08

 リンクに想いを告げられた。
 私のことを覚えていないリンクに。

 あんな『男』の目をしたリンクを初めて見た。あの目に似た色を浮かべていた彼の目を二年前にも見たが、名前を呼ぶようになることと引き換えに記憶を奪った後に騎士の同僚としての付き合いを始めてからは、初めてだった。

 そんなリンクに動揺した私は、口を開けば余計なことを言いそうで、卑怯だとは思いつつ、ただただ黙り込むしかできなかった。言い訳になってしまうが、本当に、どうすれば良いかわからなくなってしまったのだ。
 あの、かつて私が『依存だ』と断じた目ではなく、さすがの私でも理解せざるを得なかった『恋慕』の感情が浮かぶ目をしたリンクを突き放すことも、彼の気持ちに応えることもできなくて。
 あの夜、苦し紛れにリンクの記憶を再度奪ってやろうと、私は二年前にそうしたように彼の首筋に牙を立て、彼の血を吸った。……というよりも、リンクの挑発に乗る形で吸ってしまった。

「そんなに困った顔をしないでください、ナマエ。俺は貴女を困らせたいわけではないんです。ああ、そうだ。どうしても俺の気持ちが迷惑なのでしたら、もう一度俺の記憶を消しても良いですよ。何度記憶を失っても、俺はまた貴女に恋をするし、愛するようになるだろうって自信があります。ほら、試してみますか?」

 そういって首元まである近衛服をぐいっと下げて、わざわざ私の口元に首筋を近づけてきたリンク。余裕を感じさせるどこか挑発的な態度にイラっとした私は、その挑発に乗って彼の首筋に牙を立てた。そんな安い挑発になど乗るべきではなかったのに。
 今思えば、あの時の私はリンクに心の内を聞かれたことへの動揺、彼からの突然の告白、自分自身の『欲』とそうするべきではないと叫ぶ『理性』の間で冷静な判断ができなくなっていたのだと思う。

 そして、リンクの『記憶を消せない』という事実に愕然とすることになってしまったのだ。それどころかリンクの血を再び口にしたことで、彼の血に抗いがたい吸血衝動を感じるようになってしまった。

「今回はうまくいかなかったみたいですね。……また、日を改めて試してみますか」

 なんて口では残念そうに言いながら、口元が緩むのを抑えきれていなかったリンク。何がどうしてこうなってしまったのかわからないが、どうやら彼は私に血を吸われることを嫌がるどころか、積極的に私に血を吸わせようとしている。
 それが理解できてしまって、頭を抱えたくなる思いだった。

「……クソっ……それもこれも全部、リンクに独り言を聞かれてしまったからだ……!」

 やはりニンゲンたちがいう『色恋沙汰』というのは厄介だ。
 鐘楼塔の警備には私一人しかついていなかったし、交代時間でもないのにわざわざ塔の上まで上ってくるヤツはいないし、そもそも、いろいろと考え込んでいたとしても気配には敏感だから問題無いと思って、周囲に警戒しつつも思っていたことを口にしてしまったのがいけなかった。
 よりによって本人に聞かれてしまうとは。腑抜けているにも程がある。
 何百年も生きてきた中でイキモノの気配を取りこぼすことなく感じ取れるよう自分の感覚を磨いてきたつもりだ。だけど足りなかったのか。
 リンク以外の存在であれば、今、この瞬間にだって、私たちがいる『勇気の泉』へ続く遺跡を取り囲むようにして大量の魔物が発生していることをしっかりとその範囲まで感じ取れているというのに。

「泉にいる姫に魔物を近づけるな!」
「「「「「おうっ!」」」」」

 フィローネ地方にあるカズリュー川の最奥にある『勇気の泉』にて姫が修行を行う。その護衛につくようにとローム王から命が下され、いつも姫が修行に出向く時の一団に加わる形で中央を出発したのは一週間前のこと。

 これまでは馬車を使えばフィローネの森の入り口まで二日、森の入口から勇気の泉のある場所までは徒歩で一日程度の道のりだと聞いていたが、ここのところますます数が増えて狂暴化が目立つようになった魔物たちに何かと邪魔され、結局、魔物との交戦や休憩、物資の補給などに時間を割かれてしまい、大幅に予定がずれた。
 このような事態を懸念した上でのローム王からの指示だったのだろう。
 それでなければ、平常、諜報や隠密活動を中心に任務に就いている私の部隊に護衛任務が命じられるわけがない。……もっとも、私の部隊の部下たちは誰もがみな精鋭と言ってもおかしくはない、戦闘力の持ち主ではあるのだけれども。

