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 馬宿からタバンタ大橋方面に向かうには、まずは終焉の谷を抜ける必要がある。かぽかぽと規則的に響く蹄の音を聞きながら、慎重に手綱を操って緩やかな傾斜になっている終焉の谷を西へと進んでいく。
 うん。やっぱり身体の使い方をしっかり覚えることが出来ているみたいだ。今のところ、ハイラルに一人で乗ることに問題は無さそう。
 ただ、身体の使い方は覚えたけれど、たった一晩眠っているだけで物理的に乗馬に必要な筋肉がつくわけもなく、そんなに長いことは乗っていられない。この速度で移動しながら休憩も挟むとなると、タバンタ大橋馬宿まで数日はかかりそう。リンクくん一人だったら半日もかからないんだろうなぁ……。はぁ……。と大きくため息をついたら、ハイラルの身体半分程度後ろでエポナを歩かせているリンクくんからもほぼ同時にため息が聞こえてきた。

「?どうしたの、リンクくん」
「…………不満があります」
「(何で敬語?)不満……あぁ、そっか。この速度で移動してるんじゃなかなかリトの村まで辿り着けないよね……。ごめんね」
「俺が不満に思ってるのはそこじゃないよナマエさん」

 早く目的地まで行きたいよね。
 足を引っ張ってしまってごめんね……と思って謝ったら、神妙な顔で静かに首を横に振られた。

「俺が不満なのは」
「うん」
「ナマエさんの温もりと匂いと柔らかさを堪能しながら二人乗りできないことだよ!」
「…………………ん?」
「ナマエさんの温もりと匂いと柔らか「繰り返さなくていいから!」……えー……」
「『えー』じゃないよ!」

 君、残念発言に日々磨きがかかってないかな?!そしてそれを嫌だと思ってない私。
 あーーーーーっ!
 もう、あーーーーーっ!!

「ナマエさん、何一人で百面相してるの」

 きょとんっとした顔で見てくるリンクくんが少し憎らしい。
 誰のせいだと思ってるのかな。この子は!

「…………とにかくまぁ、無事に古代ハイラルから戻って来れたんだし、そんなに拗ねないでよ」
「ナマエさんが経験した一ヶ月が一晩で済んだのは良かったって思ってるよ。ナマエさんと一ヶ月も会えなかったら、俺、ナマエさん不足になって『死んだ魚の目』ってやつになってると思う」
「君結構その表現気に入ってるよね」
「うん。実はちょっと面白くなってる」
「自分のことだというのにこの子は………!ご、ごほん!とにかく!一ヶ月の感覚が一晩だったのは吃驚した。タイムパラドックスってやつだよね。すごいよねー。本当にすごい。私的にはラッキーだったかな。いずれ乗馬の練習をしたいと思ってはいたけど、リンクくんの旅に同行しながらってのはなかなか難しいんじゃないかなって思ってたから。この時代に戻ってくるキッカケがなくてどうしようかと困っていたけど、時間を有効に活用できたから、めでたしめでたし」
「………………遠慮せずにもっと早い段階でナマエさんにキスしてれば良かった」
「それが戻って来れたキッカケだったかどうか本当のところはわからないよ?」
「いーや。絶対に俺のキスがきっかけだったね。じゃなきゃそれまで声をかけても触れても全く反応のなかったナマエさんが急に目を覚ますなんて無いよ。キスした直後にばちって目が開いたんだから。その後ナマエさんからキスしてくれたの、本当に嬉しかったなー。………何で口元隠すの?」
「り……リンクくんがニヤニヤしながら見てくるから……ッ」
「ははっ!可愛い」
「ほんっと、反応に困るから息をするようにそういうこと言うのやめてくれないかな」
「息をするように自然に出ちゃうから仕方ないね」
「仕方なくないよ」
「仕方ないねー。困る必要なんてないのに。好きだよ、ナマエさん」
「………………………………私も好きだよーだ

 リンクくんの言葉に返すように、小さくぽつりと呟く。でも、はっきりと伝えるつもりはないから小さな声で。いくら耳が良いリンクくんでもこの距離でこの声量なら流石に聞こえないよね。って何か恥ずかしいなぁ私!この前からずっと乙女思考の恋愛脳だよ!と思って、自分に気合を入れ直すために少しハイラルの足を早めようと合図を出そうとして、ふと少し後ろとはいえほとんど並走している状態だったリンクくんが隣にいないことに気づいた。しまった。照れ臭くて前しか見てなかった。
 リンクくんはどこに?
 そう思って手綱を引いてハイラルに足を止めてもらって後ろを振り返ってみたら、リンクくんは距離にして多分、十メートルほど後ろで止まっていた。

「リンクく……」

 声をかけようとして、はっとした。
 何故ならリンクくんが口元を手の甲で隠しながら、耳の先まで真っ赤になっているのが見えたから。途端、顔面が沸騰した。まさか、まさか!さっきの声の大きさで聞こえてた……?
 まずい。顔が熱い。これは深く突っ込まれる前に逃げなければ!

