俺の本当の姿を正しく認識できるナマエさんとの出会いから二カ月が経ち、季節は秋に移り変わっていた。この日本の秋という季節は、ハイラルで言うアッカレ地方の様子に似ている気がする。夏の間緑の生い茂っていた街路樹はその色を赤や黄色、オレンジ色など色とりどりに姿を変え、ひらひらと風に舞っては地面の葉っぱの絨毯を敷いていく。
花屋の店先に置く花の種類も夏の花から秋の花や植物へと変わった。ハイラルにいた頃には気にも留めていなかった季節の移り変わり。この世界に来てからは目に留まるものになった。お世話になっている三角さんが花屋をやっていてそこで働かせてもらっているから仕入れる花の種類を三角さんに教えてもらって詳しくなったというのもあるけれど、一番の理由は、ナマエさんが忙しい毎日の中で少しでもよく眠れるようにとハイラル草で作ったオリジナルブレンドの茶葉に代わる何かをナマエさんに渡したいと思ったから。
ハイラル草はそこそこの数量を持っていたはずだけど、気が付けば残り少なくなっていた。このままだと手元から全部無くなってしまう。「私のために全部使わなくていいんだよ。ちゃんと残しておきなよ」とナマエさんは言うけれど、俺はナマエさんのために何かしてあげたい。ナマエさんと知り合って、お互いにお互いのことを話してよく知り合うようになる内に、ナマエさんのことを俺は……『運命の番』とかそういう事情がきっかけかもしれないけど、そういうのを無しにしても、俺にとっての『可愛いひと』から『特別なひと』なんだって思うようになってたから。
「こんばんは」
「あ、ナマエさん! いらっしゃいませ。今日も準備してますよ」
「ありがとうリンクくん。いつもすごく助かってる。おかげで最近はよく眠れるようになって、お医者様からも今の状態だったら薬を処方しなくても大丈夫そうだって言われたよ」
「それは良かったです。今日はお茶と合わせて、ダリアの花束をご用意しますね」
「……いつも綺麗な花束にしてくれてありがとう。リンクくんが毎週のように花を見立ててくれるから、部屋の片付けがちゃんと習慣になったよ」
「お役に立てているなら何よりです」
「……」
「どうしましたか?」
「……お仕事モードの時のリンクくんは言葉遣いが崩れないなぁっていつも感心してる」
「それはナマエさんもじゃないですか」
「まぁね」
ふふっと笑ってレジ近くの丸椅子に座るナマエさん。もうすぐ十一月になろうとするこの季節は、ナマエさんがお店に顔を出す閉店間際の時間帯はもうぐっと冷え込んでいるから足元を温めるストーブが欠かせない。そのストーブにあたりながら、ぽつりっとナマエさんが溢した言葉に、ほんの少しだけど固まってしまった。
「リンクくん、私ね……今の会社、辞めようかなって思ってるの」
「そうなんですね」
「うん。そうなの」
「……俺は……」
「うん」
「良いと思いますよ。俺、ナマエさんは自分のことをもっと優先しても良いと思ってましたから」
都合の良いように消費されているみたいだ、と。閉店時間ギリギリに花屋に来ては疲れた笑顔でまた仕事に戻っていくナマエさんをこの二ヶ月の間に一体何度見たことか。他人のためにと頑張っているナマエさんは、その一方で自分のことが二の次で、そうならないように気をつけてるんだけどな……と言うけれど、側から見ているともう限界なんじゃないかって……。そんな風に自分を殺してしまいそうなら、俺のところに永久就職して一緒にハイラルで暮らしてくれないかなって思ってた。
「自分のことを優先……かぁ。うん。出来るだけ無理ないように色々手を回してたつもりなんだけどなぁ……。多分それも逆効果だったんだよねぇ。何とかしてきちゃったから、何とかなるって軽んじられてるってわかるんだ。もう疲れちゃって全然動けない〜」
「……ナマエさん」
俺は未だ会ったことがないけれど、ナマエさん曰く俺がどこかの未来で出会うらしい旅をするコログの真似らしい。戯けたように言うけれど、ほんと、無理して笑わなくていいんだよ?