「それにしても凄い数だな!」
「厄災の復活が近いってのもあながち間違いじゃなさそうっすね! あ、隊長、こっちお願いします!」
「わかってるって」

 ザシュッ

 両手にそれぞれ持った短めの片手剣を振り抜き、背を向けているモリブリンが振り返る前に、身体を回転させる勢いを使って膝裏の腱を切り、膝をつかせる。返す剣で今度は逆に回転しながら首を落とし、黒塵となって消えていくところを見届ける間も無く、次の魔物へと向かって駆ける。
 ボコブリン達に細かい斬撃をくらわせながら相当数を片付けたところで、カズリュー川の方から多数の気配を感じて注視すれば、川面をぼこぼこと泡立たせながら何体……いや、何十体ものリザルフォスたちが川の流れを遡上して、こちらに群れとなって向かってくるところが見えた。

「ナマエ隊長、新手の魔物が……! リザルフォスです!」
「問題ない。お前たちは勇気の泉にいる姫の方へ行け! 姫の側にはインパが控えている。彼女の指示に従え。迷ったら自分で判断しろ。いいな! 姫を何としてでもお護りするんだ。油断するなよ! ここは私が引き受ける!」
「わかりました! ナマエ隊長こそ、リンク殿が一緒だからと言って油断しないでくださいよ?」
「誰に言ってるんだ! いいから、さっさと行け!」
「りょーかいですっ! ゼルダ姫のことは我らにお任せください! よしお前ら、姫と侍女の皆さんに良いところ見せるぞー!」
「「「「おー」」」」

 くっそっ! あいつらニヤニヤして!
 戦闘中でも軽口をたたくぐらいの余裕があるのは結構なことだが、揶揄われるのは不愉快だ。
 この何ともむず痒い気持ちを発散するためにリザルフォスたちには私の剣の錆になってもらおうと、あらためて双剣を構え、まるで泉の水が湧くように川の中から次々と現れる魔物たちへと向かって駆けだした。
 同じく、退魔の剣を構えるリンクを伴って。

「ナマエは相変わらず部下の方々と仲が良いですね」

 群れとなったリザルフォスの先頭にいた個体に向かって切りかかり、固い鱗の継ぎ目の柔らかな部分を狙って肉を絶つ。ずぶりっと手に伝わってくる感触は何度経験しても嫌なものではあるが、剣先に感じる肉の抵抗感がふわりと消えれば、剣に付着した魔物の血も一緒に消える。角や尻尾など、素材として使えるものだけがそのまま残るというのは何とも都合が良いものである。
 それらの素材は後から回収するとして、私とリンクは他の数人の騎士たちとともにさらに魔物の群れの中へと向かって切り込んでいく。

「君もだろう。何時の間にあいつらと飲み仲間になってたんだ」
「ひと月ほど前からです。彼らの方から声をかけられました」
「え、そうなのか?」
「はい」

 乱戦状態になる中、リンクとは自然と背中合わせになりながら、今いる場所から姫のいる勇気の泉がある『龍の顎』の遺跡内部に入らせないようさらに数体のリザルフォスを屠る。リンクとの共闘は今回の修行の護衛につくまでも何度かその機会があったが、やはり動きやすい。
 私の息が上がりそうになる前に、さりげなく一呼吸置く『隙間』を作ってくれるところがまた、頼もしくもあり憎らしくもある。……まったく。出来た男だ。

「どうやら、彼らには俺がナマエを口説くために本格的に動き始めたことを察知されたようで。貴女は彼らからの信頼の厚い隊長のようなので釘をさされるのかと思いましたが、逆でした」
「ぶふっ!」

 ただ、話す内容は今ではないと思う。
 驚いて変な吹き出し方をしてしまったではないか!

「大丈夫ですか。ナマエ」
「君が言うな君が。ところで……」
「はい」

 呼吸一つ乱さず退魔の剣を振るうリンクの太刀筋には何の迷いもない。魔物たちの振るう武器とはほとんど刃を交わすこともなく懐に飛び込み、確実に急所を切りはらい、突き上げ、まるで舞うように戦うリンクの周りで魔物が次々と黒塵と化して消えていく。

「……逆とは」
「『ナマエ隊長はあれで、色恋沙汰にはポンコツだからな! しっかり捕まえろよ!』と激励されました」

 しれっと涼しい顔で何を言うか。
 じとっとした目で睨みつけたところでリンクにとっては私のこんな視線など痛くも痒くもないらしい。
 幼かった頃は青空のような瞳をきらきら輝かせたり、大きな瞳いっぱいに涙をためてうるうるしたりと、あんなに感情豊かで、そして純粋だったというのに。
 つーか、ポンコツって。ポンコツって!

「リンクもあいつらも、可愛くないっ!」
「ナマエが可愛いから良いんですよ」

 口角を上げて僅かに目を細めるリンク。
 その様子に心臓がドクっと跳ねたような気がするのは気のせいだ。
 気のせいだったら気のせいだ!

