25

 夕陽で空がオレンジ色に染まる頃、シーカーストーンのワープで久しぶりにハテノ村へと戻ってきた。ハイラル各地を巡る旅のためにハテノ村を出発したのはどのぐらい前だっただろう。日記をつけていないから正確な日付がわからない。こう言う時のために冒険手帳のようなものが必要なのかとぼんやり思った。
 ただ、床にうっすら積もった埃が、確かにしばらくの間この家を留守にしていたことを証明している。訪ねた先それぞれの地方で過ごした日数を考えると、ハテノ村を不在にしていた期間は大体三週間半ぐらいかなぁ……? イチカラ村でのエノキダさんとパウダさんの結婚式に出席したのが、ハテノ村を出てから二週間ぐらい後のことだったって試算してたっけ。
 そっか。それから一週間ちょっとしか経ってないのかぁ。……リンクくんと恋人同士の関係になってから。

 今回、ハテノ村に戻ってきた目的は何か。それはもう正直に言うと、リンクくんに抱いてもらうために戻ってきた。改めて意識するとものすごく恥ずかしい。だけど早くそうなりたいっていう期待もある。
 部屋の空気の入れ替えや簡単な掃除をしつつ、リンクくんも同じ気持ちだったらいいなと思いながらリンクくんの方をちらっと見たら、リンクくんと目があった。途端、お互いにわかりやすく顔が赤くなってしまってなんとなく気まずい。

「お……俺、お風呂準備してくるね。ナマエさんには食事の準備をお願いしていい? デザートは俺が準備するから、メイン料理だけ」
「う、うん。もちろんいいよ。何か食べたいものある?」
「そうだね……ミートパイとニンジンシチューが食べたいな。ナマエさんが作るパイとシチュー、美味しくて好きだから」
「んっ……そっか。うん。じゃぁ、気合い入れて作るね!」
「楽しみにしてる」

 にこっとはにかむ笑顔を向けてくれるリンクくんにきゅんっとする。これは美味しいご飯を食べさせてあげなければ!
 料理鍋は外にあるから、リンクくんのポーチから食材を出してもらって外に出る。料理鍋にレシピ通りに食材を放り込めば料理が出来上がるという便利仕様は今日も健在だ。気合いは食材を鍋に投入する時に注入しておく。とぅっ! しばし脳内でリンクくんの鼻歌が流れたら、あっという間に二人分のミートパイとニンジンシチューの準備が終わる。
 リンクくんはお風呂の準備中。今日は赤チュチュゼリーでお風呂を沸かしてくれるらしい。ゲームでは叩くと燃える危険な素材も、リアルでは便利なお風呂道具だ。適度なトロミでお肌ツヤツヤになるし、程よい温度でお風呂を沸かせるし、エステ効果あるし、お風呂好きの私にとって赤チュチュは欠かせないものだね! ルビーでもお風呂は準備できるけど、お肌がしっとりするのは赤チュチュゼリーの方だと話して以来、リンクくんは赤チュチュゼリーを欠かさないようにしてくれていた。そういうところも、優しいよね。

「リンクくーん、ゴハンできたよー」
「わかった。今行く」

 ダイニングテーブルの上に一通り食事を並べたら、お腹が空いてきた。お風呂の準備を終えたリンクくんも着席して、二人での夕食が始まる。掃除や夕食の準備をしている間に外はもう真っ暗だ。
 柔らかな照明の灯りが室内を優しく照らす。この家に住まわせてもらうようになってから一人で過ごす夜も二人で過ごす夜もあったけど、こうして落ち着いて二人で食卓を囲むのは本当に久しぶりだ。旅先で野宿をする時にテントを張って過ごす時間も良かったけれど、この家で過ごす時間がこんなにもほっとするなんて。リンクくんに出会って、この家に住まわせてもらうことが出来て、本当に幸せだ。

「美味しい。ありがとうナマエさん」
「どういたしまして。リンクくんもお風呂の準備ありがとう。久しぶりにゆっくりできるかなぁって嬉しい」
「喜んでくれて良かった。ナマエさん、お風呂好きだもんね」
「うん。入るとさっぱりするからねー。温泉も好きだけど、お家のお風呂が一番落ち着くよ。まぁ……ここはリンクくんの家だけど……」
「……もうナマエさんの家でもあるよ」
「えっ……」
「俺は家を空けることも多かったけど、一緒に暮らしてるでしょ」
「あ、そっか。そういうことか……」
「そういうこと?」
「えっと、いいの。気にしないで」

