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 古代ハイラルでガノン君に口付けられて視界が暗転し、次に目を覚ました時には見知らぬ天井の下で仰向けにベッドの上に寝かされている状態だった。
 何故だか身体中がすごく痛い。その痛みに何とか耐えながらもベッドからゆっくりと身体を起こしたら、ベッド脇にいた見知らぬ金髪の男が私の名前を呼び、私のことを自分勝手に抱いてしまってごめんと謝ってきた。その瞬間、驚くほどの悲しみが全身を走って心の芯が冷えてとんでもなくやるせなくなってしまって、直ぐにでもこの場から逃げ出したくなった。
 だからプルアやゼルダのところにワープしようと自分のスマホを探したけれど見当たらない。スマホが無ければ私はこの世界できっと生きていけない。死活問題だ!
 何処にあるのかとパニックになりながら叫べば、私のスマホを爪の長い深緑色をした手に持って差し出してくる目の前の男。何だろうかこの手は。何で貴方が私のスマホを持っているの!
 とにかく男の前から逃げたくて、男の手から奪い取るようにしてスマホを取り返し、アプリで表示したマップから『監視砦』を選んでタップした。何時ものように、青白い光の粒子に身体が包まれ宙へと浮き上がる。
 視界が真っ白になる直前まで目の前の男は焦った顔で何かを叫んでいたようだけれど、とにかく目の前の男から逃げたかった私は耳を塞いで目を瞑って、浮遊感に身を任せた。

「プルア!!」
「どーしたのよナマエ。アンタがそんなに慌ててるなんて珍しいわね。何よ。リンクと喧嘩でもしたの?」
「…………………リンク?」

 監視砦に到着するなり駆け足でプルアの研究室を目指して突撃した。プルアならきっと匿ってくれるし、話を聞いてくれるだろう。そう思ってプルアに声をかけたのだけれど、プルアから返って来た耳慣れない名前に思わず眉を顰める。すると、目の前のプルアの目が驚いているかのように僅かに大きく見開かれた。……けれど直ぐに小さなため息と共にジト目になった。

「リンクはアンタの恋人でしょ?何よ。あんまり酷い喧嘩をしたから周囲まで巻き込んでリンクに仕返ししちゃおうって魂胆なの?二人でやりなさいよ全く………」
「プルア」
「何?」
「私に恋人はいないけど………」
「…………………………は?」

 たっぷりの沈黙の後、再び驚きに彩られるプルアの顔。どうしてそんな顔をされるのかがわからなくてプルアの目をじっと見返したら、眼鏡の奥の赤目がきゅっと細くなった。

「『リンク』って誰?」
「アンタ………まさか………」
「プルア!ナマエさんはここにいる!?………あ、ナマエさんっ!!」

 プルアが私に向かって何かを言いかけた時、バンっと大きな音を立てて研究室の出入り口の扉が開いた。聞こえて来た声と音にビクッと大きく肩が跳ねる。音のした方向に目をやれば、そこには私が目覚めて直ぐに声をかけて来た金髪の男がいた。男は私の姿を認めると、ワープ直前に目にしたような焦った顔で私の方へと近づいてくる。その瞬間、再び激しい悲しみが襲ってきて思わず息が詰まりそうになって反射的に後退りしていた。
 嘘でしょう!?監視砦にワープする前の見た地図では私はアッカレにいた。アッカレから監視砦まではかなりの距離がある。それをこんな短時間で移動して来た?もしかして私のスマホのようにワープできるものを持ってるの?ゼルダが持ってたプルアパッドのようなもの?もしかしてこの男も持っている?あれはまだワープ機能が実装できていなかったは、ず……うぅ……どうしてっこんなに頭が割れるように痛い。ぐるぐると頭の中を流れる情報に目眩がする。

「ナマエさん、俺…………」
「近づかないで」
「え………でも、ごめん!俺謝りたくて……」
「近づかないで!来ないで!!嫌だ!プルア、この人何で私のことを知ってるの!?」
「………ナマエ、アンタ本当にこれが誰かわからないの?!これが『リンク』よ!アンタの恋人の」
「は?」
「ちょ、待って!本当に俺のことがわからないの?……ナマエさん?!」

 プルアはこの男こそが私の恋人の『リンク』だと言う。それが事実なのだと裏付けるように、私が男のことがわからないと反応を返したら目の前の男の顔が見る間に歪んで泣きそうな顔になった。その顔を見てチクリと胸の奥が痛む。けれど同時に、ガンガンと頭の中で大鐘を鳴らされているような頭痛と、身体を切り裂かれるような悲しさ、心臓を締め上げられるような痛みに襲われてそれどころじゃない。

「待って………、痛い………」
「ナマエ!」
「ナマエさん?!」
「貴方は近づかないで!!」

 あまりの痛みに思わず床に膝をついてしまったら慌てたようなプルアと男の声が聞こえて、次いで足音も近づいて来たけれど、慌てて「近づかないで!!」と叫んだら一人分の足音だけになった。やばい。呼吸が苦しい。この流れのままじゃ過呼吸になってしまう。どこか冷静な自分が『落ち着くんだ、私!』と諭してくる。何だろうこれ、身体は言うことを聞かないのに頭の芯は冷えている。この世界にAEDは無いけどトパーズを杖にスクラビルドしてもらったら電撃が代わりになるだろうか?なんて………スクラビルドって何だっけ?私は一体誰に『してもらったら』なんて思ってるの?

