唇を重ねていた時間は多分十秒ぐらい。しっかりキスしたから十分でしょう。そう思って何か起きないか確認しようと閉じていた目を開けて唇を離した瞬間、後頭部をぐいっと引き寄せられて再び唇が重なった。んん!?突然のことに驚いてリンクくんの肩を押して離れようとするけれど、びくともしない。私からは重ねるだけだったのに、リンクくんはついばむように何度も私にキスをしてくる。おまけに舌先で閉じた私の唇をこじあけようとしてない?!待て待て!ちょっと落ち着いて!!
リンクくんの肩を押してもどうにもならないから、唇が離れた瞬間を狙ってリンクくんの口元を手のひらで覆ってキスできないようにした。
「ちょっとリンクくん!暴走してない?!ぎゃっ!舐めた?!」
ぬるりと生暖かい柔らかさを手のひらに感じて色気の無い悲鳴が出る。そうしたら目をつむっていたリンクくんの目がばちっと開いて、至近距離で視線が絡まった。『逃がさないよ』まるでそう言われているような鋭くて強い視線から目を離せないまま固まっていたら、リンクくんの口元に押し付けていた手をとられた。
「『ぎゃ』って酷いなナマエさん」
「だ、だって今舐めたよね?!」
「うん。甘かった。美味しい」
「えぇ……いくら健啖家だからって、人まで味わっちゃダメだよ……。それと、君、そんな顔出来るんだね……」
「んー?どんな顔してる?」
「すごく悪い顔。とても勇者とは思えない凶悪で楽しそうな顔してる」
「そう?……そうかもね。だって……」
「??」
「ナマエさんをハイラルに連れてくることが出来たから」
「え……」
リンクくんの言葉に思考が停止する。
「周りを見て、ナマエさん」
視界全体を埋めていたリンクくんの顔が離れていくにつれて、周囲の様子も目に入ってくる。
さっきまでは喫茶店のオレンジ色の照明が空間を満たしていた。
それなのに今は、青白い光が空間を満たしている。
しかもカウンターテーブルの椅子に腰かけてキスをしていたはずなのに、何時の間にやら黒いつるっとした感触の石の上に二人して座り込んでいた。
「ここ、まさか……」
「うん。祠の中だ。ナマエさんもわかるよね?あのゲームの中で見てたもんね」
「う、そ……嘘でしょ?!え、こんな……こんなことってある?ちょ、ドッキリ?!リンクくん、何時の間にこんなリアルなセット作ったの?!」
「ナマエさん。これがセットじゃないってわかってるよね?」
「……っ…でも、だってこんな……え……キスしたから?!キスしたから祠の試練をクリアしたってみなされたの?そういうことなの!?そんなことって……!」
トンデモナイ事態に脳がショートしそうだよ!
いや、確かにハイラルに連れて行ってくれないかななんて思ってたけど!
お友達以上のことをしたら、うっかり番認定されたりなんてしちゃうんじゃないかって厨二病みたいなこと考えてリンクくんの唇を奪っちゃったけど、本当に?本当にこんなこと起こるの?!
「ナマエさん」
頭を抱えてあーっとなっていたら、名前を呼ばれながらぎゅっと強く抱きしめられた。
誰に?そんなの一人しかいない。
「好きだ」
抱きしめられたまま耳元で聞こえた言葉に心臓がひゅっとなる。その言葉を聞かないようにしていたのに、あっさり言われてしまった。しかも逃げられない。しっかり抱きしめられて、リンクくんの腕から全く抜け出せない。
「り、リンクくん、ちょっと離してっ……!」
「嫌だ離さない。ナマエさんが俺のことを男として好きになってくれるまで離さない。嫌だ絶対。ナマエさんとキスして祠に戻ってきたんだ。ナマエさんが俺の『番』で間違いないよね?俺だけのナマエさんになって。俺だけのナマエさんになってくれるって言ってくれるまで離さない!!」
「えぇー……」
何で急にそんな肉食系男子みたいになってるの?!私と手をつなぐだけで照れてはにかんでいた草食系男子のように見えていたリンクくんは一体何処へ!?いや、別に肉食系のリンクくんが嫌なわけじゃなくてむしろこれだけ感情を剥き出しにして迫られるのはちょっとかなりドキドキして喜んでしまっているというか何というか。あ----っ!!自分の思考回路が恥ずかしいッ!!
んあぁーーーー!っとぎゅっと目を瞑ってリンクくんの腕の中でガチガチに固まっていたら、
「あらあら。二人とも本当に仲良しになったのね。良かったわ」
「「…………………………え」」
三角さんの声が聞こえて二人同時にがばっとお互いにお互いから離れた。
そして慌てて声の聞こえてきた方向を見たら、何時もの見慣れた喫茶店の奥にある居住スペースへと続く通路のところに、にこにこしながらこちらを見ている三角さんが立っていた。
え、喫茶店の中?
