ナマエさんとキスをすることでナマエさんと一緒にハイラルへと戻ることができた。その事実はナマエさんと恋人になるために本気になっても良いんだって言われているみたいで、本格的にナマエさんを口説こうって決意するのに十二分な勇気を俺にくれた。
一緒に暮らしたいという俺の希望には最後まで頷いてくれなかったけど、恋人という関係になることについても今は未だ「いいよ」と頷いてくれないけれど、ハイラルに戻れるかどうかを確かめることを口実にキスする度にとろんっとした目になるナマエさんの様子を見る限り、ナマエさんも徐々にかもしれないけれど俺のことを『男』として意識してくれるようになっているんじゃないかって思う。きっと自惚れなんかじゃない。
「ナマエさん、今度は三分」
「えぇ……まだ続けるの?」
「うん。キスする時間とハイラルに戻っている時間が比例するのはわかったけど、比率自体はばらばらみたいだから、もっと詳しく検証したい」
「うぅ……じゃ、あと一回だけだよ」
「えー。あと一回だけ? あと五回はキスしたい」
「一回の長さが長いでしょ! 十秒キスしたら五分、一分キスしたら一時間は祠の中にいた。三分キスしたらどのぐらいになるのかわからないけど、確実に一時間以上はハイラルにいれそうなんだから、その間に導師から完全クリアの条件を聞き出してよ!」
「えー」
「『えー』じゃないの。もう! またそんな上目遣いであざとく甘えて! ぐっとくるから止めてよ」
「へぇ? ぐっとくるんだ」
「あ……」
思わず口に出てしまった。
そんな顔で真っ赤になって口元を手のひらで隠すナマエさんに笑ってしまう。
抗議するような目でじろっと睨まれても本当にそういうところ、ただただ可愛いだけだから。
「ナマエさんがぐっとくるんだったらもっとあざとくナマエさんに甘えてみようかな。あ、もちろん逆でもいいよ? 退職前の有給消化でナマエさんが仕事をお休みする日が多くなってからはずいぶん表情が柔らかくなったけど、まだまだ疲れてるみたいだから……癒してあげたい」
「もう十分甘えさせてもらってるからこれ以上はもういいよ。今日もいつも通り可愛い花束を作ってくれたから、それで十分癒されてます」
「遠慮しなくていいのに」
「遠慮しておきます。ほら、もういいから。キスするよ!」
「はは! ナマエさんってば大胆だね」
「そういうこと言わないの! もうっ!!」
ああもう、本当に可愛い。可愛すぎる。時々見かける仕事の電話をしている時のカッチリしたナマエさんも、大人の余裕を見せるお姉さんなナマエさんも、今みたいに地団太を踏んで悔しがるような子どもっぽいところがあるナマエさんも、全部可愛い。やることなすこと全部可愛いって思う。
ナマエさんは俺が「可愛い可愛い」って言うことに思うところがあるみたいで何時も複雑そうな困ったような何とも言えない微妙な顔をしているけれど。大方、自分はそんなに可愛いなんて言われるような人じゃないって思ってるんだろうな。まぁ、確かに時々、仕事の電話が終わった後に完全に据わった目になって黒いオーラをまき散らして悪態をつきながら鬼気迫る雰囲気でパソコンにプログラム? とか文章とかを打ち込んでいる姿を見せられたりはしているけれど、ナマエさんのつく悪態なんて俺が覚えている兵士時代の性根の腐った人たちに比べれば可愛いものだしね。
それに、ナマエさんなりの『基準』というものがあるのか、ナマエさんは人を『見下す』ような発言をしない。「ふざけんな!」って目の前の「状況」に対して怒っていることはあっても、何だかんだその状況を切り抜けるために頭を使ってる。ナマエさんは、起きてしまったことを悔やんだり恨んだりするよりも、今目の前で起きたことに対してどう向き合うのかって、そっちの方に向かってアクションを起こすことの方が大事だってもうほとんど無意識に行動を起こしている。
そんなナマエさんだから、俺はナマエさんが可愛くて仕方がない。
俺より(一応)年上だからってお姉さんぶるところも、可愛い。
ナマエさんが逃げられないように後頭部に手をまわし、もう片方の腕でナマエさんの腰を抱き寄せながら、ナマエさんの柔らかい唇に繰り返し何度も自分の唇を押し当てる。本当は中まで味わいたいところだけど、ぎゅっと固く閉じた唇が開くことはない。残念ではあるけど、そうやって警戒してくれておいた方がいいのかもしれない。もっと深くまで味わってしまったら、もっともっと欲しくなってしまうだろうから。それに、唇は固く結ばれたままだけど、赤く染まる目元が、唇を離した後に開いた瞼のむこうに見える潤んだ瞳が、ナマエさんも俺とのキスを嫌がってはいないと証明してるから、こうやって繰り返しキスしているうちに俺に堕ちてくれないかなぁなんて。そんなことを思っている内に三分経ったことを告げるスマホのアラームが鳴って唇を離した。
