「……なぁ、リンク。なんかナマエの態度だけど、すげーわざとらしくお前を突き放してないか?」
ドーター到着まであと二日の道のりとなったその日、ゼイレキレの滝の音が遠くに聞こえる距離でキャンプをすることになった俺たちは早めの夕食を終え、焚き火を囲みながら雑談に花を咲かせていた。と言っても旅で疲れたナマエはとっくにテントの中で寝息をたてていたし、俺はラムザたちが話している声を聞き流しながら食料や荷物の点検をしていたから積極的に会話に加わっていたわけではない。
けれど、ムスタディオから投げかけられた言葉をきっかけに会話に参加……というか話題の中心に据えられてしまった。
「私もそれを感じていた。ゴーグでナマエが魔法紋の解析作業に一区切りをつけてからだな。解析が終わってまともに話をするようになってからというもの、リンク殿との会話が当たり障りのないものに限定されているような気がしていたのだが……。当たり障りないと言うよりも、貴方をハイラルに返すということを繰り返し口にするようになったな」
ムスタディオに続いてアグリアス殿も顎に指をあてて思案げな顔を向けてくる。
この二人は、ラムザから彼が俺にナマエをハイラルに連れて行ってほしいと頼んだということを聞いている。そして俺の気持ちがナマエに向いていることも知っている。だからこそ、今回のドーターへの旅への同行者として手を上げてくれた。
「なーんか、リンクの主君だっていうお姫様の名前もよく口にするようになったし、お前のことをやたら『勇者』とか『退魔の騎士』って呼ぶようになったよな」
「話しかける頻度はむしろ増えたようにも思えるが、その内容がリンク殿を早くハイラルに帰すという話題に始終しているな」
「あー……確かに。リンクを元の世界にって話は最初っからしてたけど……」
「繰り返し口にすることで、リンク殿はもちろんナマエ自身にも『そうしなければならない』と言い聞かせているように思える。まるで……無理矢理にでも自分を納得させようとしているみたいだ」
「そう! それ!」
「転送機の魔法紋を解析したことである程度具体的な道筋が見えてきたからなのか? いや、それにしては……」
アグリアス殿とムスタディオの会話がチクチクと刺さる。
パチパチと爆ぜる焚き火の火の粉が舞い上がって宵闇に消えていく様子に自分の姿が重なって、哀愁を感じてしまう。
「……二人とも、リンクが落ち込んでるからそのぐらいにしてやってくれないか」
「「あ……」」
ラムザに制止された二人から向けられる視線が痛い。ハイラルにいる頃は誰のどんな視線にも動じないようにしていたのにな。
「……落ち込んでない」
「いや、めっちゃ落ち込んでんだろっ!」
「ムスタディオ、やめてやれ。ナマエのいつも通りのようでいつも通りではない壁のある態度に動じていないように振る舞っていたリンク殿とて、あらためて言葉にされてしまうとさすがに泣きたくなるだろう」
「アグリアス……きみもしっかりリンクの心を抉っているよ……」
「むっ……そ、それはすまない」
勘弁してくれ。
三人に悪気が無いことはわかっている。
けれど、こうして案じられることでかえって自分が思っている以上にナマエの『突き放す』態度に落ち込んでいるのだと思い知らされて、国王陛下からの近衛騎士兼姫付きの騎士の任を賜って以降、何があっても『動揺するな』『弱みを見せるな』『皆の模範足れ』と自らに言い聞かせていた自分は一体どこに行ったと内心で大きなため息をついた。
「……三人とも俺がナマエをハイラルに連れて行くことを望んでいるが、あのナマエの様子を見てもまだそう言えるのか? 嫌われてはない……と思う。だが、彼女のあの態度は明らかに『拒絶』だろう」
ゴーグに到着した最初の日の夜、ナマエにうっかり想いを伝えそうになったことについてはナマエに無かったことにされた。
ラムザとの屋根の上での会話を終えて眠りにつき、目を覚ました時にはもうすでにナマエは本人が言うところの『トランス状態』というやつで魔法紋の解析を始めていた。
相変わらず食事と返事がおざなりなナマエがアグリアス殿に首根っこを掴まれて無理やり休憩を取らされた時には、いつもと何ら変わらない温度感の表情と声音で「ああ、おはようリンクくん。残念ながらまだ手掛かりになるような構文が見つからないんだよねぇ。悪いけど、のんびり待っててね。何ならゴーグの観光でもしておいで」なんて言ってきた。
俺が『無理してほしくない』と伝えたことは理解してくれたようだけど、『貴女のそばにいさせてほしい』と言ったことについては何も聞かなかったかのように。
はぁ、と。
心の中ではなく大きなため息を口から吐き出して、柄にもなく頭を抱えたくなる。
それだけ自分の中にあるナマエへの気持ちが、想いが育っていたのだ。
そしてどこかでナマエは自分の想いを受け入れてくるんじゃないかと自惚れていたことに気付かされてしまった。だからナマエからの『拒絶』に落ち込んでいる。
ああ、そうだとも。俺は落ち込んでいる。
どんよりとした空気を背負っている自覚もある。
本当に柄でもない。
「……これは私なりの見解だが」
そんな俺の様子をみかねたのか、しばらくの沈黙の後、パチパチと爆ぜる焚き火の音がわずかに消えるぐらいの声音でアグリアス殿が静かに言葉をかけてきた。
