カカリコ村の朝は村中に高らかに響き渡るコッコの鳴き声から始まる。
ゾーラの里の散策……というよりも観光を終えてカカリコ村の中にある『タロ・ニヒの祠』にワープした私たちは深夜にもかかわらず旅人の宿泊を受け付けているカカリコ村の宿屋『合歓(ねむ)』で宿を取った。ゲームの中では一棟の建物の中にベッドが二台だけ。しかも受付のすぐ脇に寝る場所! という間取りだったような覚えがあるけれど、実際には独立した宿の離れを幾つかまとめているような宿の作りで、私たちもその離れのうちの一つを借りることになった。相部屋ではなく、一棟まるまるの借り上げ。ものすごく贅沢だなぁと思うと同時に、それだけ旅人の数が少ないんだなとも思った。実際、リンクくんと一緒に旅をさせてもらっている中で、旅人の拠点となる馬宿ですら、それなりの人混みを元の世界で知っている私からすると、のんびりというか、閑散としているというか……数える程の人しかいなかった。リンクくんが厄災ガノンの討伐に成功したら、魔物が大人しくなって旅をする人が増えたりするのかな。
「明日は大妖精の泉を見に行ってみる?」
「うん。見てみたい。確か大妖精の泉の近くってルミーがいたよね? 会えるかな」
「コログを見ることができるナマエさんだったら会えるんじゃないかな」
「そっか。楽しみ!」
宿泊の受付をした時に宿屋の主人からもらったプレゼントのお茶……いわゆる『ウェルカムドリンク』みたいなもの?(ちょっと違うかな?)を飲み、明日のプランを話しながら寝る準備を進め、各々ベッドに入って眠りについた。リンクくんはその……私と一緒のベッドで寝たいって言いだしそうな顔をしてちらちら私の方に視線を寄越していたけれど、イチカラ村でリンクくんの腕の中で目覚めた時の衝撃がまだ残っていた私は、リンクくんには悪いけれどその視線には気づかないフリをさせてもらった。だって、近すぎる距離に心臓がもたないよ……! まぁ、いずれ……いずれね! リンクくんと触れ合いたくないわけじゃないから。そんなことを悶々と考えながら眠りについたからだろうか。コッコの鳴き声でバチっと目が覚めた。
夜は遅くまで明るいし、朝は五時にはもう明るいハイラルの一日にはもう慣れたつもりだったけど、ベッドとベッドの間に置かれている棚の上に置いていたリンクくんのシーカーストーンで時間を確認したら、まだ四時だった。(シーカーストーンを自由に触っていいとリンクくんから許可をもらっているから遠慮なく触らせてもらっている)
さすがに早すぎるよ……ゾーラの里から移動して宿に入ってから、まだ数時間しか経ってないよ……。
それなのにはっきり目が覚めてしまって、すっかりショートスリーパーになったなぁ……と思う。それでも疲れが身体に残ってないからスゴイ! 若いってイイネ! ……まぁ、動けると思ってずっとそんなこと続けてたらあとでガタくるけどねー……。まぁ、でも、昨日はお昼からエノキダさんとパウダさんの結婚式に出たのと、夜にゾーラの里を数時間散策するぐらいしか動いてないから、それで疲れ切ってたら旅なんてできないよね。
向かいのベッドで横になっているリンクくんは珍しく私が目を覚ましてもまだ眠ってる。何時もなら私が目を覚ますと気配を察して起きてくるのだけど、やっぱり、旅慣れない私との二人旅で疲れが溜まってるのかな。ぐっすり眠っているリンクくんを起こすのも悪いので、リンクくんにはゆっくり眠ってもらったまま、受付棟にいる宿の主人に一声だけかけて早朝のカカリコ村を一人で散策することにした。
早朝の空気はひんやりとしていて肌に心地よい。村の中心にある女神像にリンクくんが厄災ガノンを倒して無事に帰ってきますように……とまだ少し先のことだけど大事なお願いをし、祠のある高台を目指して急な坂を登っていく。深夜遅くに祠にワープした時は、パラセールダイブという荒技で高台から一直線に飛んで宿屋に向かったからゆっくり村の様子を見る暇がなかったけど、タロ・ニヒの祠からならカカリコ村の全景が見渡せたはず。
