38 右手から伝わる君の気持ち

※「光の勇者の恋物語」

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 ハイラル城下町の朝はそれなりに早い。
 城下町にある色んなお店の開店準備のために朝早くから人々が行き来し、そのうちに朝食の時間になると朝食を提供しているお店に人が集まり始め、続いて城勤めや雇われ労働者の人たちが出勤していき、一息ついたところで今度は、各家庭で家を守っているであろう老若男女が入れ替わり立ち替わりで城下町に溢れる。
 本当は私も、今日は朝からリンクと一緒にその喧騒の中で朝ごはんを食べて、それから久しぶりにハイラル平原にデートに行く予定だったのだけれど、昨晩から何だか寒気がするなぁと思っていたら、今朝になってまんまと熱を出してしまったのだ。
 そして昨日から部屋に泊まっていたリンクは、私に熱があることに気がつくと「俺、食べ物とか薬とか買ってくるから、ナマエはゆっくり寝てるんだぞ! 約束だからな! 絶対無理しちゃだめだぞ!」と言って、早々に出て行ってしまった。それはすごくありがたいんだけど、正直に言うと、手を握ってそばにいて欲しかったなぁ……なんて。思ったりする。
 そんなわけでリンクのことが妙に恋しくて、リンクには寝ているようにって何度も念を押されたけど、気がついたら熱でぼーっとする頭のまま、城下町の喧騒の中にリンクを見つけられないかなーって窓際に椅子を持っていって窓枠にもたれかかっていた。

「ナマエ、寝てろって言ったのに」
「あれ……リンク。何時の間に……?」

 しまった意識がほとんど飛んでた。

 不意に耳馴染みの良い少し低めの、大好きなリンクの声が見ている方向とは真逆の部屋の入り口の方から聞こえてきて、あれ?っと思って声のする方向に目をやったら、ちょっと怒ったような困ったような心配顔のリンクがいた。何時の間に戻ってきていたんだろう。ずっと城下町を見ていたはずなのに、見ているようで見えていなかったのかな。頭の中がぼんやりしていて、よくわからないや。

「おかえりなさい、リンク」
「ただいま、ナマエ」

 リンクの腕の中には大きな麻袋。袋口から見えている赤いものはリンゴだろうか。艶々してて美味しそうだなぁ。そんなことを思いながらじっとリンクを見ていたら、腕の中の荷物をテーブルに置いたリンクが近づいて来て、そっとおでこに手のひらを当てられる。
 大きなリンクの手。
 ヒンヤリとしているのが気持ちよくて、目を瞑って擦り寄れば「はぁ」っと小さくため息をつかれた。

「……外を見ていたように見えていたけど、やっぱり俺に気づいてなかったのか。寝てろって言ったのに窓際にいるのが見えたから、少し楽になったのかと思ったけど……。……さっきより熱いぞ。苦しくないか?」
「だいじょーぶ。ちょっと頭が重くてぼーっとするだけ。リンクの手、冷たくて気持ちいい。このまましばらく、いい?」
「おう。いいぞ。でも、しばらくしたらちゃんとベッドで寝ろよ?」
「うん。ありがとう」

 片方の手のひらをおでこに当てたままにしてもらっていたら、もう片方の手でそっと優しく頭を撫でられた。繰り返しもたらされるその優しい感覚が心地よくて安心できて、気が付いたら目を瞑ったまま眠りに落ちていた。