「ナマエ」
「プルア………私………私に何が起きてるの?私の『知って』いること、ぐちゃぐちゃで状況が掴めない。ねえ、今は何が起こってるの?どの時代なの?ここは監視砦で間違いない?私はここに存在してる?本当に、ここにいる?!」
「ナマエ、大丈夫だから。アンタはちゃんとここにいるわ。ね、大丈夫だから深くゆっくり息をして。アンタに何が起こっているのか詳しく調べてみる。そこにいるリンクにも事情を聞いてみるから、アンタは奥の部屋で休んでいなさい」
「………わかった。ゼルダも奥にいるの?」
「っ!」
「プルア?」
「………姫様は今はいないわ。そこんところも後で説明してあげるから、今はゆっくり休みなさい。いいわね」
「うん………。ありがとう、プルア。ベッド借りるね」
「貸一つよ」
「ゔ………わかったよ………」

 ニヤリと笑うプルアはいつも通りの悪戯っぽい顔をしていて、そのやりとりに安心する。そう。こうやって私はプルアと何時も軽いやりとりをしていて、気安い間柄で、時にはゼルダも交えていろんな話に花を咲かせていて、そこには何時も『ーーー』がいて………。『ーーー』って誰?
 痛む頭に手を添えてふらふらと奥の部屋へと歩いていく私に男からの言葉はなかった。私も男の方は一切見なかった。心配そうな視線は感じていたけれど、それすら心臓がぎゅっとなるような苦しさでしかなかった。

(辛い………何でこんなに辛いの?)

 頭の中がぐちゃぐちゃだ。喉が渇いて瞼の裏がチカチカするようだった。息がうまく出来ない。休まなきゃ。落ち着かなきゃ………。奥の部屋へと入り、プルアのベッドのダイブして掛け布団を頭まで被って小さく丸くなった。
 あの男の顔を見て、どうしてこんなに悲しいのかわからない。でもただただ悲しい気持ちが溢れてしまって、男の声を聞けば聞くほど何故だか辛くなってしまう。だから、隣の部屋にいる二人の声が聞こえなくて済むように真っ暗な布団の中でさらに耳を塞いだ。

 ……そしてそのまま眠ってしまったらしい。

 はっと気がついたら涎を垂らして寝てしまっていたようで、慌てて口元を服の袖で拭った。うぅ……後でちゃんと洗濯しよう。
 そろりと布団の中から頭だけを出し、辺りの様子をうかがう。人の気配を感じない。ハイラルにトリップしてきて身体を鍛えるようになってからというもの人の気配にも大分敏感になったから、意図的に気配を消されていない限り本当にこの部屋にも、隣にも部屋にも誰もいないはず。
 壁越しに聞こえてくるかすかな虫の声が、おそらく今が夕暮れを過ぎた頃なのだと教えてくれていた。

「プルア……」

 外出してしまったのだろうか。あの金髪の男……『リンク』との話は終わったのだろうか。あの男に事情を聞いてみると言っていた。事情って言うけれど……一体何を聞くというのだろうか。あの男の顔を思い出すと酷く落ち着かない気持ちになる。悲しい、寂しい、苦しい。寝落ちする前のような酷い焦燥感は少し落ち着いたけど、どうしてこんな風に身を切られるような感情が湧き出るのだろう。
 手元のスマホに表示された時刻を見れば、今は夜の七時過ぎだった。……お腹空いた。でも食欲がわかない。お腹が空いているのに食べたくないって一体どんな状況だよ。と自分にツッコミをいれつつ、のろのろと布団から這い出してベッドに腰掛ける。
 そして両手を組んではぁぁぁ………っと大きなため息。

(過剰反応だったかな………)

 脳裏に浮かぶのは『ごめん』と謝りながら傷ついた表情(かお)をしていた男のこと。仮にプルアの言っていることが真実なのだとしたら彼は『リンク』という名前の私の恋人で、大人な恋人なのでまぁ大人な関係も十分想定の範囲内でしょうと冷静になってみれば理解できる。『勝手な抱き方をした』と言っていたのだって、男女の関係なら『抱かれる』こと自体は不自然な事じゃないだろう。何より今更だけど、そんなことを言っていた割には私の身体は筋肉痛でところどころ痣のようになっているところはあれど、小綺麗なものだ。きっと『そういうこと』の事後に綺麗にしてくれたのは彼なのだろう。
 そう思うと何だかソワソワしてきた。何で私は彼を目の前にしてあんなにも『悲しい』気持ちに襲われたのだろう。どうして逃げたくなるぐらいやるせない気持ちになってしまったのだろう。

 わからない、何でなのかわからない。
 もう一度彼に会えばわかるだろうか。

 はぁっともう一度大きくため息をついて、でも、ぐっと拳を握って気合いを入れる。とにかくこのままモヤモヤしていても仕方がない。プルアは冗談を言うような人じゃないし、ゼルダがいないとプルアが言っていたことも気になる。
 ここに来てから軽く数時間は経っているだろうから、プルアもあのリンクという男に話を聞くことは出来ているはず。何事も問題解決をするには状況を把握するところからだね。頑張れ私!…………って思ってたんだけどね。

「あ、やっぱ無理」

 彼の顔を見た瞬間、身体が震え始めて泣きそうになった。彼のことを怖がっているんじゃない。湧き上がるこの気持ちは、やっぱり『悲しみ』だ。

「え、そんっな……ナマエさん!待って!」
「いっ………嫌だ!追いかけてこないでっ!!」
「待って!何処に行くの!」
「ちょっとリンク!なにぼさっと突っ立ってんのよ!あの子、ワープする気よ?!」
「わかってるっ……けど……」

 私に向かって伸ばされた彼の手が力無く下される。それを横目で見ながら、私はスマホに表示した目的地をタップした。

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2024.09.28 先行公開
2024.10.03 本公開