なかなかしっかりと急な斜面を一歩一歩ゆっくりと歩いて登りながら、横目でカカリコ村を見る。高い場所から見えるカカリコ村は「長閑」という一言がぴったりで、一見すればとてものどかな村だ。ハイラル王国との過去の因縁はあれど、厄災に対抗するために協力し合うことを選んだ人たちの末裔が平和に暮らす村。村の中心に見える長い階段のあるお屋敷が、この村を治めているインパさんの屋敷だ。実は厄黙もプレイ済みなので、百年前のインパさんのこと含め、その当時のことも前知識としてあったりする。その時間軸はこの時代に繋がっていないのだろうけど。
無意識に小さく息を吐いてしまったのは、リンクくんのことを考えたから。この世界、厄黙とは違う『原作』の世界観の中の『息吹の勇者』であるリンクくんの『生』はかつての仲間たちの命が失われた過去の先の『生』だ。今でこそ笑顔もたくさん見せてくれるようになったし、年相応というか可愛いなって思うような反応も見せてくれたりして自然体でいるのかなって思えるようになったけれど、時々ふと遠くを見ているような眼差しをするリンクくんは、そんな眼差しになった後は決まって私に触れたがる。まるで私の存在を確かめるように触れては、ほっとしたような顔をする。
そんなリンクくんをもっと安心させてあげたいけれど……それにはやっぱり、私がこの世界に『馴染む』必要があるよね。私はリンクくんのそばにいる、独りにしないって約束を本当の意味で本当のことにするために、このハイラルにとっての『異物』のままでいたくない。『異物』のままでいたくはないのだけれど……。
坂の途中に里を見下ろすコッコが一羽いた。
貫禄たっぷりなその姿がゲーム画面の風景と被る。
時々、怖くなるこの場面一致。ハイラルにトリップしてきた時からずっと、実際に生きているのに、どこか薄い膜に阻まれているような奇妙な感覚がある。もし……リンクくんと、そういうことになってこの世界に馴染めたらこの感覚も変わってくるだろうか……って、ダメダメ! すぐそういうこと考えちゃダメだよ私。リンクくんにデクの樹サマとの話を知られたら、どんな反応されるんだろう。大事に……してくれるとは思う。だけど、義務とか手段って思われちゃったら嫌だなぁ……。
そんなことを考えているうちにタロ・ニヒの祠に到着した。
「ふー……いい運動だった」
吹き上げてくる風が気持ちいい。眼下では早起きな住人たちが、早くも動き出しているのが何となく見える。宿を出てからのんびり歩いてたから、今は五時半ぐらいかなぁ。正確すぎる体内時計で何時も五時ぴったりに目を覚ますリンクくんはもう起きたかな。
祠の台座に腰掛けてぼーっと空を見上げる。今日も良い天気だわー。そんな風に平和だなぁって気を抜いていたから、いけなかったんだ。
「ナマエさん」
「はーい?」
知り合いもいないカカリコ村でリンクくん以外に私の名前を呼べる人などいるはずがない。それなのに、聞きなれない声なのに、名前を呼ばれたから応えてしまった。瞬間、首の後ろに衝撃が走って視界が暗転した。
***
ナマエさんが消えた。
正確には、連れ去られた。
イーガ団に。
目を覚ました時、いつもより眠りすぎたなと思った。シーカーストーンで時刻を確認したら、八時半。いつもなら朝の五時には自然に目が覚めるのに、大寝坊だ。慌てて起き上がったら、向かいのベッドで休んでいたはずのナマエさんがいない。どこへ? と一瞬焦ったけど、宿屋の主人にナマエさんが朝の散歩に出かけたと聞いてひとまずは安心。……と思ったら、宿屋の受付棟の外に出てすぐに慌てた様子のパーヤに呼び止められた。曰く「イーガ団からリンク様宛に脅迫状が届いた」とか。
旅の途中、時々イーガ団の残党に襲われることがあるから、正直またかと思ったけど、ツルギバナナと一緒にインパの屋敷に届いたふざけた手紙には「女の命が惜しければ一人でアジトまで来い」と書かれていた。
「『女』って……まさかナマエさん?」
「リンク様、心当たりがあるのですか?」
「俺の……大事な人」
「! ……(リンク様の大事な人!)」
「パーヤ、この手紙はいつ届いた?」
「一時間ほど前です」
「そう……今は九時か。(宿屋の主人によればナマエさんが宿を出たのが四時半頃。直後に村の中で攫われたのなら目撃者がいてもっと騒ぎになっているはず。そうならなかったのは人目につかない場所で襲われたからか? ナマエさんが一人で行きそうな人目につかない場所……)」
コケーッ!!
