百年前のことをはっきりと思い出せたかと言うと、実は今でもほとんど思い出せていないと言うのが正直なところだった。だから、百年前の自分を見ても、あまり実感が湧かない。そもそも、ナマエさんによればもうこの世界は完全に俺が『生きて』いた世界線とは異なっているという。それは……俺も納得してる。少なくとも、俺が経験した過去にシドたちのような未来からの助けは無かったし、神獣は俺が回生の祠から目覚めた後もガノンに乗っ取られたままだった。だから正確には、この世界の『リンク』は俺じゃないし、仲間達もまた、俺が知ってる皆じゃない。
けれど、記憶の中にある、かつての仲間たち。
百年の時を経てガノンを討伐するまで、ずっと神獣の中に囚われていた彼らがこの世界では生きていることに安堵した。
例え俺自身の過去と繋がっていなくとも、この世界で生きている彼らにはどうか厄災などに負けず、ゼルダ様が百年の孤独な戦いに身を投じるようなことになることもなく、しっかりとこの戦いに終止符を打って、どうか幸せになってほしい。心からそう思う。
(……とは言え)
軽く息を吐いて目の前に立つ『俺』を見る。
(ナマエさんは譲れないんだよな)
俺自身よりも少し若い、この世界の俺。
模範たれと感情を出せなくなっていたかつての俺は、側から見るとこんな感じだったのか。まじまじと観察するようにじっと見ていたら、少し居心地悪そうに眉をひそめられた。
「それで……話というのは」
「ナマエさんのこと」
「彼女のことは俺には関係な……」
「好きになってるだろ」
「!」
俺の言葉にはっと息を呑む『俺』。
その反応がもう肯定しているとわかる。
そう、わかるんだ。
他でもない『俺』なんだから。
「悪いけど、ナマエさんは譲れない。俺の大切な人だから」
「そんなことは……わかっています。貴方と彼女を見ていれば、お互いに想い合ってることぐらい俺にもわかります。話はそれだけですか? それなら失礼します」
「ちょ、待てって」
「何ですか」
「ナマエさんはお前のことも大事に思ってるよ。けど、俺たちはいつか自分の世界に帰る。その時に、悔いのないようにして欲しい。お前は、もっとお前のまま自由に生きて良いんだ」
「……! それは貴方が厄災の封印に成功した未来から来たからこそ言えることだ」
「だから、そうじゃなくて! あー、焦れったいな! いいや。お前、まだ時間あるんだろ。ちょっと付き合え」
がしっと無理やり『俺』の首に腕を回して、俺は目的地へと移動することにした。
目指すは食堂だ。
***
話を聞きつけて食堂に向かってみたら、完全に出来上がってるリンクさんと、リンクさんを囲んでわいわい賑やかにしている同僚と見られる兵士たち、そしてそれを少し離れたところから楽しそうに見ているリンクくんがいた。そして一瞬で察した。
リンクくん……飲ませたね?
以前ゲルドの街でヴァーイミーツヴォーイを飲んだ時には『それなりに強いと思う』なんて言ってたけど、世界線が違う『リンク』でも体質は一緒なの? どう見てもリンクさんは酔ってる。目が据わってる。いったいどれだけ飲ませたの。
「リンクくん……何してるの?」
「あ、ナマエさん。見ての通り飲ませてみた」
食堂の壁際に置かれた長椅子に座ってフロアの様子を眺めていたリンクくん。その傍まで行って声をかけたらあっけらかんとした言葉が返ってきた。
あーあ。
悪い顔してる!
「何でそうなるの……。リンクさんって飲んでもいい年齢なの?」
「ああ、それは大丈夫。『模範たれ』のところはしっかり面子が保てるようにしてるから。あんまり頭が硬いからさ。ちょーっと素直になってもらおうかと」
「(自分のことでしょうに)……真面目なだけだと思うけどね……」
「その『真面目さ』で見えてないものもあったと今なら言えるからね」
私とリンクくんが話しているうちにも、周りの兵士たちに「いいぞー!」なんて言われてリンクさんが杯を空ける。見たところまだ、目が据わってるだけで平気そうだけど、そろそろ止めた方がいいんじゃとそわそわしてしまう。
「大丈夫。いざとなったらミファーに助けてもらえるよう話しつけてるから」
「えぇ……癒しの力の無駄遣いそれ……」
「あはー。言われると思った」
『あはー』じゃないでしょ。
思わずジト目でリンクくんを見ると、すごく良い笑顔を返された。あ、これ全然悪いと思ってないわ。
「まぁなんて言うか真面目な話、アイツにも知ってて欲しいんだよね。注目されて、期待されて、やっかまれることもあって、それで自分自身を律するってことは悪いことじゃないけど、だからって四六時中神経を張ってる必要ないし、もったいないでしょ? せっかく、仲良くやっていけそうなやつだっているのに。それに気がつけないなんてさ」
「……経験論?」
「そうだね」
私の言葉にリンクくんが僅かに苦笑する。
「正直、俺の場合は記憶を失ったことで色んなしがらみも都合よく忘れてるってだけかもしれないけど、だからこそ、失わなくて済んだなら、大切にして欲しいと思う。仲間との繋がりってやつをね。それでいつか、大事な人ができて恋をして、アイツが幸せだと思える未来を生きてくれたらいいと思うんだ」