 わー……恥ずかしい。一瞬、プロポーズされたのかと思った。ふぅ。勘違い危ない。

「……この家を手放す時がきても一緒にいてくれる?」
「うん?」
「厄災ガノンを倒したら、きっと俺はゼルダ姫に帯同してハイラルの復興のために各地を巡ることになると思う。記憶の中のゼルダ姫はそういう人だから。きっとハイラル王国の復興のために尽力すると思うんだ。だからゼルダ姫付きの騎士として、ゼルダ姫の護衛のために俺も視察に同行することになる。その時は、きっとナマエさんがこの家にいても、なかなか帰って来れなくなると思う。そうしたら俺、きっとナマエさん不足で死んじゃう」
「ちょっ、リンクくん、そんな軽々しく死ぬなんて言わないでよ。縁起でもない……」
「ごめん。でも、ナマエさん不足で駄目になるのは本当。祠の試練をこなしている時だって、ナマエさんに会いたくてたまらなかった。それなのにナマエさんは宿に泊まった人からチップ? っていうの? 代金に色つけてもらってるって言うし、そんなの絶対、ナマエさん狙いなのにわかってないし」
「だって……別に私そんなに男の人ウケするような感じでもないし……自意識過剰じゃない?」
「……そういうところも心配なんだよ。ナマエさん、自己評価低いから。だけど、ナマエさんは綺麗だし、可愛いし、その……色っぽいし。年上ぶってるのにどこか抜けてるところも普段のしっかりしてる感じと違ってグッとくるし。素直なところや笑顔も可愛い。要するに目が離せません」

 言い切ったと言う感じでリンクくんが真面目な顔で見つめてくる。言葉の途中から、きっと私の顔は真っ赤になってる。顔が熱い。

「俺だって、我慢するの大変だったんだよ? 好きだって言ったらナマエさん逃げちゃいそうだったし。絶対俺のこと好きなのに、認めようとしてなかったでしょ」
「うぅ……だって……リンクくんはゼルダ姫のこと想ってるって思ってたんだもん……」
「そんな気はしてた。だからイチカラ村でナマエさんが本音を言ってくれた時に、チャンスだって思ったんだよ。あの時もナマエさんははぐらかそうとしてたけど、逃したくなかった」

 一通り食事を終えたリンクくんが立ち上がって、テーブルの向かい側に座っている私の横まで来る。どうしたのだろうかとリンクくんを見ていたら、にこっと笑顔を向けられた。そしてすっと跪くとおもむろに私の手を取り、手の甲に口付けてきた。

「私はきっと騎士であることをやめられません。けれど、私の心は、想いは、常に貴女と共に。どうか私と共に生きてください。死が私と貴女を分つまで」

 穏やかな笑みを浮かべて私の顔を見上げてくるリンクくんの瞳から目が離せなくなる。こんなの……ずるいよ。さっきまで普通に話していたのに、何で急に騎士モードになるの?
 ラフな服ではあるけど、私にはリンクくんの騎士鎧姿が幻で見えてしまう。そのぐらい、目の前のリンクくんは『騎士』であること感じさせる空気を纏っていた。
 心の底からだと信じられる誠実な言葉に、私からの返事を期待している熱のこもったそんな瞳で見られたら、頷くしかないじゃない。

「……はい。よろしくお願いします」

 精一杯の笑顔で、ひざまずいたリンクくんの額に口付ける。そうしたら、ものすごく満足気に、優しい顔でリンクくんが破顔した。

「愛してるよ、ナマエさん」
「私も……愛してる」
「キスしていい?」
「ん。いいよ」

 ベンチシートの隣に座ってきたリンクくんが身体を寄せてくる。その距離にドキドキが止まらない。そんな私の心情はリンクくんにバレバレなのかな。リンクくんの皮の固くなった手のひらが私の頬に添えられ、ちゅっと唇が重なる。初めての時よりも少し長く。そして啄むように何度も角度を変えて、たくさんキスを交わす。
 気がつけばリンクくんの腕が私の腰に回っていて、私もリンクくんの首に腕を回してキスに夢中になってた。息継ぎの合間にぺろっとリンクくんの唇を舐めたら、リンクくんがお返しとばかりに私の下唇を喰む。キスだけで身体が熱くなってしまう。ダメ、だ。止まれなくなってしまう。

「リンクくん……ちょっと、待って。食器とか、片付けなきゃ。お風呂も入りたい」
「あ、ごめん。夢中になってた」
「……私も」

 お互いにクスッと笑いあって照れくさくなる。二人の間の空気が砂糖を吐きそうなぐらい甘々なのは十分承知。それでもいい。ここには私たち二人しかいないから。

「じゃぁ、俺、食器片付けてるからナマエさんはお風呂をどうぞ。お風呂から上がったら食べられるようにデザート置いておくね」
「わぁ……至れり尽くせりだ!」
「ナマエさんを甘やかしたいんだよね。俺」
「んんっ! 普段からけっこう甘えさせてもらってるよ?」
「もっと甘やかしたい。気が引けるなら、膝枕して。ゲルドの街でのご褒美もまだ貰ってないし」
「あ、そうだったね! 今しようか?」
「それも捨て難いけど、後でゆっくりしてくれる?」
「うん。いいよ」
「やった」

 本当に嬉しそうに笑うリンクくん。リンクくんが私にそんな顔を見せてくれることが本当に嬉しい。リンクくんがずっとリンクくんのまま、心のまま気が向くままに生きられるよう、私もこの世界で君と生きていきたい。