お土産に持たせてもらったハーブティーをミルクティーにして飲み、その優しい香りと味わいにほっこりした気持ちになりながら早めにベッドに入ったら、次の日のお昼まで一度も目を覚ますことなくぐっすりと眠れた。しかも、寝過ぎた時特有の気怠さが全くなくスッキリした状態で。久しぶりの目覚めの爽快感に、頭痛を感じない頭の軽さに、驚きを超えて感動した。
……これはもう、本当にリピ決定だわ……。
リンクくんが作ったというチーズケーキで胃袋を掴まれて定期的に通うことになりそうと思っていたけれど、もうこれは『なりそう』じゃなくて『なる』だ。
この調子でゆっくり眠ることが出来るなら、薬を処方してもらわなくても何とかやっていけそう。よく眠れたおかげで、何となく気持ちも穏やかでいられる気がする。……昨日の私は自分でも年イチあるかないかってぐらい荒ぶってたもんね……あの状態で人前に行かなくて良かった。あの状態で誰かに何かを発していたとして、発したものはもう取り消せないもんね……。余計なトラブルをさらに背負いこみたくない。心穏やかでいられるのが一番一番。
「さて、と。とりあえず夏休み初日。昨日のうちに夏休み期間もプラス三日多く取れるよう手を回しておいたし、これから十日間ゆっくり休むためにもまずは部屋の掃除だ!」
ぐっと背伸びをしてから気合を入れてベッドから出る。
「せっかくもらったひまわりが映えるくらいスッキリさせたいもんね」
そうして午前中いっぱいを掃除に費やし、この機会に断捨離にも挑戦してみた。積んだまま読む時間がなくて読めなかった本も一冊は読めた。
スマホは音楽を流すためだけに使って、電話も出ないしメールもSNSも見ない。アパートだから大きな音を出せないのでイヤホンをして小さい声で一人カラオケしながら色々と選別していったら、実にクローゼットの半分程度のものを捨てることになってしまった。……こ、この狭いワンルームのクローゼット半分が廃棄物に占領されていたとは……何と言うことでしょう!家賃の何分の一だよー!と、後で見るかも、後で使うかもと『とりあえず置き』をしていた過去の自分にハリセンしてやりたい。
幸いだったのは、時期をずらして夏休みをとっているからゴミの収集も何時も通りだし、廃品回収の手続きも通常営業通りだったから、その日のうちに全部片付けられたことかな。
そんなこんなで忙しくしていたら、あっという間に三角さんから教えてもらった喫茶店の営業時間まであと一時間という時間になっていた。お邪魔する時間を約束していたわけじゃないから営業開始時間に合わせて行く必要はないのだけれど、混み始める前の方がきっとお礼に声かけしやすいよね。
今からシャワーを浴びて着替えてお化粧して……本当はお礼に何かお渡ししたいところだけれど、お礼をする相手が飲食とお花を扱うお店だからお礼の品に関しては直接おうかがいしてから決めよう。
そんなことを思いながら支度を終えて自宅を出て、リンクくんに送ってもらった大通りのところまで来たのだけれど……。
「え……えぇっと……ここからどう行けば良いんだっけ……」
実は貰ったカードには電話番号しか記載がなく地図も住所もなかったため迷子になってしまった。近くまで来れば何とかなるかなと思ってのほほーんっと出発したのだけれど、何ともならなかった。
その結果……。
「ご、ごめんなさい……お礼にうかがうつもりが結局リンクくんに迎えに来てもらうことになってしまって」
結局、昨日リンクくんと別れた場所までそのリンクくんに迎えに来てもらうことになった。『こんにちは』と昨日と変わらない良い声で呼びかけてきたリンクくんは、昨日と同じようにフード付きのパーカーのフードを被っている。明るい時間帯の長い季節だから夕方とはいえまだ明るい。日中のような日差しの暑さはないけれど、夕方になっても下がらない気温でむわっとしているから暑いだろうに。そんなことは微塵も感じさせない。
「お迎えも俺の担当なので大丈夫ですよ。三角さんの営業方針で、カードにはお店の電話番号しか記載しないようにしているんです。本来だと電話をもらった時にお店の住所を口頭でお伝えすべきところだったんですが……。ごめんなさい。俺、すっかりナマエさんにお店の住所をお伝えするのを忘れてしまってました。折り返し電話をするにも電話番号も聞いてなかったから……電話してくれて、ありがとうございます」
「ううん。ありがとうを言うのは私の方です。カードを見て住所が書かれていないことに気づいてたとに、何とかなるかなぁと思って家を出たのは私の方なので」
「何とかなるかなぁ……って……ナマエさんって結構体当たりタイプですか?」
「はい!その通りです!」
リンクくんの言葉に開き直ってドヤァっと顔を向けたら、ぶはっと噴き出された。なかなか良い反応をするねぇ、君。その後慌てたように口元に手の甲をやって「失礼しました」ってちょっとバツの悪そうな顔してたけれど。馬鹿にするような感じで笑われたわけじゃないし、そうやって笑ってくれた方が笑い話にできるから助かるんだよ。
昨日も思ったけれど、リンクくんと話している時は普段結構やさぐれている私としてはびっくりするぐらい気持ちが穏やかでいる気がする。これはもう、本当にこの子には昨日の自宅で荒ぶっていた自分の姿なんて見せられないわ……。若干遠い目になっていたら、不意にリンクくんに声をかけられた。
「良かった。昨日よりも大分顔色が良いですね」
「え……あ、はい。おかげさまで。リンクくんに持たせてもらったあのハーブティー、おすすめしてもらった通りミルクティーにして飲んでみたらすごくよく眠れました。あれってオリジナルブレンドの茶葉ですか?味わったことのない風味がして」
「はい。俺が持っていたハーブを使ったオリジナルブレンドのお茶なんです」
「リンクくんが持っていたハーブ?」
「はい。今持っているものが無くなってしまったらちょっと調達の目途が立たないんですけど、まだまだたくさんあるんで、気に入ってもらえたなら今日もお渡しできるようにブレンドしますね」
「え……良いんですか?そんな……調達の目途がたたないような貴重なものなのに……」
「良いんです。ナマエさんみたいに困っている人の役に立てるなら、ポーチの中でずっと眠ったままの状態よりも断然良いので」
「ん。そうですか」
えっと……今、『ポーチ』って聞こえたけど、聞き間違いかな?
