※スキット集「雨宿り」の後のお話です。
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降り出した雨は徐々に激しさを増してきていて、雨宿りのためにと足をとめた洞窟の奥の方にいる私達の耳にも届くぐらいだった。
「ナマエ、何を考えているんですか」
「ん……雨、激しく降ってるなって」
洞窟の壁に雨音が反響しているからかもしれないけれど、それにしたって轟音と言っても良いぐらいの大きさの雨音だ。元の世界では『バケツでひっくり返したような』なんて表現があったけれど、それってハイラルでも伝わるのかな。
むむむと思案していたら、洞窟の壁に背をもたれかけさせながら私を後ろから抱きしめるリンクくんの腕にわずかに力が入った。雨が降ったせいでぐっと下がった気温で肌寒いから身体を寄せたいと、尖った耳の先をほんのわずかに赤く染めたリンクくんから話があってから三十分ほどが過ぎただろうか。
雨宿りを始めてすぐにお互いにお互いを「ちょうだい」なんて話をしていたから、てっきりそのまま押し倒されるかと思った。……けれど、予想に反して――いや、ある意味、予想通りだったかもしれない。
リンクくんはとても紳士に「まずは身体が冷えないようにしましょう。今日は夜通し雨になりそうなので」と言って、洞窟の奥で一晩過ごすための準備をすることを提案してきた。
ただししっかりと「……夕食を食べ終えたら、デザートにナマエをくださいね」と照れくさそうな顔をしつつ男の目をして見つめてくるという爆弾付きで。
そんなリンクくんの態度に悶えてしまって地面に転がりたくなる気持ちをおさえながら野営の準備をした私は偉いと思う。
その間に平常心、平常心と心の中で唱えることで気持も落ち着いたし。
リンクくんもずっと変わらない態度だったし。
……でも、忘れてるわけじゃなかった。
夕食を終えて『洗浄魔法』で身を清めた後、ごく自然な動きで毛布を持ったリンクくんに身体を引き寄せられた。
そして二人で身体を寄せた状態で毛布を被り、今に至る。
……背中越しに伝わってくるリンクくんの鼓動が早い。
それと同じぐらい自分の心臓もうるさくて、これからの時間のことを考えている自分がどれだけ緊張しているのかがよくわかった。
とは言え、ある意味この状態でいることに良くも悪くも落ち着いてしまっていて、お互いに何となくこの先に進めないままでいた。
「そうですね。ここまで激しく降るのは久しぶりかもしれません」
「そうなんだ」
だから聞こえてくる雨音に耳を澄ませていたのだけれど、声をかけてきたリンクくんの声にわずかに緊張が滲んでいるように感じられて、胸の前で組んでいる指先が少しだけ震えた。
「でも、言い訳にできるから丁度良いです」
「言い訳?」
続いたのは思いがけない言葉。
不思議に思って後ろにいるリンクくんを振り返って固まってしまった。
その透き通るような空色の瞳に、焚き火の炎の揺らめきの反射とは違う『欲』が浮かんでいるのがわかってしまったから。
「中央に戻る日が一日延びるかもしれないことへの言い訳です。俺、多分手加減できないので。ナマエの体力を考えると、明日もあまり移動できないかもしれないですね」
はっきりと言われているわけではないけれど、それって『そういう』意味だよね?
い、いよいよ……ってことかな。
かぁぁっと顔に熱が集まるのがわかって、心の中はむず痒い気持ちでいっぱいなのに、真っ直ぐに見つめてくる空色から目が離せない。
「……こらこら、近衛騎士様がそんなこと言って良いの?」
それだけ雄弁に目が語っているのに、表情が変わらないリンクくんの落ち着きっぷりが何となく年上のお姉さんとしては悔しくて、わざとおどけたように言ったらよしよしと頭を撫でられてしまった。
その優しい手つきにまた動揺してしまう。
……ほんと、リンクくんは魔性の男だよね。もう……ずるいなぁ。
「大丈夫ですよ。不測の事態というのは常にありますから。それに、明日の朝になって雨が上がれば中央に向けて鷹を放ちますから」
「鷹を放つって……リンクくんはそんなこともできるんだ。すごいね」
「休暇中であっても連絡を取れるようにしておく必要があるんです」
「それって近衛騎士は全員?」
「はい」
「知らなかった……」
近衛騎士が鷹匠をできるなんて、そんな情報は原作には無かったんじゃないだろうか。少なくとも自分の知識の中にはなかった新情報に思わず食いついたら、また笑われてしまった。
「イヴァリースでは鳩でしたね」
わずかに逸らされた視線の先で思い出している情景は、イヴァリースで過ごした日々のことだろうか。私にとってはほんの少し前のことだけれど、リンクくんにとっては約三年前のこと。
今思い返しても奇跡だと思う。
あの世界で、リンクくんに出会えたことが。
そして今、このハイラルでもリンクくんと一緒にいられることが。
イヴァリースで『生きること』を諦めないで良かった。
「うん。……何だか懐かしいね」
「懐いてもらえるまでに随分と時間がかかりました」
「ははっ。そう言えばそうだったね」
