさんって乗馬したことないよね」
「残念ながら無いね」
「それなら二人乗りしよう。馬に慣れるまではちょっと大変かもしれないけど、落馬しないようにしっかり支えるし、ナマエさんがやってみたいんだったら、一人で馬に乗れるように馬の乗り方を教えてあげる」
「え、本当!やった!ぜひお願いします!」
「わ……そんなに喜ぶんだ。だったら最初からワープせずに馬で移動しても良いけど」
「私はそれでも良いよ。でも……」
「でも?」
「単純に考えてリンクくんは私の世界にいた約半年の間、ハイラルを不在にしていたわけでしょう?それなのにさらに私とハテノ村まで移動するまでに時間をかけさせてしまうのは申し訳ないよ」
「ああー……」
「ゼルダ姫も待ってるだろうし。もしもワープ出来なかったら、馬宿で住み込みで仕事しながらリンクくんのことを待つという手もあるんじゃないかな」
「馬宿で?」
「うん。宿で働いたことはないけれど、ベッドメイキングやお掃除、リンクくんに教えてもらったから料理の手伝いもできるかな。馬宿って朝食サービスみたいなのあったりする? もしもそういうサービスがこれまでに無かったんだったら、新しい馬宿の名物! みたいな感じで旅人さんをおもてなしするのを提案してみても良いかも! ちょっと憧れてたんだよね~。そういうの。まぁもちろん、食品を扱うし、お金……ルピーをもらってサービスを提供することになるから責任が伴うけど。……リンクくん? どうしたの?」
「ん……何か……ちょっと、いや……小さいな、俺」
「? 何が?」
「ナマエさんの手料理、他の男には食べさせたくないなぁ……って思って」
「へ……」
「俺だってまだナマエさんの手料理を食べさせてもらえるようになってからそんなに経ってないのに、他の男がナマエさんの手料理を食べられるのかーって思ったら、モヤモヤしてきた」
「モヤモヤ」
「うん。わかりやすく言うと、妬いてる」
「妬いてる」
「うん」
「……そーなんだ」

 ちょっと待って。可愛いんだけど。
 何その、少し頬を赤くして目を伏せて口元を抑えている仕草。
 そんな顔を見せられたら、お姉さん心がくすぐられてしまう。

「じゃあ、料理は無しで」
「ついでに接客も無しで」
「何で」
「だって、ナマエさんが笑顔で接客したら、ナマエさんに懸想する男もいるかもしれない」
「そんな心配する必要無いと思うけどなぁ……」
「俺と言う前例がここにいる」
「……そうでした。えぇっと……うん。好きになってくれてありがとう」
「……可愛いっ」

 自分を卑下してしまったら私のことを好きだと言ってくれるリンクくんの気持ちも否定したみたいになってしまうよね。
 それは私の意図するところじゃないから素直にありがとうと伝えたら、満面の笑みのリンクくんにちゅっと小さなリップ音をたてて唇にキスされた。

「ワープできなくても馬宿待機はやっぱり無しで」
「えぇ……でも……」
「大丈夫。言い忘れてたんだけどさ」
「うん」
「実は今日、俺が祠の試練に挑んだ日の『翌日』なんだよね」
「う……んん?」

 思いがけないリンクくんからの言葉に、思わず足が止まる。……というか、丁度泉に到着したところだからどちらにしろもう止まるところだったんだけど。

「どういうこと?」
「さぁ。俺にもさっぱり。ただ、あの祠の導師からそう言われた。で、シーカーストーンを確認したら、確かに一日しか経ってなかった。だからハイラルを半年も不在にしていたわけじゃない。ナマエさんと馬でハテノ村まで移動しても全く問題無いよ」
「マジで」
「うん。マジで」

 にかっと笑うリンクくん。何というか、本当に君って何があっても動じないんだね。君の中には確かに半年分の私の世界で暮らした記憶があって、確かに半年分の歳をとっているはずなのに。

「ナマエさんにハイラルの色んな場所を見せるのはガノンを倒してからの方が良いのかもしれないけど、ガノンを倒したところで魔物がすぐに大人しくなるかどうかわからないし、ガノンを倒してゼルダ姫をお救いしたら、ゼルダ姫をインパのところにお連れするまではゼルダ姫の傍から離れられなくなると思う」
「……うん。当然だよね。リンクくんはゼルダ姫の騎士なんだから」
「どうやら俺は騎士を解任されるみたいだけどね」
「あー……何かごめん。色々と教えてしまって」
「いいよ。ゲームの中の『リンク』と俺は別だってことは理解してるから。それに、ナマエさんも、自分が知っていることを全部俺に教えてないよね。俺に教えても良いかどうか取捨選択して話せることを決めてる」
「んなっ? 何でわかったの?」
「ナマエさん、わかりやすいからね。それに、騎士を解任されるということに関して言えば、ハイラル王国が滅びている今、国に使える『騎士』という制度自体が機能していないわけだからさ。そんな中で『姫付きの騎士』という肩書を持っているのも現実にそぐわない。ゼルダ姫ならきっとそんな風に考えると思う」

