「り……リンクくん……?」
「ナマエ! 無事ですか⁈」
「ぶ……無事です……」
「っ……良かったっ……! 貴女に何かあったら俺はっ……!」
「いっ……」
多分、落下していた状態の私をリンクくんはお姫様抱っこ状態で抱き止めたんだ。
ぎゅぅっと強く抱きしめられ、首元にリンクくんの吐息がかかる。戦いの最中だとわかる熱い吐息、汗と血、そして土埃の匂いに、心臓の鼓動が跳ね上がってしまって仕方がないけれど、今はそんな場合じゃないよね⁈
「リンク、ナマエと一緒に一度下がれ! 先ほどの魔法は打ち消されたようだが、次がまだ来る! ラムザ、行けるか!」
「もちろんだよ。ナマエ、落ち着いたらもう一度ホーリーを頼む。今度はエリディブスに向かって。君の準備が整うまでに僕はクラウドと一緒に伯とアグリアスたちに合流する。リンク、ナマエのことを任せたよ!」
「ああ。わかった」
私が何も発せない間に三人の間で話がついて、それぞれが慌ただしく動き始める。
「じ、状況は?」
「オルランドゥ伯とアグリアス殿が先発で聖石と融合してルカヴィと化したエリディブスと交戦中です。ラムザとクラウドと俺の三人は、エリディブスが喚び出したと思われる魔物を残り二体まで減らしたところでした。そこに竜が現れたのですが……光の柱がその竜を消滅させた。あれは貴女の魔法ですね?」
「う、うん。そう」
リンクくんの冷静な言葉にこくこくと頷くと、横抱きにされたままそっと頬に手を添えられて顔を覗き込まれた。ち……近いっ……!
「怪我無し、呼吸も正常、脈拍……は早いですね。顔も赤い」
いや、それ君のせいだから。
ツッコミを入れたい気持ちをぐっと堪えて、じっと見つめてくる蒼穹を見つめ返す。
「大丈夫ですか? このまま移動しますので、気分が悪くなったらすぐに言ってください」
「このままって」
「浮遊の魔法をかけているのでしょう? 貴女を走らせるよりもこのまま俺が抱えて動いたほうが早い。ラムザに言われた通り一度下がりますが、魔力量を回復させたら、今度はエリディブスに向かって先ほどの魔法をお願いします」
「は、はいっ……!」
てきぱきと指示を飛ばすリンクくんは完全に戦う人の顔になっていて、これまでの生と死の繰り返しで麻痺してしまった私の『死』に対する恐怖感というか、戦場に対して真剣に向き合わなければならないのだということを再認識させてくれるに十分な緊迫感を持っていた。
……そうだよね。
今は戦いの真っ只中。
とにもかくにもエリディブスが素直にサーペンタリウスを渡す気がない以上、奴を倒すしか道は残されていないのだから。
「ハイエーテルを飲むから一度降ろして。リンクくんも。ポーション持ってる?」
「はい。ラムザからハイポーションとエクスポーションを渡されています」
「オッケー。それじゃあ、エクスポーションの方を飲んで。どれも小さいけれど、裂傷が多い。それと、毒を受けてるでしょ。解毒します」
「っ……。はい。お願いします」
さっき嗅いだ血の匂いに毒の臭いが混ざってた。
周囲に敵影がないことを確認した場所で地面に下ろしてもらい、ポーチから急いでハイエーテルを取り出して三本分を一気飲みする。決して美味しいとは言えない味にぎゅぅっと胃に負担がかかるけれど、そんなことを言っていられない。
横目でリンクくんがエクスポーションを飲み干すのを確認しながら、空き瓶を乱暴にポーチに突っ込み、すぐさまリンクくんの身体へと向けて魔力を練る。
「天駆ける風、力の根源へと我を導き、そを与えたまえ! エスナ!」
ぶわっと魔力が生み出す風がリンクくんの金糸を揺らし、黒紫色の靄がリンクくんの身体から抜けて空へと溶けていった。
「どう? 楽になった?」
「はい。相変わらずお見事です。それでは移動しますよ。しっかり俺に捕まってくださいね!」
「えっ、ひゃぁいっ!」
移動って、片手で抱えるのっ⁈
いくら私がレビテトで軽くなってるからって、無茶苦茶だよリンクくんっ‼︎
言われるやいなや、腰を屈めたリンクくんの左腕に腰掛けるような形で抱き上げられ、慌ててリンクくんの頭にしがみつくも、リンクくんの顔面に思いっきり胸元を押し付けてしまったことに気づいて、これまた慌てて身体を離す。
「ご、ごめん……」
「………いえ」
お互いに赤くなってる場合ではないよね!
