ラムザからあらためてナマエのことを頼むと言われた。
言われなくとも、俺の心はもう決まっている。
ナマエは俺がハイラルに帰る時に一緒にハイラルに連れて行く。
ラムザに頼まれたからではなく、俺が俺の意思でナマエに俺と共に生きてほしいと望むから。
俺自身が、ナマエの心からの笑顔を見たいと思うから。このイヴァリースでそれが叶わないのなら、ハイラルにナマエを連れて行って俺がナマエを幸せにしたい。
イヴァリースに来てから一月半ほどが過ぎた頃だっただろうか。ナマエに請われてハイラルの話をした時の、あのキラキラした笑顔はきっと作ったものではなかった。
「叶うならば私も、いつか平和になったハイラルを見てみたいな。ゼルダ姫とリンクくん、それに英傑のみんなも未来からの助っ人たちもいる。そんな最強の布陣なら絶対に叶えられる未来だからね」
そう言って穏やかに微笑んだナマエの頭の中には確かに彼女の『知って』いるハイラルの光景が広がっていたのだろう。
その言葉を聞いて、平和になったハイラルでナマエと二人、共に手を取り合って生きることができたらどんなに幸せだろうかと具体的に想像してしまって、それで自分がナマエにいつの間にか驚くほど惚れ込んでしまっているのだと気がついた。
ナマエに出会ってからの時間を考えると、随分と展開が早いと自分でも思う。
こんなに急激に誰かに惹かれることがあるのかと驚いた。
ナマエに惚れ込んだ理由はいろいろある、と思う。
何か大きく目立ったことがあったわけではないから、具体的に何があったのかと聞かれるときっとうまく説明できない。
でも、これだけは言える。
ナマエは俺にとっての光だ。
ナマエと一緒にいる時は息ができる。
俺のままでいられる。
窮屈だった世界に色が付いたように、目に映るものが鮮やかになった。
どんな俺であってもナマエは俺のことを信じてくれると、言葉ではないもっと深いところで感じられるんだ。
……ナマエにも、同じように感じてほしい。
俺のことを信じてほしい。
ナマエが抱えている憂いを取り除いてあげたい。
俺はナマエの『光』になりたい。
彼女はイヴァリースともハイラルとも違う世界からイヴァリースにやって来た異邦人だと言っていたけれど、一度たりとも元の世界に戻りたいと口にしたことがない。
俺が『転送機が異世界への旅行装置なら、ナマエも自分の世界に帰ることができるのでは?』と、俺にとっては望まない可能性を口にした時、彼女はゆっくりと首を横に振ったのだ。『……リンクくんになら言ってもいいかな』と前置きした上で『私が元の世界に戻れる可能性はきっと万に一つも無いの。私はたぶん……この世界に縛られているから。もうずっと何年も前から。そしてこれからもきっとね』と言って寂しそうに笑ったのだ。
その笑顔を見た時に、心臓に棘が刺さったような痛みを感じた。
そんな顔をさせたくないと思った。
縛られているのなら、断ち切ればいい。
同じ異邦人の立場の俺なら、もしかしたらそのきっかけになれるんじゃないか。元々この世界の人間ではないナマエをこの世界に縛り付けているものは何なのか。それが判れば、ナマエをハイラルに連れて行けるのではないかと。むしろ、ハイラルに連れて行くことでその縛りとやらを断ち切れるのではないかと。
だから、ナマエが魔法紋の解析を進めていく中で俺をハイラルに戻す方法を見つけられたなら、その時は迷わずナマエを連れて行こうと。
……そう思っていた。
いや、今でもそう思ってはいるんだが……。
俺もナマエもまだ、イヴァリースにいる。
「ゴーグを出る時にも軽く話したけどね」
と、前置きしてからナマエがチョコボに乗って並走するラムザへと向かって口を開く。ナマエがいるのはドーターからゴーグに向かった時と同じようにチョコボに二人乗りした状態で俺の目の前。チョコボの手綱を握る俺の両腕の間。
ナマエが転送機から抽出した大小合わせて二十六の魔法紋の解析を始めてからちょうど一週間後、俺たちはゴーグからドーターへと戻ることになったのだ。
「大雑把だけど、転送機に刻まれていた魔法紋を一通り解析したことで、抽出した大小それぞれの魔法紋が対になっていて、かつ聖石とマッチしていることがわかった。それは良かったんだけど、リンクくんを『ハイラル』という特定の世界と、リンクくんがイヴァリースに来た直後の時間軸を狙って転送させる術式に関しては、新たに構文を組み直さないといけないっぽいんだよ」
