ナマエさんの情緒が安定しない。
プルアが言っていた通り『正気』じゃないのだろう。
魔物との戦いの途中、ふとした時に交わす会話、ルージュの言っていた壁画の謎を解くために行動している間、そしてクィンギブドと対峙した時の様子。その全てに一貫性がなくて、まるでナマエさんの精神がバラバラになっているようだった。雷の賢者となったルージュに浄化してもらったら、少しは落ち着くだろうか。
「リンク、ナマエをしっかり捕まえておいてくれ」
「わかった。ちょっ、ナマエさん!大人しくして!」
「嫌だ、ヤダヤダ!怖いっ!近寄らないで!」
「すまないナマエ、其方のためなのだ!」
ルージュが雷の賢者となった直後、それまで何の感情も表さなかったナマエさんが急に怯え始めた。明らかに『賢者に浄化されること』を嫌がっている。けれど、浄化を進めなければナマエさんの中の『魔王の力』は消せない。だから本当に心苦しいけど、暴れるナマエさんを羽交締めにして、ルージュの浄化の邪魔にならない方にする。
「嫌だよリンクくん!お願い、やめさせて!」
ぼろぼろと涙をこぼしながらナマエさんが訴えてくる。けれどその目はやっぱり赤黒く濁っている。
「ナマエの中の、魔王の力……これで!」
ルージュがナマエの手を握り、集中する。
二人の周りに雷が集まり、激しく光る。
その雷がおさまった時、ナマエさんの身体からガクンっと力が抜けた。意識を失ったらしい。
「ナマエさん!」
「……心配ない。気を失っているだけじゃ。わらわの感じるられる限り、ナマエの中の『魔王の力』とやらはもうあとほんの僅かを残して浄化することができたはず。じゃが……」
「?」
「いや……何でもない。今は街へ戻ろう。ナマエも、しばらく休めばきっと元のナマエに戻っているはずじゃ」
「ああ。きっと」
腕の中でぐったりとしているナマエさんを見る。
ナマエさんの中にあとほんの僅かに『魔王の力』が残っているのだという。四賢者による浄化……だけではまだ足りないということだろうか。できる限りのことをするならば、後は残りの祠を解放することが必要?それともこの……ラウルの手の中指に該当する誰かの力が必要?ナマエさんが目を覚ましたら、また、プルアに相談してみよう。
***
『ナマエ』
ぼんやりとした意識の中、優しい声が聞こえる。
『ナマエ、起きて』
この声を私は知ってる。
優しくて、強い。
覚悟を持ったあの人の声。
『ナマエ』
揺るぎない意志を持って、彼のために人の姿を捨てることも厭わなかった彼女……ゼルダ姫の声だ。ゲームの中のキャラクターが、どうして私の名前を呼ぶ?主人公の……リンクの名前は固定だったよね?いや、固定じゃなくても自分の名前は付けないなぁ。
『ナマエ、貴女を待っている人がいます。そろそろ起きてください』
待っている人?
私を待ってる人って誰?
何でゼルダ姫がナビゲーターみたいになってるの?
どんだけこのゲームが好きなの私。
世界観に入り込んでるよ。
まるでゼルダ姫が私と顔見知りの友人のようだ。
『まったく……ナマエは寝坊助ですね』
ぼんやりとゼルダ姫の声を聞いていたら、急に呆れたような声で言われた。そして『眠りは至福です!』と、以前にゼルダ姫に話したような記憶が私の中に浮かんできた。
え……何で?
何でゲームのキャラクターとお喋りしてる記憶があるの?ぼんやりとしていた意識は徐々にハッキリしてきているのに、状況が理解できない。
夢かぁ……夢だね!これは!
『はぁ……まだ夢だと思ってますね。ナマエ、しっかりしてください。貴女は魔王の力に負けるような人ではないでしょう?』
ま、おう?
『魔王、あの男。ガノンドロフ。あの男の幻影に魅了され、操られるような貴女ではないはず。目を覚ましなさい、ナマエ。貴女は……貴女の約束は、彼にとって必要なものだから。彼の幸せのために、魔王の力になど負けてはいけません。それに……いい加減起きないとイタズラされますよ』
まるで私の思考を読んでいるかのように、ゼルダ姫(多分)が少し笑いを含んだような声で言う。
は?
イタズラされる?
その内容に一気に意識が覚醒する。
「(何でやっ!)うむぅううう!」
ばちっと目を開けたら、目の前に驚いた顔で私を凝視する『プルア』がいた。そう、プルアだ。疲れたOL風の飲み友達の。彼女の手が、私の両頬を何故かぎゅーっと挟んでいる。きっと今の私の顔はオクタみたいになってる。
「プリュあ、ひゃなしてぇ」
「あ、ご、ごめん。ってかアンタ、ナマエよね?」
「多分、ナマエで間違い無いと思いますが……」
疑うような目で見られるので、プルアをじっと見つめ返して答える。すると、それまで驚きでいっぱいだった顔のプルアがトレードマークの縦笛をくるっと回して、今まで聞いたことのないような大声で叫んだ。
「アンタたち!ナマエが目を覚ましたわよ!」
部屋いっぱいに響き渡るプルアの声。
その直後、バタバタとすごい勢いの足音がこの部屋めがけて近づいてくるのが聞こえた。
そして、
「「「ナマエさん!」」」
「「ナマエ!」」
部屋になだれ込むようにして入ってきたのは、とても見覚えのある五人だった。
「リンクくんと賢者の皆様お揃いで……どうしたの?全員集合?」
勢いに若干引きつつ、声を掛けると一番にリンクくんの瞳からぼろっと涙が溢れた。
あ、もしかして私、また泣かせるようなことした?