「と、とりあえずホーリーを放つにはもっとエリディブスに近づく必要があるから、えっと……あれ! あのここから数えて五つ目のクリスタルがある辺りまでお願いします!」
「承知しました。行きます」
ぐっと一瞬身体が下に沈んだと思ったら、次の瞬間にはチョコボに乗って駆けているんじゃないかと思うぐらいの勢いで景色が流れ始めた。……と言ってもほとんどが闇だから体感で感じるスピードでだけど。
ほんっと、とんでもないねリンクくんっ!
「今の貴女は羽よりも軽いぐらいですよ」
走りながら軽口を叩く余裕があるなんて、この子はどこまで私を惚れさせるつもりなんだろう。
好き。
やっぱり君のことが好き。
だから絶対にこの戦いに勝つ。
「ラムザ、クラウド、ナマエを連れてきた」
「ありがとう、リンク! ナマエ、ホーリーの前に伯とアグリアスにエスナを頼む! エリディブスの陰で見えないが、毒ガエルにされたっ!」
「了解っ! リンクくん、裏側に回り込める?」
「お任せください。……跳びますよっ!」
その言葉に答えるよりも前に身体を襲う浮遊感に、いっそうしっかりとリンクくんの肩に掴まり、そしてエスナ、ケアルジャの重ねがけのための高速詠唱に入る。
「いました! エリディブスの足元、三時の方向に五メートル、五時の方向に四メートル!」
「オッケー、ありがとう! 天駆ける風、力の根源へと我を導き、そを与えたまえ! エスナ! 波動に揺れる大気、その風の腕で傷つける命を癒せ! ケアルジャ!」
エスナによって毒ガエルの姿に変えられた二人を元の姿に戻し、すかさずケアルジャを放つことで戦闘によって負った二人の傷を癒した。
「礼を言うぞ、ナマエ殿!」
「ありがとう、ナマエ!」
実際の戦闘にはゲームのようなターン制はない。毒ガエルの姿から人の姿へと戻ったオルランドゥ伯とアグリアスが息のあった動きでエリディブスへと斬り込んでいくのを見ながら、私は私の役目を果たすために、これまでで一番と言っても良い、今私が持てる力の限りで放つことのできるホーリーのための詠唱に入る。
「リンクくん、私を護ってくれる?」
「この剣に誓って」
「……ありがとう」
君がそうやって力強く応えてくれることが、私を強くしてくれる。
「汚れ無き天空の光よ、血にまみれし不浄を照らし出せ! ホーリー!」
魔力切れを起こさないギリギリのラインを見定めての特大の一発。それでもエリディブスの様子を見る限り、この一撃ではまだ彼は倒れないだろう。
だけど私は……私たちは一人じゃない。
「天の願いを胸に刻んで心頭滅却! 聖光爆裂破!」
「我に合見えし不幸を呪うがよい! 星よ降れ! 星天爆撃打!」
「虚栄の闇を払い、真実なる姿現せ、あるがままに! アルテマ!」
「桜華狂咲!」
ホーリーによる光の柱が消えた後、立て続けに放たれた攻撃に、エリディブスがついに膝をつき、そして地に倒れた。
「ば……ばかな、……このわしがやられるはずなど……? わしは……わしの魔道はここで潰えるというのか……っ」
力を失った骸は跡形も残さずさらさらと黒い塵となって消えていく。このイヴァリースの他のどの生命(いのち)とも違う『消滅』こそが、ルカヴィとの契約をした者の末路。命の輝き(クリスタル)となることを許されなかった逸脱した『生』であった証拠なのだ。