「ん……」
「ナマエさん……可愛い」
「その、息を吐くように言うのやめてよ」
「息を吐くように思うんだから仕方ないよ。あきらめて」
「~~~っ! ほんっとーに! もう! もう!!」
「あはは。ナマエさん、言葉になってないよ」
ぽかぽかと胸元を叩かれるけど、全然痛くない。
「さて、と。今回も無事に祠の中に来れたみたいだけど、やっぱり外には出られないのかな。ちょっと確かめに行きたいんだけど、ナマエさん、立てる? 前みたいに腰抜けてない?」
「抜けてないよ……」
「そっか。それは良かったような残念なような……。俺とのキスに慣れちゃった?」
「ッ……慣れっ、たわけじゃないけど。そんな毎回キスで腰が抜けたら困るでしょ」
「困らないけど」
「……何となくリンクくんがそう言う理由については想像がつくけど、一応聞いてみる。何で?」
「ナマエさんを堂々と抱っこできるから」
「やっぱりか!」
素直に答えたら両手を顔で覆って悶えてしまった。以前に腰の抜けたナマエさんを抱き上げた時にガッチガチに固まって緊張していたからそういうスキンシップには慣れてないんだろうなって思ったけど、ナマエさんの昔の恋人にはそういうことをされる機会が無かったのかな? 参考までに聞いてみたら「リンクくんみたいに軽々と人を抱き上げられる人って早々いないんだよ……」って頬を赤く染めたまま言われた。うん。たくさん抱っこしてあげようってその時決めたんだよね。ナマエさんのその反応が可愛かったし。何より柔らかくて良い匂いがしたし。ずっと離したくなかった。
「前回来た時は一時間かけても祠の外に出るための出口が見つけられなかったよね。リンクくんは祠の入口からこの中に入って来てるんだから絶対に出口があるはずなのに。どっちが出口だったのか、やっぱり覚えてないの?」
「うん。覚えてない。……というよりも多分、この祠って戻ってくる度に構造が変わってる気がするんだよね。ほら。ついさっきキスした時に来た時と天井に見えている構造物の位置が違う」
「……違う、の? 私、そんなの覚えてないよ……」
「はは。まぁ、あんまりそういうところまで見ないよね。俺はこれまでに数多くの祠の試練を経験してきたから、祠を踏破するためのヒントが無いか観察するのが癖になってるんだ。迷路みたいになっている祠もたくさんあったし」
「私も一応ゲームの中では祠を全部クリアしたんだけどな……『リンク』のハートもガンバリゲージもマックスにしたし、マスターバイクだってゲットしたんだけどなぁ……。この祠は私が知らない全く別の百三十七個目の祠なんだよね。まぁ、それはそれとして。やっぱり実際に祠の中に入ってみて自分がこの場所の空気感を感じると印象が違うね」
ナマエさんからすると、絵本の中に描かれている世界に入っているような感覚なんだろう。俺はナマエさんの世界に初めて行った時にはナマエさんの世界のことを何も知らなかったから、初めて祠の中に入った時のように不思議な場所だなって思ったけど、ナマエさんは違う。もともと『見たことのある』世界観の中に自分が入り込んでいる。創造物の中に生身で存在するってどんな感覚なんだろう。
何となく不安になって、ナマエさんの手をとって握る。
「リンクくん? どうしたの?」
「ん……ナマエさんがちゃんと俺と一緒にここにいるんだって確かめたくなった」
「一応、物理的に存在してるみたいだよ。何と言うか……空気感には違和感があるけど。リンクくんは私の世界にトリップした時、そういう違和感みたいなのって無かったの?」
「……魔物の気配がしないことを不審には思ったけど、俺自身の肌感覚では無かったかな。世界自体がまったく未知のものだったから、三角さんに色々教えてもらってるうちに色々面白くなってた」
「さすがリンクくん。大物だね」
「回生の祠から目覚めた時に何も覚えていなかったって経験があるからね。大体何が起きても多分もうそんなに驚かない気がする。何が起きても、やるしかないし」
「……そっか。強いね、リンクくんは」
「そうかな?」
「そうだよ」
「ナマエさんが俺の恋人になってくれたらもっと頑張れる」
「っ! 今そんな話してなかった!」
「えー? そんな話だよ。俺、ナマエさんとハイラルで一緒に暮らしたい。ナマエさんの世界では一緒に暮らしてもいいって言ってくれないし……。俺、ハテノ村に家を買ってるんだよ。ナマエさんだってあの家に行ってみたいって言ってたよね? ゲームの中で見たのと大体同じだけど、ゲームの中では見られない部屋もあるよ?」