うーん……これは、ちょっと今日はこのままナマエさんを家に帰したらいけない気がする。俺の直感が、ナマエさんを一人にしちゃいけないって告げている。
こういう顔をしてた兵士仲間の先輩がどうなったのか、……覚えているから。
「ナマエさん」
「なぁに?」
「今日はもう仕事に戻らないですよね?」
「え、あ……うん。もうちょっと今日は本当にやめておこうかなって思ってる。明日も休日出勤しなきゃいけないかなって思ってたけど……もう、そうやって頑張るの疲れちゃった……。私がいなくたって世界は回るんだし。そう思われてるから都合よく消費されてるんだろうし……。」
「良かった。じゃあ、泊まっていきませんか」
「…………へ?」
「三角さんにナマエさんが泊まるって言ってくるんで、ちょっと店番お願いします」
「え、えぇ……?」
我ながら強引だなとは思うけれど、戸惑うナマエさんに無理矢理店番をお願いして奥へと入り、三角さんにナマエさんを泊めることについて許可をもらった。
実は前々から一人暮らしをしているナマエさんを気にしている三角さんが、ナマエさんに泊まっていったらと声をかけていてくれたのだけれど、その度に恐縮してナマエさんは断っていた。だけど今日は、本人が断っても泊まっていってもらった方が良い気がするから泊まってもらう。考えすぎかもしれないけれど、何だか嫌な胸騒ぎがして、どうしてもナマエさんに俺の目の届く場所にいてほしかった。
許可を得るまでには数分も必要ない。すんなり「あら、いいわね」と笑顔でオーケーをもらい、ついでに「もうお店を閉めちゃってもいいわよ」と言ってくれたからお言葉に甘えさせてもらうことにした。
「というわけで、三角さんにも許可をもらったから「ナマエさーん! 泊まっていってね〜!」……ほら。奥から叫んでるでしょ? お店も閉めるから、一度ナマエさんの荷物を取りに行こう? 住んでるところがバレるの嫌だったら、俺はまたタクシーだけ手配するから。往復で」
「……あらら。リンクくんにしては珍しく強引だねぇ。私、そんなに酷い顔してる?」
「うん。してる。せっかくの美人が台無し」
「美人って……リンクくんみたいな美人さんに言われると何だかなぁ……」
「ほーらー! 自分を卑下してる! あれだよ。時々ナマエさんが自分で言ってるあの目。えっと……「死んだ魚の目になってる?」そう! それ! 死んだ魚の目になってるからね。そんなナマエさんを一人に出来るわけないでしょ」
「……リンクくんのお仕事モードが崩れてる……」
「お店ももう閉めて良いって三角さんが言ってくれたんだよ。だからもう閉店。今日はナマエさんをたっぷり甘やかす日にする」
「たっぷり甘やかすって……。年下の男の子にそんなこと言わせる私は罪な女だね」
「罪でも何でもいいから。俺がナマエさんを甘やかしたいんだよ。俺じゃ力になれない?」
「……そんなわけないよ。リンクくんには色々助けられてる。……ありがとう、リンクくん。それじゃあ……お言葉に甘えて今日は泊まらせてもらおうかな。それと、お泊まりセット準備するのに、一緒に家まで来てもらってもいい?」
「え、いいの?」
「うん。一人暮らしの女の家に若い男の子を連れ込んでるなんて話になったらリンクくんに迷惑かけちゃうかななんて思ってたけど、少しだけなら大丈夫かなって。情けない話、結構いまメンタル的にしんどくて、リンクくんが一緒に来てくれるとすごく助かる」
「っ……わかった。じゃあ、十五分……十分で片付けるから。ナマエさんはそのままそこで待ってて。あ、レジの横にチョコレートあるから、それ食べていいよ」
「え、いいの?」
「うん。今日の花束と一緒にナマエさんにあげようと思ってたやつだし。トリュフってやつ、作ってみたんだ」
「わぁ。リンクくんはこの世界のお料理にも色々挑戦してるよねぇ……。本当にすっかり胃袋を掴まれちゃってるよ。私。リンクくんは良い旦那さんになるね。きっと」
ふふっと笑うナマエさん。
そのナマエさんの声のトーンからは、自分が俺の奥さんって位置になるって可能性については露ほども考えていないんだろうなってことがわかる。ナマエさんは何時も俺を『男』じゃなくて『年下の男の子』って目で見てる。出会ったばっかりの時の方が、よっぽど『退魔の騎士』である俺に熱い視線を注いでいてくれたんだけど。何度か出かけているうちに俺はナマエさんのことを『恋愛対象』として見るようになったけど、ナマエさんは違う。
ナマエさんの中で俺は『生身の人間』ではあるけれど、いつか必ずハイラルに戻る人……戻らなきゃいけない人だからって一線を引かれていると思う。それも多分わざとわかりやすく。俺がそれを察しているだろうことも含めて。
ナマエさんには俺の奥さんになってほしいなんて俺が思ってるって知ったら、驚くかな。驚くよな……。こことは違う世界からやって来たんだって、ナマエさんは俺の存在がどんなものなのかわかってるんだから。
「リンクくんが元の世界に戻ってしまったら寂しくなっちゃうな……。でも、ずっとこのままこの世界にいるわけにもいかないもんね。戸籍も何もないし。今のところ、病院にかかるようなこともないみたいだけど」
「この世界は魔物がいないから怪我をすることが無いしね。病気も、今のところ大丈夫だし。って、そうじゃなくて! 俺のことはいいの。今はナマエさんのことだよ。とにかく今日はたっぷり甘えてもらうからね。いいね?」
「はは……。そんな風に言ってくれてありがとう、リンクくん。……君がいてくれて良かった。会社をやめたらしばらくゆっくりしてから転職先を探すつもりだから、その間、リンクくんが元の世界に戻るための手掛かりを探すお手伝いをするね」
そう言ったナマエさんは目を伏せていたから俺がどんな顔をしていたかなんて見えてないだろう。ナマエさんが仕事をやめて一区切りつけようとしているなら丁度良い。弱っているところにつけこむなんて騎士としてあるまじき行為だけれど、この機会にナマエさんに『俺と一緒にハイラルに行く』決心をしてもらえるぐらい、俺のことを『男』として好きになってもらおう。
俺はもう、ナマエさんのことが欲しい。
一人の女性として、俺の特別な人として、ずっと俺と一緒にいてほしいって思ってるんだ。
未だどうすれば『試練』をクリアしたことになるのかその方法がわからないけれど、試練をクリアすれば俺はきっとハイラルに戻ることになる。その時に、ナマエさんには俺と一緒にハイラルに来て欲しい。
例えそれが、ナマエさんにこの世界を捨てさせることになったとしても。
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2024.10.28 先行公開