エピローグ

 ウオトリー村の人たちに別れを告げ、イチカラ村へと向かってウオトリー村を発つ準備が整ったのは、リンクと再会してから二週間後のことだった。ウオトリー村のキキョウさん一家と料理屋を共同経営させてもらっていたから、きちんと筋を通してからウオトリー村を離れるべきだと思ったから、いろいろと片付けていたらずいぶんと時間がかかってしまった。

 その間リンクはリンクでのんびりとバカンスを楽しんでいた。
 お願いすればパンツ一枚で海に潜って必要なだけの魚介類を獲ってきてくれるから、お礼に海鮮パエリアを始めとする様々なシーフード料理を食べさせてあげた。

 このウオトリー村は、この先数年のうちに魔物たちの海賊に占領されることになる。
 詳しい時期は私もわからないからハッキリとは言えなかったけど、もしも海賊が襲ってくることがあったら、迷わず逃げて命を一番に考えてほしいこと、例え海賊に占領されてもハイラルの勇者であるリンクがちゃちゃっと海賊たちをやっつけてくれるから心配ないことを伝えておいた。
 隣でリンクが良い笑顔でサムズアップしてたから大丈夫だろう。

 ウオトリー村を出るにあたっては、半年前に私の愛馬となった黒毛が美しい『ハイラル』と一緒に行くことになった。『ハイラル』は、ウオトリー村に来る道中の馬宿で私が一目惚れした馬だ。ウオトリー村まで送ってくれたイーガ団の二人に待ってもらって、馬宿に滞在すること数日……。互いに意気投合できたから、ハイラルを所有していた馬宿から破格の値段で譲ってもらった。
 単色種で気性が荒いという話だったけど、少なくとも私とは穏やかにやっていけている。普段はツンツンしているけれど、時々デレて甘えてくるのがすごく可愛い。馬のツンデレにメロメロになる日が来るとは思わなかった。

 そのハイラルに自分で鞍をつけてあっさり馬上の人となった私を見て、リンクがぽかんっとしていた。

「……何でナマエが馬に乗れるようになってるの⁉︎」
「ふふん。驚いたかー! この半年、練習したんだよ。万が一リンクと遭遇した時に、タイミングを見計らって逃げるためにね!」
「明るい笑顔で言われると心が抉られる……」
「まあまあ。そんなわけで必死で練習したから、襲歩までできるようになったんだよ。スゴイでしょ!」
「スゴイネー……あのお尻が痛くて泣きそうになってたナマエがねー……」
「何だよ。不満そうだな。二人乗りしなくて済むようになったんだから、リンクの負担だって減るだろ?」
「むぅ」
「むぅ……って……何が不満なんだよ」
「ナマエが機嫌を損ねるとわざと男のフリをしてる時の口調に変わるからわかりやすいのは良いとして、うん。そうだね。不満ならあるよ」
「だから何が不満?」
「せっかくナマエと恋人になってナマエに堂々と触れるようになったのに、ナマエが『ケツが痛い』って言った時にお尻を撫でられないのが不満!」
「あ、アホか‼︎」
「それともう一つ!」
「まだあるのかよ……」
「ナマエが『変身術』を覚えたおかげで体型を隠さなくても一緒に旅ができるようになったから、後ろからしっかり掴まってもらったら柔らかかっただろうなって感じられないのが不満!」
「お前一回海に沈んで来いっ!」
「いだっ‼︎」

 あまりのリンクの発言に恥ずかしくてどうしようもなくて鍋を投げたらリンクの頭にクリーンヒットしてしまった。「あ、ヤバい」とさすがにやりすぎたかと思ったけれど「ナマエの愛が痛い」って相変わらずアホな発言をして何でもなかったかのようにしていたから大丈夫みたい。

 ……どうなってるの。リンクの頭の硬さ。
 何はともあれ二人と二頭でイチカラ村へと向かって出発。旅程は約一ヶ月ほどの予定で、各地にある馬宿を経由しながら進むことになった。
 ハイラルにトリップしてきてからずっと、落ち着いてどこか一か所に住むということができていなかったけれど、リンクと一緒にイチカラ村に行ったら、そこが私にとっての『安住の地』になるのかな。

