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 ……と、そういうノリは置いといて、真面目に「眠れない」は命を削ってしまうから、私がリンクくんの役に立つなら、抱き枕にもなってやりましょう!と。年上のお姉さんの余裕もありますからね。そんなミッション、ちょちょいのちょいですよ!ふっふっふ。

 そんなわけで細かいことを考えることはやめて、自分がやりたいと思うことをやることにした。
 それすなわち、弓の練習と身体作り。
 リンクくんにいざ一緒に来て欲しいと言われた時に「いいよ!任せなさい!」と自信満々に言えるように頑張るのだ。……とは言え、飽き性な私は単調な鍛錬だとすぐに挫折してしまうから、リンクくんが旅に出てからはずっと学校の子供達に協力してもらいながら弓の練習に励んでいる。

「ナマエ先生!がんばれー!」
「あと一個だよ!」
「よーく狙ってねー!」
「いっけー!ナマエ先生っ!」
「ナマエ先生、応援してますよー!」
「みんな、ありがとう!最後の一個、射抜かせていただきますっ!」

 背中に子供達とシモンさんの声援を受けながら、私は手に馴染んだ弓を構え、三十メートルほど先のカカシの上にあるリンゴに狙いを定める。引き絞った時のギリっと軋む弦の音が好きだ。学生時代に経験のある和弓とは違うけれど、それでもこの弓を引き絞る時の緊張感が高揚感に変わるのがたまらない。
 そして狙いが定まった瞬間に、ぴたっと「ここだ」とハマる感覚にゾクゾクする。

 ヒュンッ

 風を切る鋭い音を残して放った矢は、真っ直ぐと吸い込まれるように的にしたリンゴの中央を貫き、そしてそのままカカシのさらに奥にある木の幹へとリンゴごと突き刺さった。

「ナマエ先生すごーい!」
「マジかよー!全部命中じゃん!」
「リンク兄ちゃん、絶対びっくりするよな。これ」
「ふっふっふ。どーんなもんよ!」
「ナマエ先生すごい『ドヤ顔』してるっ」

 わいわいと賑やかに自分のことのように喜んでくれる子供たちに囲まれながらドヤ顔をしてたら、しっかりツッコミを入れられた。ちなみに『ドヤ顔』という表現は私が教えた。

「先生、褒められると伸びるタイプだからねー。だから皆のこともたーくさん褒めちゃうぞ!今日は誰が先生と一緒に煮込み果実を作ってくれるかな〜?」
「おれ!おれが一緒に作る!」
「わたしたちもー!」
「僕も作るよ!」
「よーし!じゃあ、煮込み果実からさらに煮詰めてジャムを作るからね。さ、みんな。手を洗っておいで〜」
「「「「はーい」」」」

 可愛くて素直な子供達の反応に頬が緩む。そんな私に笑顔で話しかけてくるのはシモンさん。

「ナマエ先生、すっかり子供たちに懐かれましたね」
「あ、あはは。文字を一緒に学ぶ『学友』ですからね〜。それに、年齢的にも気分的には先生というよりも姪っ子、甥っ子を見守っている気分です」
「はは!私も時々そんな気分になります。学校という子供たちにとっての学舎が第二の家のようなもので、我々教師は子供たちを我が子のように見守り、成長を一緒に喜べたらいいな、と。……あ、でもそんなことを言ってはリンクさんに怒られてしまうかもしれませんね……」
「?何故ですか?」
「ナマエさんを近い将来自分の妻に迎える予定だと聞いていますので」
「は、……はぁ!?」
「おや、聞いていませんでしたか?当のご本人がこの反応……。数日前にリンクさんだけ村に戻って来られた時にお聞きしたのですが」
「……聞き間違いでは?」
「いえ、この耳でしっかりと。あ、ほら。噂をすれば。私は先に校舎に戻って子供たちと料理の準備を進めておきますね」
「あ、はい。ありがとうございます……」