「構文を組み直す? ……それはなかなか骨が折れそうだね」
はぁっと大きなため息交じりで話すナマエにラムザが苦笑を返す。
イヴァリースで見る『魔法』というものがハイラルには存在しないから、ナマエやラムザの言う『構文を組み直す』ということがどのぐらい大変なものなのか、俺にはいまいち想像がつかない。振り返って後ろをついてきているアグリアス殿とムスタディオの顔を見てみたけれど、二人とも『魔法の創造に関しては管轄外』と首を横に振っていて、最初からラムザとナマエの会話に加わるつもりは全くないようだ。
「魔法の仕組みは転送魔法の『テレポ』を参考にできそうだから、構文の書き下ろし自体はそこまで難しくなさそうなんだけど、大きな問題があってね」
「うん」
「テレポみたいに限られた範囲内での転移ではなくて『世界を越える』なんてトンデモない規模の転送魔法を発動させるための構文だから、構文を完成させたとしても、肝心の魔法を発動させるために必要な魔力が一個人レベルでは全然足りないの。ちょっとやそっとの魔力量の魔道士が束になってもダメ。『聖石』が持つような『人の手が届かないレベル』の莫大な魔力が必要になる」
「……なるほど。だから転送機は『キャンサー』に反応したのか」
「うん。『キャンサー』が持つ魔力に反応したんだろうね。実際、魔法紋はいろんな聖石とマッチしていることもわかったんだけど、異世界から異邦人を『喚ぶ』ための構文が組み込まれていた魔法紋に反応する聖石は『キャンサー』の一つだけ。転送機の外側に刻まれていたマークがキャンサーのマークだったから、これもまぁ想定内。でも、私が求めているのは『召喚』する方ではなくて『送る』方。しかも、世界と時間軸を指定して送りたいとなると、どの聖石の力をどんな風に組めば良いのやら……そこまでは解析しきれなかった」
「一週間では足りなかった?」
「時間の問題よりも、私の知識量の問題。私が持っている知識だけでは理解しきれなかった。確信をもって言えることは、キャンサー以外の聖石が必要そうだということだけね」
「なるほど。僕がいま持っているだけの聖石で足りそうかい? 僕がいま持っているのは全部で十二個ある聖石のうちの十個。あとの二つは……これまでのことを考えると、アルマを攫った奴らの手元にある可能性が高い」
「……そこなんだよねぇ」
このイヴァリースには『ゾディアックストーン』と呼ばれる伝説の聖石があってね。
全部で十二個あるんだけど、そのうちの十個をラムザくんが持っているの。
ゴーグにある転送機を目指してドーターを出発する前に、ナマエから教えてもらった『ゾディアックストーン』にまつわる『ゾディアックブレイブ』と呼ばれる十二人の勇者の話を思い出す。
その話を聞いた時に、ルカヴィと呼ばれる悪魔と人との戦いはまるでハイラルにおける厄災ガノンとハイラルの人々との戦いのようだと思ったんだよな。
勇者と呼ばれる存在が十二人もいたのかと思わず口にしたら、ナマエに『ハイラルにだって、四人の英傑と四人の未来からの助っ人、それにリンクくんという退魔の騎士と封印の力を持つ姫巫女であるゼルダ姫がいるじゃないの。残りの二人はプルアとロベリー? それともローム王と、ダークフォースのコーガ様とか?』なんて笑われたのが何となく懐かしい。その話をしてからまだ一週間と少ししか経っていないのに。
「解析と検証にはやっぱり全ての聖石が必要?」
「ここまでの解析結果を見る限り、必ずしも全部必要なわけじゃないと思うんだけど、全部揃ってた方が確実っぽいね。下手に魔法が発動して全く知らない世界にうっかり飛ばされるのが怖いから、確実さを考えるなら聖石が十二個全て揃っているのがベスト。ただ、そもそも数が合わないの」
「数が合わない」
「そう。魔法紋は全部で二十六。つまり十三組。それだと一組余っちゃうんだよね……。十三個目の聖石なんてあったかなぁ……。私、なんだか大事なことを忘れている気がする。……ラムザくんは何か思い当たることある?」