「さようなら、エリディブス。魔導に取り憑かれた稀代の魔道士にして英雄」
――――カラン
そこに『エリディブス』という男が存在していた痕跡を何一つ残さない死の後に残ったのは、金の装飾が施された緑色の石のみ。
その石が、カランっと音を立ててその場に落ちた。
「ラムザ……終わったのか……?」
「うん。終わったよ」
リンクくんの問いかけにラムザくんが短く答える。
そうして訪れるのはひと時の静寂。
その場を支配していた戦場の緊張感が次第に緩み始めた時、最初に動いたのはアグリアスだった。
「これが……ナマエの求めていた十三個目の……」
「ああ。サーペンタリウスの聖石だ」
アグリアスの言葉にラムザくんが聖石を拾おうと動く。だけどそれよりも早く、ひとりでに地面から浮き上がった聖石が真っ直ぐに私の方に飛んできた。そして、私の目の前で眩い光を放ち始めた。
「ナマエ!」
「大丈夫。心配ないよ、リンクくん」
だって私には『彼女』の声が聞こえているから。
光を警戒しているみんなを安心させるためにみんなに向かって微笑み、光り続けるサーペンタリウスへと向かって右手を伸ばす。
聖石の表面に刻まれた蛇遣い座のシンボルマークに触れた瞬間、ぐにゃりとまるで生き物のように細長く形を変えたそれが、右手の薬指へと巻き付いてきた。
そして眩かった光が徐々に輝きを失い、その場を照らすものが魔法石とクリスタルによる灯りだけになった時、私の右手の薬指には金環に緑色の宝石が嵌め込まれた指輪が現れていた。
「……今、この瞬間から、このサーペンタリウスの聖石の所有者は私になりました。ラムザくん、アグリアス、オルランドゥ伯、クラウド、そしてリンクくん、ありがとう。みんなの協力がなければ、ここまで来ることができなかった」
深々と頭を下げて、改めてみんなへの謝意を示す。
そう。みんなの協力があったからこそ、エリディブスとの戦いを制して聖石を手に入れることができた。
「ドーターに戻ったら、しっかりみんなにお礼するからね! 先ずは温かいお風呂。それからお腹を満たす料理、ふかふかのベッドに……それだといつもと変わらないから、ナマエさん特製メニューのスペシャルオイルマッサージもつけちゃうよ! もちろん、後払い分のギルもね!」
結局、ディープダンジョンには多分、一週間とちょっとぐらいの期間は潜っていた計算になるはず。エリディブスの妙な計らいで順調すぎるほどに最下層まで到達できたとは言え、最終戦の激しさもあったわけだし疲労が蓄積しているはず。
だから魔法では癒しきれない部分までしっかり癒されてもらおうと気合を入れていたら、いつものように変わらない穏やかな声音でラムザくんに「ナマエ」と呼びかけられた。
何の警戒もせず「なぁに?」とラムザくんの方を向いた私の目に飛び込んできたのは、ゆらゆらと青白く揺らめく複数の炎。
え、……鬼火?
――――それは見たものを眠りへと誘う風水士の術。
嘘、ここには鬼火を出せる条件が揃った場所なんて無いはずなのに。
万全の状態であったならばきっとかかることのなかった睡眠術。
急激に襲ってきた眠気に瞼を閉じないよう必死で争う私の額に柔らかな何かが触れ、蒼と金が視界の奥でちらついた。
……それが、私がディープダンジョンの最下層で見た、最後の光景だった。
***
2025.06.27 公開