驚いて前後左右を見回したら確かに喫茶店の中にいた。
さっきまで祠の中にいたはずなのに、カウンターの上のサンドイッチの残りはそのまま。床の上にも座っておらず、カウンターテーブルに合わせた高さのある丸椅子に並んで腰かけて、その状態で抱き合っていたらしい。
思わずリンクくんと顔を見合わせて、そしてほぼ同時に真っ赤になる。
「お取込み中にごめんなさいね。そろそろ休むから一言おやすみなさいと言おうと思って下りてきたのだけれど、お邪魔しちゃったわね。気にしないで続けていいから。遠慮しないでね。それじゃあおやすみなさい。二人とも良い夢を」
うふふと笑って二階へと続く階段を上っていく三角さんの足音が聞こえなくなるまで、二人してがっちがちに固まっていた。
「あの……ナマエさん」
「な、何かな?!」
「俺、本気だから」
「ほ、本気って?」
「本気でナマエさんのことが好きだから。あの……一緒に暮らさない?」
「へ……?」
予想の斜め上から降ってきたリンクくんの言葉に、再び思考が停止する。今日の私、いくら何でもポンコツすぎない?思考回路が止まりすぎてない?
「三角さんには十分過ぎるぐらいバイト代をもらってたんだけど、ナマエさんとのデート「ちがうお出かけ」……デート以外にお金を使うことが無かったから「もーーっ!!お出かけだってば」はいはい。それなりにこの世界のお金も貯まってるし、家賃は俺が払うから、ナマエさんと一緒に暮らしたい。返事はすぐじゃなくてもいいから、考えておいて。それと……」
「ま、まだ何かあるの……?」
「んんっ……そんなに警戒されると悲しいんだけど……」
「うぁ……えっと、……ごめん」
「いや、俺の方こそごめん。そうだよね。急にあんな勢いで迫ったらナマエさんだって吃驚したよね。だけど俺、さっきも言ったけど本気だから。本気でナマエさんには俺の恋人になってほしい。番とかそういうの、どうでもいい。俺、どこの世界にいたとしてもナマエさんには俺と一緒にいてほしい。だから口説かせてもらう。俺、もう遠慮しない。ナマエさんが俺と一緒になりたいって思うようになるぐらい、俺がナマエさんに向ける気持ちと同じぐらい俺のことを好きになって。ナマエさん、好きだ。貴女のことが好きで好きでたまらない。だから……」
「わかった!わかったから、もう!!ちょっと黙ってリンクくん!!」
止まらないリンクくんの「好きだ」口撃(こうげき)にもういっぱいいっぱいだよ!こんなに顔が沸騰しそうになるぐらい熱くなるのなんて、今まで生きてきて一度もなかったかもしれない。ってか、何でリンクくんはこんなにも私のことを好きだって言うの?
「何でそんなに私のことを好きだって言うの」
「だって好きだから」
「だから何で」
「可愛いから」
「は?」
「何か色々、可愛いから」
「それは小動物を愛でる的な感じで……?」
「違う。小動物なんだったら、抱きたいなんて思わない」
「抱きっ………」
「ナマエさんとキス以上のことをしたい。俺だけのナマエさんになって。キスだけじゃ足りない。もっとナマエさんが欲しい。だから覚悟してて。俺に惚れさせて見せるから」
そう言って不敵な笑みを浮かべるリンクくんはとても年下の可愛い男の子には見えなくて、しっかり『男』の顔をしてた。ああこれ……うっかり私も君のことが好きだよなんて素直に伝えたら、その日のうちに押し倒されるやつだわ。さすがにそこまで流されるわけにはいかない。
大体、ほんの少しの間だったとは言え、確かにさっきまで私は『祠』の中にいた。手のひらで感じたあの冷たい石の感触、青白い光でぼんやりと明るかったあの空間の雰囲気は私が知っている『祠』そのものだったし、リンクくんがあの場所を『祠』だと認識していたのだから間違いない。つまり、別にリンクくんと『恋人』という関係になっていなくとも、ハイラルには行けるかもしれないのだ。……キスすれば。
「リンクくん」
「なぁにナマエさん?俺と一緒に暮らしてくれる気になった?」
「いや、そうじゃなくて……」
「一緒に暮らそうよ。ハイラルに戻ったら一緒に暮らすんだから、その練習だと思って。ね?」
「『ね?』じゃないよ!何でそんな急にあざとくなってるの?!」
「強引に迫ったら『いいよ』って言ってくれないかなって思って」
「(んぐっ……!こ、この子は!!)……そんな簡単に『いいよ』って言うわけないでしょ!大体、私が本当に君と一緒にハイラルにまた行けるかどうかなんて何の保証も無いのに。ハイラルに戻ったら、い……一緒に暮らすとか。何言ってるの。君、まだ成人してもいないでしょ」
「ハイラルではもう成人だし。この世界では法律違反になるから飲んでないけど、ハイラルだったらお酒も飲めるし。百年眠ってたからむしろナマエさんよりだいぶ年上だよ?」
「百年間コールドスリープしてた期間は年齢にはカウントしないの!」
「えー……」
「何か君……急に小悪魔みたいになってるよ……?花屋のバイトの爽やかリンクくんは何処に行ったの?私と手を握るだけで照れてた君は一体何処へ?」
「ここにいるよ?あれも、これも、全部俺。今の俺もね。……ナマエさんはどんな俺が好き?」
「私は別にどんなリンクくんでも……って、何言わせようとしてるの!」
「……残念。気づいちゃったか。せっかくナマエさんに『好き』って言ってもらえそうだったのに」
「き、君!本当に猫被ってたね?!」
「あんまり強引に迫ってナマエさんを怖がらせたくなかっただけだよ。でも、こんな俺でもナマエさんは満更でもなさそうだから、宣言通りこれからは遠慮なく口説かせてもらうね」
そう言ってニヤッと笑ったリンクくんはやっぱり小悪魔みたいだった。
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2024.10.31 先行公開