「触ってみてくれませんか?これが本物かどうか確かめて欲しい」
「え………でも………」
「…………やっぱり………だめ、ですよね。出会って二日目の男にこんなことを言われるのは抵抗がありますよね………」
「うああ、そんなしゅんっとしないで!」
やっぱり見えるわんこの耳ペタ。
思わず口調も崩れてしまったよ!
「わかった。わかりました。リンクくんが構わないなら、その………触れてみたい……です」
「!はいっ!」
控えめに言ったら満面の笑みを返された。
今度は耳がピンッと立って尻尾がパタパタしている幻が見える。
さっきの「しゅん……」とした感じは演技だったの?
「じゃ………じゃあ、触らせてもらいますね」
「はい。どうぞ」
どうぞと言いながら緊張した面持ちで身体を少し倒して耳を近づけてくるリンクくん。そりゃあ緊張するよね。私にとっては君は昨日会ったばかりの人だと思えないぐらい既視感のある顔立ちをしている『推しのそっくりさん』だけど、君にとっては私は本当に昨日会ったばかりの女だもんね。
そっと指先でピアス付近の耳朶に触れると、じんわりと指先から伝わってくるリンクくんの体温。温かい。この部分はどう考えても本物にしか思えない。
「ナマエさん、ちょっとくすぐったいです……」
「あ、ごっごめんなさい」
ふにふにと耳朶を指先で挟んで「特殊メイク?こんなに精巧なの……?」なんてぶつぶつ言いながら触っていたらふにゃっとリンクくんの耳先が僅かに下がった。さ、下がった?!それに心なしかリンクくんの頬と同じように耳の先も赤くなっているような気がする。これは……夕焼けの赤……というには無理がある。夕焼けのオレンジの光はこの場所には届いていないのだから。
ごくり……っと『ありえない』状況が目の前に現実のものとなっている可能性があることに無意識のうちに唾を飲み込んでいた。
それでもリンクくんの耳に触れた指を離すことは出来なくて、そのまま指先を少しだけ下がった尖った耳の先へ向けてすべらせていく。途中に、継ぎ目のような感覚はない。耳の先まで触れた時に、またくすぐったかったのかぴくっと小さく耳全体が震えたのが、リンクくんのこの尖った耳が『本物』であることを証明していた。そしてそれを理解した瞬間、私はリンクくんのフードを掴んで顔全体が隠れるようにフードを被らせた。
「わ!ナマエさん?!」
「り、りりりリンクくん!これ、これは不味いよ!君、人体実験されちゃうよ……ッ!!」
「人体実験って……」
だって、こんな。
この世界にこんな耳の尖った人は他に存在しないんだよ?!
もしも見つかっていたら、情報テクノロジーの発達しているこの世界でオンラインに上げられないわけがない。多分みんな、私が最初に思ったように『コスプレ』って思うだろうし、言っても『映画の撮影かな?』ぐらいにしか思わないだろうけれど、それでも物珍しいものがあった時に肖像権を無視して画像や動画をオンラインに上げる人は一定数いる。ってか、一人でもそんな人がいれば、あっという間にリンクくんは話題の人になってしまうだろう。だってあの一世を風靡したといっても過言ではない(と私は強く主張する)ゲームの主人公のそっくりさんなんだよ?!名前も一緒なんだよ?!リンクくんが何時から三角さんのところで働いているのかはわからないけれど、リンクくんの存在がこれまでSNSのタイムラインとかに流れてこなかったことの方がびっくりだ。
あわわわ……と慌てていたら、フードを掴んだままの私の手に触れるものがあった。リンクくんの手だ。美人顔やぱっと見た時の身体の線の細さを考えると、ごつごつとした固い手のひらの感触が私の手の上に重ねられて、そのままやんわりと握られた。
