ハイラル城に半ば自主的に軟禁状態になっている私にはお気に入りの場所がある。兵士たちが何時も訓練をしている中庭から先、入り組んだ城壁を回り込んで城の北側にまわると、船着場のちょうど真上手前ぐらいのところがお城の宝物庫の裏側になっていて、簡単には侵入できないように壁が分厚くなっているから内側に声が聞こえることがない。逆に、中の声も聞こえないから静か。城の裏側だからあまり人通りもない。城壁の上からも程よく死角になるような場所。(防犯的にはアウト)その場所は、一人になりたい時にはうってつけの場所だった。
自由行動ができるようになってから、たびたびここで気持ちをリセットするようにしている。
「それにしても私が自由にしていることを誰も表立って何か言って来ないなぁ」
ゼルダ姫やリンクさん、英傑のみんなとなんだかんだ行動を共にするようになって城内での私に対する警戒が大分緩くなった。
それでいいのか、ハイラル王国。
と、繰り返し思わないわけでは無いけれど、一応、監視はついているから、まぁ、完全に気を許しているわけじゃないということで、王国的には許容範囲なのかな。その監視も、わざと少しだけ気配を出しているようなある意味やり手の監視役だから、好きにさせてるのか。
監視役の人、今日もご苦労様です。
何もやましいことはないから、定時には上がってくださいね。
そんなことを思いつつ、今日もそのお気に入りの場所で城壁にもたれかかって膝を抱えて座り込み、遠目に見える迷いの森をぼーっと見ながら、この厄黙の世界線に飛ばされてからのこともぼーっと考えていた。
「リンクくん、今、どうしてるかな。ちゃんとご飯食べてるかな。何日も寝ずに動いたりしてないかなぁ。鍛錬は毎日欠かさないのに、寝食に関しては意外と無頓着なところあるからなぁ……」
って、子どもを心配する母親か、私は!
はっと気がついてぶんぶんっと頭を振る。
どうもこの世界に来てリンクくんと会えないからなのか、私が知っているリンクくんよりも少しだけ若いリンクさんが騎士としてハイラル城に勤めている様子を見ていると、まだまだ若いリンクさんが大人の中に混ざって硬い表情でいることに、色んな思いが湧いてくる。
私の知っているリンクくんは、そういう意味では城勤めしていた頃のことをあまり覚えていなくて良かったのかも、とか。余計なお世話だよねぇなんて思いながら。
「あー会いたいなぁ。リンクくんに会いたい。リンクくん、会いに来てくれないかなぁ。寂しいなぁ……」
うぅ……口に出すと余計に寂しくなって来た。もうこうなったら寝るしかない。寝れば気持ちもスッキリする! そう思って膝の間に顔を埋める。監視の人には悪いけど、しばらく私の昼寝タイムに付き合って貰おう。
***
「あ、いたいた。おーい、リンク!」
「?」
いつものように鍛錬を終えて汗を流してから部屋に戻ろうとしていたら、先輩兵士の一人に声をかけられた。先輩の中では比較的気安い方で、俺が無表情でいるにもかかわらず、何かと気にかけてくれる人だ。
「どうかしましたか?」
「ああ、今し方お前に呼び出しがあってな。あの、例の弓使いの人のことだけど、お前に『会いたい』って言いながら城の北側で寝こけたまま全く起きないらしい」
「……監視からの報告ですか?」
「まぁ、お察しの通りだよ。今日の担当、かれこれ二時間ほど『お昼寝』に付き合ってるんだけどさ。そろそろ交代してくれって。家で嫁さんが待ってるから定時で帰りたいんだよ、アイツ。俺に伝書鳩飛ばして来やがった」
「それは職務放棄では……」
「ま、まぁまぁ。だから俺も様子を見に行ったんだけど、監視場所から見てる限りマジで全然起きないのな。だけど、寝る前『リンク』ってお前の名前言ってたらしいから、この際、お前に任せちまおうかと思って! 口の動きを読んだだけらしいから間違ってっかもしれないけど。あ、ゼルダ様にも隊長にも許可取ってるから、安心しろよ!」
「……了解しました」
根回しの良さに少し呆れながらも表情には出さず、指定された場所に行く。俺がやって来たのを見て一瞬ニヤリとした監視役の先輩は「お前にも春がやって来たな」と盛大な誤解をして去っていった。はぁっと小さくため息をついて、監視場所から真っ直ぐにナマエさんのところへ向かう。
