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 推しのそっくりさんのリンクくんに大通りまで送ってもらい、そこからは車で数分の距離だけれどタクシーを拾って自宅アパートまで帰ることにした。大通りから私の自宅までは徒歩圏内の距離だから、後をつけようとすれば出来てしまう。リンクくんには悪いけれど、いくら推しのそっくりさんで美人で優しくて力強くて美味しい料理で胃袋を掴まれたからって直ぐに信用してはいけない。そのぐらいの警戒心をもっておいて、何もないことが一番良いのだから。

 そんな持論でもって自宅に戻った私は、玄関ドアを開けて換気のために窓を全開にして風を通し、その間に手洗いうがいを済ませ、リンクくんからお土産にと渡してもらったひまわりを飾った。

「うん。花があるって何だかいい。部屋が明るくなった気がする」

 空気が入れ替わったところで窓を閉め、クーラーをつけてソファーベッドにどかっと勢いよく腰掛けほぅっと一息つく頃には、身体の怠さは未だ残っているものの会社を出た時のような酷い状態からは大分回復していた。

「やっぱりストレスかぁ。ここ何年かは落ち着いていたと思ったんだけどなぁ……」

 今の会社に勤め始めて今年で何年になる? 誰かの役に立ちたいと最初の頃はどんなに忙しくても頑張っていた。当時は仕事自体も自分の経験になると思って色々と経験したかったし、それまで知らなかったことを知るというのが忙しくとも楽しかったし、何より今にくらべれば若かったし体力もあったから、自分の生活とかプライベートとかを犠牲にしていてもそこまで気にならなかった。それなりにリターンもあったし。

 人付き合いに関してもまぁもともとインドア派だし、仲の良い友達は少数で地元にしかいないし、同僚とプライベートでどこかにお出かけする程距離も近くない。おひとり様時間が無いとむしろ息が詰まってしまう人種の私は、そんな交友関係でも全く平気だった。
 恋人がいたこともあったけれど、恋人よりも仕事を優先している……せざるをえない内に関係解消になった。それも別に良い。どうしても恋人と一緒にいたいなら会社を辞めて別の仕事を探しても良かった。そうしなかったのは私だから。

 でも、何とか踏ん張って頑張っていたけれど、数年前に突然の心臓の痛みを感じて、念のため受診した結果、ストレスと貧血で軽めの心臓発作を起こしていたのだということがわかった。見ないふりをしていた膿のように積み重なっていた不満。不公平な扱い、理不尽なことへの小さなイライラがつもりに積もっていていたことは自覚していたけれど、無理やり自分を鼓舞していたことへのツケが返ってきたのだ。フィジカルでもメンタルでも健康はお金で買えない。

 さすがに仕事に殺されたくはないと、それまで飲み込んでいた不満や、やり辛かった古い慣習を出来るところからどんどん無駄を省いた方法に工夫を重ねて変えていって、クライアントや同僚に無理を通すのではなく、少しでも余計な無理無駄が無くなれば皆んなが楽になるように!と思ってやってきて、それまで無駄な手順や承認プロセスで滞っていた流れが大分、マシになってきたと思ってたけど……。

 クライアントに起きた事故案件、起きてしまったものは仕方がないし、原因はすぐに特定できるものだったから、対応の仕方だってわかっていたはず。なのになんで……!

「そうなるってわかってたから早めに対処してくださいって二ヶ月以上前から言ってただろーが! ムカつく‼ 私に決定権があったらさっさと対処してたのに‼」

 上司がだらだらと結論を出さずに放置した結果がこれだよ。しかも自分で後始末せずに、全然関係なかった私を巻き込みやがった。いくら私が対応出来るからっていい加減何でもかんでも甘えすぎだ。おかげで本来なら今頃は地元に帰って実家でだらだらしていたはずなのに、夏休みの計画がパーだ。今更地元に帰るための飛行機のチケットを取り直して移動する気力など湧かないよ。

「クッソ。特別手当請求してやるからな! 飛行機のキャンセル料分は最低限もぎとってやる!」

 ぐっと握り拳を握って空中にジャブ。
 よし。
 まだムカムカするけど、口汚く罵るのはこれで終わり!
 言葉の乱れは心の乱れ‼
 気持ち、切り替えよう。

 自分の性格的に後から波のようにまたイラァが戻ってくることもあるだろうけれど、やめやめ! 少なくとも一区切りはついたんだから。クライアントさんにはちゃんと御礼を言ってもらえたのだから。

 私を巻き込んだ上司も……一応こういうことがあると毎回感謝はしてくれるのだけれど、同じことを繰り返すんだよ……。だから信用ならないし、その度にイライラが降り積もって仕方がない。仕事の内容はやり甲斐がある分、何だかなぁ……なんだよね。でも……そろそろ潮時かな。

 とにかくもう夏休み。仕事場からの電話には一切応答しない。日頃から仕事用メールも電話もプライベートの時間は見ないようにしています! と豪語しているのだから、知らん! 現場で対応しやがれー! うははははー!

