「……リンクくんのえっち。体力バカ。……知ってたけど。子どもができる勢いだよ。子どもができてたら、ちゃんと認めてよ」
「そんなの当たり前じゃないですか。ナマエは俺がそんな無責任な男だと思ってるんですか?」
「そういうわけじゃないけど……。だって私、ハイラルの避妊事情知らないまま、その……今さらだけど、私はこのハイラルで生まれた人間じゃないし、身元の証明のできない不審人物だし……うん」

 悪態をつきながらもバツが悪そうに視線を泳がせているのは何でなんだ。

 ……もしかしてナマエは俺との子を産むのは嫌なんだろうか。

「ナマエは……」
「うん?」
「俺との子を産むのは嫌ですか?」
「え」
「俺はナマエに俺との子を産んでほしいです。もちろん、子は授かりものですから縁が無いということもあるでしょう。それならそれでももちろん構いませんし、貴女が望まないのであれば無理にとは言いませんが……」
「ちょ、ちょっと待ってリンクくん!」
「はい?」

 ナマエがどうして真っ赤な顔で口をぱくぱくさせて慌てているのかが理解できない。

 はっ……もしかして、家族計画についての話は時期尚早だっただろうか。
 ナマエと再会できたこと、俺との夫婦になることを承諾してくれたこと、ナマエが俺に身も心も開いてくれたことに浮かれすぎていたのか。俺は。

 イヴァリースでの生活で知った『夫婦』の在り方についてはハイラルのそれと一緒だったし、ナマエも『特定の相手を作らない』と頑なだったから、家族の在り方や子作りについても分かり合える価値観を持っていると思い込んでいたが……そもそもこういう話は当事者同士でしっかり話し合うべきことだった。

「申し訳ありません、ナマエ。俺、一人で勝手に話を進めてしまっていましたね。二人の間のことなのですから、二人で話し合うべきでした」
「ん、ま……まぁ、そう……だとは思うけど……。じゃなくて!」
「はい」
「リンクくんと身体を重ねることまでやってしまって本当に今さらの今さらだし、一体何回同じ話をしてるんだって自分で自分にうんざりなんだけど、私ってハイラルにとっては国賊にも等しいでしょ?」
「国賊? 何故ですか」

 ナマエの口から飛び出してきた物騒な言葉に軽く目を見開く。

「ほら、厄災ガノンが復活して大変だった時にハイラルの勇者をイヴァリースに喚ぶ原因になっちゃった人だし、ゼルダ姫のお婿さんになる予定だった人をたぶらかしたって言われそうだし……!」
「だからどうして俺が姫様の婿候補なんですか……」

 そういえばそんなことをイヴァリースでも言っていた。
 一時期、わかりやすくナマエから『拒絶』されていた頃のことを思い出して、ほとんど無意識にため息が漏れた。

「だって『姫付きの騎士』で『退魔の騎士』で『ハイラルの勇者』じゃない。ハイラルの『姫巫女』と対になる存在なんだよね? 厄災ガノンの討伐にも成功してるし、国からもゼルダ姫をお嫁さんにって言われたんだよね?」
「……」
「雨宿りして直ぐにそういう話をしたでしょ? さすがに覚えてるよ」
「……政治的な思惑が絡む提案ですよ。それに、前提が間違っています」
「え?」
「そもそも姫付きの騎士は、姫様の婿候補として用意されている役職ではありませんよ」
「えぇー……」

 前例が無かったわけではない。
 何なら姫様のお父上である現国王陛下はそうだった。

 けれど、それは国王陛下が当時の騎士団の中で一番の腕利きであり、王家に相応しい家柄の持ち主であり、何より亡き王妃殿下がまだ成人される前からの婚約者であったからだ。

「ナマエ」
「……」
「俺はナマエを愛しています。だから一つ一つ、ナマエが不安に思うことを解決していきましょう。大丈夫です。これでも俺は『ハイラルの勇者』ですから。貴女と共に生きるために、俺の持てる力の全てを使います。そう決めているんです」

 ナマエの頬にそっと手を添え、口づける。
 どうか俺の本気が貴女に伝わりますようにと気持ちを込めて。

 口付けの間に閉じていた目を開いたのはほぼ同時。
 至近距離で見つめ合って数秒後、ふぅっと小さく息を吐いたナマエの顔に浮かんだのは、どこか呆れの混じった苦笑いだった。

「リンクくん……それだと、私に何かあったら君は闇落ちしちゃいそうだよ」
「そうかもしれませんね。それだけ貴女のことが大切ですから」
「じゃあ……君を闇落ちさせないためにも、私は幸せでいなきゃね」
「はい」

 にっこり笑って、ナマエの唇にもう一度口づける。

「ただ……私のこと、どうやってリンクくんの周囲の人たちに説明するの? まさかいきなり『俺の妻です』なんて紹介するつもりじゃないよね?」
「さすがナマエです。俺のことをよくわかっていますね」
「『よくわかっていますね』じゃないよ! 本当にそのつもりだったの?」
「はい」