 穏やかに笑うリンクくんに、チクリと胸の奥が痛む。
 私こそ小さいよ。
 リンクくんがゼルダ姫にむける眼差しを、想いを、リンクくんがそれは『恋慕』じゃなくて『主従』だって言ってくれても、どうしても気になってしまう。

「……さすがリンクくん。ゼルダ姫のことをよくわかってるんだね」
「あ、妬いてる?」
「っ……顔に出てた?」
「うん。微妙な顔してた」
「ごめん。大人げないよね」
「そういうところも含めて俺が『女の人』として好きなのはナマエさんだよ」
「ん……ありがとう。あのね、リンクくん」
「うん?」
「私は、ゼルダ姫のことを護りたいと思うリンクくんのことを否定したいわけじゃないの。ただ、リンクくんとゼルダ姫は歳も近いし、お姫様と騎士の恋ってシチュエーションは、その当事者がリンクくんじゃなかったら私だっていいなぁって思うんだよ。現実問題として、なかなか身分の差ってものは埋められるものじゃないとは思うんだけど、それだって私が私の世界で培った知識で想像しているだけのことだし。そもそも、ハイラル王国が滅びている今、ゼルダ姫とリンクくんが手を取り合って未来に向かうっていうシナリオだって……」
「ナマエさん。ストップ。ストップ!」
「……ごめん。醜いね、私」
「ナマエさんは綺麗だよ」
「でも!」
「それだけ俺のことを好きになってくれたってことでしょ。ありがとう、ナマエさん。本音を聞かせてくれて。ナマエさんが俺とゼルダ姫の関係のことが気になるのはわからなくもない。俺だってナマエさんの世界で『色々』見たからね。うん、まぁ。世の中には色んな考え方があるんだなってよくわかった。でもさ、『俺』が好きな人はナマエさんなんだ。ナマエさんは色んな別の『俺』を知ってるけど、今、目の前にいる『俺』は『ナマエさんが好きなリンク』なんだ。それをナマエさんに信じてもらえるように、何とか頑張るよ」
「っ……うん……めんどくさくてごめんね」
「いいよ。何かとドライだったナマエさんがそんな風に妬くぐらい俺に惚れてくれてるんだって堂々と惚気られるしね。あ、道行く人みんなにナマエさんが俺の恋人だって紹介して良いよね? 何なら奥さんですって紹介させてもらってもいいかな? 結婚しよう! ナマエさん」
「どさくさのプロポーズは受け付けません」
「だよね。ごめんごめん。しっかり正式にプロポーズさせてもらうね! 落ち着いたら指輪を作りにゾーラの里に一緒に行こう。腕の良い彫金師にナマエさんの指に似合う結婚指輪を作ってもらおう」
「ゲルドにも宝飾品を扱うお店があったと思うけど。ゲルドは?」
「俺に女装をさせたいという魂胆が丸見えなので却下」
「……ばれたか」
「まったく。油断も隙も無いね。でも、少し元気が出たみたいで良かった」
「……うん。ありがとう、リンクくん。ぎゅってして良い?」
「もちろん良いよ! それじゃ、ナマエさんを抱いたままワープも試してみようか」
「うん」

 抱きしめてくれる腕はいつも通り優しいけれど、何時もよりしっかりと強く抱き寄せてくれるところにリンクくんの心遣いを感じてまた少し泣きそうになる。

「飛ぶよ」

 慣れた手つきでシーカーストーンを操作するリンクくんにしがみついて青白い光と浮遊感に包まれた視界が真っ白になってしばらく、周囲を満たしていた光が落ち着いたと思って目を開けたら、目の前にゲーム画面で見ていたとのまったく同じ祠があった。

「どうやら成功したみたいだね」
「そうみたい……」
「それじゃ、ハテノ村まで飛ぶね」
「え、もういきなり?」
「うん。特にここでやり残したことも無いし、ハテノ村でゆっくり過ごそう。今日はちゃんと『待て』するから。明日以降はわからないけど」

 ニヤリと悪戯っぽく笑うリンクくんに私も思わず笑ってしまう。
 ありがとうね、リンクくん。私のことを好きになってくれて。私をハイラルに連れてきてくれて。これからハイラルで逞しく生きていけるよう、頑張るね!

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2024.11.06 先行公開