コンビニでナマエさんにポテトチップスを買ってもらって喜んでたら可愛いってくすくす笑われてだいぶ照れくさかった。想う人に可愛いって言われるのは不本意だけど、ナマエさんが笑えるならそれでも良いって思う。
本当に、この世界で暮らしている間に丸くなったな……と、自分でも思う。
もちろん、ハイラルに戻ったら厄災ガノンを討ち取るために剣を振るう覚悟を捨てたわけじゃないけれど。
厄災ガノンを倒してゼルダ姫をお救いできたら、ハイラルでもこんなふうに穏やかな気持ちで過ごせるようになるだろうか。
好きな人(ナマエさん)と手を繋いで、一緒に暮らす家に向かって帰りながら思いついたことを話して明日のことを考える。目の前のことだけじゃなくて、こうしていきたい、ああしていきたい、そんな風に未来を見据えた希望を持てるようになるだろうか。
ナマエさんは間違いなく俺の『運命の番』だ。
これまでの状況を考えてもそれは間違いない。
ただ『見つける』だけではダメなのだということももう理解している。『お友達』の関係のままではきっと駄目なんだ。三角さんに教えてもらった『番』の定義の通りの関係が、課せられた『試練』の達成条件なんだろう。
だけど、どうやったらその条件を達成できる?
ナマエさんに俺のことを『男』として、『恋愛対象』として好きになってもらうには、どうしたら良い?
そ、それに……ナマエさんとこ、こ、恋人になれたとして、どうやって『祠の試練』を達成できたことを証明すれば良い?
き……キスするとか?
それ以上のことをするとか?
そ、……そんな大事なことを祠の試練を達成するための手段としてやりたくなんてない。
俺はナマエさんが好きだから、恋人になってもらいたい。
好きだから、キスしたい。
好きだから、ナマエさんが欲しい。
ナマエさんには、俺と一緒にハイラルで生きてほしい。
本当にナマエさんのことを考えるのなら、ナマエさんにこの世界を捨てさせるんじゃなくて、俺がハイラルを捨てるべきなのかもしれないけれど……。俺にはハイラルを捨てることはできない。
でも、ナマエさんのことも諦めたくない。どうしたら良い?
どうしたら俺はナマエさんを連れてハイラルに戻れる?
「リンクくん」
「うわぁっ!」
「……大丈夫? お店着いたよ……?」
「あ……本当だ……」
「気づいてなかったの? 上の空で歩いてると危ないよ。普通にいつも通り歩調を合わせて歩いてくれてたから、リンクくんがぼーっとしてるの、全然わからなかったけど。お店の前に着いた途端に足が止まっちゃって全然動かなくなっちゃったから、びっくりしたよ」
ナマエさんに声をかけられるまで、お店に戻ってきていることに全く気づいていなかった。
注意力散漫にも程がある……!
「ご、めん。ちょっと考え事してた」
「うん。そんな感じかなぁとは思ったんだけど。珍しいね。リンクくんがそんなに上の空になってるのって」
あははと笑うナマエさんの表情は何時も俺と一緒に居る時の穏やかなナマエさんの表情になっていて、何時も通りの優しい目で俺のことを見てくれていて……。
「……リンクくん? おーい。リンクくーん?」
じっとナマエさんの方を見つめたまま視線を外せなくなっていたら、不思議そうな顔をしたナマエさんが俺の目の前で手を振っていて、そういう行動が可愛くてたまらなくて……。
「ナマエさん、俺、貴女のことがす「遅かったわね、リンク」」
「あ、三角さん!」
今、俺何を口走ろうとした?
俺の言葉にかぶせるように三角さんが声をかけてきて、ビクッと肩が跳ねた。
表情には出ていないとは思うけど、驚いたのと……思わず口走りそうになったナマエさんへの想いに、こんな考え無しで感情のままに想いを伝えそうになるなんて俺は……!