某勇者にしか見えないリンクくんから『ポーチ』なんて単語が飛び出して来たら、あのゲームの世界を連想してしまうよ。人助けをしてくれるところも……何となくイメージがかぶるし。
「ナマエさん、どうかしましたか?」
「そのハーブって、何て名前のハーブですか」
「……………『ハイラル草』といいます」
「『ハイラル草』!?」
じ、冗談だよね?
いくら普段から耳の形までコスプレで再現するコスプレイヤーさん(勝手に脳内で確定)とは言え、そこまで寄せますか?リアルに話を持ち込みますか?ま、まぁ……あのゲームにハマっている人だったら冗談交じりにそういうことも言いそうだけど。何を隠そう私だって『あの木の上にコログいそう』とか言っちゃう人だし。
そっかそっか。
あのゲームの大ファンってことだね!
その主人公のそっくりさんだなんて、これはもう色んな衣装をコスプレさせたらファンに囲まれちゃうんじゃないの!?特にあの近衛装備とか近衛装備とか近衛装備とか……。あ、やばい。私の願望がダダ漏れてる……。あー……でも、お願いしたら着てくれたりなんて……?だ、ダメダメ。平常心に戻れ、私。
なんて自分の脳内妄想を振り払おうと頭を振りながら歩いていたら、道案内のために前を歩いていたリンクくんがいつの間にか足を止めて私の方をじっと見つめていた。
「リンクくん?」
「………その様子だと、ナマエさんはご存じなんですね」
「へ?」
「『ハイリア草』が何なのか」
「え……えぇっと。はい。そうですね。あのゲームをプレイしたことがある人だったら誰でも知ってると思いますよ」
「…………………………ん??『ゲーム』……ですか?」
「はい。ゲームですけど……」
「『ゲーム』の中に、『ハイリア草』というものが出てくるんですか?」
「出てくるんですか…って……、リンクくん、ゲームの世界観に合わせてさっきから『ポーチ』とか『ハイリア草』とか言ってるんだと思ってたんですけど……」
「え?」
「え?」
んん?これはどうしたことだろう。何故だか会話が噛み合わないぞ?
「『ハイリア草』って名前のハーブはこの世界には存在しないですけど、ゲームの中ではすぐに見つかるアイテムですよね?私、リンクくんはてっきりそのゲームの大ファンだから、普段からコスプレもしているし、ポーチとかハイリア草とか、ゲームを連想させるようなことを口にしているのかな…って思ってたんですけど……」
「『こすぷれ』……って何ですか?」
「ゲームの中のキャラクターになりきったりとかするために、キャラクターと同じコスチュームを着てそのキャラになりきること……ですかね。私はやったことないですけど。リンクくんはその、私の知ってるゲームの主人公にそっくりなので、ごめんなさい。私、リンクくんがそのゲームの大ファンだから、服装は違うけど耳の形とか髪型とか、主人公の姿を再現してるのかと思ってました!!」
「………」
「………えぇっと……勝手に色々言ってしまってごめんなさい」
「………ナマエさんには、俺の耳の形ってどんな風に見えているんですか?」
「え、だからゲームの主人公の『リンク』と同じ……」
「つまり?」
「尖った長い耳に見えています」
「………………………………………そうですか。……ナマエさん」
「は、はい」
「これ、作り物だと思います?」
言いながらおもむろに被っていたフードを外し、露わになった耳を自分の指先で触りながらにこっと笑うリンクくんの感情が読めない。
作り物じゃなかったら一体何なの?
「ナマエさん」
「っ………」
戸惑っている間にリンクくんが少しずつ近づいてきて、手を伸ばせば触れられる近さで私のことを見下ろしてくる。少しずつではあるけれど薄暗くなっていく中で、街灯の光に揺れる金糸と何処か深みを感じさせる空色の目から目が離せなかった。
***
2024.10.25 先行公開
2024.12.01 本公開