星降る平原

 ナマエと恋人になることができてからはよりいっそう城下町に滞在することが増えた。元々不定期で騎士団の手伝いを依頼されることがあったから城下町の一角にある騎士団所有の宿屋の一部屋を滞在先として確保してもらっていたけれど、これまではただ寝るだけだったその部屋に、少しずつだけど彩りが増えていっている。
 それはナマエの存在が俺の生活の中でどんどん大きくなっていってるって証拠で、何だかすごく幸せでくすぐったい。
 最初の出会いはナマエにとって怖いものだっただろうし、俺もナマエの怯えように落ち込んだこともあったけど、今こうして手を伸ばせば触れられる距離にナマエがいることが嬉しい。
 部屋の中に設置された小さな調理場に立つナマエを後ろから抱きしめれば、腕に抱いたナマエがぴくっと反応するのも嬉しい。
 そんなナマエに、ナマエの元の世界では一ヶ月前の『恋人の日』に対になる日があるということを聞いて、密かに準備していたことがある。いつ話をしようかななんてぼんやり思いながらずっとナマエを抱きしめたままでいたら、腕の中のナマエが振り返って見上げてきた。自分から抱きしめているとはいえ、その近い距離にドキッとする。相変わらず良い匂いするし。

「ねえリンク、今日は何を食べたい?」
「ナマエを食べたい」
「へ?……こら!そういうことを聞いてるんじゃないの!」
「はは。悪い悪い。つい」
「もう。昨夜も……たっぷり仲良ししたでしょ。体力有り余りすぎじゃないの?」
「おう。体力が勝負の仕事をしてるからな。そういうナマエも最近はベッドから起き上がれないことが少なくなったよな」
「……どこかの体力バカさんに付き合ってるうちに何故だかね。私の移動範囲なんて自宅と職場とこの部屋ぐらいなのに。うぅ……リンクのせいだからね」
「俺の『おかげ』だろ?良かったな。体力ついて。もっと体力つけような」
「もう!リンクのえっちっ!」

 真っ赤になって頬を膨らませるナマエが可愛すぎてたまらない。だけどあんまり機嫌を損ねるとしばらく冷たい態度をとられてしまうからこのぐらいでやめておこう。

「わりと本気でナマエのことを食べたいけど、腹ごなしの話だよな。そうだな。今日は前にナマエが作ってくれた『チーズグラタン』が食べたい」
「チーズグラタンね。うん。材料あるから大丈夫。付け合わせにサラダ。デザートにフルーツタルトでいこうかな」
「やった!なあ、俺も一緒に作っていいか?」
「もちろんだよ。一緒に作ろうか」
「おう」

 こうして同じ時間を過ごせることが嬉しい。
 ナマエを喜ばせるために何が出来るかって考えるのが楽しい。
 まさか自分がこれ程まで『恋』とか『愛』とかいうものにどっぷり浸かることになるとは思ってもいなかったけど、ナマエと一緒にいたい、ナマエの笑顔を守りたいと言う気持ちが確かに俺の中に育っていて、それは他の誰に向けるものとも違う特別な想いだ。
 それを改めてナマエに伝えたいと思ってる。

「そういえばさ」
「なあに?」
「前に城下町の外に行ってからもう随分たっただろ?」
「……うん」
「今度、ナマエをトアル村に連れて行きたいと思ってるんだけど……。城下町から外に出るのは怖いか?その、……魔物がいないわけじゃないから」
「うーん……本音を言うと怖いけど、リンクが一緒なら大丈夫かな。前にハイラル平原にデートしに行った時みたいに、守ってくれる?」
「当たり前だろ。ナマエのことは俺が守るよ」
「ん。ありがとうリンク。うん。そう言ってくれるなら、頑張ってみるよ。ところでいつ行くの?」
「えーっと……今日?」
「え、今日?」

 にかっと笑って言ったら、料理中のナマエの手が止まって目が点になった。うん。言いたいことはよくわかる。唐突だもんな。トアル村まで行くのは「ちょっとそこまで買い物に」っていうような気軽な話じゃないし。ナマエからすれば仕事の都合もあるだろうし。
 だけどそのへんの抜かりはない。