「そんなに慌てて隠そうとしなくても大丈夫ですよ」
「で……でも……」
「ナマエさんだけなんです」
「へ?」
「ナマエさんしかいないんです。俺の耳が『尖っている』って見えるの」
「えぇ?!嘘……」
「嘘なんてつきませんよ。さすがに触るとわかるみたいなんですけどね。三角さんご夫婦にも、花屋や喫茶店にいらっしゃるお客さんにも、俺の耳はみなさんと同じように『丸い耳』に見えているらしいんです」
「えー……」
「昨日、ナマエさんが俺の耳を見て驚いたような顔をしたから、もしかして……と思って。それで確かめてもらったんですけど、やっぱりナマエさんには俺の耳は尖って見えているんですね」
「………うん。何なら、私が好きなゲームの主人公そっくりです。名前まで一緒。だから私みたいにそのゲームが好きな人が君を見たら、絶対にきゃーきゃー言われますよ。イケメンだし」
「『いけめん』?」
「『いけてるメンズ』のことです。見た目とか、中身とかがカッコいい!男の人のこと。リンクくん、顔立ちだけじゃなくて物腰も柔らかいし何かとスマートだし、成人女性一人軽く横抱きにして運べるぐらい体力あるでしょ?モテる気しかしません!!」
「っ………そう、ですか?ナマエさんにそんな風に言ってもらえると照れますね」
私の言葉に口元を手の甲で押さえて視線を逸らすリンクくん。
かなり照れているらしい。
そんな仕草に思わずきゅんとしてしまう。
「それで。結局リンクくんはどこの国出身なんですか?私以外の人にはリンクくんの耳の形が『丸い耳』にしか見えないなんて、そんな不思議な話で年上を揶揄っちゃダメですよ」
「……やっぱりそう思いますよね。じゃあ、ナマエさん」
「はい」
「色々とお見せしたいものがあります。今日、お店に寄ってもらった後、営業時間が終わるまで待っていてもらうことってできますか?あの、もちろん三角さんも一緒にいるので二人きりにはならないですから!もし、心配だったら警察にすぐ通報できるように準備してもらってもかまわないですし!帰りもまた大通りまでちゃんと送ります。タクシーも手配しますので!」
「う、うん。わかりました。そんなに必死にならなくても大丈夫ですよ。リンクくんと三角さんが悪い人だなんて思ってないです。でも、はい。そうですね。三角さんにも同席してもらえるなら。構わないですよ」
「っ……!ありがとうございます!」
あんまりリンクくんが必死だから、話を聞くぐらいならと思って頷いたらものすごく嬉しそうな笑顔でお礼を言われた。表情がくるくる変わるし話し方も丁寧だったりするから、私の持っている『リンク』のイメージとはちょっと違う。『警察』とか『タクシー』とか、口にすることだってこの世界で普通に生きている人のように何の違和感も無い。だからまさかあの『ゲーム』の世界から逆トリップしてきましたー!なんてカミングアウトがあるなんてことは無いよね。
………なんて。
そんなことを思う時点で既にフラグを立てていたよ。
「俺、実は『ハイラル』という国出身でこの世界の人間ではないんです。『祠の試練』によってこの世界に来ることになってしまったみたいで、祠を造った導師に課せられた条件をクリアするまでは『試練』を終えることができないらしいんです」
喫茶店で美味しいデミグラスハンバーグを夕食に食べた後、閉店後の店内で三角さん同席のもとリンクくんの身の上話を聞かされることになった私は、にこにこしている三角さんとは対象的に、口の中に入れたコーヒーを噴出さないようにするのに精一杯だった。だって、え?嘘だよね??まさか本当に『逆トリップ』なんてことが起こってるの?それは……リンクくん、大変なことになってない??
