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 リンクの様子がおかしい。
 彼が私が元の世界で知り得ていた『リンク』とは違うということは十分すぎるほど理解している。
 これでも彼のことを幼少期から知っている身だ。
 だからまあ、彼が自分の頭で物事を考え、リアルタイムで移り変わる状況からその時の最善と思われる行動をすることについては想定内だった。

 でも、リンクがウツシエの場所を探すことを必要がないと言い出すことについては完全に想定外だった。

 確かに、ラネール山の参道入口でゼルダが遺した『想い出』に触れたであろうリンクの反応を見た時に、何というか……百年前の喪失を思い出したことで寂しさを感じている(と私は思っているのだが、違うのか?)が故に、やたら私と近い距離にいたがる男が、あの厄災ガノン復活の時の光景を思い出してこんなに冷静でいられるものなのか? と、静かすぎるリンクの様子に漠然とした違和感を感じてはいたけれど。

 これはもしかしてもしかしなくとも、私という異分子がリンクの人生に絡んでしまったからだろうか。私がリンクの人生に絡んでしまったことで、私の存在そのものが、回生の眠りから目覚めた『リンク』に悪い影響を与えてしまったのかもしれない。
 このハイラルの物語を思い出した今、私は、リンクと一緒にいるべきではないんじゃないだろうか。
 リンクは、私に傍にいてほしいと言ってくれるけれど、果たしてそれが『この世界にとって』正しいことなのだろうか。……今さらそんなことを考えても手遅れなのかもしれないけれど、大筋では私が知っている通りに物事が進んでいる。それならまだ、軌道修正が間に合うのでは?

 そんなことを思っていた矢先にウツシエの場所を探すつもりはないと言われたのだ。
 戸惑うには十分だろう。

 ゾーラの里でヴァ・ルッタに巣食っていたカースガノンを倒した後、リンクはミファー姫の魂との再会を経てミファー姫のことを思い出した。ただ、幼かった頃のミファー姫との交流のことまでは思い出せなかったらしい。リンク曰く、思い出したのは百年前の『英傑』となったミファー姫とのやり取りのことだけだったのだと言う。
 ただ、ウツシエの場所ではその当時の情景を第三者の視点で『見ている』だけだったけれど、ミファー姫のことは、本人と言葉を交わすことによってしっかりと思い出せたらしい。

 そのことが決め手になった。

 ウツシエの場所を訪れてもただ百年前にあったことを『知る』だけなのであれば、ガノンを倒してゼルダを救い出した方がよっぽどゼルダを『思い出す』ことになるだろうと言って、ウツシエの場所を探すことはせず、祠の踏破と神獣の解放、そして『退魔の剣』をもう一度手にするために奔走することになった。……訪れた先で何だかんだと頼まれごとを引き受けて日銭を稼ぎながら。寄り道する暇があるならウツシエの場所に行く暇もあるんじゃないかと思うのだけど。

 本人が言っていることは筋が通っているように思える。
 でも、それだけではないような気がする。
 妙に余裕があるように感じるのだ。リンクの行動や、考え方に。
 まるで今世界に起こっていることを俯瞰して見ているかのように、動きに無駄がないし、本人が思い出したと言う百年前のことを話す時にも落ち着いているから、まるで最初から、自分が思い出すことが何なのかを『わかっていた』んじゃないかって。
 そんなふうに思うぐらい、リンクは冷静だった。

 そんなリンクがヴァ・ルッタを解放した後にしたことと言えば、ハイラル各地にあるシーカータワーを起動させることだった。

 うん。それ、私が初めて原作をプレイした時のやったことだわ。
 初めてと言わず、何なら何度周回しても同じように、最初にシーカータワーを解放するところから物語を進めていた。
 遠目からでも見えるシーカータワーは、方向さえ見失わなければわりと容易にたどりつくことができるし、パラセールで長距離を移動する時にも役立つ。だから私は原作を初見でプレイした時に、神獣に挑むよりも各地のシーカータワーを起動させてシーカーストーンのマップを埋めることを最優先に『リンク』を操作した。その道すがら、目につく祠を片っ端から踏破して『リンク』の体力や気力を充実させながら。

 それと同じ動きをしているのだ。
 リンクが。

「赤や青程度のボコブリンやモリブリンなら、俺たちの敵ではないね。ヒノックスは重量があるから面倒だけど」
「遠距離から弓で正確に急所を狙っておいてよく言う。百年前の勘をだいぶ取り戻したみたいだな」
「まあね。ただ、百年前みたいにナマエと一緒にライネル狩りとはまだいかないな」
「今は城の武器庫を充実させるためにわざわざライネル狩りに行く必要はない。わざわざ突っ込んでいく必要もないだろう。どうしても奴らが持っている武器が必要なら私が獲ってくるが」
「頼もしい提案だけど、必要ないからね」
「そうか?」
「そうだよ。耐久性は低いけど、そこそこ威力のある武器を手に入れたからね。ついでに使い勝手の良い盾も」