「テルマには話を通してるから、仕事のことは気にしなくていいぞ。今日、出発する」
「ええ!?テルマさん、何も言ってなかったよ?それに私、着替えとか持って……」
「この部屋にあるだろ」
「……あるね。改めて思い返してみると、この部屋、私のものがだいぶ増えたね。ごめん、今度片付けるね」
「片付けるって……え、もうこの部屋には来ないってことか?泊まっていくことも無いってことなのか!?」
「そ、そういうわけじゃないけど、さすがにちょっと増えすぎたかなぁって。初めてこの部屋に来た時には殺風景だったのに、もはや宿の一室というよりも部屋のようになっちゃってるし」
「もともとこの建物自体が騎士団の所有だって話だから、そこは気にしなくていいって。それよりも、せっかくナマエと一緒に暮らしてるみたいな感じになってきたのに、片付けるなんて寂しいこと言うなよ。俺、泣くぞ?」

 我ながらあざといなとは思うけど、ナマエはこういうストレートな物言いに弱い。今も俺の言葉に反応して頬を染めて、「あー」とか「うー」とか言って口をぱくぱくさせてる。

「じゃ……じゃあお言葉に甘えてまだ置かせておいてもらおうかな」
「『まだ』?」
「う……リンクがダメって言うまで」
「それならずっとだな!もっと増やしていいからな!」

 嬉しくってにかっと笑ってナマエの頭をわしゃわしゃ撫でたら「セットが崩れるー」なんて文句を言いながらも俺の好きなようにさせてくれていた。やっぱり好きだ。

***

 食事と出発の準備を終えた頃にはもう黄昏の時間が迫っていた。俺の希望で作ってもらったチーズグラタンは美味かった。フルーツタルトは調子に乗って俺がフルーツとクリームを盛りすぎてしまって、食べる時には大崩壊してクリームまみれになって鼻の頭にクリームを付ける事態になって二人で爆笑した。そんなこんなで楽しく過ごしていると、あっという間に時間が過ぎていく。ナマエと一緒に過ごす時間はいくらあっても足りないぐらいだ。
 何時もだったらこの時間にはナマエを部屋まで送っていく時間だけど、今日はこれから城下町を出発する。ナマエにはトアル村に行くことを話したけれど、その前にナマエに見せたい景色があった。その場所に行くにはそろそろ出た方がいい。
 ナマエを伴って城下町の南門からハイラル平原に出て口笛を吹いたら、それから間も無くしてエポナが現れた。光と闇の戦いの頃からずっと相棒として一緒に過ごしてきた相棒は、ナマエにもよく懐いている。ナマエからリンゴをもらって今日もご満悦だ。

「久しぶりだね。エポナ。今日もよろしくね」
 
 二人で遠乗りに行く時には何時もそうしているように、ナマエを前に乗せて俺はナマエの背中を支えるように後ろ側に乗る。

「しっかり掴まって」
「うん!」

 元気な返事と共に一つに束ねられた肩より少し長いぐらいのナマエの髪がぴょこんっと揺れた。何か小動物みたいだ。

「ナマエの髪、だいぶ伸びたな」
「ハイラルに来てから何度かは切ってるんだけどね。最近はぎりぎり束ねられるぐらいまでの長さにはするようにしてるんだ。厨房に入ってる時に束ねられた方が楽だし、衛生的にも良いからね」
「ナマエは短いのも長いのも可愛いな」
「っ……き、急にそういうこと言われると照れるんだけど」
「おう。照れてるところも可愛いぞ」
「り、リンクが甘いっ……!」
「本当のことを言ってるだけなんだけどな」
「も、もういいから!」
「ははっ」

 耳の先までほんのりと赤く染まっているのが可愛くて仕方ない。いつまでも愛でていたいと思うけれど、そろそろ行かないと丁度良い時間を逃してしまうから、エポナに合図をして、平原へと歩き出した。

 トアル村に行くには城下町の南側に広がるハイラル平原をまっすぐ南に進んで行けばいい。もうこれまでに何度往復したかわからないぐらい通った道をナマエと一緒に進んでいく。トアル村まではこの速度で進むと三日ほどかかるだろう。途中、馬に慣れていないナマエに負担のかからないよう休憩しながら進めばさらに日数がかかるだろう。それも想定して旅の準備を進めてきた。
 その荷物の中に忍ばせているものがある。
 実は本当の本当の目的は、それをナマエに渡すことだったりする。渡すだけなら城下町のいつもの部屋の中でも構わないけれど、せっかく渡すんだったらナマエが喜ぶような場面で渡したい。俺は女の子が喜ぶようなことはあまりわからないけど、普段から景色の良い場所に連れていくと楽しそうにしているから、きっと喜んでくれるだろう。夜の時間帯に連れ出すことも初めてだし。きっとあの平原の夜を喜んでくれるはずだ。

