07

「と、とりあえず、リンクくんが置かれている状況については理解しました。そして三角さんご夫婦がとても器の大きい方々だということもわかりました。良かったですね。リンクくん。全く知らない別の世界で最初に出会ったのが三角さんのような理解のある方で」
「はい。とても感謝しています。ありがとうございます。三角さん」
「うふふ。良いのよ。ロマンチックなお話なら大歓迎だから。人生には潤いが必要だもの。ふふっ」
「三角さん………大物すぎますよ………」

 相変わらず孫とおばあちゃんのような二人が、顔を見合わせながら二人で朗らかに笑い合うと見えないはずの幻の花が舞っている気がするのだけれど、こんなにのほほんとしていて良いのだろうか。とても毒気を抜かれてしまう光景に自分の気持ちも若干癒されているような気がしないでもないのだけれど、この雰囲気に浸って流されてはいけない。根本的なところは何も解決していないのだから。

「あの、リンクくん」
「はい。何でしょうか」
「君のような人に私が、その……『番』で良かったって言ってもらえるのは本当に光栄なのですが、そんな風に言ってもらえるような人ではないんです」
「………」
「今のこの私の話し方だって、わりと余所行きの猫かぶった時の話し方ですし。正直、リンクくんのような素敵な男の子に見せられるような『素の顔』じゃないんです。だらしないし。口汚いし。荒ぶることも多々ありますし。話し方だって、余所行きじゃない私はこんな風な話し方をしないです。今、こんな風に穏やかに話していられるのは、リンクくんや三角さんが素敵な人たちだからなんです。素敵な人相手だから心穏やかでいられる。私は……そんな出来た人間じゃないんですよ。だから、その……私じゃないと思いますよ。だって、もしも本当に私が君の『番』なのだとしたら、『運命の番を見つける』という『見つける』の部分は達成されてますよね?でも、ハイラルに戻る気配は無いんですよね?」
「………」
「あらあら……」

 私の言葉に黙ったまま目を伏せるリンクくん。
 私たちの様子を見て苦笑している三角さん。
 沈黙が痛いけれど、でも、本当のことを話してくれたリンクくんに余所行きのままの顔で話をしたくはなかった。昨日の私なんて、まさしくその荒ぶっていた状態だったし。

「だから私……」
「それなら、ねえ。二人でデートしてみたらどうかしら」
「「え?」」

 お通夜かと思うぐらい暗くなっていたその場の雰囲気を壊したのは、やっぱりというか三角さんの朗らかかつどこか楽しそうなワクワクした声で紡がれた言葉だった。

「ナマエさんもリンクも、二人とも出会ったばかりだもの。お互いを知り合って、それから少しずつ関係を育めば良いんじゃないかしら。ナマエさんがリンクの思う『番』なのかどうかということは置いておくとして、誰も知り合いのいないこの世界に来たリンクのお友達ができたら嬉しいわ。どうかしら、ナマエさん。良いアイデアだと思わない?」
「う……」

 そ、そんなキラキラした目で見ないでください!
 三角さんってばすごく可愛らしい『おばあちゃま』と言いたくなるような人なのだもの。私とて、上品でチャーミングなご婦人にそんなキラキラした目で見られたら、絆されちゃいますよ!

「……わかりました。……リンクくんも、それでいいですか?」
「はい。もちろんです。俺も……ナマエさんにゲームの中の『リンク』じゃなくて、生身の『リンク』として見ていただきたいですし。友達になってもらえたら嬉しいです」

 そ、そんな美人顔で照れ臭そうに笑わないで!
 リンクくんって多分十代後半だよね?!年下の男の子の笑顔にこんなにドキドキさせられるなんて、お姉さんとしては何というかいたたまれないんですよ!!

「……じゃあ、お友達からということで。よろしくお願いシマス」
「はい。よろしくお願いします!」
「うふふ。良かったわね!リンク!」
「はいっ!」
「じゃあ、私はそろそろ部屋に戻ろうかしら。あとは若い二人でどうぞ。うふふ。お見合いみたいね」

 うふふ。っと。
 上品だけどまた爆弾を落としていきましたね三角さん!!
 お店の奥の方へと歩いていく三角さんに「おやすみなさい」と何とか声をかけ、改めてリンクくんの方を見る。そうしたらリンクくんと目があった瞬間、にこっとまた照れ臭そうにはにかまれた。

