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 リンクくんとキスすることで何故か『祠』へと物理的に『飛ぶ』ことについて確証を得るために何度か実験を繰り返し、つい先日、初めて『ガーディアン』というものに遭遇した。ゲーム画面ままの見た目に何に違和感を感じることもなく「あ、いる」とだけ頭に浮かんだ直後、自分に向かって赤い光が真っ直ぐ伸びてきたのに、その光の出所に青白い光が収束していくのを何処か他人事のように見ていた。あれは、ガーディアンの攻撃のモーションだったのに。
 そんな私をリンクくんが自分の方に引き寄せてくれなければ、今頃私の身体には風穴が開いていただろう。ゲームのようにビームが直撃しても少し燃えるぐらいで済むなんてことは無いだろうから。
 もはや定番となっている三角さん宅でのお泊まり会でいつも通り和室に敷いてもらった布団の上で、豆電球しかついていない薄暗い天井を真っ直ぐ見上げながら、『ハイラルで生きる』ということへの自分の認識が、いかに甘かったのかを思い知らされた。そしてリンクくんってやっぱり色々すごいって思った。

 私はリンクくんと言う存在に生身で出会えたなんて奇跡が起きたことにずっと浮かれていた。もともと『推し』だったし。出会った頃から優しくて、普段は表情があまり変わらないのに、目が合った時にははにかむような笑顔を向けてくれるリンクくんの雰囲気が何時も穏やかだから、リンクくんが『戦う人』だということを完全に忘れていた。ハイラルに『飛んで』さえ、何処か幻想的な祠の雰囲気に飲まれていたのかいまいち現実味がなかった。リンクくんも私も、私の世界の服を着ていたからゲームの中のように武器や防具を装備することはなかったし、映画のセットの中に迷い込んでいるような感覚だったんだと思う。あの、ガーディアンに攻撃されて『死』というものを強く意識するまでは。
 でも、リンクくんは違う。
 リンクくんは世界を越えてなお、やっぱり『ハイラルの勇者』となる人なんだと今更改めて理解した。ガーディアンから私を助け、私という足手纏いがいるからガーディアンと対峙するのではなく逃げ切るという選択をしたリンクくん。「大丈夫だよ。俺が護るから」と私の濡れた頬に口付けるリンクくんは何時ものように穏やかで、何処か茶目っ気があったり陽気なところがある『年下の可愛い男の子』のリンクくんだったけれど、ガーディアンの様子を窺う眼差しは、冷静でいて鋭く、『戦い』というものを創作の中でしか知らない私ですら、ああ、これが『戦う人の顔』なんだって感じられた。

 そして同時に、完全に落ちたって思った。
 リンクくんに。

 ふぅっと小さく息を吐き、和室の中央に置いた衝立の向こう側で眠るリンクくんの方に顔だけ向ける。衝立に阻まれているからリンクくんの姿を見ることはできないけれど、微かに静かな呼吸音が聞こえるから眠ってるのかな。
 初めてここに泊まらせてもらった時は、緊張して一晩中眠れなかったって言ってたけど……今はもうそんな風に意識してくれないのかな。あの時みたいに手を握っていてとお願いしたら、ドキドキしてくれるかな。

「リンクくん。起きてる?」
「…………………」
「………寝てるかぁ………」
「起きてるよ」
「っわぁ」

 小声で名前を呼んでも反応がないから寝てると思ったら、時間差で言葉が返ってきて驚いて変な声が出た。くすくすと笑う声が衝立の向こう側から聞こえる。「吃驚させないでよ」「はは。ごめんね」衝立越しに小さな声で話している声を聞く限り、しっかり目が覚めているらしい。

「ねぇリンクくん」
「何、ナマエさん」
「そっち側、行ってもいい?」
「っ……………うん」
「じゃあ、行くね」

 声から少し動揺しているのがわかる。なんだか面白くなってしまって、そして自分の中で静かに気持ちが固まっていくのがわかった。布団から起き上がってパジャマの乱れを直し、手櫛で気持ち髪を整える。それからふぅっと小さく息を吐いて枕元の近くに置いてある電気式の行燈を灯したら、薄暗くはあるけれど、温かい光で部屋の中がそれなりに見えるようになる。これなら暗いまま誤ってリンクくんを踏みつけてしまう心配もないよね。
 衝立の横からリンクくんの布団の方に行ったら、何故かリンクくんが布団の上に正座して背筋を伸ばしていた。………どうしたの。