 それの一体何が問題なのか。
 
「ああ、ナマエの身分を証明することについては心配しなくて大丈夫ですよ。もう準備してますから」
「手際良いね?」
「貴女がそういうところを気にする方だとわかっていましたので」

 諸外国からの流浪の民とてこの地に暮らすことは難しくないから証明のようなものは本来なくともかまわないけれど、俺の立場がそれを許してくれない。
 それを、ナマエなら説明しなくとも理解していそうだったから、先に手を打っておいた。

「とは言え、無理にハイラルでの身分を証明するために、ナマエの出自を偽造してもきっとどこかでボロが出ます。ですから、俺に近しい人たちには、俺が心に決めた人は俺の『救世主』だと説明しています」
「き……『救世主』?」

 俺の言葉に訝しげな顔をしているナマエの艶のある黒髪を一房手にとって、そっと口づける。

「ナマエはイヴァリースに突然渡ることになった俺にとっての『救世主』で恩人です。貴女の尽力無しに、俺はハイラルに戻ってくることはできなかった」
「えっと……そもそも君がハイラルに渡ることになった『原因』が私だから、救世主や恩人ではなくて、むしろ『諸悪の根源』だと思うんだけど……」
「まあまあ、最後まで聞いてください。俺は確かに貴女に喚ばれてイヴァリースに渡ったのでしょうけれど、その先で得られた経験が俺を強くしたんです」
「……リンクくんは元々、超絶強かったと思うよ……?」

 俺が言わんとしていることをいまいち理解できないのか、ナマエは頭の中が疑問符でいっぱいになったような顔をしている。
 そんな顔も可愛いと思いつつ、言葉を続けた。

「『個』としての俺はナマエがそう言ってくれるように強かったかもしれません。けれど、イヴァリースでの経験は、俺に人と人との繋がりの大切さを教えてくれた」

 騎士という社会ではなく、様々な背景のあるいろんな経歴や過去をもった人たちが『傭兵』として集まっていたからだろうけれど。
 集団でありながらそれぞれの『個』が尊重されていたあの集まりの中での経験を通じて、俺は物事に対する多角的な見方を学ぶことができた。

 そのことが今、厄災ガノンを討伐した『後』の今の俺の役に立っている。

「ナマエは、厄災ガノンを倒した後のことについては知らないんですよね?」
「うん。私が知っているのは、厄災ガノンを倒した後に、未来からの助っ人たちが彼らが本来いるべき場所に戻るところまで。その後のことは知らない」
「俺が今生きているのは、その『後』です」
「……うん」
「その後の世界で俺が俺のまま息をできているのは、貴女と出会えたからですよ、ナマエ。そういう意味で、貴女は俺を……俺の生きる『世界』を救った人なんです」
「そ……そうなのかなぁ。リンクくんなら、私と出会わなくともうまくやれていたと思うんだけど……」

 まだ言うか。

 まったく。
 こうなってしまうとナマエは本人の言うところの『ネガティブ思考の沼』にずぶずぶとはまってしまうらしいから、ここは強引に引き上げないと。

「俺が今こうして『人らしく』生きていられるのは貴女のおかげ。逆に言えば、ナマエが俺と一緒に生きてくれないのなら、俺は今のハイラルでは息がつまってしまって、生きているか死んでいるかわからないような心地で生きることになるでしょうね」
「え……えぇっ……!」

 わざと目を伏せてナマエから視線を逸らし、ため息交じりに呟くように言ったら雰囲気だけでわかるぐらいナマエが動揺しはじめた。……よし。

「だからナマエ」
「は、はい」
「責任取ってください」
「え……」

 再び視線を合わせ、口角を上げてナマエの瞳をじっとのぞきこむようにして見つめる。

「俺はもう『人らしく』愛する人と一緒に生きることの喜びを知ってしまった。つまり、ナマエ無しでは生きられない身体になってしまったんです。だから責任をとって、俺にナマエの一生をくださいね」

 まあ、今さら嫌だと言われても、貴女を手放す気など微塵もないけれど。
 にこにこしながらナマエをずっと見つめ続けていたら、じわっとナマエの瞳が潤み始めた。

「……そんな言い方して。本当は私に責任をとってほしいなんて思ってないくせに」
「ちっ……バレましたか」
「あーこら。また舌打ちして。舌打ちしたら私に可愛いって思われちゃうから気をつけるんじゃなかったの?」
「今のは別に、照れたから舌打ちしたわけではありませんので」
「もう。屁理屈言って」

