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 魔道士エリディブスによって生み出された魔法陣から召喚された巨大な白蛇にぱっくんされて、気がついたら迷子になっていました。

「……ここまで来たのにまたループするなんて事態にならなくて本当に良かったとは思うけど……ここ、何処かな? 蛇のお腹の中なわけないよね」

 今、私は真っ暗な闇の中に独りきり。
 いや、二人きり……というべきか。

 私自身の身体以外の周りのもの全てが漆黒の闇に塗りつぶされて自分の足元の地面も見えないというのに、目の前の空間には確かに闇の中で浮かび上がる『私自身』がいた。それはまるで鏡に映った私の影が身体の内部から発光しているかのよう。
 私がリアルに出会ったリンクくんの世界線ではおそらく手に入れられることはないだろうけれど、メインストリームの『王国の泪』のお話の方で登場していた『アカリホラウオ』を食べて発光したらこんな感じなんだろうかと思うような光り方をしていた。

「うーん……。これって、もしかしてもしかしなくとも自分自身と向き合えっていう、精神的な試練みたいなものだったりする?」

 この暗闇が『物理的に隔絶された』空間なのか、精神的な干渉を受けたことにより知覚することになった『内側』の空間なのかわからないけれど、一つだけ確実に言えるのは、この状況が十三個目の聖石である『サーペンタリウス』の力によってもたらされたものであるということ。

 サーペンタリウスは、蛇遣い座のことだ。だから魔法陣から召喚されたのが『蛇』だったのだろう。そして『蛇』は、私の元の世界では『生と死』の象徴とされてきた生き物。

 エリディブスは私のことを、その『蛇』を遣う『蛇遣い』の星座の名を冠したサーペンタリウスに愛された女だと言った。それはつまり……私がイヴァリースに来てから生と死のループを繰り返していたのは、サーペンタリウスの力によるものだと言われているのと同じなんじゃないだろうか。

 これが『物語』の中の話なら、興味深いなぁなんて読み手として楽しんでいられた。でも、自分が当事者になるなんて。そんなことが私の人生に起こるなんて……頭が痛い。

「聖石にモテちゃうなんて、困っちゃうな」

 内心の緊張感をまぎらわせるためにわざと茶化すように大きめに口に出して言いながら、左手に持っている使い慣れた白魔道士の杖をゆっくりと身体の正面に持ってきて右手を添える。

 すると目の前の『私』もまた、同じように杖を構えた。ただし私とは逆の手で。本当に鏡映しなのだろうか。

 目の前の『私』はその目を閉じている。
 目を開かなくとも私自身の存在とリンクしているから問題ない……とか?

「参考までに聞きたいんだけどね」

 すぅっと息を吸い、深呼吸を一つ。

「私、どうやったらみんなのところに戻れるのかな。私には、何としてでもリンクくんをハイラルに帰すっていう使命があるんだけど」

 まさか、エリディブスと戦う前に一人だけみんなから引き離されるとは思っていなかった。

「……この展開は予想外だったよ」
『そうかな。予想の範囲内だったんじゃないの?』

 ため息とともに吐き出した呟きに、目の前の『私』がゆっくりと閉じていた目を開き、ニタリと嗤いながら『私のように』言葉を紡ぐ。

『だってベタな展開でしょ。こういうの、嫌いじゃないよね?』

 深紅の瞳をした鏡映しの自分、だなんて。

「ほんっとベタだね!」
『期待通りの反応をありがとう!』

 暗闇に紅蓮の炎が燃え上がる。

「『地の底に眠る星の火よ、古の眠り覚まし 裁きの手をかざせ! ファイガ』」

 自分相手なら手加減なんて必要無い。
 初手から派手にいこうじゃないの!
 詠唱とともに杖を振り下ろしたのはほぼ同時。

 暗闇に生まれた上級火炎魔法による激しい爆炎が渦を巻き、空間が悲鳴をあげる。
 そして『私自身』との戦いが始まった。

 ――――なんてカッコよく戦い始めたわけだけど。

『だから、何でアンタは素直にならないの! 聞き分けの良いフリしちゃって! 本当はリンクとイチャイチャできる関係になりたいくせにっ!』
「わーっ、わーーーーっ! ちょっ、なに言ってるのっ!」