聞いてはいたけれど、本当にこんな人気のないところで寝てるなんて不用心すぎないか? 監視役がついてるから何か悪さをしようとするヤツが入れば止めには入るだろうけれど……残念ながら悪意のある人だっているんだ。まぁ、その悪意を持ってるのは貴族の一部だから、こんな城の裏には来ないだろうけど。
ナマエさんまであと数歩のところまで近づいて足を止める。そしてそのままじっと見つめる。普段のナマエさんなら、このぐらいの距離に近づく前に気配を感じて目を覚ましてるはず。何度か無防備に外で昼寝しているところを見かけたことがあるけど、半径三メートル程度の距離に誰かが近づけば、目を覚ましていた。
なのに全然起きる気配がない。
監視役の先輩も早く帰りたいなら近づいてみればいいのに。
まいったな。しばらく見守りかぁ。
今日は部屋でゆっくり日記を書こうと思ってたんだけど。
ふぅっとまた小さく息を吐いて、膝を抱えて眠っているナマエさんに手が届く位置まで近づく。
それでも起きない。
あんまり静かだから大丈夫かと心配になったけど、しゃがみ込んで見てみれば、ゆっくりと呼吸に合わせて肩が微かに動いているから、本当に眠っているだけらしい。だけどこの距離まで近づいて起きないのは危ないよ。
「ナマエさん。起きてください。そろそろ日が暮れます。ここは灯りがないから危ないですよ。寝るなら部屋へ行きましょう」
声をかければ「んうぅ……」と一応反応はある。
けれどやっぱり起きない。
「ナマエさん、ほら、部屋へ行きましょう」
寝ている女性に触るのはどうかと思うけれど、ぐっと意を決してナマエさんの肩に手を伸ばせば、あっけなく触れられる。弓の使い手にしては華奢な肩に、一瞬ドキっとするけれど、それよりもさらにナマエさんの動きにもっとドキッとさせられた。
「ん……リンクく……」
肩に触れた俺の手に、ナマエさんが頬を寄せて来たから。動いたことでナマエさんの顔が見えるようになった。何時も笑顔を浮かべてる顔が、今は目を閉じたまま、少しだけ苦しそう表情を浮かべている。
「ナマエさん、大丈夫ですか?」
思わず少し大きめの声で声をかけると、まつ毛が震えて、ゆっくりと目が開いた。焦茶色の瞳はまだ焦点があっていない。本当に、こんなナマエさんは珍しい。
「リンク……」
「はい」
「リンクくんだぁ」
「え……ナマエさん?」
ふにゃっと幸せそうに笑うナマエさんが腕を伸ばしてきて、ぎゅっと抱きつかれる。予想外のナマエさんの行動と、強く甘い匂いに動揺する。首元に寄せられたナマエさんの顔、近すぎる距離に心臓がうるさくなるのがわかった。
「ナマエさん、寝惚けてますね! しっかりしてください」
「ふぉ……?」
慌ててナマエさんの腕を解いて身体を離す。
しばらくぼーっと俺の顔を見ていたナマエさんの目が次第にしっかりしてきて、目を覚ましたかなと思ったら、突然、ぼんっと火を吹いたように顔が真っ赤になった。
「ご、ごめんっ、リンクさん。私、寝惚けてた」
「……そうみたいですね」
「うわぁぁっ! ホント、ごめんね!」
いつも割と冷静なナマエさんがものすごく動揺して、あわあわしている。
失礼かもしれないけど、可愛いと思ってしまった。
「俺は、大丈夫です。……気にしてませんから」
「いや、無茶苦茶気にしてるように言われても……」
「気にしてませんから」
「は、はいぃ」
少し強めに言えば、しゅんっとした様子でこちらをうかがってくる。正直、こんなナマエさんは初めて見るから、また、らしくもなく動揺する。
「私、何か言ってた?」
「『リンクくん』……と」
「あー……そっか」
俺の言葉に、ばつが悪そうに苦笑する。
だけどそれ以上は語ろうとはせず、立ち上がってぐーっと伸びをすると、くるっと俺に向き合った。
「ごめんね。監視役の人、私があんまり起きないからリンクさんに監視、押し付けたんでしょ。監視役なのに監視役っぽくないもんなぁ」
「……誰が監視役なのか知ってるんですか?」
「うん。普通に話すよ。堂々と『俺はお前の監視役だから。宜しく。ちなみに結婚したばかりの奥さんがいるから、問題起こしてくれるなよ』って自己紹介されてます」
「(何やってんだ先輩……)」
「面白い先輩さんだね。……大事にしてね」
「え……」
「ん。リンクさんは騎士の中では若い方だと思うけど、それならそれで年長者に可愛がって貰えばいいんだよって話。そのつながり、大事にしてほしいなぁとお姉さんは思うわけですよ」
「はぁ……」
よくわからないと曖昧な反応を返したら、すごく優しい顔で微笑まれた。
「独りじゃないからね。どうか忘れないでね」