「リンクくん」
「う、うん」
「何で正座してるの」
「え、あ………えっと、何となく?」
「何となくって………ふふっ」
「笑わないでよナマエさん………わかってて笑ってるよね。その笑い方」
「リンクくんが緊張してるって?」
「そう。ほらー。わかってる」

 むーっと頬膨らませちゃって可愛いなぁ。こんなに可愛いのに、勇者なんだよね。

「じゃあ私も座らせてもらっていい?」
「う、うん」
「………隣、いい?」
「え、と、隣?!」
「うん。ダメかな………?」
「良いけど………パジャマ姿のナマエさんの刺激がちょっと強すぎて………キスしたくなる。そうしたら、パジャマのままきっとハイラルに飛んでしまうよね」
「じゃあ我慢して」
「えぇ…………好きな人がこんな夜中に同じ布団の上で直ぐ隣にいるのに?『待て』しろってこと?」
「うん。リンクくんは『待て』できる子でしょう?」
「出来るけど………したくないって言ったら?」
「んー………それでもいいよ。隣、お邪魔しまーす」
「え、ナマエさん?!それでもいいって……」

 正座してるリンクくんの横に座って、そのままぴとっともたれかかるように距離をゼロにしたら、ギシッと完全にリンクくんが固まってしまった。

「ドキドキしてる?」
「しないわけないよね!?」
「ふふっ嬉しい」
「嬉しいって…………え?嬉しい??え?!」
「そんなに動揺しなくても………」
「だ、だって今、ナマエさん………『嬉しい』って言ったの?それってつまり、その………俺にドキドキされて嬉しいってこと?!」
「うん。リンクくんが私にドキドキしてくれるのが嬉しい」
「もう付き合おうよ!ナマエさん!」
「うん。いいよ」
「え」
「ついでに一緒に暮らす?」
「えぇ!?」
「…………………そんなに驚かなくても………」

 いつもの感じで息をするように「付き合おう」って言ったのはリンクくんでしょ?あーあ。驚いて固まっちゃって。今なら私でもリンクくんに一撃入れられるんじゃないかな。
 そう思ってリンクくんの膝の上に置かれている手に手を重ねて軽く握ったら、少し躊躇いがちだけどしっかりと握り返してくれる。それが嬉しい。

「どうして急に一緒に暮らしてくれる気になったの?本当に、俺と付き合ってくれるの?付き合うって……その、何処か買い物に一緒に行くとかそういうことじゃなくて、恋人になって欲しいって、そういう意味だよ?」
「うん。わかってる」
「俺、ナマエさんをハイラルに連れていくよ?そうしたら、二度とこの世界に戻ってこれないかもしれない。それでもいいの?」
「うん。構わない。むしろ、リンクくんこそ私が一緒でもいいの?私、ハイラルに行ってもリンクくんみたいに戦えないよ?それどころかこの世界の文明の機器があることに慣れているから、生活の仕方を覚えるところから始めなきゃ。仕事だって、これまで私がやっていたような仕事はハイラルには無いだろうし」
「俺は、……別に、ナマエさんが家で俺の帰りを待ってくれているならそれでもいい……んだけど」
「養われてるだけなのは私の性に合わないの。だからね、リンクくん」
「………うん」
「料理教えて」
「…………………ん?」
「料理教えて。その、ハイラルの料理事情だけど、流石にゲームみたいに料理鍋に材料を放り込んだら出来上がり!とはいかないでしょう?」
「あー………うん。まぁね………」
「だよね。だから、ハイラルで暮らすようになった時に困らないように、ハイラルでの台所仕事の事情を教えて欲しい。火とか水の使い方、調味料のことなんかも出来る限りで良いから、一緒に暮らしながら色々ハイラルで生きるための術を教えてくれないかな………?」
「…………」
「………ダメ?………リンクくん?リンクくん!?」

 思っていることをそのまま素直に伝えたのに、一向にリンクくんからの応答がない。不安になってリンクくんの顔を覗き込んだら、思いっきり顔を逸らされた。……ショックなんだけど……。