「ナマエのあの態度はあなたへの想いの強さの裏返しだと私は思うぞ。ただ、どうにも彼女は『自分には誰かを想う資格などない』と思っている節があるような気がしている。理由はわからないがな。彼女は他人事であれば物事を俯瞰して見る視野を持っているが、どうも自分事となると見ていて歯痒い。本人も自分のこととなると『ポンコツ』だと言っていたしな」
「まぁ確かにナマエってそういうところがあるよなー。あ、別に悪い意味じゃないぜ? 俺らより年上だからってこともあるんだろうけど、どっか一歩引いてずーっとにこにこしてあんまり自分自身のことを見せてなかったし、何事にも受け身だっただろ? だけど、リンクと会ってからは自分からなんか動くようになったっつーか……」
「生き生きしてる?」
「そう! それだよ。さっすがー、ラムザ。俺が言いたいことをよくわかってるー!」
ぴっと人差し指をラムザに向けてにかっと大きな笑顔になるムスタディオ。そのままの勢いでバシバシとラムザの背中を叩くから「痛い。お返しだ」とラムザに叩き返されていた。仲良いよな。この二人。
「とにかく、だ。私としては焦ったくてかなわない。リンク殿、落ち込んでナマエを諦めるのか? そんな腑抜けた覚悟でナマエを娶ろうとしているのならいっそ当たって砕けてしまえ」
「アグリアス……砕けないように祈ってあげてよ」
ふんっと真面目な顔で言い切ったアグリアス殿にラムザが苦笑いをしている。
「ナマエを……娶る……」
「ん? まさかそのつもりもないのにリンク殿はナマエを自分の世界に連れて行こうとしているのか?」
「いや……そうではなくて……」
ナマエを娶るということはナマエが俺の妻になるわけで、つまりそれはナマエと男女の関係になるということで……。
まずい。想像するだけで口元が緩みそうになる。
今こそ『模範たれ』だぞ、俺!
「お前……何かエロいこと考えてないか」
「ムスタディオ」
「痛ぇ!」
心なしかジト目になっているムスタディオの発言をアグリアス殿が止めてくれて良かった。危うくもっと具体的に想像してしまうところだった。
俺だって健全な成人の男だ。同年代の兵士たちの中には結婚して家庭を持っている者だっている。これまでは『そういうこと』はあくまで職務上必要な知識と経験だったというだけで、自分自身の意思を持って『想う人』と『そういう関係』になりたいだなんて考えたこともなかった。
でも、俺はナマエと……そういう関係が許される仲になりたい。
彼女の心の中の柔らかいところに触れられる男になりたい。
「……とにかく。三人とも俺がナマエをハイラルに連れて行くことに異存は無いんだな」
「ああ。無いよ」
「私も無いな」
「俺もねーよ」
三者三様に言葉を投げてくる三人の顔から、俺にならナマエを任せても良いと本心から思っていることが伝わってくる。俺に対して寄せてくれている信頼。最初にラムザから『ナマエをきみの世界に連れて行ってほしい』と言われた頃からずっと変わらなくて心強い。
「口説く、よ」
俺の言葉に三人がぴたっと止まる。
視線が痛い。
耳が熱い。
焚き火の炎のせいだけではない顔色になっている自覚はある。
それでも……
「ナマエが何を怖がっているのかまだ俺にはわからないけれど、自惚れでなければ、ナマエは俺と一緒にハイラルに行くことを嫌がっているわけではなくて、そんなことできるはずがないと思い込んでいるような気がするんだ。……本人のいないところで勝手に本人から聞いたことを話すことは良くないとは思うが……」
一呼吸おき、顔をあげて三人の顔を順番に見て、最後にラムザの目を真っ直ぐに見つめる。
焚き火の炎が揺れて映る彼の焦げ茶色の瞳はとても静かで、俺の心の奥底までを見定めようとしているようだった。
「ナマエが以前に言っていたんだ。自分はこの世界……イヴァリースに『何年も縛られている』って」
「……何年も縛られている……? それは一体……」
「詳しいことは話してくれなかった。その話をしてくれた時のナマエの顔は笑っていたけど、全部を諦めているような寂しそうな顔をしていた。俺はナマエにそんな顔で笑ってほしくないと思ったんだ。だから、ナマエを口説く。口説いて、俺と一緒に生きたいと思ってもらえるようにする」
言い切った。
言い切ったぞ!
これまでの俺の人生の中で、こんなにも緊張したことがあっただろうか。
心臓がバクバクするというのはこういうことか。
ライネルやヒノックスと戦う時のような戦いの緊張感とは違う、まさかこの手の話題で自分がこんなに緊張する日がくるなんて思ったこともなかった。
「リンク殿でもそんなに赤くなることがあるのだな」
「本当だ。お前、耳まで真っ赤だぞ」
「……前に同じことをラムザに言われた」
「ははっ。確かに。言ったね」
ふふっ、ははっと夜の森の静けさの中に笑い声が響く。
ああ本当に。
こんな風に気安く笑い合える人たちと出会えることができて良かった。
だから、ナマエ。
貴女が『リンクくんがイヴァリースに来ることになった原因は私かもしれないの。本当に、ごめんね……』とずっと気に病む必要は無い。もしもそれが真実であったとしても、貴女のことをこのイヴァリースから連れ出してあなたの憂いを取り除けるのなら、俺はむしろその役を俺が担えることを嬉しく思うよ。
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2025.05.26 公開