「は……ハイラル、行くよ!」
『ヒヒィン!』

 号令をかけてリンクくんから距離をとるためにハイラルを全力で走らせる。襲歩も頑張った。身体の出来ていない状態で襲歩だなんて『愚の骨頂だよね』なんてリーバルがいたら絶対鼻で笑われるよね?!なんて若干パニック状態になりながらも目の前だけを真っ直ぐに見てハイラルを走らせた。途中にエレキローブっぽいのがいるのが見えたけど、無視。そのままの勢いで終焉の谷を抜けるところまで来た。
 ……………………で、ハイラルの体力が尽きる前に私の体力と身体が限界になってあっさりとリンクくんに追いつかれた。

「ナマエさん、一人で勝手に行ったら危ないよ!魔物やイーガ団に襲われたらどうするの!」
「ゔ……ごめんなさい……」

 そして追いつかれて開口一番怒られた。
 はい。ごめんなさい。仰る通りです。

「ほら!無茶したから脚がガクガクしてる。それじゃあハイラルから一人で降りられないでしょ。ハイラルに感謝しなよ?ハイラルが賢い馬だから振り落とされなかっただけだからね。筋力ないから筋肉つけないとって言ってたの誰だっけ?」
「私です……ごめんなさい」
「次無茶したら、俺が良いって言うまで一人で馬に乗るの禁止だからね」
「はぁい……」
「ナマエさんの腰に紐つけて俺と繋ぐから」
「はぁ………い?」
「異論は認めません」
「はぁい………」

 これは本気で筋力つけなきゃ。
 それと、すぐに逃げたくなる逃げグセをどうにかしなきゃ……。

「リンクくん、ごめんなさい」
「ん。もういいよ。本当に危ないから、次は無いようにしてね」
「うん。ちゃんと叱ってくれてありがとう。頭が冷えました」
「じゃあ一度馬から降りて休むよ。降ろすから、ちょっと待ってて」
「はぁい」

 情けないかな古代ハイラルでは馬の乗り降りも出来るようになっていたのに、自分のやらかしのせいでテンパって無茶して身体痛くなって降りられなくなるなんて本当に目も当てられない。誰だ。無茶して足引っ張ったら本末転倒だって言ってたの。私だよ!
 リンクくんに降ろしてもらいながら自分の不甲斐なさに呆れてはぁっとため息をついていたら、ふにっと額に柔らかな感触。え?と思って顔をあげたら、にこにこしているリンクくんと目が合った。今キスしてきたよね?

「動けないから逃げられないね。ナマエさん」
「へ………?」

 行動と言葉の真意を尋ねる前に、横抱きにされた状態で近場の木の下まで連れて行かれ、そのままの状態で座り込んだリンクくんにぎゅっと抱きしめられる。

「ナマエさんの気持ち、小声じゃなくて、ちゃんと聞きたい」
「っ………何の」

 ことかな?……そう続けようと思ったけど、続けられなかった。一瞬、私を抱きしめる腕の力が緩んで身体が離れたと思ったら、頬に手を添えられてキスされたから。触れるだけの優しいキスに、脳が蕩けてしまいそうだとぼんやり思いながら目を伏せてしまう。触れた部分が熱い。何度も繰り返し角度を変えて口付けられて、知らずリンクくんの服をぎゅっと強く握ってた。

「………ナマエさん、すごく欲しそうな顔してる」
「っ………」
「ねえ、俺のこと好き?」
「…………」
「目が泳いでるよー。ねえ、好き?俺、ナマエさんの口からはっきり聞きたい」
「あう………」

 どっどっどっどうしよう!
 これが他人事だったら、焦ったいわさっさと白状してしまえ!ってきゃーきゃー盛り上がっちゃうけど、自分ごとになると私って本当にポンコツだ!
 顔が熱い。
 沸騰する。
 リンクくんを真っ直ぐ見れなくてリンクくんの胸元に顔を埋めて顔を隠していたら、不意に背中に回っていた腕の位置が変わってぐるっと世界が回転した。
 あ、れ?