考え込んでいたら、コッコの叫び声に思考を中断された。
「え、何? 何ですか?」
驚くパーヤと共に声のする方を向くと砂埃をあげてこっちに向かって突進してくるコッコの大群。
コッコッコケーッ!
コケー!コケー!
叫び声をあげながら足元をぐるぐる回りだすコッコたち。村中のコッコが集まってるんじゃないだろうか。中には俺の足に頭突きをしたり、くちばしでズボンを引っ張ってくるコッコもいる。
「なっ、何でこんなにコッコたちが! リンク様にだけ……?」
「……もしかして、ナマエさんのことを知ってる? 俺を案内しようとしてくれている?」
俺の声に、一斉に叫ぶのをやめて見上げてくるコッコたち。つぶらな瞳が『そうだ』と言っているようだった。
「案内してくれる?」
尋ねると、コッコたちが一斉に同じ方向に向かって走り出した。あの方向は、タロ・ニヒの祠のある方だ。そうか。ナマエさんはカカリコ村の全体が見渡せるとこまで登って行ったんだ。ナマエさんの脚力を考えれば、ゆっくり散歩しながら歩いて一時間はかかるはず。六時前ぐらいに襲われたとして、時間を稼ぐためにふざけた手紙をよこしたのも、時間差があったはず。
ナマエさんを連れて三時間程度で行ける距離なら馬を走らせたとしてもルートが限られる。アジトまで来い? カカリコ村からわざわざアジトまで何日かけて移動するつもりなのか。人質とは言え、人一人連れて長い距離を移動するのはリスクが大きい。イーガ団は俺みたいにシーカーストーンでワープできるわけじゃないはずだから。それならきっと向かうべきはアジトではなく、もっと近場で人の目に触れにくいところだろう。
「あ、リンク様、どちらへ!?」
「タロ・ニヒの祠の先にある森の奥へ。ナマエさんはきっとそこにいる。パーヤはインパに伝えてくれる?」
「わかりました……リンク様、どうかお気をつけて。ご武運を!」
「ありがとう」
コッコ達の後を追いかけ崖を駆け上がる。タロ・ニヒの祠を通り過ぎて、分かれ道へ。コッコ達もこの先はわからないらしい。
ここまで案内してくれたコッコ達にお礼を言って、分かれ道に向き直る。右か、左か……恐らく大妖精の方には行かないだろう。一緒に行こうって約束していた場所だ。この村のことを『知って』いるナマエさんなら、わざわざ一人で向かったりしないはず。もっと人気のない所。獣もあまり多くない所。それなら、ラーナ・ロキの祠があった方が怪しい。一瞬の逡巡。その判断を裏付けるように、いつの間にか現れていたルミーが森の右奥へと続く道を駆けていき、消えた。
(コッコだけじゃなくてもしかしてルミーまで……? ナマエさん、色んなものを惹きつけすぎじゃないか?)
いよいよもってナマエさんの身の安全が心配になる。
どうか無事でいて……!