雨宿り

「ナマエ、おそらくですがあと三十分もしないうちに雨が降ってくると思います。馬宿まではまだ距離があるので、ここで雨宿りしようと思いますが、よろしいですか? もしかすると一晩、ここで過ごすことになるかもしれませんが」
「うん。構わないよ。野宿の準備もしてたし、魔物よけの呪(まじな)いもできるから。……でも、よくわかるね。雨が降るって。シーカーストーンを持ってるわけじゃないのに」
「リーバルに風読みの仕方を教えてもらったんです」
「へぇー。それってリーバルくんだからできることなの? それともリト族はみんな?」
「リト族の者は皆、空を読めると聞いています。彼らは空を制する部族ですから」
「そっか。すごいね」
「はい。リト族の者たちはすごいと思います。遠征に行く時には天候の変化を察知することも大事な仕事ですので、リーバルにこの技術を教えてもらえて助かっていますよ」
「……」
「ナマエ?」
「あ、いや……リンクくんってリーバルくんと仲良いの?」
「仲が良いかと言われると何とも言えないですが、少なくともお互いのことを認め合える仲だとは思います」
「そうなんだ。それは良かった」
「ナマエはリーバルのこともご存じなのですよね」
「うん。直接的にではないけれどね。リト族一の弓の使い手で、才能に胡座をかかない努力家ってイメージなんだけど……合ってる?」
「そうですね。おおむねその通りかと。……ところで」
「はい?」
「ナマエは俺に対してはどんなイメージをお持ちだったのですか? 俺のことを『推し』だと思ってくださっていたんですよね?」
「んんっ。……よく覚えてたね。その話」
「忘れられないですよ。驚きましたが、嫌ではなかったので。それに、貴女の言う『推し』へ向ける感情が、本当に応援してるとわかるような純粋なものだったので、正直、新鮮でした」
「新鮮ねぇ。君ならたくさんの婦女子の皆さんから好意を寄せられていた……というか、現在進行形で寄せられているのでは? ほら、強くて真面目で優しくてイケメンな近衛騎士様で勇者だなんて、御伽話もびっくりを体現してるんだもの」
「……まあ、好意を寄せられることがなかったとは言いません」
「だよねぇ……。私は正直、リンクくんがハイラルに戻って厄災を討伐したら、あっという間に結婚! って流れになってるんじゃないかって思ってた。それこそ、ゼルダ姫の伴侶としてという未来もあったんじゃないかなって」
「……」
「その顔を見る限り、あり得たんだね」
「……話が出なかったと言ったら嘘になりますので否定はしません。ですが、俺が共に生きたいと心に決めたのはナマエですので。全て丁重にお断りしました。国王陛下にも、自分には心に決めた人がいるとお伝えし、俺への婚姻の話を抑えていただくよう配慮いただきました」
「そんなことできるものなの?」
「ええ、まあ。厄災ガノンを倒し、ハイラルを救った英傑としての立場を使いました」
「そうだったんだ。何だか意外。リンクくんってそういう立場上の権力みたいなものを使うのを嫌がりそうだなって勝手に思ってた」
「がっかりしましたか?」
「ううん。それも一つの処世術でしょう? 心の平穏のためには、使えるものは使った方が良いと私は思うよ」
「ははっ。ナマエならそう言ってくれると思っていました。……本当に、間に合って良かった」
「ん? どういうこと?」
「婚姻の話です。陛下に抑えていただけないかとお願いしては見たものの、俺の年齢や貴族の動き、諸外国との関係を考えても、抑えられるのは三年が限度と言われていまして」
「え……じゃあ」
「はい。間もなくその期限を迎えるところでしたので、ナマエと再会することができて本当に良かったです。……ナマエ?」
「……私」
「どうしたのですか?」
「……リンクくんに見つけてもらって良かったのかな?」
「え……」
「だって、リンクくんだったら引く手数多でしょう? わざわざ異世界人の私のことを探さなくても、将来安泰だったんじゃ……ひぇっ⁈ ちょ、今噛んだ⁈」
「はい。噛みました」
「何で⁈」
「ナマエが酷いことを言うからですよ。俺は貴女が良いんです。例え貴女を期限内に見つけられなかったとしても、貴女以外の誰かを妻に迎える気などありませんでしたよ」
「っ……でも……」
「そんな泣きそうな顔をしないでください。……いや、そんな顔をさせてしまうことになったのは俺のせいか」
「?」
「ナマエ」
「は、はい」
「俺、ずっと考えてたんだ。どうしてナマエが俺と同じタイミングでハイラルに来れなかったのかって。ナマエが作った転送魔法は間違いなく俺をハイラルに戻した。しかもイヴァリースに渡ることになった戦いの最中に。狙い通りに」
「それって無茶苦茶危なかったんじゃ……!」
「うん。まあ、危なかったよ。でも、その瞬間に戻った後の立ち回りについては何度も頭の中で考えていたから別に問題なかった」
「はぁ……良かった……」
「それに、ナマエには安全な場所にいてほしいと願ったから、戦場のど真ん中に魔力切れを起こしたナマエが一緒に転送されなくて良かったとも思った。きっとどこか戦場ではない安全な場所に転送されるよう、レオの聖石が俺の願いを叶えてくれたんだと思ってた」
「……そうだったんだ」
「でも、その時に考えてた別のことが、ナマエがハイラルに渡ってくるタイミングをずらしてしまったんだと今ならわかる」
「別のこと? 一体何を考えていたの?」
「……」
「リンクくん?」
「その……笑わないで聞いてほしいんだけど」
「うん」
「少しでもナマエに釣り合う大人の男になりたいって思ってしまって」
「え……」
「もしかしたら、俺がそんなふうに思ってたことをレオの聖石が汲み取ってしまったから、俺がしっかり大人の男になるまでナマエをハイラルに連れてきてくれなかったのかもしれない」
「……」
「……」
「……か……」
「か?」
「リンクくんって、本当に可愛いね。言葉遣いも素になってるし」
「っ⁈」
「ダメだもう、私……一生、君の沼から抜け出せる気がしない。こんな可愛い人、誰に何と言われようと諦められない。手放せない」
「ナマエ……っ⁈ そんなに強く抱きしめられると……そのっ……当たってるっ」
「あ、ああ、ごめん。ごめんだけど……私、このままリンクくんとくっついていたい。……困る?」
「こっ……まらな……いや、困ることになるのはナマエの方だよ。我慢できなくなるって言ってるのに」
「……」
「我慢しなくても良いってこと?」
「……うん。我慢しないでほしい。私のことをほしいと思ってくれるのなら、私をリンクくんだけの特別にして」
「本当に良いの?」
「……うん。リンクくんは嫌?」
「嫌なわけない。ずっとナマエのことが欲しかったんだから」
「だったら……いいよね? リンクくんを私にちょうだい」
「……うん。ナマエ。俺にもナマエをちょうだい」
「うん。私の全部をリンクくんにあげる。返品不可だからね!」
「ははっ。お願いされても嫌だよ、そんなの」