リンクくんと出会った時は、ハイラルの勇者であるリンクくんをイヴァリースに喚んでしまったかもしれないって罪悪感でいっぱいだったけど……。
リンクくんをハイラルに帰してあげようと決意して頑張ったことは、きっと、これからハイラルでリンクくんと一緒に生きていくためにも役に立つはずだよね。
「ハイラルにだって鳩はいるはずだし、チョコボとはすぐに仲良くなれてたからなんでなんだろうって思ってた。あの時のリンクくんの困り顔、覚えてるよ」
「そんなに怖い顔をしていたでしょうか」
「怖いとは思わなかったけれど、リンクくんの緊張が伝わったのかもね。今も……少し困った顔をしてる。……緊張してるの?」
表情はあまり変わらないのにね。
毛布から右手を出してそっとリンクくんの左頬に手を添えたら、瞳を伏せてわずかに擦り寄ってくるような動きをするリンクくん。
「好きだよ、リンクくん」
「俺も、貴女が好きです。ナマエ」
「私、リンクくんと一緒にハイラルで生きていいんだよね?」
「当たり前です。今さら嫌だなんて言わないですよね……?」
「言わないよ! リンクくんと一緒に生きたいって思ったから……ハイラルに一緒に連れて行ってほしいって頼んだの私だし……」
「……嬉しいです。ナマエ」
本当に嬉しそうに笑いながら、頬に触れたままの私の手に自分の手を重ねてきゅっと握ってくるリンクくん。甘えた仕草に何だかリンクくんのことが愛しくてたまらなくなって、すぐ目の前にあるリンクくんのもう片方の頬に唇を寄せたら、それが……合図になった。
「ナマエ、本当に貴女を俺にくれますか?」
「うん。もらってやってよ、リンクくん」
君のことを、感じたいから。
心が通じ合っていることを、言葉だけではなくて、身体でも感じさせてほしい。
「止めてって言われても、もう止まれませんよ」
「えぇっと……知っての通り体力が心許ないから……優しくしてね」
「……善処します。でも……」
不意にリンクくんが目を伏せた。
長い睫毛の影が頬に落ちているその顔はまるで一枚絵のように綺麗だ。
「でも?」
「今の俺、すごく浮かれているので約束はできません。獣のように貴女を求めてしまうかもしれない」
声のトーンはいつもと同じように冷静なのに、火傷をしてしまうんじゃないかと錯覚してしまうほど熱を帯びた瞳になっていて、たまらない。
「いいよ。嬉しい。……私も、リンクくんのこと獣みたいに求めちゃうかもよ?」
「……それはものすごい殺し文句ですね」
お互いにくすくす笑いながら顔を寄せ合って目を閉じて、そっと唇を重ねる。
柔らかな唇から伝わってくる熱を感じられる距離にいられることが、ただただ嬉しい。
「ナマエ、もっとキスしたいです」
「うん。たくさんキスしよ」
重ねるだけだったキスから、吐息ごと飲み込むような深いキスがほしくて唇を薄くあけたら、すぐにリンクくんの柔らかい舌が口内に入ってきた。初めての深いキスに、お互いに少しずつ荒くなる息遣いに、脳が焼かれたようにクラクラする。
……気持ちいい。
キスだけでたまらなく気持ち良くて、頭の芯が痺れて身体が熱くなる。
「っ……ねぇ、リンクくん……」
何度目かの息継ぎの合間に発した自分の声が、こんなに甘い声だったことは今までにあっただろうか。絡み合った視線に、こんなふうに剥き出しの熱を感じたことがあっただろうか。
「もっと君のこと、感じたい。……脱がしてもいい?」
ふにゃっと耳先の下がったリンクくんの照れた表情が可愛くてたまらない。
だから込み上げてくる感情のまま、体勢を変えてリンクくんに向き合ってリンクくんの服に手をかけたら、ほんの僅かに目を見開いた後、リンクくんは僅かに口角を上げた。
「優しくしてくださいね、ナマエ」
「ふふっ。善処します」
さっきと逆になっちゃったね、と続けたら、ははっと笑われた。
こんな状況でも軽口が叩けるぐらい、大人になっちゃたのね。
リンクくんの反応にちょーっとだけ、リンクくんのこれまでの『経験』を聞いてみたいという好奇心が湧いたけれど、すぐにそれは諸刃の剣だよねと思い出して言葉を飲み込む。
リンクくんみたいな素敵な人を放っておく人はいないと思うし、近衛騎士たるもの女性に騙されるようなことがあってはいけない! って感じでハニートラップ対策の一環で、いろいろと知ってそうだし、経験もありそうだし。
好奇心は猫を殺すって言うしね。下手に突っ込んで自分が傷つくようなことにはなりたくない。
(はぁ……。ハイラル中央に行ったら、リンクくんの隣に立つことでどんな視線に晒されることになるのか……。最悪を想定して心構えをしておこう。耳が丸いのも、偽装魔法で尖った耳に見えるようにした方が無難かな。イヴァリースでリンクくんのために作った魔法を自分用にアレンジしてみようかなぁ……)
甘い雰囲気の中で物騒なことも考えてしまったけれど。この後すぐに、そんなことを考える余裕がないぐらいにリンクくんに溺れてそのまま溶けてしまうんじゃないかと思うぐらいに愛されることを、この時の私はまだ知らなかった。
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2025.07.14 公開