***

 ウオトリー村を出発してからの旅はとても順調だった。途中何度か魔物に襲われたことはあったけど、ナマエは馬を上手に操ってすぐに逃げていた。
 そのスピードが思ったよりも早くって、俺から逃げるためにその技術を磨いたのかと思うと何とも言えない気持ちになって遠い目になった。
 ま、まあ、ナマエが安全なら良いんだけどね‼︎
 俺は馬上や地上に降りて戦うこともあったけど、厄災ガノンが封印された今、魔物は弱体化しているから大した問題じゃないし。

 この旅の中で一番俺が問題……というよりも、後にも先にもない人生最大の挑戦だと思っているのはナマエへのプロポーズだ。
 ウオトリー村近くのカール山にあるハート池で満点の星空に抱かれながらとか、サトリ山のピンク色の花を咲かせるサクラの木の下、花吹雪の舞う中でとか、シャトー峠の紅葉舞う中キャンプの焚き木を囲みながらとか、いろいろ考えた。多分どれもナマエは喜んでくれるだろうと思う。

 だけど、ナマエの世界に日常的には存在しないもので、俺がナマエに『特別』を経験させてあげられるとしたら、やっぱりあの場所しかないと思った。ウツシエの『想い出』に引っ張られて不安を抱えたナマエの『不安』を上書きするためにも。

「わ……ここからだと本当に綺麗にハイラル城が見えるね」
「うん。全体を見渡してみると壮観だよね」

 ナマエを連れて立ち寄ったのは、厄災封印前には危険すぎてナマエを連れて歩くことを避けていたハイラル平原。そのちょうど中央辺りにある『式典場跡』で、俺はこれからナマエにプロポーズする。正直、心臓がバクバクして仕方ない。厄災ガノンに挑む前だってこんなに緊張しなかった。

 そんな俺の緊張など露知らず、ナマエは馬から降りてゆっくりと式典場跡を歩いて見回っている。今のナマエの頭の中に浮かぶ情景は、やっぱりあの古の儀式を再現したあの日のことなんだろうか。

「ここも……いずれは別の用途で使われるようになっちゃうんだろうけど。見れなくなってしまう前に来れて良かった。ハイラル平原を闊歩してた歩行型ガーディアンもいなくなったから、戦えない私でもここまで来ることができて嬉しいよ。ありがとう、リンク」
「どういたしまして。そういえばナマエはこの先の未来も『知って』るって言ってたね」
「うん。知ってる。私が知っているその通りに物事が進むかどうかはわからないけれど、リンクとゼルダ姫の戦いはまだ終わってなくて、今は束の間の平和というヤツで、数年後にハイラルには再び危機が訪れる。……リンクとゼルダ姫が命をかけて厄災ガノンを封印してくれたのに、水を差すようなことを言ってごめんね」
「いいよ。俺は、一人で抱え込んで悩まれるより、どんな小さなことでも構わないから俺を頼ってほしいって思うよ。それに、ナマエのその知識に助けられたことも少なくないしね。もしもまた、俺がマスターソードを使わなければならない事態になった時、ナマエは俺を助けてくれる?」
「もちろん! その時はまた、料理人としてリンクをサポートするよ」
「ありがとう」
「どういたしまして」

 はにかんだように微笑むナマエの笑顔が眩しい。ナマエにプロポーズするなら、今しかないと思った。

「ナマエ」
「なぁに? ……っ! ……リンク?」
「お手をどうぞ」
「!」

 できるだけ冷静を装って、ナマエに右手を差し出す。

 ……察してるだろうな。
 頬が次第に赤く染まっていくのを見ていたら、ナマエのことが可愛くて仕方なくって愛おしいという気持ちが溢れて、さっきまでの緊張が解れていくのがわかった。