「ナマエさん」

 にっこりと満面の笑みのリンクくんの腕が顔の横にあるのはナンデカナ。背中に草の柔らかさを感じるのはナンデカナ。

「あんまり素直になってくれないんだったら、地底でみつけたコンラン花をぶつけて混乱状態にして自白させるよ?」
「そ、そんなの笑顔で言うことじゃないよ!怖いわっ!」
「それともこのままナマエさんを抱く方がいいかな?ナマエさんとの初めてはベッドの上が良いかなって思ってたけど、仕方ないよね。気持ち良くなったら素直になってくれるかな?」
「それも笑顔で言うことじゃないよ!?仕方ないことでもないからね?!」
「…………でも、嫌がってないでしょ?」
「っ………!!」

 リンクくんの言葉が否定出来ない。
 ………嫌がるどころか、そうまでして私が欲しいとアピールしてくることを嬉しいと思ってしまっているから。

「ナマエさん」
「ひゃっ……」
「逃がさないよ」

 つーっと指先で首筋をそろっとなぞられ、呼吸が止まりそうになる。

「俺のこと、好き?」

 こてんっと首を軽く傾げつつも確信を持って聞いてくる空色の瞳から目が離せない。熱を孕んだその瞳からもう逃げられない。

「す……………」
「す?」
「………………好き
「もっと大きい声で聞かせて」
「………好き。リンクくんのことが好き……で、す………」
「……………」
「……………」
「……………」
「………ちょっと、何か言ってよ!」
「は………」
「は?」
「はぁぁぁぁ!良かったぁぁぁぁぁっ!!」
「え、わわっ!!ぐ………」

 好きだってはっきり言ったはずなのに何も言ってくれないし表情の変わらないリンクくんを恥ずかしさマックスでじろっと睨んだら、突然リンクくんが身体の上に落ちて来て潰された。ちょ、待って重いッ!重い重いッ!!
 リンクくんの重さだけじゃなくて、背中に背負った装備の重量までプラスアルファでこれじゃ圧死する。告白直後に圧死するなんて嫌すぎる!苦しくてバシバシとリンクくんを叩いたら「ごめんっ!」って慌てながら上から退いてくれた。はぁ……本気で死ぬかと思ったっ……!

「ごめんナマエさん、大丈夫?」
「危なかった………死ぬかと思った」

 あのままリンクくんが退いてくれなかったら、今私が仰向けになって見ている空が黄泉の国の空になっていたかもしれない。
 はぁ……とため息をついたら、寝転がったままの私の横でリンクくんが土下座した。

「ごめんなさい!ナマエさんが死んだら俺も後を追う!」
「今の流れでその発言はかなり怖いからそれは止めて。…………それより、何で何も言ってくれなかったの。私の気持ち、聞きたいって言ったのリンクくんの方でしょ」

 土下座はやめてとリンクくんの肩をとんとんっと軽く叩いてから身体を起こしてリンクくんの方を見る。土下座はやめたけどまだ正座してる。変なところで律儀だよね……リンクくんって。

「それは、その……」
「何」
「実は俺の聞き間違いだったらどうしようって不安だったから、ナマエさんから『好き!大好き!愛してる!』って言ってもらえて頭の中が真っ白になってしまって……」
「ちょっと待て。そこまで言ってない」
「俺には聞こえた」
「どんな聴力なのよそれ」

 耳先まで赤くしながらも適当なことを言うリンクくんに恥ずかしさも何処かに行ってジト目になってしまう。でも……あながち間違いじゃ無いかもしれない。
 正座をして膝のところでぎゅっと拳を握っているリンクくんの手にそっと触れ、もう片方の手でリンクくんの頬に手を添え、そのままリンクくんの唇に自分のそれをそっと重ねる。
 離れる間際、ぺろっとリンクくんの唇を舐めてニヤリとしたら、リンクくんの長い耳の先がふにゃっと下がってしまった。こ……これは、本気で照れてる?……だめだ。可愛くて仕方がない。

「………私を君の恋人にしてくれる?」
「もちろん。恋人じゃなくて夫婦でも良いんだよ?」
「………それはまだかなぁ」
「まだかぁ」
「うん。まだ」

 お互いにくすくすと笑い合ってこつんっと額をくっつける。

「これからもよろしくね、リンクくん」
「こちらこそよろしく。ナマエさん。じゃあ、めでたく恋人になれたわけだし、ヘブラに行ったら温泉があるから一緒に入ろうね!」
「……………ん?」
「楽しみにしてるね!」
「え」
「楽しみにしてるね!」
「えぇ………」

 あ、これは何を言っても言うことを聞いてくれないやつだ。何で温泉?と視線で聞いたら「だって恋人になったら一緒にお風呂入って良いんだよね?」ってにこにこしながら返された。そんなに一緒にお風呂に入りたかったのかな。温泉だったらインナー着たまま入れるし、まぁ………いいか。はぁ………と内心ため息をついて、花を飛ばす勢いでにこにこしているリンクくんの鳩尾をくすぐってやった。
 全然効かなかった。

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2024.09.06 先行公開
2024.09.17 本公開