「ふふ。リンクくん、孫を見守るおじいちゃんみたいになってるよ」
「まぁ実際、年齢だけなら百歳超だからね。俺。だから本当なら俺の方がナマエさんより年上なんだよー」
「間百年空白の人が何言ってるの…」
「あはは」
心底楽しそうに笑うリンクくん。
本当に、最初に出会った頃に比べるとよく笑うようになったなって思う。もちろん、ゼルダ姫の護衛につく時なんかは、しっかり騎士として、英傑として真面目に仕事をこなしているけれど。
「ナマエさんに出会えて俺は本当に幸せだよ」
「なっ、急に何?」
「俺を俺のまま見てくれるナマエさんに、俺がどれだけ救われたか。ナマエさんに出会ってなかったら、いつまでも使命から逃げてたかもね。ゼルダ様はたった一人で、ずっと厄災を抑えていてくれたのに、俺は『厄災を倒す』という使命と、『何も覚えてないのに何で俺が?』って気持ちで正直苦しかった。孤独で、辛かった。それをナマエさんは否定しなかったよね。嬉しかったんだよ、俺。ナマエさんが一緒にいようか?って言ってくれた時。あ、勘違いの無いよう言っておくけど、ナマエさんの知識とか元の世界での経験とか、そういうの無しで今、俺と一緒にいてくれるナマエさんが好きだからね。俺の寂しさにつけこんだーとか、思わないでね」
「んっ……」
「『先に言われたー』なんて思ってるでしょ」
「んんっ……!」
何なのリンクくん……君はエスパーなのか?
図星をつかれてお姉さんはとてもやりにくいです。
「この世界に来て、百年前の『俺』を見て余計なこと考えてる」
「余計なことなんかじゃないよ」
「ナマエさんがそうやって優しいのはよく知ってるつもりだけど、出来ればその優しさは俺が独り占めしたいな」
「うー……リンクくん……なんだかグイグイくるね!」
「久しぶりにナマエさんに会えたからね。ナマエさん不足だった俺を癒してくれる?」
「私だって、リンクくん不足だったよ」
リンクくんにつられて、本音が出る。
寂しかったよ。
もう会えるかどうかわからなかったから。
「リンクくんにまた会えて嬉しい。私を諦めないでいてくれてありがとう」
「どういたしまして。ナマエさんも、俺を諦めないでね。何があっても必ず、俺はナマエさんのところに戻るから。ナマエさんが居る場所が、俺のいる場所だからね」
「ん……ありがとう」
「はは。ナマエさん、真っ赤!」
「もう! リンクくんからかいすぎ! ……ところで、本当にそろそろリンクさんを止めなくても良いの?」
「あ。そうだった。忘れてた」
「忘れてたって……ちょっと!」
「大丈夫、大丈夫。そろそろミファーとシドが回収しに来てくれるから。俺たちは先に帰るよ。さ、ナマエさん行こう」
「え……えぇー……せめて声かけなくていいの?」
「いーのいーの」
ちらっとリンクさんの方に目をやると、何杯目かもわからないジョッキに囲まれたまま、周りの兵士たちと話しているようだった。相変わらず目は据わっているけれど、周りの兵士たちの眼差しは好意的だ。きっと、何だかんだ近寄りがたい雰囲気だったリンクさんの意外な一面を見て、お互いに感じていた壁が薄くなったんだろう。
「……リンクくんの作戦、大成功かもね」
「ふふん。ま、『俺』だからね」
「どちらとも取れる『俺』だねぇ」
「どちらとも。ナマエさんの好きな方で解釈してもらって構わないよ。じゃ、行こうか」
「うん」
差し出された手を取って、食堂を出る。
気がつけばすっかり辺りは暗くなっていた。
「そういえばさ」
「……なぁに?」
「ナマエさん、すごく戦えるようになってるよね。動きが格段に良くなってる。接近戦までいけるようになってるなんて予想外だった」
「ラッキーなことに四英傑に稽古をつけてもらえたから。自分でもびっくりだよ。これもチートかな」
「渡り人の?」
「そう」
元の世界からブレワイに。
ブレワイから厄黙に。
幸い二度目のトリップで世界に違和感を感じることはなかった。同じ世界観の平行世界だからだろうか。
「これからも戦いに行くつもりなの?」
「ん……そうだね。……リンクくんは反対?」
「正直に言うと反対。だけど俺が止めても、ナマエさんモヤモヤするでしょ? だから、一つだけ約束してくれるなら、俺はナマエさんの意思を尊重する」
「約束……どんな?」
「絶対に俺のそばを離れないこと。約束できる?」
「うーん……『絶対』って言い切れないところも正直に言うとあるけど、出来る限り頑張る! ……じゃ、ダメ?」
「だーめ。これだけは譲れない。約束できないなら足腰立たなくなるまで抱きつぶしてナマエさんが動けないようにする」
「ちょっ! リンクくんっ!」
一瞬で顔に熱が集まる。
ここ、外!
にこにこしながら公衆の面前でなんて事言ってるの!
夜で人少なくて良かった!
「約束する?」
「うー……わかりました。約束します」
「ちなみに、約束破っても同じだからね〜」
「えぇ……えええー」
結局、抗議の声は凄く良い笑顔で無視された。