 そっと手のひらに乗せられたナマエの手が離れないようその手を軽く握り、その場に片膝をついて首を垂れる。そしてナマエの薬指に光る指輪に口付けてから、顔を上げて真っ直ぐにナマエの瞳を見つめた。俺の想いがナマエにしっかりと伝わるようにと。

「私が心からお慕いする貴女へ誓いの言葉を捧げることをどうかお許しください。ナマエ、私がこの世界で誰よりも愛しく想う人。私のこの身は貴女のための盾となり、剣となり、貴女を一生涯護り、愛し続けるためにあります。貴女とともに幸せを分かち合い、喜びに溢れる日々を過ごし、苦しみに涙することがあればその憂いを取り除き、困難に立ち向かう必要があるならば、それすら貴女と共に在るために必要な試練と思い必ず乗り越えてみせましょう。私の魂、想い、貴女への愛は、この身が果てるまで、例えこの身が果てたとしても、貴女と共にあることを誓います。ナマエ、貴女だけの騎士として、貴女の生涯の伴侶として、共に生きることを許していただけますか?」

 ナマエとずっと一緒にいたいから。
 俺が一生を共にしたいと思うのは君だけだから。
 どうか俺のこの想いを受け取ってほしい。

 お互いに視線を逸らさないままじっと見つめあって、どれだけの時間が経ったのだろう。長くも短くも感じる時間が流れた後、不意にナマエが潤んだ瞳でふわりと笑った。

「はい! ……喜んで。リンク、ありがとう。貴方の想い、確かに受けとりました。生涯の伴侶、そして私だけの騎士となってくれることを誓ってくれた貴方に祝福を」

 片膝をついたままの俺と目線を合わせるように膝立ちになり、繋いだ手とは反対の手で頬に触れてくるナマエ。
 徐々に顔の距離が近づいて、自然に目を瞑った直後に柔らかな感触が唇に触れた。
 ほんの数秒だけの触れ合いだったけれど、温もりが離れて行った後に瞑っていた目を開けたら、嬉しそうに笑うナマエが突然がばっと抱きついてきた。
 もちろんしっかり受け止める。
 ぎゅーっと抱きしめてくる柔らかい感触に、かぁぁっと顔に熱が集まるのがわかるけど、ナマエの抱擁に負けないぐらいナマエのことをぎゅっと抱き締めた。

「……素敵なプロポーズをありがとう。すごく嬉しい」
「気に入ってもらえたようで良かったよ」
「ねぇリンク」
「何? ナマエ」
「あの紙……持ってる?」
「……もちろん持ってるよ」

 ナマエがその気になってくれた時にすぐにサインをもらえるように肌身離さず大事に懐に入れていた『あの紙』……つまり、婚姻の誓約書を急いで懐から取り出し、羽根ペンと一緒にナマエに手渡す。

 ドキドキしながらナマエのことを見守る俺の前で、しばらく逡巡してから俺の顔をちらっと見たナマエは、耳の先まで真っ赤になりながらも、はっきりとした筆跡で誓約書にサインしてくれた。

「ナマエが……サインしてくれた……っ!」
「う、嬉しかったから……リンクのプロポーズ」
「真っ赤になってるナマエが可愛い!」
「ちょ、待って、押し倒さないで!」
「可愛いっ!」
「リンクっ、もう! ほら、ハイラルとエポナが呆れてるよ!」
「幸せだから気にならない!」
「私は居た堪れないよっ!」

 いろいろあったけれど、ナマエとようやく夫婦になれたことが本当に嬉しい。

 じんわりと胸の奥に広がる温かいものに目頭が熱くなってすんっと鼻をすすったら「リンクは意外と涙もろいところがあるよね」ってナマエに笑われた。だから「こんなふうに素のままの俺でいられるのはナマエの前でだけだよ」って返したら、真っ赤になりながらも「嬉しい」ってふにゃっと蕩けるような笑顔を見せてくれるナマエ。ほんっと可愛い。

 どうか君がこのハイラルでずっと笑顔でいられますように。
 結婚は新たな旅路への出発点だというけれど、プロポーズで誓った通り、ナマエのことを一生涯護り、愛し続けるよ。

The End.