「ナマエさん、良かったらナマエさんの言う『素』の話し方で話してもらえませんか?俺も……その、ナマエさんとは普通に話したい」
「ん……うん。いいよ。ごほん。あーあー?」
「発声練習してる?」
「発声練習してる」
「ははっ!ナマエさんってやっぱり可愛いね」
「も、もう!だから年上を揶揄わないでってば!!」
「えー……俺の方が年上だと思うよ?ナマエさんは俺のことを『退魔の騎士』だって知ってるんでしょ?ってことは、俺が『回生の祠』ってところで百年眠ってたことも知ってるんじゃないの?」
「まぁ……知ってるよ。ねえ、君、本当に『ゲーム』のこと知らないの?花屋とか喫茶店で働いている時とか、お出かけした先で『勇者のそっくりさんだ!』って言われたこととか今まで無かったの??もうこの際だからバラしちゃうけど、私のスマホの待ち受けは『ハイラルの勇者』なんだよ。ほら。見てこれ。この画像、ゲームのパッケージと一緒なの」
「……本当だ。俺がいる……」
「でしょ?このゲームのシリーズを好きな人って結構多いから、街中を君が歩いてたら絶対に声をかける人がいると思うんだけどなぁ…………………………リンクくん?」
「……………………」
「おーい、リンクくーん。どうしたの?」
「…………あ、うん。えっと……ナマエさんの待ち受けに俺がいるって何か、嬉しくて。俺も、ナマエさんのこと待ち受けにして良い?一緒にウツシエも撮りたい。はいチェッキー!」
「んなッ?!」

 ちょ、ちょっとぐいぐい来すぎじゃないかな!?
 いくら私のことを『番』だと思い込んでいてハイラルに戻りたいからって、そんな風にグイグイこられると、私の心臓がもたないよ!

「と、とりえあず……じゃあ、お出かけしてみる?」
「俺とデートしてくれるの!?」
「で、デートっていうか、お出かけね!お出かけ!丁度、リンクくんや三角さんへのお礼の品を何にしようか相談させてもらおうと思っていたし……タイミングを逃して全然話せていなかったけれど。リンクくんと一緒にお出かけできるなら、好みのものを教えてもらえるから丁度いいかな。三角さんにも好みを聞いておいてもらえると助かる」
「うん。わかった。聞いておくよ。じゃあナマエさんと連絡を取りたいから、俺の番号とLINKのIDを教えても良い?……自分の名前と同じアプリがあるって変な気分なんだけど。はい。これ、俺のLINKのアカウントコード」

 慣れた操作でスマホを操作しコードを見せてくれるリンクくんの画面を自分のスマホのアプリで取り込むと、ぽこんっという軽めの音とともに画面上に「うめぼしおにぎり」が現れた。……可愛い。

「私はリンクくんがこの世界の文明の機器を当たり前のように使いこなしていることに衝撃を受けているよ……。君って順応力が高いんだねぇ……。私だったら全く知らない世界に突然飛ばされたりなんてことになったら右も左もわからなくて、とりあえず飲み水を確保しようとするところからだよ……」
「生き抜くための知恵の基本だね。……ナマエさんって、やっぱり体当たりタイプなんだ。可愛い」
「何でそういう感想になるの?!」
「照れて赤くなるところも可愛い。アイコンがアップルパイなのも可愛い」
「も、もぅ!!からかうの禁止!禁止だから!」
「からかってないって。本気でナマエさんのこと可愛いって思ってる。……で、そんな可愛いナマエさんをこんな時間まで帰らせてあげられなくてごめん。大通りまで送っていくね」
「いいよ。大丈夫だよ。未成年の君に送ってもらう方が気が引ける」
「俺が百歳越えだって知ってるでしょ。大丈夫。俺、対人でもそれなりに強いから」
「それなりにじゃなくて無茶苦茶強いの間違いでは?四歳のリンクくんに大人が数人で向かっても歯が立たなかったってエピソードは本当なの?」
「んー……そんなことあったのかな?ちょっと覚えてないや。でも、十歳でライネルを倒したのは覚えてるよ。多分初めての討伐で父さんに褒められたのが嬉しかったんだろうな。父さんとのことで思い出せたことって、そのぐらいしかないけど」
「っ……そっか……」
「あ……ごめん。そんな顔しないでナマエさん。俺が思い出してることって、まぁ……そうだね。その辺りの事は今度またゆっくり話してもいい?」
「うん。リンクくんが話してくれるなら。色々聞いてみたい。ゲームの中だけじゃわからないハイラルのこと教えてもらえたら嬉しいな」
「俺も、ナマエさんに好きになってもらいたいから色々話をさせてほしいな」