「うーん……そうだね。十三個目の聖石の話は僕も聞いたことがないけれど、転送機に刻まれた魔法紋のうちの二十四個が間違いなく聖石と関連しているなら、十三個目の聖石もありそうだよね。そもそも、ゾディアックブレイブの伝説だってどこまでが本当でどこまでが作り話なのかあやしいところだし。これまでの歴史の中で十三個目の聖石の存在が消えていたとしても不思議じゃない。少し、調べてみるよ」
「うん。……ごめんね。時間を割かせてしまって」
「いいんだ。気にしないで。きみにはいつも僕たちの方が助けられているからね。きみの役に立てるなら本望だよ」
「……ありがとう、ラムザくん」
しょぼんとするナマエに優しく微笑むラムザはどこまでもナマエに寄り添っている。そしてナマエもそんなラムザに絶対の信頼を置いている。
二人の会話を聞きながら、ラムザがナマエに対する想いを抱えながらも、それを一切見せないのはある意味で覚悟が決まっているからなのだとあらためて思い知った。
勢いのままナマエに想いを伝えそうになった俺とは違う。ラムザは……本当にナマエのことを愛しているのだ。
ぎゅっとチョコボの手綱を握る手に力が入る。
俺のナマエに向かう想いのことは別として、この二人が想い合えないのは何故なのだろうか。
ナマエがラムザに向ける絶対的な信頼の眼差しは本当なのに、少なからずラムザのことを男としても見ることができるはずなのに、ナマエは一体何を怖がっているのだろう。イヴァリースに縛られていたとしても、元の世界に帰ることに執着していないならこの世界でラムザと幸せになる道だってある。
ラムザは男の俺から見ても良い男だ。
異端者として追われているから、もしかすると一生このイヴァリースでは日の当たる場所を歩けないかもしれないけど、それだって世界の情勢がどう変わるかによって如何様にでも変わるし、他国に移住するという選択もあるだろう。実際、ラムザは彼の妹であるアルマを教会の手から助け出せたら国を出るつもりだとも言っていたし。
ナマエ、貴女はどうして『独り』であろうとするんだ。どうして頑なに……心の深いところに触れようとする者を拒むんだ。……触れさせてくれないんだ。
ナマエは誰かと想い合うことを恐れているように思える。
まるで、想い合ったその先に避けることのできない『喪失』があることを、最初から知っているかのように。
「リンクくんもごめんね。たぶん、十三個目の聖石の存在の謎さえ解ければ、君をハイラルに帰すための術式のことがもっとちゃんとわかると思うんだけど……リンクくん?」
「あ……はい。失礼しました。何ですか?」
考え事に集中していたら、ナマエから話しかけられていることに気付かなかった。
「あらら。集中力散漫なリンクくんなんて珍しいね! ……ハイラルに帰れなくてがっかりしたよね。ごめんね。お姉さん頑張るから! ラムザくんに甘えていろいろと調べてもらうからね。もうちょっとの辛抱だよ! 必ず君のことをゼルダ姫のところに返してあげるからね!」
「……はい」
「ゼルダ姫も姫付きの騎士がずっと長い間不在にしてたら心配で堪らないよね。姫付きってことは、考えてみたらお姫様のお婿さん候補だもんね。お婿さん候補が他の世界にいるなんて心配で仕方ないよね。私だったら眠れなくなっちゃう」
「っ……それは……」
「何なら転送する時の時間軸を細かく指定できるようにできないかな。リンクくんがテラコの光に呑まれた直後のタイミングに戻ることができたら、ハイラルから退魔の騎士が不在になる期間も無くて済むよね?」
まるで降り注ぐ大量の矢のようにナマエの言葉がグサグサと刺さる。一方的に話すナマエは、俺に一切の口を挟ませてくれない。
それはとてもわかりやすいナマエからの『拒絶』だった。
腕の中にナマエの温もりを感じられるのに、存在が酷く遠い。
これまではあまり口にすることのなかったゼルダ姫の名前を何度も口にして、俺がゼルダ姫の姫付きの騎士であること、退魔の剣に選ばれた退魔の騎士であることを忘れるなと言わんばかりに。
姫付きの騎士が婿候補だというのは大きな誤解だけれども。
そう説明したところで聞く耳をもってくれそうにない。いや、この調子だと確実に聞いてくれないだろう。
「よーし。ハイラルで勇者のことを待っている人たちのためにももっと頑張るぞー!」
「……」
チョコボの上で元気よく右手を空に掲げるナマエに、俺は遠い目になったまま何も言うことができなかった。
***
2025.05.25 公開