 穏やかに笑うリンクの背中には『ハイリアの盾』が背負われており、使っている剣や弓は『近衛シリーズ』のもの。

 ある日気が付いたらリンクがごく当たり前のようにそれらを装備していて、言葉を失った。
 何故ならそれらは全て『ハイラル城』の城内で手に入れられる装備だから。

 これだって、意図的に取りに行ったんじゃないかって思っている。
 もっとも、リンクは百年前の近衛騎士時代のこともそれなりに思い出しているようだから、城に行けば近衛騎士時代に使っていた武器が残っているかもしれないと本人が考えたのかもしれないし、リアルなハイラルでは原作とは違う状況もあるだろうから何とも言えないけれど。
 耐久値に難はあるものの、原作の中では強い攻撃力を持っていた近衛シリーズ。黒をベースとしたシックなデザインも好きだったなあ……なんて現実逃避をしたくなった。それで遠い目をしていたら「王家シリーズもあるよ」なんてさらに追加で武器を出してきたから眩暈がした。その内容と、数量に。

 確かポーチの容量だって拡張していなかったはず。
 カカリコ村を初めて訪ねた時に、その道中にいたボックリンをリンクが完全にスルーしたからだ。
 それなのに明らかにリンクが持てるはずの無い数の武器が出てきたのだ。

 だから一応、聞いてみた。「どこで見つけてきたんだ。あと、ポーチはどうした。そんなに物が入るほどの大きさだったか?」と。
 そうしたらリンクに綺麗な笑顔で「武器とハイリアの盾はハイラル城からで、ポーチはこれまでため込んでいたコログの実をボックリンに渡して大きくしてもらったんだよ」と笑顔とともに返されて、やっぱりなと思いつつも、今のリンクの状態でラスボスのいるハイラル城に行っても大丈夫だったのだろうか、ボックリンにも会いに行っていたっていつの間に……と、頭が痛くなって閉口してしまった。

 リンクが近衛シリーズをしれっと使い始めた時期は、ちょうど私とリンクが『森林の塔』を起動させた頃だった。近隣の祠を踏破しつつハイラル城の北を通ってへブラに向かおうとしていたところだったから、ハイラル城に入ろうと思えば入れるタイミングではあったけれど、あの、それなりに広いハイラル城で武器や盾を回収して、おまけにボックリンにポーチを拡張してもらっただって?
 いつそんなことをする時間があったんだ。

 リンクは基本的に私と離れようとしない。
 それこそ眠っている時だって私のことを抱きしめて眠りたいと駄々をこねるぐらいには離れようとしない。
 さすがに色々とアレなので寝床はしっかり分けてはいるが。

 寝る時にまで私に触れたがるのは、本人曰く人肌に触れていると落ち着くということだかららしいが、それならばと、発熱効果のあるルビーを仕込んだ抱き枕的なものを縫って渡したことは記憶に新しい。『コレジャナイ』と言いつつも手触りを気に入ったらしいリンク。夜はその抱き枕を抱えてぐっすりと眠っていると思ったのに……。
 テントを分けていたことが仇になったか?
 
 ……いやいやいや、そういう問題じゃないだろう。話を戻そう。

 とにかく、私が覚えている限り、リンクがハイラル城に行ったということはなかったのだ。

「まさか私が眠っている間にとってきたのか?」
「うん」
「一晩の間に?」
「いや、さすがに一晩とはいかなかったから何日かに分けて城を探索したんだ。城の北側にある船着き場から入れば、ガーディアンの邪魔もなく結構簡単に城に入れたからね。城に入ること自体はそんなに難しくなかったよ。二日目以降に関してはワープして行ってたし。都合よく船着場にワープ地点になる祠があって良かったよ。あ、そうそう。場内を探索している時に、これも見つけた」
「これ? ……って、これは」
「うん。近衛服。懐かしいよね」

 目を細めながら紺色の布地の表面をそっと丁寧な手つきで撫でるリンク。
 父親の背中を見て近衛騎士を目指し、その夢を叶えたリンクだ。
 英傑となってからは近衛服を着る機会がほとんどなかったけれど、感慨深いものがあるのだろう。

「よくこんな綺麗な状態で残っているものを見つけられたな」
「……うん」

 百年前の現役近衛騎士だったリンクはまあ、うん。
 普通に格好良かったと思う。

 何度も思うけれど、百年前のリアタイでリンクの近衛騎士としてお勤めしている姿を目にできる状況にあった時に元の世界の記憶を失っていて良かった。もしも元の世界の記憶を持ったままでいたら、きっと正気でいられなかっただろう。
 推しが最推しの格好をしていて、かつ、現役バリバリの騎士として勤めているのを見て平然としていられるわけがないよね?
 本当に百年前の私はよく……(以下略)

 こんな私の心情をリンクに知られるわけにはいかないと、脳内に浮かんだリンクの近衛服姿に適度なぼかしを入れて遠い目になっていたら、つんっと袖を引っ張られた。

 誰に?
 リンクに。

「ナマエ」
「何だ」
「今すぐ着替えるからちょっと待ってて」
「は? 何でだ。別に今着ているハイリアの服だって汚れてはいないだろう?」
「汚れてはいないけど、近衛服を着ている俺を見た時のナマエの反応を見たい」

 にこにこしているのにどこか含みを感じるのは何故なのか。
 何となく嫌な予感がしてじりっと一歩下がったら、ずいっと大きく一歩前に出てきたリンクに距離を詰められた。さらに下がるも、やはり距離を詰めてくるリンク。そのうち、背中に壁を感じてこれ以上下がれないというところまできてしまったら、ドンっと顔の横に手をつかれた。

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2025.08.27 公開