「そりゃ、行ってみたいし見てみたいけど……でも、私がハイラルにいられるのは限られた時間だけだし……そもそもこの祠から出られない状況でしょ? どうやってハテノ村に行くの? この祠の中だと、リンクくんの持ってるシーカーストーンのワープ機能も使えないのに」
「それでも……俺はナマエさんにずっと一緒にいてほしい。ねえナマエさん」
繋いだ手にぎゅっと力を込めてナマエさんの瞳をじっと真っ直ぐ見つめる。
「…………何?」
「俺のためにナマエさんの世界を捨ててって言ったら、俺のお願いを聞いてくれる?」
「っ……………」
「……だめ?」
「………………………………………………考えとく」
「! 本当?! やった!」
「えぇ……そんなに喜ぶ?私、考えとくって言っただけだよ……おーい……」
「ナマエさんにはどんなドレスが似合うかな……」
「ん? ドレス?」
「うん。結婚式にはウェディングドレスが必要でしょ? 俺が見たい」
「一体何の話をしてるの! 話が飛びすぎ!!」
「大事なことだから、一緒に考えようね。ナマエさん」
「君は最近ますます人の話を聞かなくなったね。はぁ……私は君をハイラルに早く戻してあげなきゃって必死なのに……」
「俺はナマエさんを元の世界に戻したくなくて必死」
「……………はぁ」
「とりえあずざっと歩いてみたけど出口が見つかる気配が微塵も無いから、逆に奥の方へ行ってみようか。導師を見つけて祠のクリア条件をもっと詳しく聞いてみる」
「あ、……うん。そうだった。それが目的だったもんね」
「まぁ、なんとなく想像はついてるんだけど……」
「ん? 何か言った?」
「いいや、何も」
祠の試練をクリアする条件が俺の想像通りだったとして、『試練をクリアするためにそうしたい』って思ってるってナマエさんに誤解されるのは不本意だからね。とりあえず事がはっきりするまでは憶測で物を言わないようにしよう。
そうして温もりの感じられるナマエさんの手を引きながら祠の中を歩き回ること約一時間。ようやくそれらしく空気の変わった開けた空間に辿り着いた時、その場にナマエさんを連れてきてしまったことを後悔した。
「リンクくん、あれって……?」
「ガーディアンだ! クソッ、しかも極位で出てくるヤツだ。ナマエさん、逃げるよ!」
「逃げるって、何処へ?!」
「元来た道を戻って姿を隠す。姿が見えなくなれば諦めるから。急ぐから抱えるよ!」
「え、あっ!」
「口閉じて! 舌噛むよ!!」
「んんっ!!」
開けた空間に不自然に四つの石柱が立っている時点で気づけば良かった。あの柱は極位の試練なんかでガーディアンと戦うエリアでよく見かけたやつだった。これまでこの祠の中でガーディアンを見かけたことがなかったからそのまま足を踏み入れたら、案の定、フロアの中心の床が下がり、再び上がってきた時にはそこに両手にガーディアン武器を持った小型ガーディアンが現れていた。
しかもいきなりビームを撃って攻撃してきた。
咄嗟にナマエさんを抱き寄せていなかったら、ナマエさんの身体に風穴が開いていたかもしれない。ゾッとすると同時に、心の奥底から激しい怒りが湧いてきて直ぐにでも壊してやりたかったけど、腕に抱いたナマエさんの身体が次第に震えてきてナマエさんの瞳から涙が溢れたのを見て逃げるべきだと判断した。ナマエさんの涙は、攻撃されたことへの恐怖からの生理的なものだろう。
ナマエさんを横抱きにしたまま走り、段差があれば飛び降りて近道をする。その度に悲鳴をあげそうになるのを我慢しているのか首元にしっかりとしがみついているナマエさんの手に力が入るのが、こんな状況なのに嬉しいと思った。
大丈夫。
絶対に護るから。
そうして時間にして十五分ほどナマエさんを横抱きにしたままガーディアンと追いかけっこをしている内に、タイムリミットを迎えたらしい。
「あ、戻った」
「へ?」
気がつけば俺たちはナマエさんの世界へと戻っていた。
「あら、お帰りなさい。まぁまぁ。リンクったらナマエさんをそんな風に抱き上げて。記念に写真を撮ったら良いかしら?」
「ぜひお願いします!」
「な、だめです! ダメですよ三角さんっ!」
「あ、もう撮っちゃったわ〜。後でLINKしておくわね。うふふ」
「あああ……」
突然現れたはずの俺たちに対して三角さんは相変わらず動じないしマイペース。慣れた手つきでスマホで写真を撮る三角さんに、ナマエさんは「勘弁してくださいよぉ……」と顔を真っ赤にしたまま少し涙目になっていたけれど、その顔もばっちり写真に撮られていた。
後で絶対俺のスマホにも送ってもらおう。
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2024.11.01 先行公開