 好きになってもらいたいって……ハイラルの世界観のことだよね?!またそういう意味深な目線で!昨日会った時から爽やか好青年の印象はそのままだけれど、あざとかったりグイグイきたり、すでに情報過多であっぷあっぷだよ!あーとかうーとか変な声しか出ない。

「ま、まぁとにかく!私は次の次の月曜日までは夏休みで仕事が休みだから、その間に買い物に付き合ってもらってもいい?リンクくんに合わせるから。都合の良い日と時間を教えてくれるかな」
「んー……明日は今日と同じく昼から仕込みがあるから……。一日ナマエさんを独り占めしてもいいなら、明後日の月曜日なんてどう?」
「(独り占めって!もー本当にこの子は!!)……月曜日、いいよ。夏休み中ずっと自宅でごろごろしてゲーム三昧の日々を過ごすつもりだったから。コログもたくさん見つけたいし」
「ナマエさんはコログが見えるの?」
「ゲームの中の『リンク』がコログを見ることができるんだよ」
「……ふぅん……」
「??どうしたの?」

 急にちょっとむすっとして不機嫌になるなんて。何か変なこと言ったかな?そういえばリンクくんはコログの実をどのくらい集めてるんだろう。ってか、そういう仕様というか世界観ってこの生身のリンクくんもゲームと一緒なのかな?だとすると、ボックリンのマラカスダンスでポーチの容量が大きくなったりするのかな。そういえば『ポーチ』を見せてもらってなかった。この世界でも四次元ポーチの仕様は健在なのかな?!マスターソードも持ってたりするのかな?!わぁ……考えれば考えるほど興奮してきた!

「ねぇねぇリンクくん!」
「……なぁに、ナマエさん」
「リンクくんってポーチの中に色んな持ち物を収納してるんだよね?」
「うん。この世界の人からすると、不思議らしいけど……。国から支給された魔力ポーチなんだ。ハイリアではない異世界でも普通に使えてる」
「そ、……その中に、『英傑の服』もあったりする……?」
「うん。あるよ。ほら」
「ッ!!すごっ!何もない空間から急に現れたみたいに出てきた!!うわー……これがかの有名なゼルダ姫が仕立てた英傑の服かぁ……」
「ゼルダ姫のことも当然知ってるよね……うん」
「そりゃぁね。早く元のハイラルに戻ってゼルダ姫を助けてあげないとね。ねぇねぇ、他にも色んな装備持ってる?」
「うん。色々あるよ」
「クライム装備も?」
「うん」
「蛮族装備も?」
「うん」
「淑女の服も?」
「う……んん!?」
「その反応は持ってるね」
「………………………………………うん」
「じゃ、じゃあさ!近衛装備も持ってる?」
「うん。あるよ。ここまでの中で一番の笑顔だね。ナマエさん」
「え、えへへ……うん。だって、近衛装備の『リンク』って私の中で断トツのかっこよさだから……」
「ッ……でも、その『リンク』って俺の事じゃないんでしょ?」
「うん。ゲームの中の『リンク』のこと。でも、リンクくんがその服を持ってるんだったら、何時か着て見せてくれると嬉しいなぁ……な-んて……だ、だめ?」
「~~~~~っ!!ナマエさん、それ、わざと?」
「ん?何が?」
何だ無意識なのか。その可愛いおねだりの仕方ッ!
「ん?何か言った」
「いや、何も。近衛装備とか……ナマエさんが見たい服があるなら着てあげてもいいよ。淑女の服は着ないからね。とにかく、もうすぐ十一時になりそうだし、大通りまで送るよりもここまでタクシーを呼ぶね!」
「う、うん。わかった。ありがとう、リンクくん」
「………………どういたしまして」

 急に赤くなって挙動不審になったリンクくんに首をかしげるけれど、まあ、タクシーを呼んでくれるというならそれでいいや。

「それじゃ、ナマエさん、気を付けて帰ってね。待ち合わせ場所とか時間についてはまた明日の午前中にでもLINKでメッセ送るから」
「うん。わかった。じゃあまたね。リンクくん。茶葉のお土産、ありがとう。おやすみなさい」
「うん。おやすみ、ナマエさん。良い夢を」

 リンクくんが呼んでくれたタクシーに乗り込んで軽く手を挙げてひらひらと手を振る。
 動き出したタクシーの中で背もたれに背中を預けたら、途端に身体じゅうに襲ってきた疲労感。無意識にほぅっと息を吐き出していた。

「うん。何かすごく濃い一日だった……帰ったらシャワーを浴びてさっさと寝よう」

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2024.10.27 先行公開