 気がつけば、魔力のぶつけ合いで始まったはずの戦いが、強力な魔法の撃ち合いでお互いに消耗していくうちに、なぜか私のリンクくんへの恋心を素直に認めろ、認めないの話になっていた。

『リンクがあれだけわかりやすくアンタを欲しがってるのに、アンタだってリンクが欲しいのに、どうしていつまでもグダグダしてるのよ! 天空を満たす光、一条に集いて神の裁きとなれ! サンダガ!』
「静寂に消えた無尽の言葉の骸達、闇を返す光となれ! リフレク! そんなの、あなたが私の分身なら、わかるでしょ! 何でなのかって!」

 襲いかかる稲妻を反射魔法で弾き返し、すかさず、次の手のために印を結ぶ。

「言葉繰りの者共、静寂に真実を求め、暫し言葉忘れよ……沈黙唱!」
『……ざーんねん。効かないよ! 自分の魔力抵抗値の高さを忘れちゃったの? まぁ、沈黙させられたところで今度は殴り合いになるだけだけど』
「我ながら憎たらしい。余計な口を聞かずに、さっさとここからみんながいる場所に戻る方法を教えてくれたらいいのに!」
『それはアンタ次第。アンタがちゃーんと自分の気持ちを認めて、リンクと本気で共に生きたいと思うのならアタシは……』

 不意に、目の前の『私』から戦意が喪失する。
 そして、手に持っていた杖を落としたかと思うとがっくりとその場に両膝をつき、空を仰いだかと思うとぼろぼろと大粒の涙を流してわんわんと大声で泣き出してしまった。

「え……えぇ……」

 うっそ、ここで泣く?

 さすがの私も戦う意志を無くして大泣きしている相手を攻撃するのは憚られる。もちろん警戒を緩めるつもりはないけれど、しばらく観察していても泣き止む気配のない『私』に、私自身も構えている杖を下さざるをえなかった。

「ね、ねぇ、ちょっと……」
『うっ……ひっく……うう……』
「も、もしもーし。そこの『私』さーん……。ねぇ、これって自分の精神との戦い的な何かじゃなかったの? あなたが私の分身なら、そんな泣かないでほしいんだけど」
『そんな、こと……言われたって! アンタが泣かないからっ、アタシがこんなになっちゃうんでしょ!』
「えぇー……こっちだって、そんなこと言われてもだよ……」

 だってそんな風に感情的に大泣きするなんて、私はとっくの昔に諦めて止めたことなんだから。泣いたって何も変わらないって、泣くぐらいなら、泣きなくなるようなことがないぐらい強くなるしかないって思って、ここまでやってきたんだから。

「……ずるいよ、こんなの」

 私はリンクくんをハイラルに帰してあげたい一心でここまでやって来て、ようやく十三個目の聖石を手に入れられるまであと一歩ってところまで来たのに。
 聖石を手に入れたら後はラムザくんがアルマちゃんを助け出す過程で手に入るはずの『レオ』の聖石も使って、リンクくんをハイラルに帰す。
 それで、リンクくんにはさよならバイバイして、彼に向かうこの気持ちは、誰にも明かさないままでいようと思っていたのに。

 こんなわけのわからない展開になるなんて、誰が予想してたよ。

 なんで?
 ほんとなんでこんな展開になった?

