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 カカリコ村に届いたリンクからの書状を見たインパの顔が険しくなったのを見て、何か良くないことがあったのだとわかりました。イーガ団に攫われてしまったというリンクの恋人……ナマエ。リンクの『番』として異世界からハイラルにやってきたというその女性のことを想うと胸の奥が痛むような気がしましたが、それよりも何よりもリンクの精神状態が心配でした。私の知らない柔らかな笑顔で「俺の大事な人なんです」とはにかんだリンク。その顔を見た時、私ではリンクにこんな顔をさせることは出来ないと幾ばくかの淋しさを感じつつも、百年の時を経て、記憶を失ってもなおこのハイラルのために剣を振るい、厄災ガノンに挑んでくれたリンクが心を砕ける相手が出来て良かったと……そう思ったのです。リンクは、どこか自分をないがしろにするところがあったから。
 だから、リンクが大事に想うその人のために何か私にも出来ることがないか、いてもたってもいられず、インパにお願いしてハテノ村へと移動する途中でリンクが立ち寄るであろう双子馬宿でリンクを待つことにしたのです。そこでリンクに再会して彼の顔を見た時、これほどまでにリンクの心を奪う相手がいたのかと驚きました。百年前どんなことがあっても表情を崩さなかったリンクが、一目見てわかるほどの焦燥感に苛まされている。それでいてとても愛しそうに切ない目でその人を見ていたのです。
 そして、彼が最低限の睡眠しかとっていないであろうこともわかりました。百年前、共にハイラル各地を旅していたのです。最初の頃は何を考えていたのかわからなかったリンクとも、お互いのことを少しずつ話すうちに、理解しあえるようになっていたと自負しています。だから、今のリンクの状態が良くない状態であることもわかりました。今のリンクは自分のことなど二の次だと思っている。百年前のリンクも常に私の騎士として私のことを第一に考えてくれていましたが、一方で自分のことを大事にしてくれなかった。そういうところだけは、変わっていないのだと複雑な気持ちになりました。

「リンク、貴方……まったく眠っていませんね」
「っ……」

 責める口調になった自覚はあります。けれど貴方がそんな風では、異世界からこのハイラルにたった独りで来たというナマエを護ることなどできないでしょう。自分のことを蔑ろにする人が、自分以外の誰かを大切に出来るはずがありません。私はそれを……私自身の身で知っているから。

「駄目です。貴方には今休息が必要なんです。どうしてもと言うのなら、ナマエと一緒のベッドで一緒に休みなさい!それなら良いでしょう?」
「え、あ……はい」

 別室で休みなさいとは言いません。私は『男女の関係』について無知なわけではないのです。百年前、厄災ガノンの復活が予言されたために私は『姫巫女』としての力を期待されていましたが、そうでなければ、私は『後世に血を残す』ことが王族として果たすべきことと教えられていたのですから。『王家の血』を引く者は、私以外にいなかったのですから。当然、十を超える頃には『姫巫女』として封印の力に目覚めるための修業を始めると共に、男女の関係についても学びました。それこそおそらく、私より一つ歳上だったリンクよりも早くに。
 ……人肌に触れることで安心することもあるでしょう。私の言葉にリンクの頬がほんのり赤く染まったことを見る限り、そういう意味でも想いが通じ合っているようなので。全く、もう。

「……ナマエを診てもらった後はしっかり眠るのですよ!わかりましたか?言うことを聞けないのであれば、金輪際あなたが私の護衛につくことを認めません!良いですね!?」
「……はい」

 渋々といった体でしたが、リンクにはこのぐらい強めに言わないと駄目ですね。
 ……それにしても、リンクは騎士の任を解かれたというのに、当たり前のように私の護衛をするつもりだったのですね……。それは、ナマエとよく話し合っていただかないと。せっかく厄災ガノンを封印してこれからという時に『痴話喧嘩』というものに巻き込まれてはたまらないですからね。

「ははー。それでアタシの出番ってわけね。いいわ。ナマエのことも知らない仲じゃないし。調べてあげる」
「お願いします。プルア」
「……まったく姫様もお人好しよね。恋敵でしょ?」
「え」
「だーかーら。ナマエは姫様にとっちゃー恋敵ってヤツでしょう?」
「ち、違います!私はリンクのことを……頼れる兄のような存在だと思っています。……もう、私の方が大分年上になりましたけれど」
「年上って言ったって……ガノンの中での百年間、ずっと意識があったわけじゃないですよね」
「……」
「……嘘。まさかずっと目が覚めていたような状態だったんですか?」
「常にというわけではありませんが……断続的にハイラルの様子を知る機会がありました。ガノンの腹の中にいてなおどうして私がハイラルのことを知りえることが出来たのかはわかりませんが、大厄災があってなお、生き延びた方々がこのハイラルで逞しく命を繋いでいることを知ることができた。だからこそ、厄災ガノンを完全に封印しなければならない、そう思い続けることが出来たのです」
「姫様……」