***

 次に目を覚ました時、目を開けたら鼻先がくっつきそうなぐらい目の前にリンクの顔があって「これは夢かな」と、夢なのか現実なのかわからなかった。ここ、ベッドの上だよね。リンクが運んでくれたのかな。……運んでくれたんだよね。自分で歩いた記憶が全くないもの。
 ぽやーっとした頭で目の前のリンクの顔をまじまじと見つめる。
 小麦の稲穂のような茶色がかった黄金色の髪、薄い唇、ほどよく日に焼けた滑らかな肌、男らしく凛々しい顔つき。そのどれもが愛しいなと、急激に心の中にリンクへの想いが膨らむ。この顔で、人懐っこいというか誰にでもおおらかで優しくて面倒見の良い頼れる兄貴! って感じだから、そりゃーモテるよね。なんて日頃から思っていることをしみじみ思う。そんなリンクが無防備な寝顔をさらして私の目の前で眠っているなんて、やっぱり夢かな。
 ああ、でも……眠る前に比べると熱が下がっているのかもしれない。頭の重さも熱っぽさもかなり楽になっている。そしてはっとした。もしも私のこの体調不良が疲れからくるものじゃなくてウィルス性のものだったりなんてしたら、こんな近距離にいたらリンクに移ってしまう。
 ハイラルにウイルスによる『感染症』の概念があるのかどうかは、この世界に来てからの間にそういう病気を経験したことが無いからいまいちわからないけれど、万が一ということもあるだろう。リンクが本格的に体調を崩しているところを見たことはないけれど、この距離はまずいよね?
 そう思ってリンクから距離を取ろうと身体をもぞもぞ動かしたら、腰にかかっていたリンクの腕に不意に力が入って、ぐいっと腰を引かれた。

「どこに行くんだ」
「あれ……起きてたの?」
「起きてた。ナマエが目を開ける直前まで、ナマエの寝顔を見てた」
「それは……恥ずかしいよ……」
「恥ずかしがれるぐらい頭の中がハッキリしてきた? 少し前に一度目を覚ました時には、ふにゃふにゃ笑って俺にすり寄ってきてたぞ」
「……う、そ。……全く記憶にない」
「だよなー。熱のせいなのかわかんねーけど、すごく色っぽい潤んで目で迫られて、これは何の試練なのかって思った」
「あ…あはは……」
「熱が下がりきったら覚えとけよ?俺、今すげー『待て』されてる気分」

 ニヤリと悪い顔をしながらそっとリンクが私の顔にかかる前髪を指先で払う。そのままおでこをぴとっとくっつけられて「ん。熱はもうないみたいだな。良かった」なんて爽やかに言ってのけるリンクは私をドキドキさせるポイントを押さえ過ぎだと思う。

「リンクに欲しがられるの、嬉しいからいいよ。でも、熱が移っちゃったら大変だから、今は離れよう? ね?」
「鍛えてるから大丈夫だって。今は昔と違って……追い詰められるようなこともないし。ナマエの傍にいる方が落ち着くんだ。なぁ、だめか? ナマエの熱が下がるまで、傍にいちゃだめか?」
「うっ……(頭にペタッとした狼の耳が見えるっ!)……あのね、私は私のせいでリンクが体調を崩してしまうんじゃないかってことが心配なの。だからさすがに同じベッドでこの距離はまずいかなって。……でも、本音を言えばベッドの傍で手を握ってくれると嬉しいな」
「! わかった! じゃあ、そうする!」

 目を覗き込みながらお願いしたら、ぱぁぁっとヒマワリを背景に背負ってそうな勢いでになるリンク。ペタッとしていた耳もピンっと立ったし、何ならふさふさの尻尾が勢いよく左右にぶんぶん振られている幻が見える。そんなリンクはいそいそとベッドから出たと思ったら直ぐ近くにあったスツールを寄せて来て、さっそく、リンクの側にある私の右手を両手でやさしく包み込むように握ってくれた。

「ありがとう、リンク。リンクが傍にいてくれるとすごく心強いよ」
「おう。それなら良かった! 病気の時はどうしたって何か気持ちが弱くなるもんな。ナマエが早く元気になりますよーにって気持ち込めてるから。ゆっくり休んで、しっかり食べるんだぞ。ナマエが眠ったら、起きた時に食べられるようにカボチャシチューを作っておくからさ」
「……リンクが作ってくれるの?」
「おう。チーズ入りのすっげー美味いやつな!」
「ふふ。ありがとう。楽しみにしてるね」
「おう!」

 右手を包むリンクの手の温もりから私のことを本当に大事に思ってくれてるんだなって気持ちが伝わってきて、嬉しくて、幸せで、くすぐったい。

「いつもありがとう、リンク。大好きだよ」
「俺もナマエが大好きだ。元気になったらデートしような!」
「うん。元気になったらね。楽しみにしてるね」

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2024.07.11先行公開