「そんなに、嫌だった?……ごめんね……」
「ちがっ!違う、嫌じゃないッ!」
「うあっ……」

 悲しくなって握っていたリンクくんの手を離して身体も離そうとしたら、がばっと凄い勢いでリンクくんにしがみつくように抱きしめられ、そのままひっくり返ってしまった。ぼふんっと柔らかい布団に身体が沈む。座っているのが固い床や畳じゃなくて良かった。なんて、そんなことでも考えていないと今の体勢のことを考えてしまったら冷静ではいられない。えぇっと……押し倒されている、よね?私。

「えっと、リンクくん?」

 どんな顔をしているのか恐る恐る私のすぐ真上にあるだろうリンクくんの顔を見上げたら、行燈の柔らかな光の暗さの中でもわかるぐらいリンクくんが真っ赤になっているのがわかって、思わず笑ってしまった。

「真っ赤」
「ナマエさんのせい」
「そうなの?」
「そうだよ。だって……ナマエさんは、この世界じゃなくて俺を選んでくれるってことだよね」
「うん。私はリンクくんと一緒にハイラルで生きたい。私をハイラルに連れて行って、リンクくん」

 私の上に覆いかぶさるようにして腕をついているリンクくんにむかって腕を伸ばし、さらりと流れるリンクくんの解いた髪ごと自分の方に抱き寄せる。抵抗されるかと思ったけれど、存外素直に私に身体を預けてくれるリンクくんは私を潰さないように気を付けてくれているからなのか全身を預けてくれることはないけれど、大人しく私に抱かれたまま。

「今ものすごくナマエさんにキスしたい」
「パジャマでハイラルに飛ぶのは困るなぁ」
「うぅ……だから我慢してる」
「我慢してるの」
「うん」
「んふっ……可愛い」
「……ナマエさんの方が可愛いよ」
「ははっ。ありがとう」

 嬉しくってぎゅーっと強くリンクくんの頭を抱きしめたら、耳元で「うぅ……生殺しだ……」って小さく聞こえてまた笑ってしまった。

 翌朝、三角さんにリンクくんと一緒に暮らす許可を欲しいとお話させてもらった。いくら本人がハイラルでは成人している大人だと言っているとはいえ、この世界ではまだ二十歳に満たない男の子。そのリンクくんがこの世界に来てからずっと面倒を見てくれているリンクくんの恩人に、しっかり筋を通しておかなければ。そう思って朝一番に二階から下りてきた三角さんに「大事なお話をさせてください」と声をかけたら、何かを察したのか「主人も一緒に良いかしら」と言われ、三角さんのご主人と初めてお会いすることになった。

「初めまして、ナマエさん。三角です。あ、下の名前で呼ばせてもらうね」
「はい。構いません。あの……」
「何だい?」
「………その耳は、本物ですか?」
「!ああ、そうか。貴女には『ハイラル』の者の本当の姿が見えるんだったね」
「え………」
「あれ?家内やリンクから聞いていなかったのかい?私はリンクと同じ『ハイラル』ではないけれど、別の『ハイラル』という世界からこの世界にやってきた異邦人だよ。リンクとはこの世界へ来ることになった経緯が違うけれどね」
「えぇ-----!!」

 ぱちんっと茶目っ気たっぷりに『ダンディ』という言葉がぴったりのご主人にウィンクされて、全く予想外だった話に情報処理が追い付かない。動揺して隣に座るリンクくんの方を見たら、小さく頷かれた。知ってたよね……それはそうだよね。リンクくんはずっと三角さんの家にお世話になってたんだから。私はこれまで一度も三角さんのご主人にお会いする機会が無かったけれど、まさかまさかの『ハイラル』出身だなんて!耳の形がリンクくんと同じじゃなかったら到底信じられなかっただろうけど。……いや、耳の形云々別として信じたかもしれない。事実、リンクくんというハイラルからこの世界にやってきた勇者が目の前にいるのだから。

「だから三角さんはリンクくんが突然現れても動じなかったんですね」
「ふふ。そうね。長い人生の中に、二度も同じようなことがあるなんて吃驚よね」
「吃驚で済ませられる三角さんはやっぱり大物ですね……」
「うふふ」
「ということは今更ですけど、三角さんもリンクくんの耳の形が尖って見えていたのでは……?」
「いいえ。私には耳が尖って見えるのは夫だけね。リンクの耳の形は私には丸く見えるの。だけど、雰囲気のようなものなら感じ取れたわ。それに、着ていた服も持っていた武器や防具も、この世界では見慣れないものでしたからね。ああ、この世界の子じゃないわね!ってピンときたの」
「ピンときた……」

 穏やかに笑ってはいるけれども。
 謎が多すぎますよ、三角さん!