 百年という年月は、私に十分な時間をくれました。十分に、このハイラルのために身を捧げることを自分の宿命だと受け入れられるだけの時間を。

「百年前、リンクに生きてほしいと願ったのは私の我儘です。私は……そうです。プルア、貴女の言うように、私は百年前、確かにリンクのことを想っていました。最初の頃はあんなにも辛辣な態度をとっていたけれど、常に傍にいてくれた彼の存在が確かに私を支えてくれていた。封印の力に目覚めず何度心が折れそうになっても、彼はありのままの私を見守ってくれた。身分違いの恋とわかっていても、彼に惹かれずにはいられなかった」

 だから、ハイラル各地を巡る旅の途中、リンクと二人だけで過ごせる時間が嬉しかった。少しでも長く彼と一緒にいたかった。言葉少なく表情があまり動かなかったリンクが少しずつだけれど自分のことを話してくれるようになり、ほんの僅かではあったけれど、嬉しいとか楽しいとか、そういった感情が瞳に浮かぶようになったのがたまらなく嬉しかった。それを間近で見ていたいと思った。あの頃の私は確かにリンクに恋をしていました。

「……大厄災でリンクが致命傷を負った時、彼を『回生の祠』に運ばないという選択をしていれば、もしかしたら彼は、『勇者』という宿命から解き放たれたかもしれない。『勇者』の存在は『ゼルダ』のように血を持って引き継がれるものではなく、女神ハイリアがその『魂』を『勇者』として認めた者であると今の私は理解しています。あの時、私がリンクを手放せていたら、リンクを『勇者』の宿命から解放してあげられたかもしれない」
「姫様、でも……それは憶測に過ぎませんよね。リンクには悪いけれど、姫様のおっしゃることが事実だったとして、私たちには次の『勇者』が現れるのを待てる余裕も確信も無かった。私たちは……リンクに託すしかなかったんです。だからこそ『退魔の剣』もリンクの命を繋ぐことができることを、姫様に伝えたのではないですか?」
「っ……そう、かもしれませんね。彼の持つ『退魔の剣』……マスターソードの声が聞こえたのはあの時限り。コログの森の奥に剣を運んだ時にはもう『彼女』の声は聞こえませんでしたから。でも……リンクを生かしたい、彼に『退魔の剣』を持つ『勇者』としての使命を期待したのは私です。彼ならば、必ず厄災ガノンを討ち果たす使命を果たしてくれると。……でもそれ以上に、何時の日か彼にまた会いたかった。彼の空色の瞳が穏やかに優しく細められるのを見たかった。ほかの誰でもないリンクと、平和なハイラルで生きたかった。それを期待したのは私なんです。プルア」

 そしてリンクは回生の祠へ運ばれ、百年の時を経て目覚めた。身体の回復と引き換えに全ての記憶を失っても、かつての力を失ってもなお、見事に『退魔の騎士』としての使命を果たしてくれた。それ以上を彼に望んではいけない。彼には『勇者』としてではなく一人の『人』として幸せになってほしい。

「リンクは、百年前のことをあまり思い出していないようですが、きっとこのまま思い出さない方が良いことも数多くあったでしょう。リンクは、私によく尽くしてくれました。彼はとても優しい。優しくて強い。けれど、脆いところもあった。それを、きっとナマエは受け止めてくれたのだと思います。ハイラルに『縛られない』彼女の存在がリンクには必要だったのだと、私はそう思います」
「……わかりました。姫様がそう思われるのなら、これ以上私は何も言いません。ま、でも自棄酒を飲みたくなったら何時でも付き合いますからね」
「その、幼女の姿でですか?」
「あ」
「ふふっ。さすがにそれはまずいですよ、プルア」
「あー……そうですよね。ま、でも、子ども扱いされるのにもいい加減飽きてきたところなんで、そのうち大人の女性の姿になれるよう新しい技術を開発する予定ですから!そうしたら百年前は出来なかった酒盛りをしましょうね。姫様」
「はい。是非!その時はどうぞ宜しくお願いしますね。プルア」
「インパに怒られたらかばってください」
「それはちょっと……約束できませんね」
「えぇ!そこはお願いしますっ!」
「ふふ。考えておきます」

 この百年間ずっと私たちのために尽力してくれていたプルアにも、しっかりと御礼をしないといけないですからね。ハイラル各地の状況を調査に出かけられるようになったら、この百年の間の食文化もしっかり勉強します。そして叶うなら、リンクが心を寄せるナマエとも話をしてみたい。話をして、リンクのことをどうか頼みますと、そう伝えたい。

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2024.11.14 先行公開