「まさか君が本当にあの『退魔の騎士』本人だったとは……」
「え」
「え?」
「信じてくれるんですか?俺の話」
「嘘だったんですか?」
「いえ、本当のことですけど……。胡散臭くないですか。俺」
「うん、まぁ……そうなんですけど……。ごめんなさい、リンクくん。私ね……」
「はい」
「超が付くほど君が主人公として活躍しているあのゲームの大ファンなんですよ」
「……………………………はい?」
「それはもう、殺されそうな程忙しい仕事の隙間をぬってハイラル中を旅して時間を溶かしてしまうぐらいに大好きで!なので、今、私は無茶苦茶感動しています!まさか!『退魔の騎士』様本人に会えるなんて!!ごめんなさい。リンクくんの置かれている状況が大変なことは重々承知しているのだけれど、それに勝るオタク心が爆発してしまって、本当に不謹慎だとは思うのだけれど、ごめんなさいっ!本物の騎士様にお会いできて光栄です!」
「は、はい……」
思わずがしっとリンクくんの両手を握ってその綺麗な空色の瞳を見上げたら、リンクくんの首から上、耳の先までみるみる真っ赤になってしまった。何だか初心な反応だなぁ。
「ところで、導師に課せられた試練ってどんな試練なんですか?それをクリアしないと元の世界に戻れないんですよね」
「はい。そう……なんですけど……」
「??言いにくいことですか?もしも私に手伝えることがあれば、お手伝いしますよ!何と言ってもリンクくんは私の最推しなので!!推しが困っているなら全力で助けますとも!」
「……よろしいのですか?俺としては……ナマエさんにそう言っていただけるのはすごく嬉しいですけど……」
「はい!もちろんです。あ、でも、痛いのとか怖いのは嫌なのでそういうのじゃないのでお願いします」
「痛いとか、怖いとか、そういうことが無いように俺がナマエさんを護ります。………ナマエさん?どうしましたか?ナマエさん??」
「……………………はっ……ご、ごめんなさい。あまりの衝撃に一瞬意識が飛んでました」
「衝撃??」
「君みたいな子に『護る』なんて言われたら、きゅんとしてしまう、の、で!」
「………ふっ………ふふ……可愛いですね。ナマエさん」
「か、可愛い?!」
「はい。可愛いらしいです。俺、ナマエさんが俺の『番』で良かった」
「つが……つがい?!」
今何だか変な単語が聞こえなかった?
「はい。祠の導師が俺に課した『試練』は、俺にとっての『運命の番』を見つけることなんです。祠の中にいたはずなのに突然ハイラルとは全く違う世界に来ることになって、どうすればいいのかなんて途方に暮れていたんですけど……お伝えしたとおり、俺の『本当の姿』はナマエさんにしか認識できないみたいなので、そんなことが起こりうるのがこの世界でナマエさんだけなのだとしたら、俺にとっての『運命の番』はきっと貴女なんだと思います」
「………参考までに聞きますが、君は『番』の意味を知っていますか?」
「………………………………はい。その……三角さんに教えてもらいました」
「その心は?」
「………恋人とか夫婦とか。かけがえのない関係になる相手のことだと、理解しています」
「君はそれが私だと?」
「はい」
「…………………」
「…………………困ります、よね……こんなこと言われても。でも、俺……!」
「待って」
「?」
「待って待って、ちょっと一回整理するから。待って」
動揺しすぎて口調も崩れる。
だめ、顔が熱くて冷静でいられない。
ってか、顔が熱くなっていることをわかっている時点で言葉通り素直にリンクくんの言葉を受け入れていて、それを喜んでいる自分を自覚してしまっていることが明白で、猛烈に恥ずかしい。正直に言おう。こんな私的に国宝級レベルのイケメン(最推し)に『俺の『番』で良かった』なんてはにかみながら言われて冷静でいられるわけないでしょう!!
うあ~~~~~!!何、何なのこの状況は!
何かのご褒美?死にそうになるぐらい働いていた社畜な私へのご褒美タイムなの!?
でもこれで『全部うっそー!ドッキリでした★』なんて言われたらメンタルから死ぬ。そして大好きなはずのゲームを見るたびに辛くなって、プレイ出来なくなってしまうぐらい傷つくと思う。だから、リンクくんが言っている『祠の試練』のことについては信じてもいいかなって思うけれど、リンクくんの言う『運命の番』とやらが私なんじゃないかってことは簡単に信じられない。傷つきたくないから。
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2024.10.26 先行公開