 ……ちょっと変なテンションになっているのは自分でもわかる。
 でも、こうでもしないとやっていられないからね。ガス抜き大事。

 そして私のガス抜き方法……それは好きなものにどっぷり浸ること‼
 つまり、好きなゲームをプレイしまくることだ。
 ムカつくものに気持ちを割くよりも、私の人生の時間は好きなものに費やしたい。
 ゲームとか、綺麗な景色とか、美味しい料理とか、好みの音楽とか、感動する物語とか……そういうものに費やしたい。

 ……でも先ずは病院に行こう。
 念のため検査を受けて、受診結果を三角さんに連絡しないとだ。それに……。

 テレビの横に設置しているゲーム機を置いてある台、その下に並んでいるゲームのパッケージの一つを手に取る。そこに描かれている主人公をまじまじと見つめる。……うん。やっぱりリンクくんはこのゲームの『勇者』とそっくりだ。しかも耳が尖ってたし……三角さんは何でもないように流していたけど、私の幻覚じゃなかったよね…? 名前だって……『リンク』だったし。

 あのゲームをしている人なら、絶対にリンクくんをあの『リンク』だと思うだろう。それほどまでにそっくりさんだった。本人は知らないのかな? あのゲームのこと……。三角さんはゲームをしなさそうだからわからないにしても、ゲーム好きな人だったら結構わかる人がいると思うんだけどな。

 リンクくんがフードを被っていたのはきっとあの耳を隠すためだったのだろう。
 なのに三角さんがグイグイ話を進めていくから、どう反応すれば良いのかわからなかった。とりあえずあの場はスルーしたけれど。
 私には『リンクくんの耳が尖って見えています』なんて言わなくて良かったよね? 普段からコスプレしている人だとしても、もっと仲良くなってからじゃないと……って、何を私、リンクくんと仲良くなること前提で考えてるんだ。

「はぁ……でも、眼福だったなぁ……あの美人顔。良い声だったし。それにケーキもアイスティーも本当に美味しかった。病院の受診結果が問題なかったら、明日からの夏休みの間に改めてお礼しに行こう」

 病院の午後の診察開始時間まではまだ数時間あったのと、ケーキでお腹が膨れていたからお昼ご飯そっちのけでゲームをすることにした。

 画面の中のリンクを操作し、ハイラルの景色を楽しむ散歩プレイがメイン。新たなかくれんぼコログを三匹見つけ、総プレイ時間は正しく時間が溶けている状態なのにまだ半分ぐらいかー……と遠い目になる。マップコンプリートへの道のりはまだまだ長い。マップコンプリート目指さなくてもゼルダを助けることは出来るんだけどね。英傑の服、マックスまで強化してるから無茶苦茶硬いし。

 そんなことを思いつつプレイしていたら、あっという間に二時間が経過。午後の診察時間開始に合わせて出かけるため、一旦スーツから部屋着に着替えていた服を外出着に着替え直し、保険証と健康保険証を持って玄関ドアを開ける。

 ドアを開けた瞬間に襲ってきた熱風に即回れ右して部屋の中に戻りたくなったけれど、今日の内に受診して結果がわかれば、明日は丁度夕方から喫茶店が開いているという土曜日だから、直接お礼を言いに行ける。夕方の時間帯に開いている喫茶店って私の中ではあまり馴染みのないものだけど、夕ご飯も済ませられるかな。うん。やっぱりワクワクすることを考えている方が断然良い。気分も上がるわ!

 そんなわけで病院を受診した結果、「発熱の明確な原因は不明ですが、ストレス値が高いのと、血液検査の結果で『貧血』と出ていますね。以前に発作を起こした時の数値に近いし、不眠が続いているようだし、この機会にしっかり休養を取りましょう」と言われた。やっぱりか……と思った。

 お医者様からは不眠についても指摘を受けた。かれこれ数週間以上不眠の状態が以前よりも酷くなっていたことを正直に話したら薬を処方することを提案されたけれど、ぎりぎりまで薬のお世話にはなりたくなかった私はとにかくゆっくり休むことを約束に『経過観察』ということにしてもらった。……はぁ。

 まあでも、感染症じゃないことがわかったから良し。もしものことがあれば、一緒に食事をした三角さんやリンクくんにも迷惑をかけてしまうところだった。とにかく結果を連絡しておこう。直接会ってお礼をするのは……明日……丁度土曜日だから、喫茶店、開いてるかな?