「まぁまぁ。家内の豪胆さは昔からだから。……それで、リンクと一緒に暮らす許可が欲しいという話だったね。もちろん構わないよ」
「ええ。私も構わないわ。リンクもナマエさんにすっかり惚れこんでいるみたいだし。良かったわね、リンク。ナマエさんと想いが通じ合って」
「はい!色々と相談にのっていただいてありがとうございました!」

 にこにこと笑う三角さん夫婦とリンクくん。
 三角さん奥さんとリンク君が楽しそうに話している時に時々花が舞っているのが見えていたけれど、ご主人が加わって三人になっても同じなんだね。素敵穏やかぽやぽや空間がそこにあるわ~……。

「ナマエさん、リンクと一緒に住む場所は決まっているのかしら」
「いえ、それはまだ。今私が住んでいる単身者用のアパートだとさすがに狭すぎるので、新しく部屋を探そうと思います。ちょうど、退職を機に引っ越しもしようかなと思っていましたので」
「そう。それならちょうどいいわ」
「?」
「ナマエさん持ってるわね~!貴女とってもラッキーよ!」
「え、えぇっと……?」
「うちで所有している物件の管理人さんが先月急にご家族の事情で地元に戻らなければならなくなってしまってね。物件の一部屋が空いているの。個室鍵付きの2LDKで三階南向きバルコニー付きのお部屋なのだけど……そこに住んでみない?ここからは電車で二駅先にあるわ。駅からは徒歩十五分だから少し遠いのだけれど……その分、周りの環境は静かで穏やかよ。管理人のお仕事自体はもう管理会社に業務委託するつもりだったからお仕事をしてもらう必要もないのだけど、建物の維持管理の関係で窓口になる方がいてくれると助かるのよ。私たちはそれなりにもう高齢だから、物件まで行くのもなかなか大変で……。ナマエさんなら間違いない方だし、私たちを助けると思って住んでくれないかしら?」
「……ちなみにひと月のお家賃や契約金はおいくらでしょうか?」
「ふふ。興味を持ってくれたみたいで嬉しいわ。それじゃあ、詳しいことをお話しさせてもらって、それで条件が合うようだったらお部屋の内見に行きましょうか。あなた、今日の午後に車を出してもらうことはできるかしら?」
「ああ。大丈夫だよ。すまないね、ナマエさん。こうなると家内は行動が早くて……。もちろん、条件が合わなかったり部屋の様子が何か合わないなと思ったら断ってくれて構わないから。……とは言え、こんな風に紹介されてしまったら断りにくいかもしれないけれど。リンク、ナマエさんが遠慮しているようだったら君から妻にはっきり言うんだよ」
「はい。わかりました」
「あら、まぁまぁ!男同士でわかりあっちゃって!大丈夫よ。きっと気に入ってくれるわ!」

 にっこり笑った三角さんはやっぱり大物感たっぷりだった。

「それじゃあナマエさんが家内と物件のことについて話をする間、リンクは私とお茶でも飲んでいようか。少し、話しておきたいこともあるしね。良いかい?リンク」
「はい」
「ではナマエさん、また後で。少しリンクを借りるよ」
「あ、はい。行ってらっしゃいませ」

 にこっと笑って軽く手をあげて外へ続く通路を進んでいく三角さんご主人とリンクくんの背中に小さく手を振ったら、不意に振り返ったリンクくんが少し照れくさそうな顔をしながら同じように手を振り返してくれた。後で戻ってきたリンクくんに聞いたら「行ってらっしゃい」が嬉しかったんだって。
 一緒に暮らすようになったら毎日言えるよって言ったら、どうしてか顔を赤くしながら何かを耐えるような顔になってぎゅーっと強く抱きしめられた。よくわからないけれど抱きしめ返してよしよししてあげたら、溶けちゃった。可愛いなぁ、もう!

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2024.11.03 先行公開