 ようやく気持ちがほぐれたのか、くすくすと笑うナマエ。笑った拍子に、目尻にたまったものがナマエの頬を伝って、ぽたりとナマエの服に染みを作った。

「私、本当の本当にリンクくんと一緒にいて良いの?」
「当たり前です。俺は貴女と一緒に生きたいんです。ナマエ」
「……ありがとう、リンクくん。私……」
「はい」
「頑張って勉強するね!」
「……はい?」

 それまでの暗い方向に行っていた雰囲気から一転。ごしごしと乱暴に頬をぬぐったナマエが突然胸の前でぎゅっと両手の拳を握ったかと思うと、キラキラした瞳で気合を入れはじめた。

「ハイラルはまだ、大厄災からの復興途中って話だったよね」
「はい。その通りです」
「じゃあ、ハイラルのことをよく勉強すれば、私でも何か役に立てるかもしれない。そうしたら『ハイラルの勇者』と一緒にいるアイツは何だっ! って指さされても『ナマエ様ですが何か?』って堂々といられるよね!」

 ナマエ様って……。

 むんっと胸を張ったことで大きく揺れたものからさっと目を逸らしつつ、黙ったままナマエの言葉を聞く。

「何だかんだでイヴァリースで使えていた魔法が多少は使えるし……。癒しの力とか、薬草、薬膳料理とかって需要あるかな? 復興作業員さん向けのサービスを提供できるような……そうだ! 屋台から始めてみるとか? 屋台の営業って国からの営業許可が必要だったりする? あー……それか、なんとかルピーをためて行商のノウハウを学ぶところから始めても……」

 突然始まった身振り手振りを交えたナマエの勢いのある意気込み語りとくるくる変わる表情に、笑いが込み上げてくる。

 ……やっぱりナマエはナマエだ。

「ははっ……はははっ!」
「えぇ…何でいきなりそんな爆笑?」
「だって……」

 さっきまで自分の立ち位置に悩んで暗い顔をしていたのに。
 こうするぞと一度心を決めたら、ナマエはそれがどんなに困難な道で難しいものであってもそれに向かって進み出す。
 イヴァリースで初めて会った時からナマエはずっとそうだった。

「ナマエのそういうところ、好きですよ」
「へっ……?」
「貴女はやっぱり俺にとっての光だ」
「え、ちょ……リンクくん?」

 愛しさが募って溢れて仕方なくて、感情のままナマエの身体に手を伸ばし、その柔らかな身体を強く抱きしめた。

「俺と一緒に生きるために頑張ってくれるんですね」
「う、うん。だって、リンクくんの隣に立つなら、堂々としていたいもの。私には『王国』での政の話は分からないけれど、勉強すればその辺りのことも分かるよね。そうしたら、リンクくんにいろいろとお膳立てしてもらうだけじゃなくて、自分で自分の居場所を掴み取れるでしょう?」
「本当に……ナマエは変わらないですね」
「可愛げないかな?」
「何言ってるんですか。誰よりも可愛い人ですよ。ナマエは」

 抱きしめていた腕の力を緩めて身体を離し、ナマエの唇にそっと口づける。

「愛しています。ナマエ」
「……うん。ありがとう、リンクくん。あの……」
「はい?」
「……不束者ですが、末長くよろしくお願いします」
「はい。こちらこそよろしくお願いします」

 中央に戻ったら、直ぐに指輪を買いに行こう。
 一緒に住むための家も直ぐに決めよう。
 長期滞在ができる宿の一室を借りても良いけど、ナマエとの夜をゆっくり過ごしたいからやっぱり家を借りたい。目処をつけていた物件にすぐ入居できるように事前に連絡を取っておこう。
 こういう時のためにいろいろと準備しておいたのだから。

「ナマエー! 鷹を飛ばしますよ。見ますか?」
「うん! 見たいっ! あ……でもちょっとまだ腰が重い……」
「ふっ……」
「ちょ、こら。何笑ってるの。リンクくんのせいなんだからね? こういう痛みにはケアルが効かないんだからね!」
「ははっ。申し訳ありません」
「全然申し訳ないって思ってないっ!」
「はははっ」

 赤くなってぷりぷりして可愛い。
 足元のおぼつかないナマエを横抱きにして抱き上げ、雨宿りをしていた洞窟から外に出れば、目に飛び込んできたのは明け方までの強い雨が嘘だったかのような晴天。
 眩しい太陽の光と、雨に濡れた大地の草の爽やかな匂いを運ぶ柔らかな風の中、ナマエを降ろし、腰を抱いて支える。

「綺麗、だね」
「はい」

 ナマエの言葉に頷く。
 そう。
 ハイラルは美しい国なんだ。

「ハイラルのいろんな場所を見せてあげますね」
「うん。楽しみにしてる」

 このハイラルでどうか貴女が幸せでありますように。
 そんな願いを込めて、もう少しだけ強く腰を抱き寄せた。

***
2025.07.18 公開

これで本当にこの番外編は終わり!