 いただいたお店のカードに記載されている電話番号に電話をかけ、しばし待つ。
 しばらくのコール音の後、応答した声は三角さんの声だった。

『はい、三角です』
『あの、こんにちは。私、ナマエです。今日の午前中にリンクくんに気分が悪くなっていたところを助けられた今日はありが……』
『あらあら、ナマエさん! リンクー! ナマエさんから電話よー! ナマエさん、ちょっと待っててね。今、リンクにかわるから』
『あ、はい』

 明るい声で電話に答えてくれたのは三角さん。お礼の言葉を続けようとしたら、リンクくんを呼ぶ三角さんの声に言葉がかき消された。えっと……リンクくんに繋いでもらえるのはありがたいけれど三角さんにもお礼を言いたかったんだけど……何だかすごい勢いでリンクくんを呼んでる。このままだと三角さんにお礼が言えなくなりそうな勢い。

『あ、あの! 三角さん!』
『はいはい?』
『今日は本当にありがとうございました。病院を受診したんですけど、検査したら感染症じゃなかったので、それをお伝えしたくて……』
『それは良かったわ。もう大丈夫なの?』
『はい。おかげさまですっかり今は元気です!』
『みんな元気が一番ね。本当に良かった。あ、ナマエさん、リンクがそわそわしているから電話をかわるわね』
『あ、はい』

 ……そわそわ?
 そんなに心配かけちゃってたのかな。
 電話の向こう側でガサガサと音がする。
 電話番号は固定電話の番号だったから、今、受話器を渡しているところなのかもしれない。
 そのままぼーっと待っていたら、急に耳元で『ガンッ!』っと音がして、びっくりして耳からスマホを離してしまった。

『あ、ごめんなさい! ナマエさん、大丈夫ですか?』

 次いでリンクくんの焦ったような声。

『あ、はい。大丈夫です。もしかして受話器落としちゃいました?』
『う……はい。びっくりしましたよね。失礼しました。電話の使い方にいまいち慣れなくて……』
『そうでしたか。大丈夫ですよ。ちょっとだけびっくりしましたけど。ふふ』
『⁇ どうかしましたか?』
『いや、ごめんなさい。慌てているリンクくんの声がちょっと可愛くて』
『か……わいいと言われるのは、不本意です……』
『ああ、そうですよね! ごめんなさい……! 今日助けてくれた時のリンクくんはかっこよかったですよ。改めて今日はありがとうございました。三角さんにも先ほどお伝えしましたが、病院で検査した結果、感染症ではありませんでした。ただの疲れと貧血からくるものだったみたいで。今はすっかり元気です』
『そうですか。元気になって良かったです。……あの、間違ってたら申し訳ないんですが、ナマエさん、もしかしてあまり眠れていないんじゃないですか?』
『え……』
『お会いした時、顔色の悪さがそんな感じだったので。俺、昔お世話になっていた場所で不眠で困っている人を見ることが度々あって、ナマエさんの顔色とか疲れている感じが何となくその人たちと似てたので……』
『……』
『ああっ、あの! ごめんなさい。よく知らないやつにこんなこと言われるの気持ち悪いですよね』
『……ううん。気持ち悪くないですよ。よくわかったなぁってびっくりしてます。リンクくんの言うとおり、ずっと眠りが浅くて眠ってもしっかり休めたなって感じが無いんです。今回体調を崩したのも、それが原因だろうねってお医者様に言われて……お薬を処方してもらうところまではちょっと抵抗があったので、少し様子を見ましょうということになったんですけど、経過観察が必要だって言われちゃいいました』

 待て待て、何をべらべら話しているんだ私。
 こんな話をされてもリンクくんだって困っちゃうよ。

『ごめんなさい。こんな話をされても困りますよね』
『困らないです。話してくれて嬉しいです』
『そ……そうですか』
『はい』
『……』
『……』

 えっと、どうしようかこの沈黙。
 お礼も言ったし長電話も良くないよね?
 今、多分お花屋さんの営業時間中だし。

『あ、あの。じゃあとにかく何かの感染症ではなかったので、明日にでも改めてお礼にうかがわせてもらおうかと思っているのですが、明日は予定通り喫茶店は営業していますか?』
『はい! 営業しています! あ、そうだナマエさん、お渡しした紙袋の中身ってもうご覧になりましたか?』
『はい。一輪挿しにはいただいたひまわりを飾らせてもらいました。あと、茶葉……ですよね? 密閉容器に入っていたのって』
『はい。不眠症に効くハーブをブレンドしたハーブティーの茶葉です。もし苦手な香りじゃなかったら、お休みになる前にミルクと蜂蜜、蜂蜜がなかったら普通のお砂糖でも良いので、少し甘めにして召し上がってみてください』
『あ……ありがとうございます。もしかして、私が眠れていないように見えていたから持たせてくれたんですか?』
『はい。三角さんと相談して、お渡ししようって話になりました』
『そうでしたか……。何から何までありがとうございます。明日、改めてきちんとお礼させてくださいね。三角さんにもよろしくお伝えください』
『わかりました。明日、お待ちしていますね』
『はい。ではまた明日』
『はい。……明日、ナマエさんに会えるのを楽しみにしています』
『ッ……はい』

 さ……最後の最後に爆弾来た。
 スマホのスピーカーごしとは言え、嬉しさの滲む甘い声で楽しみにしていますなんて言われたら、ドキっとするよ! しばらく恋愛沙汰からは離れていたから、恋愛免疫機能の低下が著しいわ。
 スマホの通信を切った後も、しばらくの間悶え続けてしまった。

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2024.10.24 先行公開
2024.11.29 本公開