 振るう剣は正確で魔物に対しては無慈悲。わざわざ魔物を追いかけてまで殲滅するようなことはしていないが、降りかかる火の粉、姫の脅威となり得る動きをする魔物には一切容赦をしない。
 こうして共に戦場に立てば、嫌でも彼が他の者とは一線を画した剣の使い手だとわかる。その姿に、リンクを好いていると自覚している自分が、ますます彼に惹かれるようになっていることは否定できないが、だからと言ってリンクとどうこうなるつもりはないのだから。いちいち反応するな。私。
 リンクの向こう側にいるリザルフォスを狙って手にしていた剣を投げつけながら、自分の頭の中がお花畑になっているのではないかと、心の中で大きくため息を吐いた。

「相変わらず正確ですね。どうやら最後の一体だったようです」
「そのようだな。周辺にさらに魔物が現れる気配は無いようだ」
「はい」
「……君一人でほとんど倒してしまったな」
「ナマエの助けが合ってこそです」

 魔物との戦闘が終わったことで月下のフィローネの森に静寂が戻った。
 それからしばらく周囲を警戒していたが、もう大丈夫なようだ。
 私たちのところに走ってやってきた部下の一人からは、姫の無事も伝えられた。

「周辺に魔物は見当たりません。姫の御身も無事です」
「そうか。報告、ご苦労。負傷者の確認と手当が終わったら、お前たちも休め。火の番は私が務めよう」
「よろしいのですか? ナマエ隊長もお疲れでしょうに」
「私は夜の方が調子が良いことを知っているだろう? その代わり、明日の日中はごろごろさせてもらうからな」
「ははっ。もちろんです。では私は、他の者に指示を伝えてきますね」
「ああ。よろしく頼む」

 ぽんぽんっと肩を叩いて労えば、にかっと良い笑顔で立ち上がり、伝令のために走り出す彼を見送ったところで、ようやく一息つけた。

「ひとまず、といったところかな」
「そうですね」

 背中に背負った鞘に剣を納めながら、リンクが私との距離を詰めてくる。その気配とともに揺れ動く空気に混ざる『匂い』に、ぴくっと自分の片眉が上がったのがわかった。

 ……これはマズイ。
 その匂いを嗅いだ瞬間、自分の中に産まれたものは『衝動』。
 先ほどまでの戦いの中で感じていた高揚感とは違う意味で血が沸くような感覚を抑えながら、手にしたままだった抜き身の双剣を鞘に納め、リンクから距離を取るため彼に背中を向けて勇気の泉の方へと向かって歩き出す。

「私の助けがなくとも君一人でやれただろう。あるいは、姫がガッツガエルから抽出したエキスで作った薬があったからでは?」
「せっかく支給していただいたものですが、今回は飲んでいませんよ」

 自分の嗅覚が感じた『匂い』は、血の匂い。
 たぶんリンクは何処かを怪我している。
 目視で確認しただけで数十体以上のリザルフォスの群れを相手にしたのだ。
 その前にもモリブリン複数体を中心としたボコブリンたちとも交戦していたし、さすがに無傷ではいられなかったのだろう。……それは私も同じだが。

「何だ。リンクはカエル丸ごとの方が良いのか? ヒガッカレから取り寄せてやろうか? ヒガッカレまんじゅうというヤツはなかなか『そのまんま』の見た目をしているらしいぞ」
「遠慮しておきます。……ナマエ、面白がっていますよね?」
「ふっ。何をだ」
「俺がゼルダ姫にガッツガエルを生のまま食べさせられそうになったことを、ですよ」
「その件があったから、生ではなく調理してエキスを抽出する方法で薬を作るという話になったのだろ? 新薬開発に一役買っているのだから、誇れば良い」
「そんな顔で言われても嬉しくありません」
「どんな顔だ」
「面白くて仕方が無いという悪い顔」
「そんなに悪い顔をしてるか?」
「してますよ。とにかく俺は、カエルはもうこりごりです。まあ、肉の部分は茹でるとトリ肉に似た味がして美味しかったですが」
「何だ。しっかり味わってるではないか」
「せっかくならと思いまして。今度、ナマエにもご馳走しましょうか」
「いらない」

 げっと眉をひそめて拒否したら、笑われた。
 ……このままこの調子でやり過ごせると良いのだが。
 このままどうでも良い話を続けてさっさと姫のいるところまで行って、リンクの怪我を救護の者たちに治療してもらわなければ。……でなければ、また、やりこめられてしまう。

「ナマエ」

 そう思っていたら、リンクに名前を呼ばれた。
 
「……何だ」
「怪我の『治療』をお願いできますか」

***
2025.08.04 公開