冷静でいられない自分に動揺しつつも、余計なことを口走らないように口をきゅっと結んで沈黙する。
模範たれ模範たれ模範たれ。
久しぶりに頭の中で近衛時代に散々唱えていた言葉を唱え、心を落ち着ける。
「申し訳ありません、泊まらせてもらう立場なのに戻ってくる時間が遅くなってしまって」
「いいのよ。大丈夫。リンクが一緒だったなら女の子一人で暗い夜道を歩かせたわけではないしね。この子、しっかりナマエさんのことをエスコートできたかしら?」
「ええ、十二分に。いつも通りの頼れるリンクくんでした」
「それは良かったわ。さ、中に入って。外は寒かったでしょう? 晩秋とは言え、もうこれから冬に向かって冷えるばかりですからね。そうそう、お夜食も用意しておいたから、良かったら召し上がってね」
「え、そんな……! 泊まらせてもらうだけでも有難いのに……」
「どうか恐縮しないでちょうだい。こういう時は?」
「『ありがとうございます』ですね。有り難くいただきますね」
「ふふ。正解」
にこにこと穏やかに笑いながらナマエさんと話す三角さん。ナマエさんを店の奥の居住スペースに進むよう促したところで、ふと俺の方を振り返ってウインクを一つ。
『頑張るのよ! リンク!』って、俺が口の動きを読めるからって、三角さんっ!
そりゃ、俺のナマエさんへの気持ちは三角さんにはもうばればれだけどさ!
「それじゃあリンク、私は二階で夫とのんびりしているから、あなたはナマエさんとゆっくりしてね。お夜食はあなたの分も用意しているから」
「あ、はい! ありがとうございます」
「うふふ。ごゆっくり。ナマエさん、寝る時はリンクにお布団を敷いてもらってね。二人で同じお部屋になってしまって申し訳ないけれど……この機会にもっと仲良くなれると良いわね」
「「三角さんッ!」」
「うふふ。声まで揃って仲の良いこと」
「「三角さぁん……!」」
「あら、息ぴったり。うふふ」
何というか色々バレバレな感じで焚きつけられても気まずい。
これでナマエさんが本気で困っているような顔をしていたら俺だって立ち直るのに時間かかるよ⁈
ちらっとナマエさんの様子をうかがったら、ばちっとナマエさんと視線が交わって、ほとんど同時にお互いに顔を背けてしまった。
見間違いじゃないなら、今、ナマエさんの顔、真っ赤だったよね?
でも、怒ってる顔じゃなかったよね?
「と、とにかく、夜食、食べる?」
「う、うん。食べようかな」
返ってきた言葉のトーンも、嫌がっているようなものじゃない。
……脈ありだって、自惚れてもいいかな?
***
三角さんって明らかに私とリンクくんをくっつけようとしているよね。
多分その印象は間違ってない。
思えばリンクくんに声をかけてもらって初めてこのお店に来た時から、三角さんはずっと私に対してすごく好意的に接してくれている。
三角さんはリンクくんのことを本当の孫のように可愛がってるんだなぁって思う。
そしてその優しさというか見守るような愛情を、何故か私にも向けてくれている。
それは凄くありがたい。
ありがたいんだけど……ものすごくお膳立てされてるよね。
お店のカウンターテーブルの椅子に座りながら、二人横並びになって夜食として用意してもらったサンドイッチを食べる。
飲み物にはリンクくんが淹れてくれた温かい紅茶。
いつものハイリア草を使ったお茶ではなくて、ストレートのダージリンティー。
リンクくんが淹れてくれると自分が淹れるよりも何倍も美味しいんだよね。
そんなことを思いながら、隣に座るリンクくんの様子をうかがう。
リンクくん用のサンドイッチはさすがというか何というか、多分、食べ始める時点で五人前ぐらいあったんじゃないだろうか。
食べ始めてから数が減っても、まだ私のお皿に乗っている量の三倍ぐらいある。
なのに全然食べるペースが落ちない。
もぐもぐと美味しそうに食べているところが可愛い。ほっぺたぷくってなってるし。
「リンクくんって本当に美味しそうに食べるよね」
「ん、そうかな」
「うん。食べてる時、すごく幸せそうだもん。ゲームの中の『リンク』と一緒。見えないはずのキラキラエフェクトが舞って見えるよ」
「あー……俺、あんな風に見えてる?」
「うん。見えてる」
原作の画面を見せたことがあるから、あれと同じように見えている自分がどんな感じなのかわかるのだろう。
照れくさそうにしている。だけど食欲には抗えないのか、また大きな口で一口がぶっとサンドイッチを口に入れてもぐもぐ。
またほっぺたがフクロモモンガみたいになってる。
だから思わず噴き出してしまったら「笑わないでよ」って拗ねたように言われてしまった。
はぁ……可愛い。リンクくんの可愛いさは私にとっての癒しだわ。
荒んだ心のオアシスだわ……とあらためて思う。
それと同時に、リンクくんのことを早くハイラルに帰してあげなきゃって気持ちがますます強くなる。
リンクくんは私個人にとっての癒しだけれど、ハイラルにとっての『勇者』だ。
厄災ガノンと対峙することを運命づけられた、ハイラルにとって欠けてはならないパズルのピース。
今晩、こうやってゆっくり誰にも邪魔されないところで『ハイラルへの帰り方』についてじっくりと話をできるのは丁度良い機会なんじゃないかって思った。一緒にお出かけしている時は、何だかんだであんまりシリアスモードになってゆっくり話をするよりも、お出かけした先のことを楽しむことが優先だったから。
そうやってお出かけ自体を楽しめるように、リンクくんがリードしてくれていたから。
だけど、そうやってお友達として過ごしているだけでは何も状況が変わらなかった。つまり、『お友達』の関係では『番』を見つけたとはみなされていないのだろう。それなら……『仮』でもいいから、『お友達以上』がするようなことをしたらいいかな?