 仕方がないから、泣き止む気配がまったくない『自分』に向かって近づいて行き、手を伸ばせば触れられるほどの距離まで来たところで、『自分』の目の前に両膝を揃えてしゃがみ込んだ。

「ねぇ。どうしたら泣き止むの」
『アンタが素直にリンクへの気持ちを認めたら』
「何でそんな話になるの」
『アンタだってわかってるでしょ? アンタがこれまで苦しんできた『繰り返しの螺旋』を壊す存在が、リンクだって』
「そ……れはっ、……そうかもしれないって思ってるけど……」
『好きなくせに』
「……」
『リンクのことを男として見てるくせに』
「……」
『手を繋いでほしい、抱きしめてほしい、キスしたい、抱いてほしい、……一緒に生きたいって思ってるくせに。リンクに押し倒されてキスされる夢まで見ちゃうぐらい彼に欲しいって思われたいって思ってるのに、どうしてその気持ちを素直に認めないの。リンクに伝えないの』
「ちょ、わっ、あああああーーーー‼︎」

 何で知ってるの!
 何で私がリンクくんに押し倒されてキスされる夢を見たことまで知ってるの‼︎

 あ……あの夢を見た翌朝は、どれだけ自分は欲求不満なのかと恥ずかしすぎて、リンクくんの顔をまともに見ることができなかった。

 いくらこの半年の間に本人曰く二十歳を超えたという話であったとしても(みんなでお祝いした時のリンクくんが可愛かった)、自分の精神年齢は見た目よりもずっと年上だし、経験も生きてきた世界も違う。そんな私がリンクくんに対してそういう欲を持つこと自体がもう何と言うか居た堪れなくて……。
 だけど夢に見ちゃうってことは私自身の潜在意識がそれを求めているということでもあって……。

 恥ずか死ぬっ‼︎

『リンクに押し倒された時、心臓がドキドキして仕方がなかったでしょう?』
「……」
『唇の柔らかさに、熱っぽい視線に、疼いたでしょう?』
「っ……!」
『もっと深いところで溶け合いたいって思ったでしょう?』
「〜〜〜〜っ!」
『認めなさいよ。リンクと一緒に生きたいって』

 言われた言葉の一つ一つに、自分の顔に熱が集まっていくのがわかる。それと同時に、胸の奥から込み上げてくるものがあることも。

「……そんなこと言われても……」

 できるわけないでしょ。
 頭の中に幾つもその理由が浮かんでくる。
 自分の前髪をぐしゃりと掴んで、集まった熱を振り払うように頭を振った。

「リンクくんはハイラルの勇者になる子なんだよ」
『だから何よ』
「ハイラルに、帰してあげないといけないの」
『だからそれが何だって言うの!』
「イヴァリースに縛られていて、何度もループするような異様な状態になってる私が、ハイラルからリンクくんを奪えるわけないじゃないっ! そんなこと……できるわけ……ないじゃない……。そんなこと、してはいけないんだから……」

 そもそも私は何がどうなってこうなったのかわからないけれど、イヴァリースの人間でもない。元々はイヴァリースやハイラルのことが『創作』として存在していた世界の人間だもの。
 そりゃあ、イヴァリースに来た当初はテンションが上がっていろいろやってみたいって思っていたし、何だかんだでリアルで知り合ったラムザくんに惹かれて、ラムザくんにも想いを寄せてもらえて、彼と恋人になったなんてこともあった。
 だけど、あまりに深い感情は、想いは、幸せだと思う一方で、失った時にとてつもない喪失感に襲われる原因でもある。
 それを何度も繰り返せるほど、私は強い人間じゃない。

 ましてリンクくんなんて。

 これまでの私の人生には一度たりとも現れることのなかった存在だからこそ、きっと彼が『転換点』だと思えるからこそ、彼に想いを明かすべきじゃない。
 彼に想いを明かして、万に一つ、恋人になれたとしよう。なれたとして、リンクくんはハイラルに属する人だ。リンクくんはハイラルを捨てない。捨てられない。……そんなリンクくんだから、好きになった。

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2025.06.25 公開