 そうして移動すること三時間ほど。
 ナマエの頭が船を漕ぎ始めた。

「ナマエ、大丈夫か?」
「うん。何とか。だけどちょっと眠いかなぁ……」
「あと半刻ぐらい頑張れそうか?」
「うん。頑張る!」

 答えるナマエにもう少しだけ頑張ってと心の中で声をかけて頭を撫でたら、背中を預けて擦り寄ってくるナマエ。可愛いからいっそうわしゃわしゃと頭を撫でたら「やりすぎ」と、ぺちっと手を叩かれた。やっぱ可愛い。

 エポナの歩みを止めることなくさらに進み、ようやく目的の場所へ着いた頃にはすでに目的のものが始まっていた。頑張ると言っていたナマエだったけど、暫く前に寝落ちしてた。起こすのは悪いなと思いつつ、どうしてもナマエに今この場で起きていることを見せたくて声をかけたらうっすらと開くナマエの目。

「りんく……?着いたの……?」
「おう。着いたぞ。ナマエ、空を見て」
「空……わ、星が流れてる……流星群?」

 ぼーっと空を見上げたナマエの目が絶え間なく降り注ぐ星の光を認めた瞬間、ぱっと見開かれた。

「どうしてもこれをナマエに見せたかったんだ。無理させてごめんな」
「ううん。大丈夫だよ。ありがとうリンク!わー……すごい、絶え間ない!」
「今、降ろしてやる。俺はキャンプの準備をするからナマエはゆっくり星を見てて。今日はほぼ一晩中見れるって話だからさ。天空オタクのシャッド情報だから間違いないと思うぞ」
「天空オタクって。イリアちゃんの旦那さんをそんな風に言わないの」
「いいんだよ。あいつは『天空オタク』って言われるのをある意味喜んでるからさ」
「そうなの?」
「そーなの」

 そんな話をしながら手を取って馬上からナマエを下ろし、荷物の中からブランケットを出して地面に敷いて座るように促すと、つんっと服を引かれた。

「リンク、私も一緒に準備するよ。流星群は一晩中見れるんでしょ?二人で準備したらキャンプの準備、早く終わるよね」
「おう。まあそうだけど……疲れてるだろ?ゆっくり見てていいぞ?」
「恥ずかしい話、動いてないと寝ちゃいそうなの。こんなに綺麗な流星群だから、リンクと一緒にしっかり見たい。リンクが横で起きろーってしてくれたら起きていられると思う。だからお願い。私にも手伝わせて」
「わかった」
「やった!」
「楽しそうだな」
「うん。リンクと一緒だから楽しいよ」
「っ……ん。それは良かった」

 ふわりと笑うその笑顔にドキっと心臓が跳ねる。その笑顔は不意打ちだろ。キスしたくなる。

「そんな可愛いこと言ってると星じゃなくてナマエを愛でたくなるな」
「肩を抱いてくれるなら大歓迎だよ?」
「キスは?」
「ん……キスも」
「じゃあそれ以上は?」
「良いわけないでしょ。外だよ!」
「やっぱダメかー」
「だーめーでーす。もう。リンクのえっち!」
「んん。そんな言い方するから食っちまいたくなるんだけどなぁ」
「今の言い方のどこにそんなスイッチが入る要素があったの!」
「いつもの事だろ?」
「うう……そうでした。狼さんだもんね。色んな意味で」
「そうそう。狼だからな。色んな意味で」

 にやっと笑って言ったら、ナマエがわかりやすく真っ赤になる。何度言っても足りないぐらい可愛い。そんなナマエに、流星群とは別のプレゼントをもう渡してしまおう。

「そうだナマエ」
「なぁに?」
「これ、やる。この前のトリュフのお礼。ナマエの元の世界にはそういう慣習があったんだろ?」
「これ……髪飾り?」
「おう。ナマエの髪……伸びただろ?だから丁度いいかなって思って」
「いいの?」
「当たり前だろ。ナマエのために選んだんだ。……好みじゃなかったか……?」
「ううん。すごく好みのデザインだからびっくりしてる。それにここにはまってる石……エメラルド?光の勇者のリンクの色だね。嬉しい。これ着けてたら、ずっとリンクと一緒にいるみたいだね」
「っ……おまっ……」

 そーゆーとこだぞ!俺が狼だって本当にわかってんのか?本当に今すぐ食っちまうぞ!「えへへ」と照れくさそうに笑うナマエに心臓を撃ち抜かれた気がした。