 シモンさんの言葉に校庭の入り口の方へ目をやれば、ハテノ村を旅立つ前に着用していた見慣れた英傑の服……ではなく『新式』の方での英傑の服の着こなし方をしているリンクくんが相変わらずの無表情でこちらへと向かって歩いてきているのが見えた。約一ヶ月振りに目にできた怪我も何も無さそうなその姿を嬉しく思うのと同時に、リンクくんが貼り付けている表情を見て内心凍りついた。
 公共の場にいる時のリンクくんは、びっくりするぐらい表情が硬い。……のはもうデフォルトだとわかったのだけど、今のリンクくんは当社比硬さ三倍増し。おいおーい。
 数日前にリンクくんだけが単身村に戻って来ていたのは知っていたけれど、旅立つ前のベタベタっぷりが嘘だったかのように、村に戻ってきてからの接触が一切無かったから、ゆっくり睡眠を取るための添い寝が必要なくなったのかと思っていたけど……。どうやらそういうことではなかったらしい。

(あーあー……なんて顔してるの……)

 眠れないから一緒に寝て欲しいと言われて何度かリンクくんが眠るのに付き合ったからこそわかる『張り詰めた』リンクくん。ぱっと見では何でもないように見えるけど、僅かに顔色が悪くて目が据わっている。目のハイライト、若干消えかけてませんかー……。一体何日の間まともに眠っていないんだか。これは今日の午後の授業で作るジャムで糖分を摂らせてさっさと寝かしつけたほうが良さそうだ。きっと旅立つ前に一緒に寝た時と同じく、泥のように眠って朝まで目を覚まさないだろう。

(旅から戻ってきた時に大丈夫そうだなって思えれば良かったんだけどなぁ……)

 一ヶ月振りにリンクくんの様子を見て、最初に出会った時の私の直感がやっぱり間違っていなかったのだとわかった。

 リンクくんはすごく……危うい。
 立派な成人男性でハイラルの勇者なリンクくんだけど、勇者のメンタルが心配で仕方がない。

「おかえりリンクくん」
「ただいま戻りました」
「数日前には村に戻って来てたよね」
「……はい。ご挨拶が遅れて申し訳ありません」
「え、いやいやいや、そういうことじゃなくて!ゆっくり休めた?」
「……ええ」

 あ、これ嘘だ。
 たっぷりと間が空いてからの回答に思わず苦笑する。

「一人で戻って来たんだよね」
「はい。ゼルダ様とプルアは監視砦に滞在しています。何でもハイラル城の地下に誰も存在を把握していなかった地下通路が見つかったとかで」
「……そっか」
「はい。……ご存じだったようですね」
「うん」

 隠しても仕方のないことだから、頷いてリンクくんの言葉に肯定の意を返す。

「ゼルダが自分から調査に行きたいって手を挙げたでしょう」
「……はい」
「それなのによくリンクくん一人でハテノ村まで戻って来る気になったね。そのまま監視砦に留まって準備が出来次第調査に向かうんじゃないかって思ってたよ」
「ゼルダ様から、ナマエさんの見解を聞きたいと話がありました」
「私の?」
「はい」
「……まぁ……良いけど……。でも、私、この先のことも『識って』はいるけれど、今私が実際に息をして生きているこのハイラルや、こうして言葉を交わしているリンクくんやゼルダにとって最悪な結末を迎えたくないから、肝心なところは話さないよ?それでも良いの?」
「はい。……ナマエさんが私たちのことを思ってそう決めてくださったのだと理解できますので。構いません。ゼルダ様にもその点はご了解いただいております」
「そう」

 リンクくんの言葉に、思ったよりも急展開だったな……と心の中でぼやく。

「監視砦まで一緒に来ていただけますか?」
「うん。いいよ」
「……本当によろしいのですか」
「うん。予想してなかったわけじゃないから。ただ、準備に最低一日はもらいたいんだけど……。その余裕ある?」
「はい。問題ありません」
「それは良かった。じゃあさリンクくん、早速なんだけど……」
「はい」
「さっきから子供達の熱い視線を感じていると思うんだけど、ちょっと付き合いなさい」
「?」
「ジャム作りするの。手伝ってね」

 にっこり笑ってお誘いしたら、少しだけ瞳のハイライトに光が戻った気がした。料理で睡眠不足のメンタル負担を補っているってところがあるのはあんまりよろしくないけど、そういうの抜きにしても、君って本当に食べることが好きだよね。そんなお兄さんに美味しいジャムを食べさせてあげましょう!
 私を妻に迎える予定だとか何とか知らない間に外堀を埋められそうになっていることについては後でしっかり問い詰めてやるけどね。小一時間問い詰めてやる。

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2024.08.06 先行公開
2024.08.16 本公開