ああ……お酒を飲んでいるわけでもないのに、思考回路が迷宮状態だ。
「ねえリンクくん」
「ん? 何、ナマエさん」
「これまで色んなところにお出かけして、お互いのことを話したりとか、リンクくんが主人公のゲームを一緒にプレイして祠の試練のクリア要件を達成できるヒントが無いか探したりとかしたけど、結局、どうやったら試練をクリアできるのかわからずじまいだったよね」
「……うん」
私の言葉に、サンドイッチが載っているお皿に目を落として小さく頷くリンクくん。
その横顔からはリンクくんが何時まで経ってもハイラルに帰ることが出来ないことについてどう思っているのか読み取ることはできない。だけど、リンクくんがこの世界にやってきてからもう三カ月以上が経っている。
その間、ハイラルがどんな風になっているのか気にならない訳が無いと思う。
「『祠の試練』をクリアできるかどうか、試しに私とキスしてみない?」
「え……えぇ!? な、え、? ナマエさん?」
「そんなに嫌がらな「嫌じゃない!」……くても……」
言った瞬間に椅子から転がり落ちる勢いでガタガタっとバランスを崩すリンクくん。
あんまり動揺するからやっぱり急にこんなこと言われても困るよね……と少し残念に思っていたら、真っ赤になったリンクくんに物凄い勢いで「嫌じゃない!」って食い気味に言われた。その勢いで距離が近くなる。
「嫌じゃないよ。だって俺、ナマエさんのことが「それ以上言わないで」……んぐっ……」
前のめりで近くなったリンクくんの唇を人差し指で押さえて、黙らせた。
はっきりと聞いてしまったら、今の私はリンクくんに本当に寄りかかってしまうと思うから。
そうなったら、リンクくんと同じ世界で生きられないってわかった時に辛くなってしまうと思うから、卑怯だけれどリンクくんの気持ちをはっきりとは聞きたくない。
はっきりと聞かないまま、お友達以上のことをしようなんて悪い女だけどね。
「二択で答えて。リンクくん。私とキスしてもいい?それともしたくない?」
「……ナマエさんは」
「ん?」
「ナマエさんはそれでいいの?」
「……うん。それ『が』いいの」
「……そっか」
ごめんね、リンクくん。
そんな傷ついた顔しないで。
「リンクくん。キスする? しない? どっちがいい?」
「……したい。……ナマエさんとキスしたい」
「じゃあ、キスしようか。……目、瞑って」
「ナマエさんからキスしてくれるの?」
「うん。嫌?」
「嫌じゃない。嬉しい」
「っ……そっか。じゃあ、目、瞑って」
「うん」
こんな流れで私なんかとキスすることになってしまってごめんね。
そんなことを思いながらそっとリンクくんの頬に触れる。
そのまま指先を輪郭に沿って顎の方まで滑らせ、流れる金糸の房を払う。
ゆっくりと顔を近づけて間近で見るリンクくんの顔。
やっぱり睫毛長いなぁ。鼻筋がすっと通ってて綺麗だし。
「本当に綺麗な顔」
女として妬けてしまうな。なんて苦笑しながら、自分も目を閉じてリンクくんの唇にそっと自分の唇を重ねた。
ん……柔らかい。
好きだよリンクくん。
口には出せないけれど、私、君と一緒に生きていけたらいいなって思うぐらいに君を好きになってしまった。
君が戻るべき『ハイラル』に私も行けたらいいのに。
君と一緒に生きていけるのなら、この世界を捨ててもいい。
そうだよ。私、君と一緒にいられるのなら今すぐにでもこの世界を捨ててもいい。
もう二度と帰ることが出来ないなんて事態になってもきっと後悔しない。
これが私の紛れもない本音。……本音なんだ。
***
2024.10.31 先行公開